【Infinite Dendrogram】名も無き<マスター>達の独白記 作:ナーバス
天地所属 【鍛冶師】Ⅲ:メイデンwithキャッスル
今日もまた、生徒たちが<Infinite Dendrogram>の話をしていた。
どこそこの領地に攻め入った~だの、どれだけの戦功を上げた~だの、レベルがどれだけ上がったか~だの。彼らは無邪気にそう話す。
それが、正しい遊び方なのだろうけれど、楽しそうに話し合う生徒たちを見ると、胸の奥がギュッと締め付けられる。
数か月前から私の勤務している学校では空前の<Infinite Dendrogram>ブームが発生している。それと同時に私たち教育者が危機感を抱いたのはVRゲームが彼らの精神のどのような影響を与えるのか、ということだった。
もちろん、当の本人たちはそんなこと微塵も気にしない。私自身、VRゲームに夢憧れる少年時代を過ごしたから<Infinite Dendrogram>に飛びつく彼らの気持ちもよくわかる。
静観を決め込んだ同僚と上司を横目に見ながら、個人、そして教育者両方の立場を踏まえて、私は<Infinite Dendrogram>をプレイすることにした。
最初の所属国には<天地>を選んだ。学校でその名前をよく聞いたからだ。生徒たちの中でも特に所属数が多くて人気がある国のようだった。
最初にログインした時の衝撃は言葉にするのも難しい。なにせ想像以上のリアルだったから逆に現実感が無い。そんな感情を得るぐらいには衝撃だった。
最初の方のことは割愛するが、ひょんなことが原因で事件に巻き込まれて命からがら逃走。エンブリオが発現したのをとある領主に見られ、メイデンの<マスター>は優秀なものが多いという話があるらしくて流されるまま屋敷に招かれて生活させてもらっていた。
年甲斐もなく戦闘をするつもりもなく、またエンブリオと相性が良かった【鍛冶師】というジョブがあったのでそれを選択したが、これがまた私の性分と天地の情勢にとてもよく合っていた。
屋敷では【鍛冶師】としての仕事をしながら、リアル職業の教師としての能力を使って子供たちに勉学を教える日々を過ごす。特別なことは何一つなかったが、とても有意義な時間だった。
だが、それは過ちだった。平和とは何よりも特別なことである。あの時の私にはそれが理解できていなかったのだ。
何時ものように屋敷の庭で子供たちと遊んでいると、突然屋敷が慌ただしくなった。あちらこちらで叫ぶ声が聞こえ、敵襲の二文字が脳裏に浮かんだ。
御屋形様に命じられ、私は子供たちを連れて裏道から逃げ出した。
護衛と一緒に子供たちを抱えて懸命に走ったが、後ろから恐ろしい軍馬の足音が徐々に近づいてくる。
そして、護衛の首が飛んだ。
空気の抜けたゴムボールのように、弾むことなく地に落ちた知り合いの顔。それを見た私の反応は早かったと思う。相方をキャッスル形態に変化させ、その中に自分と子供たちを全員入れて相手の攻撃を受け続ける。
強力な刀を作るために必要な耐久性を十二分に持つ堅牢な工房だ。生半可な武器では傷一つつかない。そう確信があった。逃げた子供を追うようなレベルの低いティアンの攻撃であれば耐えられるはずだと。
だが、私たちを襲ってきたのはティアンではなかった。対抗勢力に雇われた<マスター>は、私と同じようにエンブリオを持っている。耳が壊れるような衝撃音が幾度となく中にいる私たちを襲う。子供たちの悲鳴も聞き取りづらくなる。
最後に聞こえたのは相方のメイデンの泣き叫ぶ声。
最後に見たのは、嬉しそうな顔で私たちを見下ろす若い複数のマスター達だった。
デスペナルティを終え、私はデンドロにログインすると一目散に屋敷へと向かった。
そこには、何もなかった。
子供たちと授業をした離れも、遊びまわった庭も、兵士たちの稽古場も、御屋形様がいた本殿も、すべて。壊され、踏み荒らされ、折れた木々が散乱しているだけの土地になっていた。
どれだけの時間、立ち尽くしていたのだろう。何時の間にか紋章から出ていた相方を優しく抱きしめ、私は別れを告げた。
それ以降、私はデンドロにログインしていない。