「1つお聞きします…先程。パチュリー様と小悪魔に、一体何をされたのでしょうか?」
咲夜は部屋を案内しながらも…後ろを歩いている霞に、そう訪ねてきた。
…実際に見て言えることは…あの時の2人はどう考えても、普段とは雰囲気が違っていた。
「ん?別に大したことはしてないけれど…強いて言うなら怪我を治療した位かな?」
「治療…ですか?それは弾幕ごっこの傷ですか?それは珍しいですね…パチュリー様が弾幕ごっこで怪我をされるなんて」
( 図書館内で怪我をするなんて、弾幕ごっこ位しかないし…それなら魔理沙でも来たのかしら…?なら今頃、パチュリー様は本を盗まれて怒っている筈……今日は魔理沙に勝てたのかしら?)
普段は弾幕ごっこをあまりしないパチュリーも、魔理沙が来た時は極偶に相手をしていた。
パチュリーはその時に魔理沙を追い返す事に成功した…と、咲夜は予想していた。
…しかし、霞の答えはその予想の斜めを行くものだった。
「まぁ…そうだね。小悪魔が魔理沙と戦った傷を、パチュリーの持病の喘息を癒すついでに治したって感じになるのかな?」
「え?」
咲夜は驚きのあまりつい声を上げてしまった。
幾ら効き目の強い永遠亭の薬を飲み続けているとはいえ、パチュリーの喘息はかなり酷く、これといった治療法も存在して無かった。
それを、癒した…?
「…そんな事が…あなたに出来るんですか?」
「まぁ最初は確証なんか無かったんだけどね…?去り際のパチュリーの様子を見る限りだと、それなりに上手くいってるんじゃないかな?」
「……信用は致しませんが、そういう事にしておきます…が、この先に居るお嬢様の前での失言は…お気を付け下さいませ」
霞の話を聞いていた咲夜は、既にレミリアの待つ部屋へと辿り着いていた。
咲夜はドアを数回ノックし、ドアノブに手をかける…
「お嬢様。客人をお連れしました…」
「構わないわ。入りなさい?」
入室を許す返事が返ってきた為、咲夜がドアを開けると…霞の目に映ったのは、青い髪の幼い少女の姿だった。
貴族の使うような格式高い椅子に座って足を組んでいる少女は…しとやかな髪と、ピンクのフリルの付いた洋服が印象的だった。
…しかし、やはり霞の興味を惹いて止まないのは…背中から生える、コウモリのような羽だろう。
初めて見た吸血鬼の姿に、霞は喜びを感じていた。
レミリアは真紅の瞳で、霞を見据えると…くるり、と。優雅な動作を見せながら、名乗り始めた。
「初めまして…私がこの紅魔館の主である、レミリア・スカーレットよ。…貴方、自分から吸血鬼に会いたいなんてのたまう…相当な、もの好きらしいわね?…貴方、名前は何かしら…?」
ただ、微笑を浮かべながら質問をしているだけで…霞の肌は、ビリビリと強い妖力の波を感じていた。
…予想以上の妖力に、霞はより一層。吸血鬼という種族に興味を抱き始めていた。
「ああ…すまない、自己紹介が遅れていたね?…私の名前は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ。
…流石は、噂に違わぬ吸血鬼だね?ここまで強い妖力を感じたのは久々……あ、昨日藍に会っていたから昨日振りかな?とにかく見かけによらず強いんだね…驚いたよ」
そう言って、自分も自己紹介を始めた霞だが…
レミリアは自分の妖力を受けながらも、平然と自己紹介を続けている霞に強い、興味を抱いた。
( …この妖怪、私の妖力を真正面から感じてるのに…眉一つ動かさず微笑み続けるなんて、やっぱり咲夜の言ってた通り相当強い大妖怪のようね…?…というかこいつの運命、何だかぼやけてて読みづらい……ッ!?)
レミリアは目の前にいる霞に対して、挨拶程度に能力を使ってみたものの…何だか普段使っている時とは違い、情景が鮮明に見えなかった。
そんな時、突然…衝撃的な光景が目に映ってきた。
「…ねぇ咲夜?私、少しこの妖怪と話してみたいの。…二人きりにして貰えないかしら?」
「…?分かりました。それでは扉の前で待機して居ますので…失礼致します………それでは霞様?お嬢様と2人きりだからと言って…邪な考えなどは、御遠慮願いますね?」
レミリアの命令に、咲夜は少し驚いた顔をしていたが…直ぐに元の澄ました顔に戻ると、霞に一言…忠告をした。
咲夜の目は、全く笑っていなかった。
「分かってるさ…ただ話すだけだから、特に心配しなくても大丈夫だよ?私にレミリアをどうこうするような力なんてものは、生憎持っていないからね…」
それを聞いた咲夜は丁寧なお辞儀をした後…レミリアの部屋から出ていった。
「…そこで立っているのも疲れるでしょう?こっちに来て座りなさい?さっき、咲夜が入れてくれた紅茶もあるわよ?」
「それはありがたいね…ここはお言葉に甘えるとするよ。…それで、私に何を聞きたいのかな?」
レミリアの目の前にいる霞と名乗った妖怪は…椅子に座り、レミリアの様子を見つめながらもニコニコと微笑んでいた。
…紅茶を霞のカップに注ぎながら、レミリアはさっき見えた光景を伝えようと口を開いた。
「ねぇ霞?…貴方の能力は
『秘湯を操る程度の能力』よね?」
「…おや、そうだけれど…正式名を当てられたのは数百年ぶりだね…咲夜に聞いたのかな?」
能力名を言った瞬間、少し驚いた顔の霞を見て…レミリアの中で、ある確信が生まれた。
「いえ、咲夜から聞いたのは…貴方が相当な妖力を持つ大妖怪ってこと。そしてこの辺りで見かけない妖怪だってことの2つだけよ。
…実は私も能力を持っていてね…?『運命を操る程度の能力』っていうのよ。…それで今貴方の運命を見たんだけれど……
…貴方が一瞬で私の妹によって爆散する。…そんな運命が見えたのよ」
レミリアの言葉を聞きながら霞は何かを考えると
「爆散、ねぇ……それに妹か。吸血鬼にはそんな能力もあるのかい?やはり妖怪によって色々な能力の違いがあるんだねぇ…
あ、この紅茶美味しいからお代わり貰うよ?」
紅茶を飲みながら、案外ケロリとしていた。
( …意外と冷静ね。どういう事…?自分がここにいれば死ぬって宣告されたのに…どうして平然としていられるのかしら…?)
霞の目は『爆散…物騒だね?』と不思議がるだけで、特に動揺したようには見えなかった。
そんな霞に、レミリアは状況を伝えていった。
「…いいえ、普通の吸血鬼にそんな力は無いわ。けれど私の妹…フランドール・スカーレットは…この世に生まれながらにして『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を持っていたの…
…フランはその力に、自我を飲まれてしまったの。昔、紅魔館で働いていたメイド達を何人も殺してしまって…今は力が制御出来るようになるまで、誰とも合わないように…この館の地下室に、幽閉しているわ…」
レミリアはフランを思い出しているのか…顔を俯けたまま、自分の胸に手を当てていた。
…その顔は悲痛に暮れ、妹に対して遠ざけることしか出来ない自分を呪うような…深い、哀しみに染まっていた。
…今思えば、こんなに苦しむ顔を見た霞が…言うことを聞いて素直に帰るわけが無かったのだ。
「…だから霞?折角来てくれたのは私にとっても、久々の来客で嬉しいのだけれど…貴方は、早くここから出ていかないと…確実に死んじゃうわ。だから今日の所は帰って頂戴?貴方には私、興味が湧いたの。だから今日だけは帰って。間違ってもフランに会ったりなんかしちゃダ」
「そうか、そのフランとやらはは今も地下室に居るんだね?…忠告ありがとうレミリア。紅茶、美味しかったよ?」
レミリアが言い終わる前に、紅茶を飲み終えて席を立ち上がった霞は
椅子を直して部屋を出ていこうとした。そんな霞を見て、レミリアは焦りながら霞へと駆け寄り……その腕を掴んで引き止めた。
「ちょ…ちょっと!?貴方何を言ってるのよッ!!今、フランに会ったら死ぬって言ったばかりじゃないッ!!あの子は、危険なのよ…ッ!それなのにどうしてッ…!?…貴方、まさか自分の命なんて大事じゃないって言うの…?」
訳が分からない、レミリアはそう思った。そこへ行けば自分は殺されると言われたのに、何故か進んでそこに行きたがるなんて…この妖怪にはもしかして、自殺願望でもあるのだろうか…?
そんなレミリアを見て、霞は微笑みを浮かべると…
「レミリア。妹の事は好きかい?」
…そんな事を聞いてきた。
…答えはなんか、決まっている
「…えぇ。好きよ。大好きだわ…私はフランを愛してる…そんなの決まってるじゃないッ!!!
私はレミリア・スカーレット!!!あの子の………フランドール・スカーレットの…この世界でたった一人の姉であり、家族なんだから…ッ!!!」
レミリアはそう叫んだ。…叫ばずにいられなかった。何故かこの時、霞の目の前で…そう宣言しないといけない気がした。
それを聞いた霞は何度か頷いて
満足気な顔をレミリアへ向けると
「そうか……やっぱりそうだよな。姉妹が一つの家の中でバラバラで過ごすなんてのは…やっぱりおかしい事なんだよな。
レミリア…どうやら今の叫びは、嘘偽り無い本音のようだったしね?…それを聞いたからには、私も一応男として…無視する事は躊躇われるしね……私にも、その仲直りとやらを手伝わせては貰えないかな?」
「…ッけれど!!さっき私が見えたのは…貴方がフランにの右手に胸を貫かれた後、交戦するよそのまま『目』を砕かれて爆散する……そんな運命だったのよ!?無茶に決まってるじゃない!!
…それに、運命を操ろうにも…何故か貴方には私の力が及ばないし…!!危険過ぎるわよ!?やめて頂戴!!」
「…おや、心配してくれてありがとう…レミリア。…紫たちが言ってたこととは随分違って、とても可愛く思いやりの出来るいい子じゃないか?後で情報の偽りについて話し合わないとな…
それに、私は命を捨てにに行くつもりなんて毛頭無いよ?ただ、私がそこに行く運命があるのなら…そこには、私を求める存在が居るのだろうさ。…まぁ、上手くやってみるよ?」
もう何を言っても聞かないような霞を見て、レミリアは肩を竦める。…根拠なんて全く無いけれど、何故だかそんな言葉を信じてみたくなった。
「なら…分かったわ。もう、この件に関して私は貴方を止めないし、口を出さない。
…けれど、あなたのおかげでフランがまた昔のように笑って…また2人で過ごせるようになる。…そんな運命が現れることを、私は願ってるわ…」
「ん。それなら3人で一緒に風呂に入るのも…楽しそうだね?…私は湯に浸かりながら、誰かの話を聞くのが何よりも好きなんだよ。…どうかな?紅魔館の主様?」
そう言われたレミリアは、唐突な混浴の誘いに少しだけ顔を赤くしながら…
「…そうね。もしもこの後…貴方が生きて帰ってきて。…そこにフランの姿があれば………私も、一緒に入ってあげるわよ。
…だから、絶対に生きて帰ってきて頂戴ね?」
( …あぁ恥ずかしい。私は何を言ってるのかしら?男と一緒に風呂に入るなんて、普段なら一言でバッサリと断るはずなのに…どうして私はそこにフランまで一緒に入るなんていう、不確定な未来を信じたのだろう?
…でも、この妖怪のことは何故か信じたくなってしまう…そんな雰囲気を放っているのよね…不思議だわ…)
「なら、そろそろ行ってくるよ…フランのいる地下室はどこにあるのかい?」
「地下室までの道のりなら、咲夜に案内させるわ…咲夜!!入って来なさい!」
その瞬間、ガチャリとドアが開かれ咲夜が入ってきた。
「どうかされましたか…お嬢様?」
「今から霞を地下室へ案内してあげて頂戴…」
「お、お嬢様…ッ!?地下室は、…そこには妹様が居ますよ!?…まさかこの男を…?」
「ああ違うよ、そこへ案内を頼みたいのは、私が地下室へ行く事を望んでいるからさ。…連れて行ってくれないか?」
「咲夜…頼んだわよ?」
「えぇ…畏まりました。それでは、こちらです…」
そう言って咲夜は、霞を地下室へと案内して行った。それを見届けるように、遠くから霞を見ていたレミリアは…自室に戻り、すっかり冷めてしまった紅茶を渇いていた喉へ流し込んだ。
「頼んだわよ…霞…」
手を固く握りしめながら、そう願ったのだった。
( …どうして自分から妹様のお部屋へ…?まさか…狂気の力に飲み込まれた妹様を殺すために…?)
咲夜の隣で、廊下にある彫刻や絵画を何度も興味深く眺めている霞を見て。咲夜はそう考えた。
昔、この紅魔館が幻想郷に入ってくる前には…自称ヴァンパイアハンターを名乗る者が、何度もレミリアやフランの噂を聞きつけては討伐しようとして、返り討ちにされていた。
霞はどうやら大妖怪の様だし、いくらフランドールが吸血鬼とはいえ、まだ500歳程度…妖力の質からして普通の大妖怪と違っているこの妖怪は…一体いくつ何だろうか?それに、温泉を湧かせて人を癒す能力など持っているなら………癒す?
そこまで考えて咲夜は気づいた。霞は妖力こそ多く、唯一無二の能力を持っている。
…が、それは戦闘に置いて…余りにも攻撃力が無かった。見た所、武器すら携帯していないし…強いて言うなら首に巻いている羽衣くらいだろうか?
「 霞様…妹様はかなり気が触れていて、危険な能力を持っています…近づいた対象の『目』…身体の緊張した部分を自分の手のひらに移動させて、そのまま握りつぶす……すると相手は身体が爆散するかのように粉々になってしまう……確か、レミリアお嬢様はそう言っていました…」
霞はそれを聞くと
「ふむ…なら大丈夫かな…?どうやら私にとって、相性が良さそうだな相手だったようだね…」
呑気にそんな事を言っていた。…
そんな余裕のある霞の姿を見た咲夜が…振り返って
「霞様は、お嬢様を…フランドール・スカーレットを…
…殺すおつもりなのでしょうか…ッ…?」
咲夜は右手にナイフを構えながら、後ろを歩いていた霞にそう問いかけた。
殺気を溢れされる咲夜。それを見た霞は…咲夜の頭に、手をぽん、と載せると…ぐりぐりと撫で回し始めた。
「 私には、人も妖怪も殺すような力は持っていなくてね。…昔から友人には『お前ほどお人好しなサンドバッグは居ないよ?』…なんて言われてきた位なんだよ。
…だから、咲夜の考えていたようなことには…絶対に、ならないと思うけどね?」
突然撫でられたことに驚きつつ、平静を装いながら…咲夜は霞の言葉を聞いて…ナイフを懐へとしまい込んだ。
「…そうですか。それなら安心しました。…ですが、危険な事には変わりありません。…もうすぐ妹様のいる地下室に着きます。心の準備は…もう、出来ていますか?」
廊下の先に、地下へと続く階段があった。暗くて見づらいけれど…その先には、重厚な扉があった。
「…うん。それじゃあ行ってくるよ…レミリアへ、私の運命が見えなくなったらここへ来るように行っておいてくれないか?」
「…それはどういう…わ、分かりました。必ず、伝えさせて頂きます。…どうか、妹様をお助け下さい…」
「分かってるよ。それじゃあまた後でね?」
出会った時のように。微笑みを浮かべたまま手を振って、階段を降りていった霞を見届けた咲夜は…急いでレミリアの元へ向かった。
「霞様…どうかご無事で…!!!」
咲夜は走る。主人へ、一刻も早く霞の言伝を伝えるために…
「 …随分降りてきたけど、どうやらこの扉の先にフランドールが居るようだね?
ふむ…やっぱり思った通り…寂しく、誰かに助けを求めるような悲しい妖力を感じるね。
…まぁ、こんな時のために私の能力があるんだろうし…死なない程度に、頑張りますか…」
そう言って霞は扉に手をかける。重い扉を開いた先に…陽の光が入らない薄暗い地下室の中で。
少女がポツン、と独りで座っていた。
暗くて顔はよく分からないが…さっき会ったレミリアと違い、こちらは肌がざわつくような…冷たい妖力を感じた。
…一体どれ程の孤独を感じていたのだろう?薄らと感じられる感情のは…つい最近まで、霞が感じていたものにそっくりだった。
それを感じた霞は…微笑みを浮かべて、訝しんだ目を向け、座り込んでいる少女の目線に合わせると…自己紹介を始めた。
「初めまして。私は吸血鬼と話がしたくてここに来たんだけど…構わないかな?」
「………?貴方はだぁれ…?お姉様のお友達…?」
霞の目の前にいる少女は、濃い黄色の髪をサイドポニーにしている…真紅の瞳をした、幼い吸血鬼のようだった。
服も真紅を基準としているようで、スカートや特徴的な帽子にも…紅が使われていた。
そして不思議な事にフランドールは
一対の羽に、色々な色の輝く宝石が付いている…レミリアとは全然違った羽を持っていた。
霞は穏やかに微笑んだまま、フランドールに話かける。
「私の名前は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ…良かったら一緒に入ってみないかい?」
不思議なものを見るようなフランの目の前に。
2人が入れる程度の温泉を作り上げたのだった。