この広大な地上を照らすのは…大きく、眩く、見るものの心を惹き付ける程に…怪しく光る満月の光のみ。
その日…普段は暗く、街に住む人々が眠るはずの時間。その『いつも』の都の夜は、そこに存在してい無かった。
今、この街にあるのは…その満月の強すぎる光によって、眠ることが出来ずにいた町民や、何かの異変の前触れだという話を聞いて、目覚めていた兵士達。
それぞれが、警備を固めた輝夜の屋敷を見て、何事かと焦っている。
そんな中、その屋敷の中の居たのは…決意を固めた、反逆者の姿だった。
★
「…もう、後たった数時間で月人達は地上へとやって来るのか…なんだか長いようで短いこの時間って、どうやって潰すものかと悩んでしまうねぇ…
…ん、この辺はどうかな?」
「あぁ〜…至福…でも私は霞ちゃんと居ればー…一年だって、数秒位にしか感じ無いからそんなのあっという間だよぉ…?だから霞ちゃんは私から離れたら駄目ー…
…っあ、あふぅ…あん!そこぉ…気持ちいい〜!!うふふふふ…霞ちゃんってば私の身体の事、手に取るように分かってるよねぇー…?あー…どうやら極楽はここにあったみたいー…もう私、一生この時間に浸っていたいなぁー…」
「いや、流石にそれは私の手が限界を迎えてしまうから…遠慮しておくよ。それにほら、なんだか輝夜がさっきから凄い顔で怒ってるし…そろそろ施術も終わりだから、そんなに私にしなだれ掛からないで身体を起こして欲しいんだけどな…?」
「えー…?全くもう…分かってない。輝夜ちゃんは、この時間がどれだけ私にとって大切なのかが分かってないっ!!
…そりゃあ輝夜ちゃんには肩こりなんて縁が無さそうだしぃ?私の気持ちを理解してくれない事も仕方ないと思ってるけ『うっさい!!』…あれ?なんで怒ってるの?」
「…あんた達…今がどういう状況か分かってんの?」
そんなに輝夜の怒り声を聞いて、二人はこてりと首を傾げてしまった。
今、都の空には巨大な満月が登っており…そのまま我が物顔をして、この都中の空を牛耳っていた。そもそも今日の真昼間から、ずっと存在感を放ち続ける巨大な満月を見て…町民は『何かの災厄の前触れだ』『月が堕ちて来て人類が滅んでしまう』…そう言っては皆が騒ぎ、都は一日中大パニックに陥っていた程だ。
…しかし、街中がありえない現象によって、そんな風に恐れ戦いている中。先程まで輝夜の目の前で、呑気に肩もみをしていた霞と紬は…まるで昨日の様子は何処に行ったとでも言わんばかりの平静を保ちながら、いつもとは違いまだ日が沈む前の夕方から、輝夜の屋敷の塀を越えていつもの様に、寝室に入り浸っては湯に浸っていた。
…この2人、ちょっとマイペース過ぎない?
「もぉー…輝夜ちゃんってばまーたピリピリしてるー…それ、やっぱりお肌に良くないと思うよ?それにまだ時間があるし…それにこれだって、れっきとした月の使者達と会う為の準備の一つなんだよねぇー?」
「何言ってんのかわかんないし、そんなの関係無いわよ!…というか昨日あんなにピリピリしてたアンタにだけは、その台詞を言われたくないんだけど?あれ、ものッすごく怖かったんだから!それに肩こりだって……肩こり位、私だってなるんだから!自分がやたらとデカい蹴鞠を2つもぶら下げてるからって、調子乗ってんじゃ無いわよ!?
…確かに私は小さいかもしれないけど、形が美しいの!これが最高の均等なんだから…ただ大きいからって、私の胸を馬鹿にしてんじゃ無いわよこの鬼畜女!!」
「…………………………ぁは♪」
「…あ。」
ここで輝夜は、己の失敗を悟ってしまった。ここ数日間の輝夜の精神状態はとても不安定だった為、無意識にストレスを溜め込んでいた。
…だからこそ、思わず紬に向かって…怒りのままに、挑発の言葉を口にしてしまったのだ。
紬の顔から笑顔が消え…先程とは違う、嗜虐心に溢れる笑顔が咲き誇った。輝夜の不老不死だからこそ言えたような、命知らずの発言を喜ぶかのように…紬はゆっくりとした動きで、じりじりと輝夜へと距離を詰め始める。
「い、今のは言葉の綾で……」
「……ぁはははは♪」
ヤバい、私詰んでる。
「まぁ…輝夜も落ち着いて、温泉を楽しむといい。緊張していても仕方ないからね。多少落ち着いた位で丁度良いだろう…」
「いやそんな事行ってないで、紬を止めて!?霞が止めてくれないと、私──」
「それじゃあ輝夜ちゃんの自信たぁーーーっぷりなそのお胸とやらを確認してみようかぁ…?それにぃ…カスミン摂取したら、輝夜ちゃんも肩こりを経験出来るんじゃないかな?ふっふっふ…
夜になるまで、愉しませてね?」
「…い、嫌あああああああああああああッ!?」
一瞬で輝夜へと襲いかかった紬。バランスの整った輝夜の身体は揉みくちゃにされてしまい、抵抗しようにも力が強くて振り解けない。
しかし、なすがままにされるのはプライドが許さない為、諦めずに抵抗していたその時。不意に、輝夜の耳にへと言葉が届いた。
それは誰にも届かないほどに小さく、か細かった。まるで無意識に呟いたような、そんな言葉だったけれど…その一言を、輝夜は聞き逃さなかった。
『…もう、これが最後になるかもしれないなぁ…』
(…え?)
言葉を発した主は…遠くの月を眺めていた、霞だった。一瞬紬が込める力が緩んだようにも感じたが、すぐ様元に戻ってしまった。
既にその短い言葉は輝夜の耳から全身へと移り、脳へと流れて行く。しかし、その言葉に込められた意味を…ここで輝夜は理解することが出来なかった。
★
輝夜が解放されたのは、陽が沈んでからだった。抵抗虚しく後半は結局…紬のなすがままになってしまった輝夜が体力を回復させていると、夜になって辺りが少し暗くなったせいか…より一層、空に浮かぶ満月の光が明るく見える。
「…そう言えば輝夜。この事をお爺さん達にはこの事を言っているのかい?」
「…ええ…二人とも凄く悲しんでいたし、泣いてたわ。特にお爺さんったら…もう身体が強くないのに、慌てて駆け寄ってくるんだもの。私が吃驚しちゃったわ。
…それに、結局私だってそれに負けない位の涙は流したわ。三人でおいおい泣いて、抱きしめあって、精一杯の感謝を伝えてきたの。
もう、この場に涙は必要ないから…ね?」
輝夜の真実を知った時の二人の顔は、輝夜は生涯忘れることは無いだろう。二人は輝夜が居なくなってしまうことに大いに嘆き、悲しんでいた。
…しかし、それと同時に…二人してとめどなく溢れる程の、涙を大粒の流しながら…輝夜へ、お礼の言葉を伝えてくれた。
二人はもう、自分たちの寿命が近い事を悟っていた。輝夜を拾い、育て始めてから十数年。元々歳を取っていた為、いつか別れの日が来ることを二人は覚悟していたらしい。
だから、すっかり塞ぎ込んでしまった輝夜を見て…心を痛めていた。自分たちが良かれと思って受けた求婚の によって、輝夜を傷つけてしまったと後悔していた。
…しかし、輝夜は笑顔を取り戻してくれた。また、昔のように二人へ輝くような笑顔を振りかけてくれた。
…それが、二人にとって…どんなに高価な貢物よりも嬉しかった、それこそが、私達が求めていたたった一つの宝物だと…そう言ってくれた。
「…もうすぐあの月から、私を捕らえる為の舟が降りてくる。月の技術は地上なんかとは比べ物にならない程に進化してるから…私はどうなってしまうか分からないわ。
…だからって私は、怯えたりなんてしない。最後まで…絶対に、二人に褒めて貰った笑顔で居続けるって決めたのよ…!!」
輝夜の決意は…それは何よりも強く、固く。心に決めた1つの思いを守り抜くと誓ったのだ。
「…ふーん。そう言えばあの二人、蓬莱の薬は要らないっていって…断ったんだよねえ…やっぱり命よりも大切な人と離れ離れになっちゃうなんて、絶対耐えられないよねぇー…!!霞ちゃん無しの世界なんて、私だったら無価値だし…
け私って気に入った人の事は忘れないけど、あの二人の存在は…なんだか覚えて起きたくなったなぁー…」
「…ふふ。ならば私もあの二人の事を、生涯覚えていると誓おうか。輝夜は知らないと思うけれど…実は一度だけ会話をした事があってね?凄かったよ。あの二人の輝夜への想いの強さは本物だった。輝夜の両親は…思いやりに溢れた、尊敬に足る人物だったよ。
…その事は、私の全てを掛けて保証しよう」
そんな紬と霞の純粋な気持ちの篭った言葉によって、また引っ込めた筈の涙が溢れそうになってしまった輝夜。
そんな時、ふと輝夜の頭へ別れ際の会話が蘇る。
『私たちの人生に…何も無かった毎日に、素敵な贈り物をありがとう。これで例え何処に行っても私たちの人生を…自信を持って誇ることが出来るわ…本当にありがとう。永遠に、愛しているわ…私達の可愛い娘…かぐやちゃん…』
あの二人の晴れ晴れとした顔を見て、輝夜の心は強くなった。あの二人に恥じない為の、強い女になると決めたのだから。
輝夜は涙を拭って、前を向く。
(…私は、二人の事を生涯忘れない)
★
「それじゃあ作戦を話すけど、聞いてもらえるかしら?」
「…作戦、か。輝夜が考えたのかい?」
「ええ。まず最初に…私が、月の使者と対話するわ」
「……それについて、理由を聞いても?」
輝夜は湯船から上がり、寝巻きを身につけ始める。そんな輝夜を見て、霞が目を少し細めて輝夜に問いかけた。霞ならこの質問に食いつくと思っていた為、ここまではある意味想定済み。だからこそ、輝夜は理由を話し始めた。
「私を迎えに来る使者の中に、私にとっての唯一無二の味方が居るの。その人は月にいた時から私の面倒を見てくれた、家族みたいな存在なの。
…月では誰もが褒め讃える程の功績を残している程に頭が良い人物だから、私の『お願い』を聞いて…私の為に、蓬莱の薬を作ってくれたの。
…だからきっと、私を迎えに来る。その時に私は彼女を…『永琳』に、事情を話してみる。私の言葉で、この地上に残りたいって……『永琳』にちゃんと、伝えたいの」
真剣な顔をして理由を話した輝夜を見て、霞は息を吐きながら…やれやれといった動きをしながら、苦笑していた。
「…そうか…『永琳』か。なら、そこは輝夜の自由にするといい…けど1つ私と約束するんだ。私は輝夜と永琳が月へと反逆すると決意したその時、月が攻撃を仕掛けようが何があろうとも…二人を安全な場所へと連れていこう。
…だから輝夜は、私達の事を忘れないでいて欲しい」
「…え?霞…それ、一体どういう…」
「…ックク…ッあははははッ!!!流石は輝夜ちゃんが考えた作戦だねぇ?他力本願と自己犠牲。どっちが輝夜ちゃんの本心なのか、分かんないね!
けどその作戦って…実はもう、やる前から結果が決まってるんだよねぇ…!!」
霞へ問いかけようとした輝夜の言葉を遮って、紬の笑い声が寝室中に響き渡った。その笑い声はまるで、わざと響かせるかのように声を出しているようで…
「…ッ!?い、痛ッ!!」
そこまで輝夜が考えた時、輝夜の頭に激しい頭痛が走った。脳髄を叩くように激しく響くその痛みは、輝夜の周りだけではなく、それを遥かに超える程に規模で一斉に始まった。
一瞬だけ街全体から悲鳴が上がったものの…直ぐに街全体が静かになってしまった。まるで全ての人物が眠りこけてしまったように、全ての人物が…意識を失ったように。
(…こ、こんなことが出来るのは…1つしかないッ!!)
顔を上げた輝夜の先にあったのは…十を越える月の舟が、輝夜のいる屋敷へと降りてくる姿だった。
そしてその舟に乗った人物を見て、輝夜は緩んだ心を締め直す。風に揺られて靡く銀髪は、昔と全く変わっていない…
彼女の身に付けている赤と青の独特の服は、彼女のセンスが完全に他と違っている事を如実に示していた。
「…ッ!…姫様…!?」
「え、永琳…久しぶり…こんな状況だけど、少しだけ…話がしたいんだけど…いいかしら?」
月人にとって、十数年間の別れは一瞬に等しい。少し見なかった我が子を見るようか視線を輝夜へと送った永琳は…輝夜の後ろを見て、驚愕に染まった顔をしていた。
だからこそ、動揺した永琳へ…輝夜が会話をしようと近づいたその瞬間。
ドォン…ッ…
「…え?」
輝夜の屋敷へと、大量の月人が落下してきた。しかし乗っていた舟はそこには無く、落下したのは月人達だけだった。
脳内を疑問符で埋めつくしたのは、輝夜だけでは無かった。その光景を見ていた永琳も、この事態に混乱していて…
「霞!?紬!?これ、一体どういう───え?」
「…え…?か、霞ッ…?紬ッ…?ど、どうして貴方達、生きて居るの…!?貴方達は、あの時に、私達を護って、核のせいで死んでしまったんじゃ…!?」
「永琳!こ、これ何!?」
「…これは…!?」
気がついた時には輝夜達のの足元に、まるで次元の割れ目のような亀裂が入っていた。そしてそれは今にも裂けて、輝夜と永琳を飲み込む寸前のようで…
思わず、こうなることを知っていたであろう二人へと視線を向けた時。
いつもとは違う…獰猛な笑みを浮かべた霞と紬の顔を見て。あの時の霞の発言の真意を、ここでようやく理解した輝夜は……全て遅かったのだろう。
「…永琳、君はあの時から変わらないね?その発言は君も、月の技術を過信してる所がある…私達は、そんなに簡単にはくたばったりしないさ…それにその服は私も少し、どうかと思うよ?」
「あはは!永琳ちゃん!お久しぶりだねぇー…けど今は、昔話をする時間が無いんだよ。ごめんね?残念だと思ってるけど…
…けど。仕方ないよねぇー…?今はまず、後ろの月人に用があるから…ごめんね輝夜ちゃん。一旦ここでお別れ…永琳ちゃんを連れて、先に向こうで待っててね?」
二人がそう言った瞬間、大地が裂け…突然二人を浮遊感が襲ったかと思えば、周りをギョロギョロと動く多数の目で覆われた世界へと二人は入り込んでいた。
「え、永琳ってば!これって何!?私達死んじゃうの!?」
「…落ち着いて、姫様。というか貴方は死なないでしょう?多分、 …これは転移型の術式の1つじゃないかしら?…もしこれが霞と紬が実行したのなら、この先にあるのは……ッ……輝夜!?大丈夫…」
「ぐへっ…痛っ!?こ、腰が…な、何なのよここ…霞は!?月の使者は…何処に行っちゃったのよ!?
永琳がそう分析していると、突然風景が切り替わった。地面へと落下した永琳は素早く着地したものの、輝夜は着地に失敗して尻を強打してしまう。
そんな二人の目の前にあるのは、屋敷の景色でも、都の景色でもなかった。
「いらっしゃい…訳ありのお姫様方?」
「…!?」
二人へ声をかけたその女性は…妖力の質からして、強大であり…どう考えても大妖怪の類だった。
「初めまして…私は妖怪の賢者こと、八雲紫と申しますわ。今回は霞直々のお願いによって…貴方達を、幻想郷へと招待します」
「「…は?」」
こうして一面に囲まれた竹林の中。『かぐや姫』は、地上から姿を消した。
そして…『蓬莱山輝夜』は、幻想郷へと足を踏み入れた。