東方湯煙録   作:鯖人間

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睡眠不足で自律神経が乱れる…
夜間、襲撃に来る蚊を自分は一生許さない。



準備と謝罪と椛の受難

その頃、妖怪の山では目まぐるしく状況が動いていた。つい先程、紫と天魔を筆頭にした『霞定住プロジェクト』なるものが突如開始された為…天狗を治める組織の重役を担う、数名の大天狗達が天魔の家へと集められていた。

 

 

 

 

「えー…今言った通り。これからこの妖怪の山へ、温泉宿を作る事になったわ。

…何か質問はある?」

 

天魔の言葉によって、今まで何も聞かされていなかった大天狗達が勢い良く口を開いた。

 

 

「…お言葉ですが天魔様。一体何故、そんなものをこの妖怪の山へと作る必要があるのですか?」

「そうだ!我ら天狗の治めるこの神聖なる山に、温泉宿など必要無いッ!下賎な輩にこの山が汚されてしまったらどうするのですか!?」

 

 

「それについてはさっきも言った通り、この山に住む妖怪達の娯楽として最適だと思ってるからよ。

…それに、その温泉は霞が湧かせる…これだけでもう、我々にとって、作る価値はあると思うのだけど?」

 

 

「なっ…その霞とはまさか、あの温泉妖怪の事ですか!?」

「何だって…?天魔様!その話、真なのでしょうか!?」

 

「ど、どうしたんだお前達!いきなり立ち上がって…」

 

霞の湯と聞いた瞬間。先程から無言で天魔の会話を聞いていた2人の天狗が立ち上がり、天魔へと詰め寄ってきた。

 

 

「どうやらお前達は霞の湯に浸かったことがあるようね…それについては本当よ。これから作る温泉宿の管理人として霞を抜擢しているから…また、奴の湧かせた温泉に入れるわよ?」

 

 

「おぉ…それは実に良い考えだと思いますね。それに今の若い天狗の中には仕事や上司との付き合いでストレスを感じている者も多い…」

「その通りです!それに鬼が去ったものだから天狗の仕事は増える一方で…彼らの心身を癒すこと、それは可及的速やかに解決しなければならない問題の筈です!」

 

「おい!ちょっと待てッ!?貴殿らはこの山への温泉宿建設に賛成だというのか!?私はその温泉妖怪とやらの噂を聞いたことが無いのだが…?」

 

「ああ、これは古参の大天狗の1部しか知らない情報だ。その妖怪の湧かせる湯にはどんな怪我や病でも癒すと言われている…」

 

 

「けど、そんな噂は自分は聞いたことがありませんよ?それに烏天狗や白狼天狗なぞ下っ端に過ぎないんですから…上司の命令を聞くのが当然でしょう?」

 

疑問を浮かべた顔でそう言った大天狗を見る…と、どうやら椛が言っていた上司の天狗の様だった。妖力からしてまだ若く、大天狗と言う種族を誇っているのか強気な発言をしていた。

 

 

「あぁ…アンタが自分は大天狗だからといって。鴉天狗や白狼天狗を下に見ている輩ね…?確か椛が持ってくる資料の中に、職務態度が悪くて威勢だけの男だと書いてあったけど。

…その様子を見るに、どうやら本当のようね…?」

 

 

「なっ!?あの白狼天狗、余計な事を書きやがって…ッ!?」

「お主は多数の天狗達から敵視されてるようね…これ以上、目に余る行為を続けるのならば…天狗全体の品位を落としかねない存在として厳正なる処罰を降すわ。

…常々、肝に銘じておきなさい?」

 

 

「ッグ…!?は、はい…っ!?」

 

 

天魔に睨まれた瞬間。大天狗はまるで、人形のように身体の力が抜け落ちてしまった。身体の熱が全て消え去り、芯から凍える感覚を覚えた。

途端に大天狗は己の身に降り掛かった得体の知れない恐怖に怯え、額を床にに擦り付けた。

 

 

「そうだったわ、この計画を進める前にひとつ。言い忘れておった事があったんだけど…」

 

 

バターン!!!!

 

 

そういった時、天魔の部屋の扉が勢い良く開かれる…と。そこから3人の鬼の少女が入って来た。

 

 

「はーい…椿ちゃーん?予定よりも少し遅れちゃったのはゴメンねぇー?なんと、地底の帰りに萃香さんと出会ったんだよ!それに快く宿作りに協力してもらえることになってさー!これで更に作業が進むよ?良かったねー!」

 

「そうだよ!紬も勇儀も面白い事やってるのに、私だけを除け者にするなんてことは許さないよ!私だって霞の定住には賛成だしね!」

 

「そう怒らないでよ萃香ー……私、さっきまでイイ感じに酔ってたのにいきなり呼び出されたんだよ?返事する前に首根っこ掴まれたしねぇ…まぁ私も霞が温泉宿を経営するってのは気に入ったし。手伝いなら任せときな?」

 

 

そう言って現れた3人の鬼を見て、天狗達は身を強ばらせる。それは昔、この妖怪の山を治めていた天狗達を圧倒的な力で降した最強の鬼こと鬼子母神、紬だった。

 

 

人間を嫌い、地底に行ったはずの鬼が今…自分達の目の前に現れたことに驚いていた。

 

 

「それにしてもずるいじゃないか萃香?もう霞の湯に2回も浸かってるなんてさ!…何で私に教えてくれなかったんだい?」

 

「えぇ?流石に無茶言わないで欲しいんだけどね…地上のどっかにいるなら能力使って直ぐに教えられたんだよ?けど流石に地底までは無理だね…勇儀の妖力に気づいたのも、妖怪の山に着いてからだからね?」

 

 

萃香に話しかけたのは星熊勇儀。かつてこの山で四天王の1人として畏れられていた鬼の少女である。金色の髪を腰まで伸ばし、真紅の角を額から生やしている姿はとても勇ましい…

『怪力乱心を操る程度の能力』を持った武闘派でもあり、萃香と同じくドが着く酒豪でもあった。

 

また、子供体型の萃香とは違って背丈は高い。身体は強靭かつしなやかな筋肉で覆われているにも関わらず、胸の膨らみや腰の括れなど女性らしい起伏のある恵まれた身体をしていた。

 

 

 

「な、何で鬼子母神と四天王がこんな所にッ…!?」

 

「そんなの決まってるじゃないか?宿作りの手伝いと……最近ちょっと調子に乗ってる天狗達を〆ようと思ってね?」

 

「私らも霞にゃ恩があるからねぇ…ま、厄介事の種を間引きにきたって言えば分かるかい?」

 

「「な、何だって!?」」

 

「それでは聞くけどさー…天狗の皆は勿論、霞ちゃん宿作り…手伝って、くれるよね?」

 

 

 

「「「「「も、勿論です!!!」」」」」

 

 

その地獄から響くような凄みのある声音を聞いた大天狗達は皆、了承しなければ自分の身が危ない事にいち早く気が付いた。

そして大天狗達は声を揃えてそう宣言すると、1秒でも早くこの空間から逃げ出しそうとして…天魔の計画を自分の部下へ連絡する為に部屋を飛び去っていった。

 

 

「流石紬ね…お陰で思いの外早く決着がついたわ…ってあれ?どこ行くのよ?」

 

 

「それはねー…萃香さんからこの山に2人の神を祀った神社が流れてきたって話を聞いたんだよ。…だから、協力を仰ぎに行ってこようかと思ってねー?」

 

 

妖怪の山の神社…つまり守矢神社の事だろう。確か今より少し前、いきなり神社がこの妖怪の山へ現る異変が起きていた。外の世界で信仰が薄れたために神社ごとこの幻想郷へと流れてきた2人の神。…成程、全て合点がいった。

 

 

「そう…確かあの神々のどちらかは大地を司っていたはずだし、協力して貰えれば作業も楽になりそうね…?あんまり脅しすぎるんじゃないわよ?」

 

「はい!大丈夫だよー…あの二人も霞ちゃんのためなら喜んで協力してくれると信じてるし?

それじゃあ、行ってくるねー?あ、萃香さんと勇儀さんはさっき渡した地図の場所へ移動しててねー?」

 

 

「分かってるって…んじゃあ時間あるなら萃香、ちょいと呑まないかい?久しぶりにさ!」

「お、それいいねぇ!んじゃあ紬?先行ってるよ!」

 

「それじゃあ私も行ってくるから、また後で会おう?」

 

 

2人の鬼はそのまま上機嫌で天魔の部屋を出ていくと、紬もその後を追って部屋を出ていった。すると、1人になった天魔の目の前の空間が突然裂けた。

 

「ちょっと天魔ッ!あの河童たち宿作りに対して俄然やる気になってくれたんだけど…なんか設計図の中に自爆スイッチとか光学迷彩ルームとか全自動マッサージチェアとか変なの混ぜ込んでるのよ!ちょっと来て頂戴!?」

 

「前者は置いといて後者は凄い気になるんだけど!?分かったから直ぐに連れてって!!」

 

 

技術を高める事を一族の誇りとする河童達は…やはり、この計画に食いついたようだ。さて…この面子で工事して、普通の温泉宿が出来上がるのかしら…?

 

 

一抹の不安を抱えながら、天魔は紫と共にスキマの中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

「おい、椛ッ!!」

 

そしてそれらの話し合いが行われた直ぐ後の事。いつもの様に懲戒任務をしていた椛の前に、上司の大天狗が突然現れた。

 

 

「…何の御用ですか?まだ仕事中なので、貴方と話すことなんてな

 

「おい椛!い、今まで悪かった!もうお前の事を見下したりしないから…だから天魔様には俺の事は何も書かないでくれッ!!本当に悪かったから…頼む…ッ!!それじゃあなッ!!!」

 

「…へ?」

 

いきなり謝罪してきた大天狗の男に対して、椛は疑問を浮かべていた。一体この男に何が…?返答を考える暇もなく、男はそのまま立ち去ってしまった。

 

 

…おかしい。あの男は散々自分が下っ端だからと見下して、何度もしつこく絡んできていた筈なのに…最後、逃げるように立ち去った男の表情は…恐怖の色で歪んでいた。

 

 

「まさか、天魔様になにかされたのかな…?」

 

そして椛はそこへ考えついた。天魔様の能力は自分も分からないが…あの天狗、よっぽど恐ろしい体験をしたらしい。しかし同情する気など毛頭ないし、自業自得だと思っている。

 

 

「ちょっと椛!急いでこっち来て!」

 

そんな事を考えていると背後から慌てた様子の同僚に話しかけられた。返事をする前に手を引かれた椛はそのまま引きずられていく…

 

「ちょッ!?いきなり何をーー…」

 

「なんかさっき上司が来たと思ったらいきなり謝ったのよ!訳わかんなかったんだけど、えらく慌てながら『今すぐ天狗は山の中腹に集合しろ…!』なんて言われたのよ!で、さっきそこへ行ったんだけど…お、鬼が居たのよ!」

 

「え?鬼…?確か鬼って、結構昔に地底へ行ったんじゃなかったっけ?」

「私もそう聞いてたわよ!?でも本当に見たんだもん!疑うのなら椛の能力で見てみなさいよ!ホントに鬼が2人居たんだから…私、これから別の子達にも伝えてくるから椛は先に行ってて頂戴!」

 

そう言って同僚は慌てて別の天狗の元へと飛び去っていった。半ば呆然としながらも、椛は言われた通りに能力を使ってみる事にした。

 

 

「…お、鬼って、本当かなぁ…確か中腹って言ってたから…この辺りかな…?」

 

 

椛が千里眼を使うと、妖怪の山の様々な風景が椛の瞼へと映される…そしてそれが中腹を映した瞬間。椛の視界に飛び込んできたのは大小揃った鬼の少女達だった。

 

 

( 嘘…?ホントに鬼がいる!?ど、どうしよう…?もし侵入者だったとしても、私なんかじゃ絶対に勝てな……いッ!?)

 

鬼の姿を確認した椛は焦っていた。鬼は天狗よりも上の存在であるため、天狗は基本的に逆らうことが出来ない。

妖怪の山の序列は完全な縦社会となっているため、自分ごときが対応した所でお話にならない…椛がそんな事をぐるぐると考えていた時。なぜか酒を呑んでいた小柄な鬼が椛の方へ振り返り、椛の両目とばっちり目が合った。

 

「え…?」

 

 

そしてその直後。その鬼は霧のように辺りへ霧散した。椛が驚きの声を上げた束の間に、椛の背後へと二本角の鬼の少女が現れた。

 

 

 

「なんかさっきから視線感じると思ったら…アンタが見てたのかい?見たところ白狼天狗みたいだけど……まぁ、折角だからちょいと酒にでも付き合って貰おうか?」

 

「えっ!?あの、ええっ!?」

 

椛はそのまま手を引かれてもう1人の鬼の元へと連れられていく…鬼の力は強く、椛の力では全く引き剥がすことが出来なかった。椛は心の中で泣きながらふと思い返す…

 

 

( あれ…?賢者様の時もこんな感じだったけど…私、どこかで呪われたのかな…?)

 

 

そんな事を思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

自分よりも小さな少女に連れられて来たのは大きな広場だった。あれ?昨日までこんなところに広場なんてあったっけ…?

 

 

すると自分よりも大きな鬼が椛へと近づいてくる…

 

「どこ行ってたのさ萃香?それにその天狗はどうしたんだい?」

「いやー…なんか遠くから視線感じてたんだけどねぇ?ちょっくらとっちめて来たんだよ」

「へぇ、ねぇ…そこのアンタ。名前は何て言うんだい?」

 

「は、はははいわ、私は白狼天狗の犬走椛で、す。あ、あの。決して敵意があったとか、そういうのじゃなくってその…」

 

 

目の前にいる2人は立っているだけなのにこちらが威圧される程の妖力をその身に纏っていた。

 

 

( こんなの追い払う所か、私が逆に潰されちゃうッ!?)

 

 

椛がこの先の展開を想像し、滝のような汗を流しながら身体を震わせていた時。

 

 

名前を聞いて、萃香の目が変わった。

 

 

「ん?犬走椛…?椛ねぇ……どっかで聞いたことある気がするんだよなー?…あッ!!そう言えば紫が言ってた天狗の名前が椛って言ってた!アンタ、紫と一緒に霞の温泉入ったんだって?」

 

「え、は、はい。一昨日、霞さんにはお会いしましたけど……どうしてその、賢者様が私の事を…?」

 

「なんだか紫がやたらと藍の耳と尻尾を見ては

『あぁ、やっぱり藍の尻尾のモフ度は危険だわ…ッ!藍でこれだとあの白狼天狗の椛って子に霞が出会ってしまったら大変な事に…ッ!?ど、どうしましょう!?』なんてぼやいてたんだよ…」

 

「へぇ…アンタ、賢者と霞の知り合いだったのかい?こりゃすまなかったね!てっきり敵かと思ってちょいと威圧してしまったよ!とりあえず座って話でもしようじゃないか?私は星熊勇儀…気軽に勇儀でいいよ?」

「あ、私は伊吹萃香だってモンだけど…あ、折角だから」

そう言って2人は纏っていた妖力を一瞬で霧散させて、椛へと名乗ると…2人共。手に持っていた盃と瓢箪を椛へと差し出した。

 

 

「これから霞が住む宿を作るんだけど、全員揃うまでまだ時間があるんだよ…ちょっとアンタも1杯やってかないかい?」

「お!そりゃあいいね!天狗と呑むのは…確か、カメラを片手に持って四天王について取材してきた…やたらとすばしっこい烏天狗以来だね?

あの天狗はその辺の鬼並みに酒に強かったけど、アンタはどうなんだい?」

 

 

「え、お、お酒ですか?あまり、得意とは言えないですね…」

 

質問に答えながら、椛はその烏天狗に心当たりがあった。幻想郷最速を自負しながらも新聞作りのため、各地でネタを探しに奔走している…1人の烏天狗の姿が。

 

( それってもしかしなくても文さんの事じゃ…!?鬼と呑み交わせるって普通に凄いんだけど…これ、もしかして私のハードルが上がってるッ!?)

 

 

「ん、まぁそれは置いといていいか。とりあえず天魔と紬が来るまで酒盛りだぁ!」

「さぁさぁアンタも呑むんだよ!!ホラホラ!」

「は、はいぃぃぃい!?」

 

 

 

…その酒盛りは椛が酔い潰れてダウンするまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 




誤字脱字の報告、ホント助かってます。
ありがとうございますm(_ _)m
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