【Infinite Dendrogram】名も無き<マスター>達の独白記 作:ナーバス
皇国所属 【狙撃名手】Ⅵ:レギオン
好きな人がいました。
同じ学校の同じクラスの人でした。
いつも明るくて、けれど実は泣き虫で、自分のことだと耐えられるくせに、他の人のことになるとすぐ癇癪を起こす人でした。
デンドロは、その人が誘ってくれたんです。
他の皆はあんまりゲームに興味がないみたいでしたけど、私はその人と一緒に出来るのなら何だって良かったので喜んで一緒に遊びました。
皇国を選んだのはその人の趣味です。ロボットとか戦車とか、そういうのが好きな子供っぽいところも大好きでした。
二人で色んな所に行きました。放課後から翌日の朝までログインすることは珍しくなく、程なくしてその人は【疾風操縦士】に、私は【狙撃名手】になりました。お金を貯めてバイクを買ってからは皇都から離れた所まで簡単に行けるようになりました。
当ての無い旅を続けていると、皇国の外れにある、小さな村にたどり着きました。
セーブポイントも何も無い、本当に小さな村でした。
村の人たちは随分と痩せこけていました。年寄りから子供まで、皆同じように【栄養失調】の状態異常に罹っていました。
もし<流行病>でも起きようものなら村が全滅してしまうことは誰の目にも明らかでした。
そして、そんな村を見てしまったあの人がどんな行動をとるのかも、私には明らかでした。
【疾風操縦士】の能力をふんだんに使い、皇都や他の街から食料を調達しては村に運ぶ。そんな生活を繰り返していました。見返りを求めることは無く、ただ、そうしたいと思ったからやり遂げる。「偽善者だ」と自嘲気味に言う姿は、横で見ていて今にも擦り切れそうなのが分かるほどボロボロでした。
ですが、私が一番悲しかったのはあの人の心を支えてあげることが出来なかったことです。
村に一人のティアンが居ました。リアルの私たちと同じぐらいの年齢の女の子。彼が食料を運ぶようになっても、弟や妹たちに自分の分の食料を渡すような、優しい娘でした。
あの人がそんな彼女に引かれていくのは当然でした。
ティアンに恋をするなんて、馬鹿みたいだと思っていました。
だって、たかがAIですし。マスターに恋をするならともかく、リアルの肉体を持ってない人に恋するなんてどこかおかしいでしょう。
どうして私よりもそんなヤツに魅かれるの?どうして私のことを見てくれないの?私はいつもそばにいたのに。そんなAIのどこが良いの?そんな自己犠牲に酔った女のどこが良いのよ!自分も彼女と同じだなんて言わないでよ!私に見せない顔で笑わないでよ!私のことを見てよ!私の知らない貴方にならないでよ。私を置いていかないで!私が悪いの?それともその女が悪いの?悪いのは自分だなんて、優しい声で言わないでよ。私からあなたを奪うその女を消せば、あなたは私のものになるのかしら、そんなドス黒い感情に支配されそうな私。自分で消すなんて出来ない。だってあなたに嫌われたくないから。あいつが勝手に死ねばいいのに。そうよ、<流行病>でも蔓延して村人全員いなくなってしまえばいいのよ。そして傷付いたあの人に「あなたは悪くないわ」と優しく私が囁くの。そうすれば全部丸く収まる。
そう思っていました。
どうしようもなかったのです。
私たちは神様でも何でもない、ただの<マスター>で、リアルに帰れば普通の学生なんですから。
淀んだ風に乗って死がやってきました。
それ以降、あの人は壊れてしまいました。当然でしょう。目の前で愛する人が苦しんでいくのを成す術無く見ていたのですから。
それからしばらくして、あの人と離れて一人でデンドロをするようになった私の元に一つのうわさが届きました。
一人のバイク乗りが、幾多の村を回って食料を届けまわっていると。
その悲しい贖罪者の瞳に私の姿が映ることはもう無いのだと理解して、私の恋は終わりを告げました。