あの事件から一週間の月日が経った。
治療プログラムを流し、幻想御手の鎖から解き放たれた被害者達は次々と目を覚ましていった。死亡者はおろか誰一人として後遺症を患うことなく、一週間後にはほぼ全員が退院していた。
もちろん幻想御手で手に入った、あるいは上昇した能力は元通りになった。だが、中には幻想御手の影響で一時的に高レベルの能力を使った経験を活かして、幻想御手無しで能力が上がった人もいるらしい。
あの事件は良くも悪くも人々の生活に影響を与えていた。
それは彼女も例外ではない。
「じゃあこんなのはどうかな?」
「また涙子の都市伝説話かー?なんかもう飽きてきたぞー」
「その名も『呪いのメイド服』」
「むむ?」
繚乱家政女学校は道路のガム剥がしから各国の首脳会議まで、あらゆる局面で主人を補佐することの出来るスペシャリスト育成を目指しているメイド養育施設。 もちろんそこに通う学生の殆どはメイドに対して誇りを持っており、先生もメイドの育成をするのに生徒を甘やかしたり大目に見るなど適当なことはしない。
そんな学校で育てられた生徒は、メイドのプライドというのを持ち合わせ、互いに切磋琢磨していく。
寮が二人で一つの部屋を共有するのもそのためだ。
時に仲間として。
時にライバルとして。
そして彼女たちは繚乱家政女学校が理想とするメイドに育っていく。
……だというのに。
「そのメイド服は一度着たら二度と脱げなくなる呪いのメイド服……」
「……ッ!!?」
「しかしその服がピッタリな少女は一部の男性にモテモテになるのです……」
「ま、まさか……兄貴が言っていた伝説のメイド服って……」
「ええ、恐らくこの事です!」
この子たちは一体何をやっているのだろうか。向上心の欠片も見当たらない彼女たちを先生が見たらなんと思うだろうか。
舞夏は一年生の中でもトップの成績を収めている。上位二十位以内に入れば実施研修の枠を獲得できる学内一斉テストでも舞夏は十四位だ。一年の中では間違いなくエリートに入る人材。佐天も最初こそ酷い成績だったが、最近はかなりいい成績を出しているのだ。
もちろん先生方はこの二人にとても期待している。今後どんな素晴らしいメイドに成長するのか、きっとわが子の成長よりも楽しみにしていることだろう。
「兄貴は一体私に何をするつもりなんだー!?」
「っていうか舞夏のお兄さんってどんな人よ。脱げないメイド服着せるとかどんな趣味してんのよ」
「いいや待て。待つんだ私。実はメイド服を集めるのが趣味なだけかもしれない。そうだ、兄貴ならありえ」
「ちなみに呪いのメイド服を着た人は風呂に入れないから臭くなり、臭いのせいで孤独死するらしいけど」
「兄貴ィィィィィィィ!!」
頭を抱えて発狂する舞夏を若干引き気味に顔を引きつらせながら頭の中で舞夏の兄=メイド服を集めるのが趣味という謎の式を立てる。
本来なら二人とも実施研修のため出かけている二人が真昼間にも関わらずこうしてガールズトークを繰り広げているのには訳があった。
佐天は一方通行の家に行く予定なのだが『今日は来る必要ない』と本人から直接言われ、舞夏は常盤台中学の厨房のキッチンや洗浄機などの一斉点検らしく偶然にも二人は非番だったのだ。
こうして夜しか話す機会がない二人が朝から仲良く話していたのだ。
そして二人が珍しく私服であるのも忘れてはいけない。
外出する日ではないため、滅多に着ることのない私服を着たのもある意味楽しみの一つだったのかもしれない。
「しかし、メイド服を集める趣味を持つお兄さんか……」
「……兄貴がメイド好きだからといって別に兄貴にメイド服を集める趣味があるわけではないぞー」
「そーなの?」
「うむ。多分。恐らく……もしかしたら」
「全然ダメじゃん」
「くっ、兄貴の趣味を否定出来る材料が見当たらないー!!」
また頭を抱える舞夏を今度は華麗にスルーして開いているノートパソコンをカタカタと操作していく。もちろん彼女が調べているのはあらゆる都市伝説だ。『永遠に走り続ける地下鉄』や『能力が生み出すDNAコンピューター』など心が躍るものが沢山ある。
ニヤニヤしながら内容を確認していく佐天と、えらく不機嫌な舞夏、その二人がいる部屋に壊しそうな勢いでドアを開いた人物がいた。
「何だか楽しそうじゃないか!私も交ぜてくれないかね!」
たのもー!と言わんばかりの勢いで一人の少女が入ってきた。
黒い髪を縦ロールにした少女。しかし彼女は学校指定のメイド服ではなく蛍光イエローで出来たメイド服、ミニスカートにフリルつきの二―ソックス、黒いコルセットと歴史の流れをブッツリと切断するその姿は、とりあえず舞夏からこう呼ばれている。
「あ、まがい物メイド」
「おい土御門、私をそういう風に言うのは聞き捨てならんな」
「やっほー鞠亜」
「よう佐天。お前は相変わらずだな」
彼女の名は雲川鞠亜。佐天と同じこの繚乱家政女学校に通う学生だ。この前の学内一斉テストで二十一位の成績を残し、惜しくも実施研修の枠から外れてしまった少女だ。
だが佐天達一年生の中では舞夏らに次ぐ三位の成績なのだ。つまり、この少女もエリートなのである。
「何をしてるんだ?」
「都市伝説について。さっき『呪われたメイド服』について調べててね」
「ふーん?」
「他にも色々あるけど見てみる?『どんな能力もきかない能力を持つ男』なんて面白そうだと思わない!?」
「でも都市伝説なんて、それを裏付ける証拠がないんだろ?根も葉もない話の何が面白いのかね?」
「そのミステリアス感がいいんじゃない」
「……あーやっぱ私には分かんないなー」
そう言うと鞠亜は「ふああ」と可愛らしい欠伸をして、眠たそうに目をこすっていた。入ってきた時のテンションは一体どこに行ったのやら。
「それで、お前は何しにきたんだー?」
「あー、それがさー……」
呆れるように話し始めた内容は鞠亜にとって、割と迷惑な話だった。
昨日は相部屋の女の子が彼氏と夜中遅くまで話していたせいであんまり眠れなかった。寝不足だった鞠亜は昼寝をしたかったのだが、今日はお友達を寮の部屋に招き入れて今もワイワイ騒いでいるらしい。そういうわけで寝る場所どころか半強制的に部屋を追い出された鞠亜は寝る場所を探していた。
「というわけで寝かせて。つーか寝る」
「あ、おい!」
舞夏が何か言うより早く鞠亜は佐天のベッドに静かに寝転び、秒にも満たない時間で眠りに入ってしまった。
こうなってしまっては舞夏も強く出ていかせるわけにはいかない。
言いかけていた言葉を胸の奥底にしまいこんで、鞠亜の方を睨んだ。しかし舞夏の位置では鞠亜の顔がベッドに腰かけている佐天に隠れて見えないので必然的に佐天を睨む羽目になってしまった。佐天は苦笑いをしながら、
「まあ別にいいんじゃない?昼寝だけだし」
「……まあいいけどなー」
しかし何だかんだ言って舞夏は鞠亜の実力は認めているのだ。恰好こそ無駄に派手でメイドらしくないが、学年の順位は自分の一つ後ろで料理以外の成績は自分とほぼ変わらず、格闘術においては手も足も出ない。
少し油断すればあっという間に首を狩られることだろう。だからこそ、舞夏はあんな派手なメイド姿をしている鞠亜のことを必要以上に敵視しているのだが……それを口にすると色々言われそうなので何も言わなかった。
主に佐天とか佐天とか佐天とか。
「ん?どうしたの舞夏?」
「……いや、何でもないぞー」
何かとお互い敵視している舞夏と鞠亜だが、しかし鞠亜とはあることに関しては意見が一致しているのだ。
それは、佐天のことについて。
この繚乱に通う一年生の中で誰よりも努力し、誰よりも愛想よく振る舞い……そして誰よりも結果が出なかった。
それは佐天の努力の仕方が間違っているとかではない。ただスタートラインが人よりも後ろにあったという、ただそれだけ。繚乱のレベルが高く、周りのみんなも勉強し成績を上げてくるので、その差が中々埋まらないのだ。
舞夏と鞠亜は入った時からエリートだった。もちろんエリートなのは二人だけではない。数百人いるメイド達の中には元々頭がよく、舞夏達と肩を並べるほどの実力者も少なくない。
普通ならそのエリートたちと付き合うのが定石だろうし、現に入学当初はそういう人たちと付き合っていたこともあった。
しかしあることをキッカケに鞠亜と舞夏はエリートたちとあまり関わらなくなった。
それは、とある放課後のことだった。
繚乱の門を出てすぐのところに迷子らしき女の子がいたのだ。困ったように辺りを見渡し、誰かに助けを求めているようだが大人に声をかける勇気もなく、その場であたふたしていたのだ。
しかし繚乱に通う女子生徒は子供に声を掛けようとしなかった。
それは彼女達が他人に優しくないからではない。ただ繚乱の授業のペースの異常な速さや抱えきれないほどの課題の量が彼女達を苦しませているだけ。
助けたいのは山々だが迷子だと思わしき女の子の相手をしていたら課題、復習、予習をする時間が一気に減ってしまう。だから皆迷子の女の子を見て見ないフリをしていた。
佐天涙子を除いて。
『どうしたの?』
佐天はその子と目線を合わせるようにしゃがみ、ニコッと笑って聞いた。
『迷子になっちゃって……』
『どこに行きたいの?』
『……ココ』
地図を出し、行きたい場所に指差す。どうやら自分が通っている幼稚園に戻りたいらしい。聞くと、バスの中で寝てしまい最寄りより一つ後のバス停で降りてしまったのだと。
場所を把握した佐天は、何のためらいもなくその子を幼稚園に送ろうとしていた。
それを見ていた舞夏と鞠亜は驚きの表情を隠せなかった。
それもそのはず。佐天が向かう幼稚園は歩くには割と遠く、加えて自分たちが寝泊まりしてる寮とは正反対の方向なのだ。
それをするのが舞夏達エリートがするのであればまだ分からなくもない。元々の頭がいいということもあって課題を終わらすスピードも早く、それでも中々終わらないのだが他の人たちよりは余裕を持って課題を終わらせることが出来る。
しかし佐天は違う。
誰よりも才能が無く、この繚乱の中で最も努力が必要とされている彼女。成績も悪く、繚乱を基準にすれば物覚えも悪い。
そんな彼女には、誰かを助けている時間など無いというのに。
思わず、舞夏は佐天に声をかけていた。
『なあ佐天』
『あ、土御門さん。どうしたの?』
『お前そんなことしてる暇あるのかー?こう言ったら悪いが、成績良くないだろー?』
失礼な言葉を発してる自覚はあった。だがクラスメイトとして、同じ部屋を共有する
佐天は困ったように笑って、言った。
『あはは、そうだね』
『だったらどうして……』
『確かに私は物覚えは悪いし授業には全然ついていけないし、課題も今から帰ってやっても終わるかどうか微妙なラインだよ……うん、でもさ』
自分の気持ちを確かめるように一度頷いてから、佐天はこう言った。
『メイドになることに意識を向けすぎて困っている人を見捨てるっていうのは……本当にメイドになることなのかなーって、思ったんだ』
その言葉に、舞夏と鞠亜は衝撃を受けた。
メイドとしての本質。
一体何のためにメイドになり、どんなメイドになりたいのか。
メイドのお手本とは何なのか。
メイドの目指すべき場所はどこなのか。
ただ知識があればいいわけではない。経験が全てを物語るわけでもない。
きっと、ここに通っている生徒はその事を忘れてしまっている。
先生の指示に従い、課題に追われ、考える暇もなく、ただ三年間勉強漬けで終わってしまう。
気付かされた。
思い出された。
一流のメイドを目指すということを。
「(あの時佐天の言葉を聞いてなければ、私は
だから舞夏は佐天に関わり始めた。勿論今は友達だから関わっているが、最初はもっと別の理由で関わり始めたのだ。
なぜなら、あの時の佐天はこの学校に通う誰よりもメイドらしくて。
彼女と一緒に入れば、きっと本当のメイドを教えてくれそうだったから。
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ーー
ー
『じゃあ一緒に行こっか』
『うん!ありがとうお姉さん!』
『どういたしまして!』
『……佐天、私も手伝うぞー』
『え?別に一人で大丈夫だけど』
『まあそう言うな。お前が道に迷ったらどうするんだー?』
『いやいや、そこまで複雑な道のりじゃないでしょ』
『じゃあ私もやりますかね』
『……えっと、貴方は?』
『隣のクラスの雲川鞠亜。まあよろしく』
『うん。よろしく……?』
『鞠亜と呼んでくれても構わないぞ?』
『え、うん?あの……』
『お前はついてこなくていいぞー雲川ー』
『おいおいそれは酷くないかね?
『む……』
『えっと……話についていけないんだけど』
『気にしなくていい。佐天には永遠に分からないことだよ』
『まあそう言うことだー。まあ、強いて言うなら……私たちの自己満足ってところかなー?』