多忙過ぎる夏に翻弄されております。
嗚呼、無情。
慧音の部屋で、4人は食卓を囲んでいた。
妹紅が眠い目を擦りつつ、もそもそと起きた時には既に朝ご飯は完成していたらしい。
どうやら霞曰く、数刻程前から慧音と文の2人が作っていたらしいけれど…
( …何で慧音は喋らないんだ…?霞も何だか微妙に声に生気が無いし…あ。この焼き魚うま…いんだけど。何か空気が重くて味わいにくいなぁ…何があったんだ?)
机の上にあるそれぞれの料理の味は、とても美味しく。普段、自分が作った簡単な料理なんかとは格段に次元の違う朝食じゃないか!!…と、妹紅にとっては素直にそう思えたのだが…
やはり、この食卓の空気は不可解に感じていた。
( というか、どうしてさっきからやたらとベタベタしてるんだろ…この2人は…ッ…!!)
そんな妹紅も先程から気になっている事があった。それが気になって仕方なく、最早味を気にする事など出来ずにいた。妹紅は先程から見ないふりをしていた目の前の2人に視線を向ける。
「あの………本っ当にすみませんでした霞さん!!てっきりあの塵芥の事を…この私が、まさかまさか好きなんじゃないのか……なんて聞かれたのかと思わず勘違いしてしまってですね!?
最近は天狗達の中でも新聞の話なんてものは少なかったので、てっきりいつもからかわれてる方の事かと思っちゃって…いや本当に油断してただけで、本当に悪気は無かったんですよ!
あの時はちょーっとだけ逆上せてしまったせいで意識がふわふわしてただけでっ………許して下さいっ!私に出来ることなら何でもしますからぁーっ…」
( どうしてこの鴉天狗は涙目になってるのに、霞の腕に引っ付く事を辞めないんだろう…ッ…!!)
「 …あぁ、もうその事は気にして無いから。大丈夫だよ…ここに来て数日しか経ってないけど、もう身に染みてるからね。感情ってものは理性よりも強いんだし…射命丸もそろそろ顔を上げなさい。
…というか、気安くそんな事を言うもんじゃあないよ。『何でも』なんて……
…あぁ、本当に…『何でもする』、なんて。やはり気軽に言うような言葉じゃあ無かったんだろうな───」
「あ、そうですか……って霞さん?何だか目が死んでますし、それに何だかやたらと実感が籠ってますけど……その、大丈夫ですか…?」
「…昔のことだし、気にしなくても大丈夫だよ。うん。」
( 本当に、どうして人の目の前で、ここまで露骨で無自覚にイチャイチャイチャイチャとし続けられるんだろうかっ!!!)
今、この食卓を囲んでいるのは…先程まで、憎き宿敵(恋敵)を夢の中でひたすらフルボッコにしていた半寝ぼけ状態だった妹紅。
…しかし、脳が覚醒した状態で初めに見た光景は…個人的に、とても許せないものだった。
妹紅から見た所、どうやら霞がまた何かやらかしてしまったのか…普通な様子には見えなかった。だからこそあえてその辺をスルーした妹紅だったのだが、その結果がこの有様である。
どうにかこうにか千切れないように、堪忍袋の緒を締めながらも我慢を続ける。
が、しかし妹紅にとって。長時間に及び平静を装っていた事が…どうやら、はっきりと裏目に出てしまった。
妹紅は最早この2人の空間に入ろうにもすっかりタイミングを逃してしまい、ご飯をつつきながらこの状況を眺める事しか出来なくなってしまったのだ。
…そして、これも以外な事に何故か黙り込んでいる。妹紅の隣に居る慧音は朝から何を見たのか、顔を赤くしながらも白飯をもそもそと啄いてはずっと俯いていた。普段なら『破廉恥だッ!!』とか叫んだ後、顔を真っ赤にしてワタワタしながらも頭突きの一つや二つをお見舞いしてもおかしくないというのに。
…何故に注意、しないのだろうか?
そんなので教師が務まるのか!?教師なら不純異性交遊くらい取り締まらないと…なんて考えながら、自分の行動を思い出してしまい慌てて考えを消した妹紅。そしてそろそろ我慢の限界が近づき始めていた。
目の前で先程から行われていたのは…ひたすら霞へと縋り付きながら謝り続ける文の姿。むかつく。
妹紅だって立派な乙女であり、勿論譲れないものだってある。
しかし、そんな妹紅の気持ちを知っては知らずか当の霞本人と言えば…なんだか目の色がかなり濁っていた。いつも整っていた長い白髪の髪はまるで、とんでもないスピードで空中を飛び回った後のようにボサボサになっていて、襟首の近くがヨレヨレになった浴衣は射命丸の地雷によって起こった惨劇の壮絶さを際立たせていた。
…一体、何があったんだ?
「…なぁ慧音?なんであの二人って、さっきから謝って許してを繰り返してるんだ?文があんなに謝るのって私、初めて見たんだけど?というか近くない?あれ、私絶対近いと思うんだけど。さり気なく腕に抱きついてるのが凄い気になるんだけど。何あれ当てつけ?胸の成長しない私に対しての当てつけなの?」
とうとう口を閉じることに限界が来た妹紅は、ヒソヒソと小さな声で尚且つ力強く。妹紅の隣で見て見ぬ振りを続ける慧音へと話しかけた。
突然話しかけられた事に肩をビクリと震わせながらも、慧音は妹紅の方へと視線を見やり…全てを察したのか、そのまま今朝に何があったのかを話し始めた。
「…ん、や、やはり気になるか。まぁ、腕を組むことに関しては私も教師として、やはり一言物申したいとは思っているんだがな…実は今朝方、早起きした霞と文は2人で話をしていたらしいんだが…
うっかり文にとっての地雷を、霞が踏み抜いてしまったらしい。そしてそれによってかなり文が取り乱した結果………どうやら霞の意識を飛ばしたそうだ」
「…っ!?な、何やってんの?霞ったら昨日の慧音に続いて文の地雷まで踏み抜くって…
…なんかもう、呪われてんじゃないの?私もやっちゃったし…というかそれで、意識飛ぶまでその何かをやりすぎちゃって、今みたいに謝るのはまだ分かるんだけどさ…
…あれ、腕に押し付けてるのは絶対関係無いよね?」
目の奥に、嫉妬と羨望の炎を燃やし続ける妹紅の視線の先には……霞堅い腕によってむぎゅうと形を変える、妹紅には無い『何か』があった。
…無意識に自分を抱きしめるように、腕を組んでしまった事に…妹紅は気づかない。いや、気づいてはいけない。
「 …それに関してはもう、諦めた。もう、文には好きにさせておくしか無いだろう…無力な私に出来ることは、あんな風にならない様に。里の人間たちの風紀を取り締まることなんだ。
…どうやら私は、この2人に『一般的な常識』を求めて居たのけれどな…この2人の生まれ持った常識は、それとはかけ離れていたらしい…
特に霞はもう手を施せない程に重症だけれど、文は節度は守ると言ったからな。もう……私に出来ることなんて無いんだ。妹紅。」
「け、慧音!?一体2人に何をされて…って、あれ?」
しかし、そういった慧音の顔は昨日の夜に見た時よりも少しだけ、緩んでいるように妹紅には見えていた。…目は死んでいるものの、2人を見つめる視線は多少なりとも柔らかくなっていたようだ。
…やはり霞はなんだかんだで結局のところ、好かれやすい空気を纏っていらしい。
…慧音の死んだ目が気になるのだけれど。
「 …まぁ、なんか一悶着あったって事は分かったんだけどさ。それじゃあ何で霞はあんなに全身ヨレヨレになってるんだよ?…それに私、文がキレた事って見たことないんだけど?
いつもヘラヘラ笑ってあちこち飛び回ってるイメージしかないし…そもそも何でここに居るのかも分かんないし。一体昨日の夜から何があって霞はあんな事にーー『わ、私は何も見てないッ!!』
……え?」
妹紅が言葉を言い終わる前に、それは突然の慧音の叫びによって遮られてしまった。
慧音は先程よりも顔を茹でダコの様に真っ赤にすると、目の前にあった料理を急いで口に運ぶ。そして出されていたものを全て平らげるとそのままドタバタと慌てた様子で食器を流し台へと漬け込み、いつも寺子屋へ持っていく鞄を持って妹紅の元へと走って来た。
突然の慧音の奇行を見て、目の前にいた霞と文も目をパチクリとさせていたのだが、その中でただ1人。文だけは普段と変わらないニコニコした顔で、慧音を見つめていた。
「んむっ……むぐ…むん、んっ、ぷはっ!
…わ、私は、今から寺子屋に行ってくる。妹紅、その事について知りたいなら…ほ、本人から直接聞いてくれッ!!
あ、それから…文と霞はこの部屋を使うのは構わない。けれど戸締りだけはきちんとしておいてくれ!あ、箪笥の中を漁るんじゃないぞ!それじゃあ妹紅!後は任せたぞっ!!」
そう言い残して、慧音は玄関から走り出して行ってしまった。
『いってらっしゃーい!』
そんな慧音を見て元気に返事を返したのは、満面の笑みを浮かべた文だけだった。
( え、えぇーっ…!?ど、どうして慧音はそんなに急いで寺子屋に…?そんなにも、自分からは言いたくない事が、この二人にあったって事?でも私、霞の服がヨレヨレになってる理由を聞いただけだし…そんな慧音の恥ずかしいポイントに触れてなんかーーー)
そこまで考えて、妹紅は気づいた。
目の前に座る霞と文。朝、2人は会話をしていたと言っていたけれど…それは、この部屋の事だったのだろうか?
慧音の話では、文は地雷を踏み抜かれた結果…かなり取り乱して叫んだと言って居たけれど…近くでそんな事が起きれば、流石の妹紅でも物音や声によって目を覚ますだろう。
だからこそ、話をするなら…この部屋では無い。
…それに、妹紅が起きたタイミングでは、既に朝食が完成していた。喧嘩の形跡も見られず、すぐさま2人のベタベタ空間をまざまざと見せつけられていた。
…という事は、それが行われたのは…朝早くの事だろう。そして、それが可能なのは、この部屋から離れている声の届かない密閉空間…
長時間の会話が可能で、騒げる空間…
そして、不可解な慧音の嘘と態度…
…この部屋を抜けた先には……何があった?
確か、浴室…ッ…!!!
「…霞ッ!?まさか、私が寝ている間に、文と慧音も交えて3人で風呂になんて、入ってなんかいないよな!?」
妹紅は目の前の2人に問いかける。
…霞との混浴関連ならば、慧音も恥ずかしがって公言を避けるのも頷けるッ!!!
これでもし自分だけがハブられていたとしたら…何だかとても、悲しい。
「…あぁ、その事なんだけど…あれは『ちょっと待って下さい』…ん?どうしたんだ?」
そんな妹紅の質問に答えようとした霞。
…しかし、それを遮った文が口を開くと同時に…スポン、と。胡座をかいて座っていた霞の上に飛び込むと…
「あやや…妹紅さん?その推理は途中までは合ってたんですけど、最後を間違えちゃいましたねー…
えーっとですね。正確には、私と霞さんの………『二人っきり』…ですよ?」
「…んなっ!?」
「いやー…あの時はちょっと、私もつい取り乱してしまってですね?せっかく『二人っきり』で『狭い浴槽』に入って『密着』していたのに、私ってば霞さんと入る温泉が幸せだったもので、逆上せてしまったんですよ。…まぁ、その時は霞さんに『直接』身体を拭いて貰ったんですけどね?
で、その時に霞さんが突然おかしな事を言うものですから。逆上せて頭が回らなかったのが原因だったんですけど、つい頭に血が登っちゃって…『裸』のまま、霞さんの上に『馬乗り』になってしまい、錯乱していた所を慧音さんによって止められたんですよ。
いやぁー…慧音さんがいなかったら大変なことになってましたからねー…とても感謝してるんですよ?
私ってば今でもド腐れ天狗の事を考えると、怒りで我を忘れてしまうことが偶にあるんですよね…いやぁ、本当に霞さんには迷惑をかけちゃいましたね。改めて、すいませんでしたっ!!」
「……ッ…!?!?!?!?!?」
妹紅は脳天に、雷が直撃した様な衝撃を感じた。そしてその言葉を最後まで聞いた結果。妹紅の心からパリンと、何かが割れるような音が聴こえてきた。
「射命丸…なんだか要所要所の強調した部分がとても気になるんだけれれど?
それに今朝の妹紅は気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのも忍びなくってね…
まぁ、多少そんな事があっただけで、射命丸のせいで私が怪我をした……なんて事は無いからね?
ただ、私が気を抜いていただけなんだよ。…思えばあの時は、私も軽く逆上せていたのかもしれないねぇ…」
「…………………」
何も答えられない妹紅の頭に、何かが勢いよく登ってゆく。
「はい!けど気絶させてしまったことに関しては後々、謝罪の意味を込めて…色々とお手伝いさせて頂きますので!!これは仕方ないですよね。だってもしも霞さんの立場が私だったら、いきなり気絶させられたりすると…やっぱり怒りますし。相手にはとことん誠意を要求しますからね!
…という事で、続きはまた今度にしましょうか!」
ニコニコと笑っている文。そんな文を見て、今度は妹紅の中で…何かブチリと切れる音がした。
何かが、込み上げてくる。
そして、その正体に気がついた。
妹紅はゆっくりと席を立ち、霞の方へ近づいて行く。
「…妹紅?」
不穏なオーラを纏いながら、ゆっくりと俯いて近づいてきた妹紅を見た霞。
そんな霞に対して、妹紅はそっと左手で霞の顔をガシッと掴んで固定すると…
「霞ィ……こンの大バカヤロオォォォォォッ!!!!!」
「ぐぼっ…!?」
多分この感情は、嫉妬だ。
そして妹紅は先程まで、自分が食べていた筈の焼き魚を
霞の口元目掛けてぶち込んだのだった。