「ちょ、ちょっと待って!?霞、あの輝夜と面識あったの!?」
「あぁ…妹紅に会う数年前に知り合ってね?」
「えぇッ!?よりにもよって私の方が後なの!?どうしてそれをあの時に言ってくれなかったのさ!?…そしたらもっと早くにアイツを殺せたのに!!!」
「いや……私お前が憎んでた相手が輝夜だってことを知ったのは、お前が私の呑んでた酒を勝手に飲み干して盛大に酔っ払ってた時にお前がポロッと言った
『大体父上もおかしいんだ!!どうして私と同じ位の年の女に求婚なんてするのさ!??あんなにプライド高そうな自己中女の何処がいいんだよ!』
って発言を聞いたからだぞ?それにその後、幸せそうに眠ってしまってたし…わざわざ起こすのも忍びないと思ってね。朝起きたら伝えようかなー…なんて思ってたんだけど……
…まぁ、タイミングを逃しちゃってね。そのままズルズルと伝えられないまま時がたってしまったんだよ。…何だか、悪かったね?」
「酒…それって霞と出会った初日じゃん!え、それから数年間も一緒に過ごしてたのに教えてくれなかったの!?霞ってば忍びすぎだよ何やってんの!?」
霞と出会った時の妹紅は…思い出す限り、かなり舞い上がっていた。初めて自分の事を真摯に求めてくれた霞に、妹紅は甘えていたのだろう……霞はの持っていた食べ物は美味しかったし、温泉に入った事も初めてだった。妹紅に対して霞は優しく微笑みながらずっと、自分の話や過去のちょっとした愚痴なども話してくれていた。
そして霞は世界に絶望していた妹紅の心を癒してくれた上に、人間として過ごせるようになる為の生きる術まで教えてくれた。読み書きと簡単な計算は元々出来た為、人間に対する礼節や物の買い方を教えて貰った。更に陰陽師のように、妖怪を払って生活ができるように色々な術まで教えて貰った。
妹紅は必死で術を学んだ。もう、妖怪に対して喰われるだけじゃない事を知らしめてやる為に。何年もかかる修行に必死に喰らいついていた。
何もかも、全ての元凶であるかぐや姫を見つけだして、この手で殺す為に。
身を焦がす程のかぐや姫に対する復讐心はとても強く、もはやそれが、今の妹紅が生きる為の精神的な支柱となってしまっていたのだ。
だからこそ、霞は憎しみが過度に溢れない程度に妹紅の心の傷を癒し続けながら…かぐや姫と出会った事を伝える事を己の中で禁じていた。平穏な日々を過ごしながら、この先妹紅が心身ともに強くなれるように。
その手で自分の居場所を手にするまで、様子を見ながら共に過ごしていた。
今、絶対にかぐや姫と出会わないように……細心の注意を払いながら。
「…私も黙ってる事には罪悪感もあったよ。騙し続けて恨まれる覚悟もしていた。妹紅だって寝言で『輝夜…ぶっ殺す…』とか『絶対に見つけ出して燃やす…』なんて言ってる始末だしね?
…それでも朝になったら
『ねぇ霞ー?なんか変な夢見たから汗かいちゃってさ。温泉入らせてー?』
なんて笑顔で笑いかけて来るんだから…どうにかして、お前にさ健やかに過ごして欲しくてね。私も力になってやりたかったんだ」
「そ、そんな事もあったかな…?でも、どうしてその時に輝夜にあったらダメ………って、あ…そういう事か…」
妹紅は、己の過去を振り返って気がついた。
生い立ちが過酷だった為、復讐心や憎悪の感情を持つこと自体は仕方なかったのだが…あの時、力をつけないまま。幼い子供のような思考でかぐや姫と出会っていれば…妹紅は今、どうなっていたのだろう?
仮にその時にかぐや姫を殺したとして、自分を構成する中で最も太いであろう精神的な支柱を失った妹紅はそのまま今のように、沢山の辛いことを乗り越え、身を預けられる程に信頼出来る友達が出来るまでの時間を強く生き続ける事が出来ただろうか…?
答えは、否だろう。
そんな状態では、また死ねない亡霊へと逆戻りだ。
「…確かに、霞の言ってることも分かる……でも、何で妖怪が都に行こうなんて思ったのさ!あそこって陰陽師とかいっぱい居るから妖怪が入り込むなんて、滅茶苦茶危険な筈でしょ!?」
しかし妹紅はそれよりも気がかりだった事があった。あの時代は今のように人間と妖怪が共存出来るなんてことは…絶対に不可能だった。
都には名うての陰陽師達が集い、常に人間と妖怪は対立関係だったのだ。
そんな時代に霞のような妖怪を受け入れる人なんて居るのか…?いや、いない。皆が霞を退治しようと躍起になる筈だろう。だからこそ妹紅は怒り、責めるような目を霞へ向けた。
すると霞は突然。感傷に浸るような、落ち着いた雰囲気を出し始めた。妹紅は少し毒気を抜かれながらも何か、地雷を踏んでしまったのかと不安な眼差しを霞へ向けると………霞は思い出を懐かしむように柔らかく微笑みながら、妹紅の頭をゆっくりと撫で始めた。
「…あぁ、妹紅も私を心配してくれていたのか…すまない、気づかなくて。当時、私は長く住んでいた森から出てきたばかりでね…?…無性に誰かと会いたかったんだよ。
だから友人と旅をしていたんだ。すると丁度近くに都があったものだから…試しに赴いてみたんだよ。それに、私だって自衛の手段はしていたさ。けど、受け入れてくれた人は居たよ。そして輝夜とはその時に出会ってね……
…けど、長くなるからこの話は今度話すよ。いいね?」
そんな顔をされたら怒るにも怒れない…当然厄介事もあったのだろうけれど…何より、霞がこうして笑う時はいい出会いがあった時だ。霞はその事を今でも嬉しく思ってるのだろう…
「…もう、またそんな顔して…仕方ないなぁ。じゃあ今度絶対に教えてよね?…それと輝夜の奴、私より先に霞に会ってたとか腹立つな…よし。今度輝夜に会ったらぶっ殺そう。跡形もなく消し炭にして…頭が冷えた頃にあいつの話を聞いてやろう」
霞の目の前で小声で漏らし続ける妹紅の言葉は…なんというか、不死者にしか理解できない言葉だった。老いることも死ぬことも無く、長い時を生き続ける不死者にとっては…痛みを伴う勝負というものもまた、生を感じるために必要な事なのだろう。
…霞自身。何も起こらないまま独りで過ごした数百年を思い出すと…やはり、次はもう耐えられそうになかった。この世界を生きていく上で、退屈や孤独というものは敵でしかない。永い時を生きる妖怪にとって味気無い日々や変化の無い日々が続いてしまうと……いくら強靭な身体を持つ大妖怪だとしても意味などない。身体ではなく、その心が渇ききってしまうからだ。
退屈が続けば妖怪は無気力になる。孤独が続けば妖怪は壊れてしまう。そんな風になってしまった妖怪は……自分の身体を維持する妖力が枯渇してしまってそのまま消滅してしまうか、壊れた心に狂気が宿ってしまうかの2択だ。
それ故に、妖怪達は己の心を充実させることに対して貪欲である。…そして、だからこそ今。この幻想郷で生きる妖怪達は…各々、心の潤いを求めて色々な楽しみを見つけ出すことに成功していた。
天狗は哨戒任務や各自で新聞を作ったりして組織の維持と発展を図り、河童達は日夜技術の進歩に熱意を注いでいる。毎日酒を飲む鬼や我儘な主人に仕える従者達…悪戯や弾幕ごっこで遊ぶ妖精。他にも花や昼寝や説教など、多種多様な事を生き甲斐としている妖怪達もいた。
紫の様に大きな夢を持つ事も良い。
天魔の様に長として振る舞うのも良い。
紬がカスミン補給するのも…まぁ、良いのだろう。
そして霞にとっての温泉のように…妹紅や輝夜の生活にとっての殺し合いとは、2人が『生』を感じられる…大事な慣習にまで昇華された一種の恒例行事の様なものなのだろう。
双方が敗北の痛みや悔しさ…そして勝利の喜びや満足感を得ることの出来る、お互いの心を潤すための殺し合いだ。
そして次、輝夜と会った時は…燃やすと決めた。
昔のような復讐心はもう、持ち合わせてはいないのだけれど。生憎たった今…輝夜に対して妹紅の心を焦がす程の激情が生まれてしまった。
「…輝夜もここに居るのは紫から聞いてるから分かってるんだけどね?どうにも『永遠亭』という場所の在処が分からなくってね…妹紅は知ってるかい?」
妹紅は閃いた。輝夜を合法的に燃やす方法を…
「…うん。知ってる…じゃあ、私が案内してあげるよ。輝夜が住んでる所は、慣れてないと迷って出られない深い竹林だからね…大船に乗ったつもりで私にどーんと任せといて?」
「あぁ…ありがとうね?妹紅」
「いやいや…私も丁度アイツに会いたくなってね…そうだ!明日連れて行ってあげるよ!……あはは…楽しみだなぁー…?」
妹紅の浮かべる能面のような笑みが非常に気になるけれど…霞はスルーする事にした。…なんだか藪をつついてしまう気配がして仕方なかったから…
「それと…慧音?そんなに緊張されると何だかこちらも落ち着かないんだが…」
膝の上の妹紅と話している中。隣にいる慧音は顔を赤くしたまま身体をガッチガチに固めて目をつぶっていた。
…ここまで強靭な羞恥心を持った女性は久しぶりかもしれない。こちらが逆に新鮮さを感じてしまう程の緊張っぷりが、霞は気になって仕方なかった。
「わ、私の事は気にするなッ!!」
「いや、そうは言ってもね…?…あ、もし良ければ慧音のことを教えてはくれないかな?」
「へぇッ!?わ、私の事!?」
「え、なんで霞が慧音の事を…って、まさか!!」
妹紅は突然話を振られて驚きながら、細い腕で自分の身体を隠す慧音を見つめる……と、脅威に思ったことが幾つかあった。
( …!?そ、そう言えば慧音は人里の中でもトップクラスの美人だった!それに頬は真っ赤なのに透き通った蒼の瞳とか、濡れて身体に張り付いた銀の髪とか……何かめっちゃ色っぽく感じるッ!?しかも私より背が小さいのに胸が私より大きいとか反則じゃんッ!!!私なんて蓬莱の薬を飲んでから身体の成長止まっちゃったのにぃッ…!!)
湯に浸かった慧音から漂う溢れんばかりの色香を感じた妹紅は…愕然としていた。自分だってそれなりに長く生きてきた筈なのに……どうしてここまで色気に差が出てるんだろう…?やっぱ胸なの?
妹紅が心で涙を流す…そんな中。当の慧音は
( ど、どうして霞は私の話を聞きたがるんだ!?ま、まさかこれが里の皆がよく話していた『なんぱ』というやつなのか…!?ってダメだ!!里の守護者であり、多くの人間達の見本であるべき教師である私が…そんな破廉恥な事を受けてはいけないッ!!!……だがしかし、霞は私に対して興味を抱いてるのも事実。この温泉の事や妹紅のこともあるし…もしかしたらこの男は仲良くするべき相手かもしれない…?…というか私、混浴なんてしてるし…今、世界で1番破廉恥なんじゃないのかッ!?!?)
…大パニックだった。まぁ、無理もないだろう。慧音にとって教え子を家に招くことはあっても、風呂を共にした事など1度も無い。人一倍初心だった慧音は、成人した男と手を握った事すら皆無だった。
混浴なんて、まさか自分が体験するとは思ってもみなかった事だった。不健全であり、破廉恥極まりない行為のはずなのに………そのはずなのに、慧音はこの温泉に入ってから…密かに身体に心地良さを感じてしまっていた。
悪い事だと思っていた混浴が…実は心地良い事だと知ってしまった慧音は考えた。必死になって自分の納得できる答えを探していた。
そうしないと、男の妖怪と混浴している自分がとても不埒に見えて仕方なかった。口ではあれだけ不潔だ!破廉恥だ!と、口酸っぱく言ってきた自分を全否定する事になってしまう…
わたわたと顔を真っ赤にしながら慌てる慧音を見て、何か不味いことでも言ってしまったか?…といった顔をしている霞は言葉を言い換える。
…それが、特大の地雷だと気付かずに。
「ああ…私は昔から共に湯に浸った人の話を聞くのが好きでね…別に慧音に気があるとか、身体目当てとかそういった意味では無いよ?流石に子供相手に邪な考えを持つなんて無粋な真似はしないさ…」
「……は?」
慧音の身体から熱が一気冷めていった。さっきまでほのかに揺れ始めていた霞への信用は……大きな音を立てながら、一気に崩れ落ちてしまった。
慧音の禁句を言ってしまった霞を見て、妹紅は慌ててそれを訂正するように叫んだ。
「…あ、霞のバカッ!それ、慧音の禁句ッ!?慧音はもう100年以上生きてるワーハクタクなんだよ!?お、落ち着け慧音!霞はこう見えて長い事生きてるジジイみたいなもんだから仕方ないって!ほら慧音も背は確かにちっちゃいけど、それを補えるほど胸は大きいじゃな…ってちょ、力強いって何で私の方向いてるの!?ご、ゴメンって私が悪かったから少し落ち着…『天誅ッ!!!』
妹紅が慌てて慧音を止めようと肩を掴んだ瞬間。振り返った慧音が大きく後ろへ頭を振りかぶり……強烈な頭突きが妹紅を襲った。
ゴインッ
「ぎゃあああああああッ!!!頭がッ!!!頭蓋が砕けるぅぅぅぅうぅうッ!?!?」
直接脳へと響く様な激痛に悶える妹紅は……そのまま温泉へと沈んでいった。獲物を狩り終えた慧音はゆっくりと、もう1人の獲物へである霞へと近づいていく。慧音の長い髪の間から、怒りによって紅く染まった眼光がゆらりと動いたのが霞の目に入った。…そして慧音が一気に距離を詰めたかと思った瞬間。スラリとした細い指が霞の両肩を掴むと…そのまま信じられない程強い握力によって、その場に霞の身体を固定してしまった。
「……ハ……ナ…」
小声で何か言葉を零しながら、慧音は徐々に頭を振りかぶってゆく…もうそこに、裸を見せることを恥ずかしがっていた慧音の姿は無かった。丁度、霞の目の前に慧音に身体が晒されるが…隠す素振りなど一切見せず、ただ目の前にいる霞の顔を見据えていた。
「…慧音?もう聞こえてないかもしれないけれど…これだけは言わせてくれないか?」
その言葉に慧音の動きがピタリと止まった。一体何を言う気だろうか?…ここで自分を子供扱いした事を謝罪をすれば、少しだけ手加減してやろうかと思っていた慧音だが
「…この状況で言うのも忍びないんだけど…流石に私の目の前に立たれてしまうとね?もう、どうしようも無く目のやり場に困ってしまうんだが
『天誅ーーーーーッ!!!!!!!!!」
先程の妹紅への頭突きよりも高速で真下へと振り下ろされた慧音の頭が霞の脳天を襲った。頭蓋が砕けるかと錯覚す………いや、これ多分ヒビが入っただろう。それ位痛い。紬の『ぶっ飛び霞ちゃん』と張れる程の激し過ぎる痛みが霞を襲ってきた。
ゴチン…なんて可愛い音はしない。何かドゴォンとか聞こえた。…これ、本当に頭突きのレベルなんだろうか…?
薄れゆく意識の中。霞は昨日と今日の事を思い返していた。
朝、顔面を紬に殴られた。
昼、魔理沙に腹部へ突撃された。
夕方にはフランの強烈なタックルが腰を襲った。
…そして夜。妹紅の助走付きの強烈な膝蹴りと慧音の必殺の頭突きをその身に受けた。
( …多分、この世界で生きる限り…こんな風に、何かしらの痛みを受け続ける事になると思うけれど………
退屈だけは、しないんだろうな…)
そんな事を確信しながら、本日3度目になる気絶へ霞は意識を溶かしていった。
今、温泉に立っているのは…渾身の頭突きによって生じた多少の痛みで少しだけ冷静さを持ち直した慧音だけだった。
そして自分の胸元へと崩れ落ちてきた霞を慌てて受け止めながら、自分の胸の中で気絶している霞に大声で宣言した。
「人を身長で判断するなんて言語道断ッ!!!私は大人だッ!年長者だッ!!!子供扱いするな大馬鹿者ォーーッ!!!!!」
そんな慧音の心からの叫びは静寂の森へと響き、やがて闇の中へと溶けていった。
★
そんな慧音達の姿を遠くから1人の鴉天狗が覗いていた。漆黒の髪と羽を宵闇へと溶かし、胸から取り出した手帳にその光景と倒れた霞の様子を慣れた手つきでメモし始める…
『…スクープ…頂きですねー…?』