誤字の多さを何とかしたい……
時刻は昼過ぎ。幻想御手について脳の専門家である木山春生に話を聞きに病院まで行ったのだが、その日は病院で停電が起こっておりクーラーが効かなかった。そのため、暑い病院ではなく涼しいレストランに移動しようということで五人はレストランに来ていた。
「さて話の続きだが、同程度の露出でもなぜ水着は良くて下着はダメなのか……」
「「いや、そっちではなく」」
「メイドからアドバイスするなら、場所によります」
「……なるほど」
「佐天さんも真面目に答えないの」
「アハハ……」
佐天が申し訳なさそうに笑うと白井が咳払いして、話を切り出す。
「幻想御手について話を聞きたいんですの」
彼女たちが持っている幻想御手についての情報を可能な限り出したところで、木山が口を開いた。
「レベルアッパー……それはどういったシステムで動いているんだ?形状は?どうやって使う?」
「それはまだ分かりませんの」
「ではなぜその話を私に?」
「能力を向上させるという事は、脳に干渉するシステムである可能性が高いと思われます。もし見つかったら、専門家である木山先生に調べてほしいんですの」
「なるほど……むしろこちらからお願いしたい。脳の専門家として、それはとても興味深くある」
白井達が期待していた答えは返ってこなかったが、それでも脳の専門家が協力してくれたことはとても大きな進歩だ。御坂達もそれを実感し、思わず笑みをこぼした。
ただし。
「あの、幻想御手を持っている人を見つけた場合、白井さんはどうするんですか?」
佐天涙子を除いて。
「調査中なのでまだハッキリしたことは言えませんが、今は幻想御手の所有者を保護する方向で風紀委員は話を進めていますの」
「そう、ですか……」
「?どうしたんですか佐天さん」
「あ、ううんなんでもない。初春のパンツが青のストライプで可愛いなーって」
「なんで分かったんですかあああ!?」
顔を赤らめ大声を上げる初春にレストランにいた男性の皆様の頬が赤くなっていたとかいないとか。
相変わらずですわね、とため息をつく白井とほう、となぜか興味深そうに佐天と初春を交互に見つめる木山。佐天はいつもの様子で笑っていたが、御坂だけは目を細めて佐天を見つめていた。
そのあとも脳に関する話を色々聞き、四人は真剣にその話を聞いていた。幻想御手と関係あるかどうかと言われたら首を傾げるところだが、しかし木山が話す言葉一つ一つに興味が湧き、思わず聞き入ってしまった。
そうしている内に、外の景色は茜色に染まっていた。
「お忙しい中色々教えていただきありがとうございました!」
「いや、こちらこそ教鞭を振るっていたことを思い出して楽しかったな」
「教師をなさっていたんですか?」
「むかーし、ね」
そう言うと白衣を右手に抱えて背を向けて木山は去っていった。その背中が、妙に悲しく見えたのは気のせいだろうか。
ふうと一息ついて、白井と初春は二人の影がないことに気が付いた。
「……お姉さま?」
「あれ、佐天さんもいない……」
二人を探しに行きたい白井と初春だったが、今日は帰って木山に渡すデータを揃えておかないといけないためその足を止めた。
白井は御坂に、初春は佐天にそれぞれ支部に戻るというメールを送って、二人は風紀委員としての任務に戻った。
――――
―――
――
―
明らかに様子がおかしかった。
質問の内容もそうだが、そのあとの彼女のあからさまな話題逸らし。そして一瞬見せる憂鬱そうな表情。
白井も初春も気づかなかった。彼女はメイドとして訓練されている。普段から笑顔を絶やすことをないように、自身の胸のうちを悟られないようにメイドは仮面を被ることが多い。
しかし御坂美琴はその変化に気が付いた。それは彼女がメイドとして未熟だった頃からの知り合いだった故のことかもしれない。
「(やっぱり佐天さんは……ッ!)」
彼女は走っていた。レストランから出た直後に姿を消した佐天を探して、紅く染まった街を隅から隅まで走っていく。メイド服という目立った姿をしているから一度視界に入ればすぐに分かるはずだ。
十分ぐらい経っただろうか。肩で息をし始め、自分の疲れを認識し――
――高架下で、メイド服の少女を見つけた。
御坂はすぐさまそこへ向かい、話しかける。
「……佐天さん」
その声に、驚いたように振り向いた佐天だったが、すぐさまいつもの笑顔を作って対応する。
「どうしたんですか御坂さん。常盤台の学生寮は逆方向ですよ?」
「そんなの決まってるでしょ。佐天さんに聞きたいことがあったから」
「……何ですか?」
「幻想御手……持ってるでしょ?」
それを言った瞬間、わずかに佐天の眉が動いたのを御坂は見逃さなかった。
これでようやく確信を得ることが出来た。どうして暗鬱そうな表情をしていたのか、どうして笑顔を取り繕うと努力したのか。
当たってほしくない予想が、的中してしまった。
「……どうして――」
そこまで言って御坂は言葉を詰まらせた。
佐天が幻想御手に手を出してしまう理由。そんなもの彼女の友達である御坂が分からないはずがない。
元々佐天は能力に憧れていた。家族にも能力者になるんだと自慢していた。しかし実際は無能力者で能力をその手で操ることが出来ない落ちこぼれ。それを御坂は知っていた。
「やっぱり、憧れって消えないんですよ」
喉から手が出るほど欲しかった能力を、それを無料で提供してくれるサービスがあったとしたら。
そんなもの考えるまでもなかった。
「ズルいって言えばそうかもしれません。でも……それでもやっぱり」
彼女が両手を前に出し、直後変化があった。
佐天の両手の上では数枚の小さな木葉が渦を描くように回っていたのだ。
「能力を使ってるんだって実感した時、とっても嬉しかったんですよ」
無能力者である佐天がこんな芸当出来るはずがない。もし可能だとすれば、それは――。
「御坂さんや白井さんに比べれば、とても些細な力かもしれません……でも、やっと能力者になれたんだって、学園都市に来た意味があったんだって、思えたんですよ」
――幻想御手。
佐天のポケットから音楽プレーヤーがポトリと落ちた。ようやく御坂はその正体を理解し、そして自分の無力さに腹が立った。
何度も無能力者の不便さを聞いた。何度もその羨望の言葉を耳にした。何度も諦めない姿勢を目の当たりにした。御坂が自分の経験を教えたこともあった。実際に能力指導をした時もあった。御坂だけではない。白井や初春も己の能力発現のキッカケやコツなどを語ってくれた。佐天もそれを聞いて、何度もそれを試してみた。
それでもダメだった。
無能力者のままから全く成長する気配が見えず、その体に変化は見られなかった。
結果的にそれは佐天の能力の成長を促すものではなく、才能のなさを彼女の心に突き刺すものになってしまった。
心底嬉しそうに話す佐天に対して御坂は責めることが出来なかった。その笑顔は自分の手が救いの手となって彼女に与えるものだとずっと思っていたはずなのに。
何が超能力者だ。
何が常盤台の超電磁砲だ。
友達の笑顔を守れずに、そんなことを言う資格が本当にあるというのか。
「……」
色んな言葉が御坂の頭の中を駆け巡るがどれも遠回しに彼女を傷つけそうで、何も言葉にすることが出来なかった。
それからどのくらい経っただろうか。
数秒のことかもしれないし、数分経ったかもしれない。この静寂した空気の中で、佐天が口を開いた。
「そろそろ私行きますね。待たせてる人がいるので……」
ハッと、御坂が顔を上げる。その時垣間見えた佐天の表情が、何故か今にも泣きそうで。
「じゃあまた」
くるっとターンして佐天は御坂の元から離れていく。
――行かないで。
今何かを言わなければ、何かを伝えなくては、いずれ必ず後悔する。そう頭の中で分かっていながらその足を踏み出すことは出来なかった。
善意でしたことが彼女への悪意に変わったことへの罪がその手の行方を阻む。伸ばした手は虚空をさまよいその居場所を失い、次第に力を無くしたように手を下げた。
そんなはずじゃなかったのに。
こういう結末を望んでいたわけじゃないのに。
でも何もかもが彼女を傷つけそうで、結局踏みとどまることしか出来なかった。
謝りたいという罪悪感と、友達を傷つけたくないという恐怖心が、全ての選択肢を消していく。
最後に残ったのは、何もできなかったという後悔だけ。
誰もいなくなった高架下で、常盤台の超電磁砲は力を無くしたように膝から崩れ落ちた。
――――
―――
――
―
陽が既に沈み切り、街を照らす白と黒く染まった空のコントラストを適当に眺めながら少年は自分の寮へと帰っているところだった。普段なら夕方頃には家に着いているのだが、今日は補習があったので少し時間が伸びてしまった。あまり見ることのない学園都市を眺めながら少年は一人カバンを片手に歩いていく。
何事もなくいつもの帰り道を歩いているとき、高架下で一人の少女を見つけた。あんな落ち込んでいる姿を見なことなかったので少年は彼女に話しかける。
「よう。何やってんだ?」
「……」
少年の問いに彼女は答えない。普段は事あるごとに喧嘩を売ってくるくせに今の彼女は蹲ったまま立ち上がろうともしない。
流石の少年も不審に思い始めた。
「何があったんだ?」
「……」
とは言ったものの少年と彼女の関係は大したものではない。知っているのは互いの名前と学校名だけ。連絡先も知らないぐらいの、友達とも呼べない知り合い程度の浅い関係。ましてや異性だ。そんな深刻なことを話してくれるとは思わなかった。
せめて寮まで送ってやるか、と少年が思ったところで、彼女は唐突に口を開いた。
「……今日ね、友達を傷つけちゃったのよ」
それはいつも聞いている声とは違い、今にも泣き出しそうなとても弱々しい声だった。
「自分ならあの子を救えるんだって思ってたのに、私のやったことが全部彼女を傷つけて……最低だよね」
少年は詳しい事情を知らない。彼女とその友達とどういう関係か、具体的に何があってこうなったのかも。
でも。
「お前は、あいつのことを大切に思ってるんだろ」
それでもわかることはある。彼女が苦しんでいることや、彼女がどれだけその友達を大切に思っていたことも。彼女の様子をみればハッキリわかる。
「俺はお前とその友達と何があったかは知らない。でも――」
そう前置きした上で、ツンツン頭の少年は彼女にこう言った。
「――お前が友達のことを心の底から助けたいって思ったなら、その思いは絶対友達に伝わってるはずだ」
ようやく、彼女は顔を上げた。目に映ったのは何時も喧嘩を吹っ掛けて面倒くさそうにあしらおうとしている顔じゃなかった。自分の心を打ち抜くような、そんな眼差しをしていた。
「確かにずっと結果を出せればパーフェクトかもしれない。でも人間そういう生き物じゃないんだ。絶対どこかで失敗するんだ。その度にお前は謝って悔やんで考えたはずだ!誰かを救おうとしている姿は友達だって見ていたはずだ!結果論なんかじゃない。それ以上のものをお前たちは築き上げてきたんだ!だったらお前が友達にやってきたことは間違いなく本物だ。誠心誠意込めて謝れば、絶対許してくれる」
……普段から不思議な奴だとは思っていた。
自分の電撃の槍や必殺の超電磁砲さえ効かない、そのくせして無能力者と称する謎多い男。
まともな会話なんてしたことなかったのに、それでもコイツが言う言葉の一つ一つが自分の心を温めてくれた。
本当に、どうしてそこまで気にかけてくれるのか。そう聞きたかったが――やめておいた。最初に会った時も見知らぬ自分が不良に絡まれていると知って助けようとしてくれた。(その不良は自分が制裁したのだが)
多分コイツは元からそういう奴なのだ。困っている人がいたら助ける。見返りなんて求めず、それが赤の他人だったとしても。
「……本当、アンタってバカよね」
「よく言われるよ。今日も担任の先生に『バカだから補習でーす』って言われたからな……」
思わず吹き出してしまった。そんな彼女の様子が気にくわなかったのか、少年はムッとして。
「……せっかく人が励ましてあげたってのになんだその反応は。お前は恩を仇で返すタイプなのか!?」
「ごめんごめん。なんかアンタ見てたらうじうじ悩んでた私がバカらしくなって」
「そうかい。そりゃあ良かったな」
「……うん」
「じゃあなビリビリ」
結局呆れた様子でツンツン頭の少年はこの場を去っていった。彼女――御坂美琴は心の中で礼を言って、携帯を取り出した。
少年が言ったように自分の友達――佐天との関係はその程度で崩れるものではなかったはずだ。まだ知り合って一ヶ月しか経っていないが、それでも仲の良さや信頼関係は、恐らく黒子よりも……
そこまで考えて御坂は佐天の携帯に電話を掛けた。今言わなくてはまた後悔しそうだったから。伝えなくてはいけない言葉を頭の中で何回も反芻させながら、コール音が鳴りやむのを待つ。
唐突にコール音が止んだ。それを耳にして、御坂は話しかける。
「あ、佐天さん?ちょっと話したいことがあるんだけど、今大丈夫?」
しかし、返ってきた言葉は御坂の予想を裏切るものだった。
『……お前がコイツの友達ってことでいいンだな?』