『幻想御手の被害者と同じ脳波を持つ人物……それがこの人なんだね?』
冥土帰しから言われた言葉が頭の中を反芻する。それにただただ沈黙するしかなかった。もしかしたらこの医者は何もかも見透かした上でこう言っているのかもしれない。
『……何を迷うことがある?これが君の望んだことじゃないのかい?』
これは贖罪でも懺悔でも何でもない、関わる必要のない案件のはずだ。しかしどうして反論出来ない?語彙力がないわけではない。いいや、反論すべき言葉は全て文章になって出来上がっている。なのに、喉まで湧き上がってきたそれを、切り出すことが出来ない。
『君がここに来た、それが何よりの証拠なんだね?』
そんなことはない。今日ここに寄ったのはたまたま偶然通りかかったからにすぎない。そのついでに、暇つぶし程度に少し様子を見に来ただけ。
『もう少し素直になったらどうだい?君は答えを得ているはずだよ?』
……俺の事を全く知らないお前が、一体俺の何を知ってるって言うンだ?
『いいや。まあこれも人から頼まれたことだけどね?』
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「うーむ」
病院の一室では、腕を組んで唸っているメイド姿の女性がいた。
彼女は土御門舞夏。佐天と同じ繚乱家政女学校に通う中学一年生。寮も佐天と相部屋で同級生の中では一番仲がいい。そんな彼女が倒れたと聞いて仕事を放り出してまで駆けつけたのだが……
何でこんなに気持ちよさそうに寝ているのだろうか。
加えて医者が言うには彼女は健康上はなんの問題もない。どうして倒れたのか分からないという始末。未確認ウイルスに侵されたわけでもまだ見ぬ病気にかかったわけでもないらしい。
そこから導き出される結論は……
「働きすぎかー。どんな仕事をしているのかは知らんが主を支えるのにお前が倒れてどうするんだー?」
舞夏は知っている。佐天がどれだけの努力をしているかを。才能の無さを認めつつも少しでもエリートたちについていこうとしている姿。相部屋ゆえに接する機会も多く、陰で努力している姿を何度も見てきた。
頑張りすぎだー、と舞夏は佐天の顔を見ながらため息をつく。しかしその表情は僅かに緩んでいた。
すると突然。
ドタドタ、と病室の外から誰かが走っていく足音が聞こえた。
「ん?」
病院内を走るとはどんな教育を受けたんだー?と適当なことを考えながら舞夏は病室のドアを開けて外の様子を確認する。
そこには既に誰もいなかったが、遠くの方から声が反射して舞夏の耳にも届いてきた。
『お姉さまー!待ってくださいですの!!』
『初春さんが木山春生に誘拐されたのに呑気な事言ってられないわよ!』
この声と口癖でその声の主が誰なのか察することが出来た。
「むむ、御坂と白井かー」
あの二人ならやりかねない、というか実際そういう行動を起こしているんだよなー、と舞夏は心の中で呟きながらそっとドアを閉じた。
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紅茶のカップをテーブルの上に置く音が聞こえた。
少女はそのカップを手に取り口に運ぶ。厳選された紅茶の葉と洗練された淹れ方がより一層旨味を引き出している。それを堪能しながら少女は隣にいる少女に問うた。
「それで、結局アレはなんだったのかしらぁ?」
「あの人からの連絡でしたから。もうすぐ解決するかと」
「あの女からねぇ」
今日、少女——食蜂が御坂に話しかけたのは偶然でも単なる気まぐれでもなかった。そうして欲しいという依頼が食蜂の『側近』である少女——縦ロールを通じて耳に入ったからだ。
本来なら無視するはずの案件。正直どうでもいいと蹴散らすはずだった食蜂がわざわざ依頼を受けたのはある書類を目に通してしまったからだ。今も紅茶のカップの横に置かれている一枚の資料。そこに書かれていたモノを見て、食蜂は興味が湧いたのだ。
名前は佐天涙子。どこにでもいる無能力者。
メイドということを除けばごく普通の中学生。過去に何かがあったとか秘めたる力を持っているとかそんなわけでもない。両親も至って普通。強いて言うならレベル5である御坂美琴と親しい友達だということか。
どこにでもいそうな彼女をあの女が特別気にかけていたことが、食蜂の興味を引くキッカケになった。
「(佐天涙子……無能力者でありながら御坂さんやあの女を虜にする程の持ち主)」
資料には小学校時代の三つ編みの佐天の写真が印刷されていた。その幼さは普通の小学生そのもの。
故に、食蜂はこう思う。
「楽しみだわぁ、貴方に会うのが」
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子供は嫌いだ。
デリカシーがない。
失礼だし、
悪戯するし、
論理的じゃないし、
馴れ馴れしいしすぐになついてくる。
子供は、嫌いだ。
子供は…………
「見られた……のか」
既に身体はボロボロになり、立つのもままならない程になってしまった。一万人の脳をネットワークと言う名のシナプスで繋いだシステムはいわば1つの巨大な脳。それを使い多重能力者として無理矢理昇華させた。それでもレベル5の御坂には勝てなかった。それは本当の意味で立ち止まってしまうことを意味する。今までの後悔が、悲しみが、そのために積み上げてきた努力が、全て消える。
AIM拡散力場を制御する実験だと称されたそれは暴走能力の法則解析用誘爆実験だった。
幼い彼女たちをモルモットにされた。アンチスキルにも申請した。それでも彼らは動かなかった。子供を守ると銘打っておきながら、子供を救おうとしなかった。
それでも。
いや、だからこそ。
諦めることはしない。
立ち止まることは出来ない。
目の前の敵は全て薙ぎ払う。
だから、静かに心の中で誓った。
「あの子達を救う為なら私は何だってする。この街の全てを敵に回しても止める訳にはいかないんだぁ!」
その時だった。突然木山が頭を抱えて苦しみだした。
「ち、ちょっと!」
「ネットワークが、暴走……!?こ、これは……」
周りに乱雑に散らばっている瓦礫の欠片などもろともせずその場に倒れこむ。思わず御坂も駆け寄り木山の状態を確認する。すると木山の頭の中から青白い何かが出てきた。それは徐々に肥大していき、オレンジ色の膜で覆われて地から浮いた状態で丸まっていた。
その姿はまるで。
「……胎児?」
胎児のようなそれは、顔を上げてギョロリと御坂を捉えると、
金きり音のような甲高い咆哮を響かせた。
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学園都市は才能に依存した街だ。才能によって能力のレベルが決まり、奨学金が決まり、立場が決まり、実力が決まり、人生が決まる。どれだけ努力しても、どれだけあがいても、才能という暴力には勝てない。自分たちが十時間かけてやることを才能のあるやつらは十分でやってしまう。
報われない。
あそこに行きたいと叫んでも行けなかったり、あれを買いたいと言っても自分の奨学金では絶対買うことが出来ない。しかし高能力者たちはそれをいとも簡単に手にしてしまう。コツコツ貯金したはずなのに、アイツはカードで一括払いなどということはこの街では日常茶飯事。能力だけではない。生活面、学力でさえも彼らとは天と地の差が生まれる。
評価されない。
諦めたくなかった。友達が順調にレベルが上がって、能力の応用の幅が増え、でも負けたくないから必死にあがいた。友達だと思っていた。ライバルだと思っていた。しかしソイツは自分が一向に進化しないことに気づいた途端関わってこなくなった。友人関係さえも、能力で決まってしまった。
だったら、その努力に果たして意味はあったのだろうか。
それは、肥大化した胎児――AIMバーストから聞こえてきた幻想御手の被害者の声だった。
能力で全てが決まるこの街では、どうしても能力の格差が生まれてしまう。そのコンプレックスが、妬みが、恨みが、御坂の耳に届いてくる。
ああ、と。
御坂は心にストンと落ちる感覚を覚えた。
ずっと後悔していた。佐天が幻想御手を使った時、その言葉が出なかったことを。でもそれは、その言葉の本当の意味を理解していなかったからだと気が付いた。だからこそ励まされても、大丈夫だと言われてもずっと腑に落ちなかったのだ。
御坂は泣きそうになりながら、今までの愚かさを感じながら、
それでも目を背けずに、しっかり前を向いて、
「ごめんね……」
呟くようにAIMバーストに言った。
その言葉の意味を正しく理解できているかは分からないが、それに反応するようにAIMバーストは大きな咆哮を上げた。
それこそ、泣き叫ぶように。
「気づいてあげられなくて」
AIMバーストから氷塊が放たれるがそれを砂鉄を持ち上げて相殺する。
「頑張りたかったんだよね。何の力も無い自分が嫌で、でも、どうしても憧れは捨てられなくて……」
その言葉はレベル5である彼女に言う資格はないかもしれない。努力もあったがそれに見合う才能があったことは確かだ。
才能がある者が勝手なことを言うな、と思うかもしれない。
自分たちの気持ちなんて分からないくせに、と非難するかもしれない。
それでも御坂は言う。
「うん、でもさ……だったらもう1度頑張ってみよ。こんなところでくよくよしてないで……」
コインを上空に弾き飛ばし、ありったけの大声で、ハッキリと、その言葉を口にする。
「嘘つかないで、もう一度!」
彼女の代名詞、超電磁砲が勢いよく発射された。それは肥大化したAIMバーストの身体を貫通し、中から飛び出た赤い三角柱の核を粉砕する。
核を失ったAIMバーストは内側から空気中に溶けるようにして消えていった。
ボロボロになった木山が。
治療プログラムを流した初春が。
身体を張って守った警備員が。
それを見届けていた。
二度とこんな悲劇を起こさないように。
しっかりと目に焼き付けるように。
「……アレ?」
と初春が突然高速道路の方を向いた。そこから百メートルほど先に、誰かがいた気がしたのだ。
「どうしたじゃんよ」
警備員である黄泉川が初春の方を向いて問いてくる。一瞬黄泉川の方を向き、もう一度そちらを向くとそこには誰もいなかった。
「あ、いえ気のせいみたいです」
そりゃそうだ。ここは第七学区から遠く離れた場所だ。そんなところに一般人が来るはずがないのだ。
そう。
白髪の男がいたのは、恐らく気のせいだったのだ。
そう結論づけて、初春は御坂の下へと向かった。
――――
―――
――
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とある病院の屋上では病衣を纏った少女が夕焼けに照らされながら静かに俯いた。
手のひらに意識を集中させても何も変化は得られなかった。
「(そっか、私……)」
「何か能力が無くなって不満そうだなー」
そういったのは隣で一緒に夕焼けを見ている土御門舞夏だった。彼女は自分が目を覚ました時にそばにいてくれた友人。その時に自分が倒れた詳細を彼女に全て話したのだ。舞夏はそんな佐天を非難することはなかった。彼女は何も言うわけでもなく屋上に付いてきてくれた。
それに感謝しながら、佐天は嬉しいような悲しいような微妙な笑みを浮かべながら答えた。
「そうだね。全く未練がないと言えば嘘になるけど、でも……」
でもどこか心が晴れたように見えるのも確かだ。舞夏はそれを見てどこか嬉しそうに微笑んだ。舞夏も佐天を心配していたからこそ出た笑み。
あの教訓を生かして前に進もうとしている。それが舞夏に伝わった証拠。
暫く夕焼けを眺めていると屋上のドアが壊れそうな勢いで開かれた。
そこから現れた少女が一直線に佐天に向かい、そのまま抱き着いた。
「ゴメンね、気づいてあげられなくて……」
「……私の方こそ、つまんない物に拘って、内緒でズルして……御坂さんをこんな目に遭わせてしまって……」
「そんな事……」
「私もう少しで能力なんかよりずっと大切なものを無くすところでした。だから……」
佐天はゆっくりと離れ、ボロボロの御坂に目を合わせて、とっびきりの笑顔でこう言った。
「ありがとうございます!美琴さん!」
「これにて一件落着ですわね」
そんな二人の様子を、屋上のドア近くで眺めていた白井は安心したように言葉を漏らした。
「はい。良かったです」
白井の隣にいる初春も、二人の姿を見ながら小さく呟いた。
でもその会話を聞いて、初春はあることに気が付いた。
『わわ、美琴さんこんなに怪我してるじゃないですか!本当にすみません……』
『良いわよ。何時もの涙子がちゃーんと戻ってきてくれたから』
お互いの呼び方が少し変わっている、というか下の名前で呼び合う仲になったというか……なんか前から仲がいいのは知っていたけど一層仲が深まってないか?
それを見て、初春は隣にいる白井にポツリと言った。
「白井さん、佐天さんに一歩リードされてますよ?」
「なななな何を突然そんなことはありませんわ私はお姉さまの唯一無二のパートナーでありもちろん佐天さんとお姉さまの仲は承知の上ですがお互いまだ苗字で呼び合う仲であり下の名前で呼ばれる尚且つお姉さまのルームメイトである私がささささ佐天さんに負けるなどあるはずがな」
「お、落ち着いてください白井さん!」
「そうだぞ白井ー。もう二人は下の名前で呼び合う仲だぞー」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!まさかこのままでは佐天さんとお姉さまがゴールインして私と離れ離れになっていやそんなことはありませんわまだ取り返しが付きますわしっかりするのよ黒子自信がないなら取り戻すまで不満があるなら吹き飛ばすまでそうですわ私だけのアドバンテージ空間移動を以てすればお姉さまとの親睦は深まりよってお姉さまは私を選んでおふえへおはへひあほおふほほほ」
その後。
空間移動を使ってお姉さまに抱き着いた黒子は見事に鉄拳制裁をくらったのであった。