訛った腕の感覚を早く取り戻したい今日この頃。
迷いの竹林の奥に聳え立つ、和風の造りをした大きな建物がある。
それこそが名を、永遠亭という。そして、その屋敷の中で……1人の少女が眠っていた。
自らが生きた永き世の中で1番楽しく、そして何よりも輝いていた時間。そんな、たった数ヶ月間だけの在りし日を求めるあまり…
今も、夢の中で微睡み続ける1人の少女が。
「…んー…師匠?今日の姫様は何だか良く眠ってますねえ…しかも何だか時々頬が緩んでますし、楽しい夢でも見てるんでしょうか?」
「そうね…もうお昼になるっていうのに、姫ったらこんな時間まで寝過ごして…って、あら?本当に笑ってるわね。
…けど今日は天気も良いし、起きたらまたいつもみたいに騒がしくなって、またあの不死人の女の子と姦しくじゃれ合って来るんじゃないかしら?」
「あー…確かにそうかもしれないですねえ。けど昨日から、何だか人里に落ち着きが無いんですよ。師匠の薬も妖怪の山の天狗が買って行っちゃったし…だから妹紅さんはそっちの混乱を解決するのを優先するんじゃないですか?
一応、里を護る役目を持ってますし…」
「…ま、今は寝かせておいてあげましょう。別にこれといった用事もない事だし、診察の予定も入ってないから新薬の開発の方を、今のうちに勧めておかないといけないしね…」
それを見て話し合う2人の少女の声。そして、それを知ってか知らずか眠っている少女は微睡みから覚めようとはしない。ただひたすらに、夢の中の人物を追い続けていた。
「あの、師匠…私、時々思っちゃうんですけどね?…こんな寝坊助さんがあのお話に残るくらいの存在だなんて…って、偶に信じられなくなる時があるんですよねえ…」
「…ふふっ…あら、奇遇じゃない。私も姫とは長い付き合いだけれど、あなたの気持ち…よく分かるわよ。
まさかこんな阿呆面を晒して眠りこける女が実は…
奈良の都を牛耳る程の美しさを持って産まれた、あの『かぐや姫』だなんてね」
「…ぐぅ。」
幸せそうに眠る少女の名は、蓬莱山輝夜。
その『かぐや姫』の眠りを覚ます『声』が届くまで、既に残り数刻を切っていた。
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「せ、戦争って…何でそんな事になってんだよ!?それに月相手にって…そんなの自殺行為じゃないのさ!」
妹紅は霞の口からとび出した、『戦争』と言う…およそ霞という男の対極にあるであろう言葉に、驚きを隠せなかった。
「何でそんな事ッ…そんなことすれば洒落になんてならないだろ!?どうして輝夜との出会いが、月との戦争にまで発展することになったんだよ!?」
「ん、そうだね…冷静に考えてみれば、少々分が悪い戦いだったと思うよ。何せ味方は輝夜を含む4人ぽっちだったからね…
…けど、あの時は…そうせざるを得なかったんだよ。何より時間が足りなかったんだ。
私自身、今でも誰かと命をかけて戦うことなんて、真っ平御免なんだけど…あの時ばかりは戦ったことを、後悔してはいないんだよ。
…どうしようもない程の抗えない理不尽に晒された存在が、深く傷付いて悲しむ…なんて光景を、もう二度と。私の目の前で起こしたくは無いからね…」
そっと右手を胸の前で握りしめ、確かな決意を再確認したような仕草をした霞。そして、その霞の言葉には…普段とは違う憂いを帯びた、暗い感情と、芯を通った覚悟のような強さを纏っている事に。妹紅は気づいていた。
多分、それは霞にとってもそう気分の良い話では無いのだろう。そんな霞の気持ちを察した妹紅は、先程までの自分を行動を思い出した。
妹紅はまた、自分本位に感情で、霞に対応してはいないだろうか…?と。
霞は今も、そして昔から自分の事を気遣ってくれていた。ならば自分だって、霞という男の気持ちをきちんと肯定し、支えてあげないといけないだろう。
そう思った妹紅は自分の両頬をパチンと叩き、頭を冷やして改めて気持ちを切り替える。
「…妹紅?」
そんな妹紅を見て、霞が驚いた顔をしていた。しかし、何かあったのかと心配そうにこちらを見ている霞に向けて、妹紅はぎこちない笑顔を向ける。
「…ねぇ霞。私、また1人で突っ走っちゃって、ごめん。けどもう大丈夫。霞の気持ちについてはもう、指摘したりしないからさ。
…そりゃそうだよね、霞がなんの理由も無く月と戦争をするなんて…有り得無いしね。
私はその話、どうなったのか詳しく知りたい。だから最後までその話…ちゃんと聞くからさ。続きに何があったかのか、教えて欲しいな」
「…そうだね。うん。なら、続けるよ。
私は旅の途中に都の話を聞いたんだよ。それからそこでの新しい出会いを期待してしまってね?もう居てもたってもいられなくなって、友人そこへ行こうと決意したんだよ─────」
そう言って、また霞は中断していた話を紡ぎ出す。
朧気な月光に照らされる、一人の少女とのお話を。
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「…なぁ、そろそろこの森を抜けて人里がある都へと出られると思うんだけど…今、紬の目には何か見えるかい?」
長らく歩き続けているのは宵闇に呑まれた深い森。枯れ草を踏みしめながら進み続ける霞達の眼前に、仄かな光が目に入って来る。
永きに渡って人の営みを見てきた中でも、飛び抜けてその光の数は多く、その淡い光は森の中まで届いていた。
妖怪である事など気にせず進むその旅路において、妖怪退治で生計を立てる陰陽師達が跋扈している危険極まりない都へとたった二人で入り混むなんて事は…もはや無謀と言っても差し支えは無かった。
他の妖怪からすると、そんな事は理解する事も共感する事も絶対にないと言えるだろう。
霞と紬。この2人は、『妖怪』という枠組みから逸脱した…特殊な存在といっても過言ではなかったのだ。
ここに居るのはそんな周りの目や妖怪事情など全く気にしない二人組である。
旅の途中…霞は村人の如き質素な浴衣を身にまとっており、紬は普段から角を隠すようにしていた。
そこそこの腕を持つ陰陽師しか妖怪の持つ妖波に気づかない為、2人はその姿で旅を続けていた。
わざわざ2人がそんな事をしてまで世界を旅する理由。それは至って単純な物だった。
「えーっとねー…あ、霞ちゃん!見えたよ!もしかしなくとも、あれが巷で噂の都ってやつなんじゃないかなー?何だか凄いよ?それにとっても大きいねぇー!!
あ、でもこんな街よりも…私の霞ちゃんに対する愛の方が大きいんだけどねー?
あはははははっ!!」
「…それは、嬉しい言葉だね。私もお前を大切に思ってるよ…だから紬。分かったから、そろそろ頭を抱き締める腕を離してくれないかな?私も自分の目で都を見てみたいんだけど…紬の腕が邪魔で、見ようにも見えないんだが…?」
「あははっ!!大切だなんてもぉー…照れちゃうねぇ!!それに見えなくってもそれはそれで良いと思うんだけどなぁ。私はこのままでもいいと思ってるけど、霞ちゃんがそこまで言うなら仕方ないねぇー…今回はばかりは言うことを素直に聞いちゃいます。本当はいっその事、霞ちゃんの目になってみたいんだけどねー?
それで、まず何しに行くの?私の提案なんだけど、霞ちゃんってあそこにある1番大きな屋敷の中とか行ってみたいと思わない?あんなに大きい屋敷って、誰が住んでるのか気にならない?私は気になるなぁー…あれって、一体中はどうなってるんだろうねー?
…それに、何だかね?彼処からは楽しそうな気配がピンピンしてるんだぁー…!!
どう?行ってみたくなぁい?」
そう言った紬は両手を髪の上に置いて、人差し指をぴこぴこと動かし始めた。
いつもの見慣れた光景を見た後、霞も都へと目を向けた。
「…うん。確かに、凄く大きな屋敷だねぇ…誰が住んでるのか知らないけど、誰にしたって紬の勘なら楽しい事に関して信用できそうだね。
…ここでも新しい出会いがあるといいんだけど、如何せんこの街はとても広いから…まずは何処に行けば良いのかが分からないな。
初めてここを訪れたけど、早速困ったことになってしまったねぇ…誰かに道を聞こうにも、こんな夜更けだと役人に取り押さえられてしまうかもしれないし…」
「…んふふ。それなら、良い方法がありますよぉ?」
「…ん?どんな方法かな?」
そう言葉を零した霞を見て、紬の目がキラリと光った。それは紬にとっては悪戯を思い付いた娘が自分の父親に対して行う様な、恐らく可愛い部類に入るであろう愛情表現の1つなのだろう。
…だがしかし、それは霞にとって大概ロクな事が起こらない、貧乏籤と等しい存在でもあった。
「…なぁ紬、どうして私の背中から降りてまで…私の腰を抱き締めているのかな?
…力を込めすぎ…それ以上込めると私の骨が折れてしまうんだけど…?」
「何ってここを持つ方が、手っ取り早いからに決まってるじゃないですかー?」
霞の額から、冷や汗がツゥーっと流れていく。
もう、嫌な予感しかしない。
「…まさかとは思うけれど、このまま私をあの屋敷まで投げる…なんてことは、流石にないだろうね?」
背後に感じる不穏な妖気をひしひしと感じつつ、そう恐る恐る問いかけた霞に対して、紬はキョトンとした顔を浮かべていた。
「あれれ?どうして霞ちゃん、私がしようとした事を知って……あ!もしかしてこれが『以心伝心』って言うやつなんじゃないかな!?
…ということはこれってもう、運命の赤い糸で結ばれてると言っても過言じゃないってことだよね!!何だか気分が高まってきたので、張り切って投げたいと思いまーす。
あ、着地には気をつけてねー?
それじゃあ……せーのっ!!」
轟ッ!!!!!!!!
大きな発射音を立てながら、霞は目の前にある大きな屋敷の天守目掛けて一直線に飛び立った。人間が越えるには難しい高さを誇る塀だって、普通に空を飛べば侵入自体は簡単だっただろうに…
霞としてはこれで死ぬことは無いだろうけど、多分着地は失敗し、滅茶苦茶痛い目に合うことになる未来が見えてしまった。
(…せめて、池に着地したいねぇ)
冷たい夜風を切り裂きながら目を閉じた霞は色々と諦めつつ、そのまま徐々に加速をし始める。
そして、
落下する瞬間。
池を眺めていた少女と目が合った。
(…南無三)
パシャンッ…!!
「……っひぃやぁ!?」
霞は庭にあった池の水面に綺麗に不時着。しかし、どうやらその池を眺めていた先客がいたらしい。
ゆっくりと状況を判断しつつ、池の中から起き上がる霞。
「…っぷは……紬のやつ、もう少しズレてたら大惨事だったんじゃないか…?」
そんな霞の独り言を、呆然とした様子で聞いていた少女が居た。
「……………」
「…………ん?」
「……………」
「……………」
「……………………………ねぇ」
「…あぁ、どうしたのかな?」
その少女は池の水を頭から被ったようで、白い寝巻きはずぶ濡れ状態。そして長い黒髪は顔に張り付き、まるで白装束を着た幽霊の様な出で立ちをしていた。恐らく顔も整っており、それはそれは大層美しいことだろう。
しかし、今この時においてその面影は無い。霞はその少女の姿を確認すると、あまり直視するべきではないと判断し、直ぐに目を逸らした。
霞が振り向いてから、既に庭に響く音は途絶えていた。夜を彩る虫の音と、月の光によってこの場所を。宵闇の静寂が屋敷の庭を包み込んで行く。
そんな中、長き沈黙を破って少女が霞へ問いかけた。
「…アンタ、一体誰?それに、何で私と目を合わせないのよ。こんなことしておいて、謝りもしないってどうなのよ?」
「ん、あぁ…それについては、色々と深い事情があってね…悪かったよ。本当に、わざとじゃないんだよ?」
「はぁ!?こんなのわざとだったら絶対許さないわよ!!私が聞いてるのは、こんな夜中に何やってんのって言ってるのよ!!」
そんな風にポタポタと頭から水を滴らせる少女の問いかけに、霞は若干苦悶の表情をしながらも答えようとする。
「それについてなんだけど…ん?」
が、その時の事だった。
スタタタタタタタタタタッ──────ッ
「───ぁぁぁぁぁすみちぁぁぁあん!!!」
「ふぐっ……!?」
「…っえ、ちょっ!?」
それは何かが走って来る音だ。そう、2人がその音を認識したその瞬間。屋敷を覆っていた塀を飛び越え、何かが霞へと突撃した。
霞の身体へ、もう何度も感じ慣れた感触が伸し掛り、自分の身体にぐりぐりと擦り寄っている。
「えへへへへへ霞ちゃーん……とっても綺麗に飛び込んでたねぇー?うわぁ…水も滴る良い男とは、まさにこの事だったんだね!!何だか普段よりも霞ちゃんがかっこよく見えるよ!不思議だねぇー?あははははっ!!
汚れちゃった身体は、後で私が綺麗にしましょうそうしよう!これ決定事項だよっ!」
「痛たたた…だから紬…?こういった力技は、そろそろ私の身体がもたなくなるから辞めて欲しいと前に言っておいた筈なんだけど…それと、起き上がれないから私の身体を押さえつけるのをやめてくれないか?
風呂なら後で入るから、取り敢えず退いてくれ…」
「えーっ…もぅ。霞ちゃんってばつれないんだからー…でも、そんな所も大好きなんだけどね!
…って、あらら?霞ちゃーん…?この子は、一体誰なんでしょうかねぇ?」
「………………はっ!?今のは一体…ってちょっと!!!!いきなりアンタ達何やってるのよ…このえっち!
こんな夜中に人の屋敷で、一体何をおっぱじめようとしてんのよ!?」
ようやく自分の世界から帰ってきた紬は、ここでようやく2人のやり取りを惚けた様子で眺めざるを得なかった少女に気がついた。
話を振られたことにより、少女は少々刺激的な光景を見てしまい、混乱しつつも霞に向かって先程の話を続けようとする…が、
「あのー、ひとついいですか?」
紬の質問によって、話を止められてしまう。少女はそれに対抗して、紬の方へと向き直ったのだけれど…それが不味かった。
「何よ!?今はそんな話をしてる時じ──」
「貴方の服、透けちゃってますよぉ?」
「………へ?」
紬の指摘を聞いて、ピシリと少女の機能は停止してしまった。そしてそんなまさか…絶対ありえない…といった、心の声がこちらまで聞こえる悲痛な顔で、ゆっっっっっっくりと目線を下へやった。
少女が着ていたのは白い寝間着だった為、池の水によって服は地肌に張り付いており……その透き通った地肌と双丘は月の光に照らされ、最早神秘的とすら言える程の美しさを二人へと晒していた。
そんな少女の顔が、徐々に赤く染まっていく中。このままだと叫び声を上げてしまい、大事になって役人達が来てしまう事に気づいた霞は、羽衣を掴んでいち早く行動に移る。
「い、いやむぐぅぅぅう!?」
霞の羽衣によって、口を押さえつけられた少女。
絶望的な顔をした少女の前で、2人は顔を合わせると…
「あのー、もし良ければなんですが、このまま私たちを貴方のお部屋まで案内してくれませんかー?そうすれば、私はあなたに危害を加えたりはしませんからぁ…
…それで、お 返 事 は…?」
紬による、お話(物理)が行われた。
「っ…っ…んむっむぅぅむぅむぅ!!!!」
紬による圧倒的な有無を言わさぬ圧力に、屈してしまった少女は半べそになりながらもコクコクと頷く。
こうして霞達は、一旦少女の部屋へと案内して貰うことになったのだった。
今更ですが、この物語は回想とか
思い出を振り返る事が多いです。
キャラによっては後にそういった
出会いを書く場合もありますので
頭の片隅にでも入れて置いて下さいませ。
…古代スタートとして始める事は
自分の中で何か違うなと感じていたので。