【Infinite Dendrogram】名も無き<マスター>達の独白記 作:ナーバス
海国所属 【大海賊】Ⅵ:ウェポン・ギア
無数の砲撃が大量の水しぶきを上げてモンスターへと迫りゆく。群がる亜竜級モンスターが次々と白い光になって消えていく光景を見て心が躍らなくなったのはどれだけ前からだっただろうか。
ああ、そうだ。アレからだ。
あの事件から、俺の気持ちは少しも前に進んじゃいないんだ。
初めて出現した<SUBM>、モビーディック・ツイン。アレと最初に遭遇した場所には俺もいた。
ひどい戦いだった。一方的な虐殺と言い換えても過言ではない。
大勢の<マスター>とティアンが死んでいった。【大提督】カイナル氏の喪失は言わずもがな、そして、数少ない俺の親友たちも氏と同じように散っていった。
あの事件から舞い戻ったとき、醤油抗菌のアブラスマシは超級エンブリオに進化していた。事実、モビーディック・ツインを倒すためにアイツの能力は必要不可欠だったし、それで救われた命もたくさんあるのだからそれに対して思うことは何もない。
だが、あの時から、俺の心の中でモヤモヤとしたものが絶えず渦巻いている。それは紛れもなく、自分自身への情けなさだ。
壁を前にして立ち上がり、前に進んだ醤油抗菌と、立ち止まった俺。英雄と自身を勝手に比べて凡人ごときが劣等感を得ているだけなのが何より、たちが悪い。
自分でも愚かなことはわかっている。それでも感じざるを得ない。同じような境遇に陥った者同士、けれど一方は超級エンブリオに進化し、故人の意思を継いで超級職を獲得した。
対して俺はどうだ、いまだ第Ⅵ。それも進化する気が少しもない。
俺だって失った。大事なティアンの親友たちを。けれどもそれでは何もかもが足りないと言われているような、そんな感覚に陥る。
何が違うというんだ。アイツにあって俺にないものはなんなのだ。
年甲斐も無い堂々巡り末の癇癪を煩悶と言い聞かせて叫ぶのも自由。しかし恥ずかしい話、なんとなしに俺には何が違うのが分かってしまっている。
情けない。
思えば他人と比べることでしか自分の価値を見出せない人生を歩んできた。
今まではそれでよかった。人よりわずかに秀でていることが多かったばかりに、無価値な優越感に酔いしれて胡坐をかいていたのだ。
その結果が今の俺だ。
心根にへばり付いた傲慢な虚栄心を一度でも認識してしまえば、自己嫌悪に苛まれ、もがき足掻くことしか出来ない。
いっそのこと、目の前に広がる大洋のように奥底に怪物でも住んでいればよかったのかもしれない。
だが、俺の心の海に住んでいるのは蛙か、よくて山椒魚が関の山だ。
第Ⅵ形態に到達しているマスターの数は徐々に増えてきている。その中で頭一つとびぬけた奴らが<超級>になっているだけで、俺もそのうちそこにたどり着くのだと根拠のない自信を持っていた。
醤油が長らく姿を消してからも、ささやかでない程ほどのいざこざに揉まれながらデンドロを続け、モンスターを倒しているが進化の兆しすら見えない。ただ時間だけが過ぎていくような、為すべきことを為せなかったような、そんな感覚だけが身に積もっていく。
俺はやはり特別な人間ではなかったようだ。もはや珍しくもなんともない、どこにでもいる第Ⅵ到達の<マスター>になり果ててしまった。
最近、<マスター>の間で醤油抗菌が引退したのではという噂が流れている。だが、グランバロアのティアンには彼の帰りを待つ者が多くいる。
それに比べて俺はどうだ。俺が明日からこの世界に来なくなったとしても誰も気にも留めないだろう。
そうだ。後ろ髪を引く仲だった親友は皆あの事件で死んだ。
ならばこれ以上続けて劣等感に押しつぶされる筋合いも無いではないか。
……本当に情けない。理由がなければ引退すら選べないような男だからエンブリオが進化しないのだ。
……本当に、一人きりになってしまったのだ。
船団に戻ったところで、酒を飲みかわす親友は、もう誰もいない。
何処かで蛙が一つ鳴いた。