八雲紫の屋敷にて
「んもう!萃香が来るなんて知らなかったから霞に抱きつき損ねちゃったじゃない!」
「あっはははは!!さっきのは傑作だったね!馬鹿みたいな顔晒して…はははは!!!」
「ちょっと萃香!笑いすぎよ!?」
「ひーっひーっ…お腹痛い…というよりもさ?結局霞にひっついてるんだから、別にいいんじゃないかい?」
現在紫は霞の手を引っ張り家の中を案内している…はずだったが、今やもう、腕を抱きしめるようにして進んでいた。霞の腕を抱きしめる紫の顔は喜色に染まっていて、見ているこっちまでなんだか嬉しくなってきてしまう。
「全く失礼しちゃうわね…あ、改めていらっしゃい!霞!萃香!ここが私の部屋よ!」
紫に連れられた先にあったのは…隅々まで、きちんと整理整頓された部屋だった。
予想外の部屋を見て、二人は違和感を覚える。
「へぇ…意外だね。昔はから片付けが苦手だった紫にしては、随分と綺麗な部屋じゃないか」
「…んぅ?紫にしてはちと綺麗すぎやしないかい?」
あまりにも綺麗な部屋を見て、萃香はここが紫の部屋なのか疑っていた。
紫と長い付き合いのある萃香は、性格上。紫が自室と言い張るこの部屋に…かなりの違和感を感じていた。
「ウグッ……す、萃香ったら、な、何言ってのよ!!そ、そんな訳ないでしょう!?紫ちゃんは昔からいつも、綺麗な部屋に住んでー…ってか、霞!?ちょっそこ開けちゃダ」
「…?この扉がどうかし」
「ドサァー…」
「「「………」」」
霞が隣の部屋の襖を開けた瞬間。夥しい量の服や食べ物の袋。ぬいぐるみから恐らく仕事の書類までもが一気に、部屋を仕切る扉からこの部屋へとぶちまけられた。
…2人の白い目が紫へと突き刺さる。
「…期待した私が、馬鹿だったようだね」
「はぁ…やっぱりね?昔っから紫は片付けなんてしない、男っ気の無いだらしない女なんだから…これで納得がいったよ。
見栄なんて張るもんじゃないね…ドンマイ?」
「ち、違うのよ!これは…そう、藍!藍なの!ここは藍の部屋なのぉうッ!?」
紫が自分のカリスマを崩させまいと、紫は最後の手段…秘技である『実は全部式神のせい』を実行しようとした瞬間。霞と萃香の視界に突然現れた人物の手が、ガッシリと紫の頭を掴んでいた。
「紫様…?仕事を私に押し付けたあげく、さらに私に汚部屋の烙印を押そうというのですか…?お言葉ですが、自分をよく見せたいのなら…普段から掃除をすればいいだけの話じゃないですか…いい加減にしてくれませんかね?ちょっと、お互いに分かり合うために…隣の部屋で色々も、『オハナシ』しましょうか」
「みぎゃああああ!?!?!?!?ら、藍!?ちょ、ちょっと待って痛い痛い痛いぃぃぃぃぃいッ!?!?」
ギリギリと音が鳴るほど強く、頭を鷲掴み…と言うよりも、全力でアイアンクローされた紫は情けない声を上げながら、そのまま藍にズリズリと長い廊下を引き摺られていった。
「…」
それを呆然と見つめる霞達。
「…どうする?霞?」
萃香の問いに、正直それはこっちが聞きたいところだと心の中で呟く霞はここからどうするかを少し考えてみるものの…
「…とりあえず、藍について行こうか?」
「…だね」
…それしか言えなかった。
「いやあああああああああッ!?!?!?」
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紫を精神的をフルボッコにして、崩れ落ちるまで説教をした藍は…霞の方とくるりと踵を返すと、自己紹介を始めた。
「私は紫様の式神をしている、八雲藍という者です。先程はつい、騒がしくしてしまって…誠に申し訳ありませんでした…」
八雲藍……肩まで伸びた金の髪に狐の耳を生やした、妖狐の少女のようだった。
…随分と、礼儀正しい妖怪らしく。姿勢を正してお辞儀する姿が…やたらと仕事の出来るやり手の女の雰囲気を醸し出していた。実際、相当仕事が出来るのだろう。
そしてそんな中。霞の目を否応なしに引くのが…この、藍の後ろでふりふりと動く、もふもふの九つに分かれた尻尾だろう。
「へぇ…九尾か。古くからある名を馳せた、由緒正しき妖怪じゃないか。私、今まで実物を見たことが無かったんだけど……感動したよ。確か、さぞかし強い大妖怪らしいんだってね?」
「そ、そうですね…紫様の式として、その辺に居るような有象無象の妖怪などに、負けることは一切ありませんね。けれど霞様も大妖怪だと紫様から伺っておりますよ?確か、太古の昔から存在する妖怪だとか…」
「いやいや、私はそこまで腕っ節が強いわけじゃあないからね…ただ長く生きてきただけの、温泉好きな妖怪に過ぎないよ?」
「いえ…そんな事はないと思いますよ…?紫様から聞いた話の中には
おそらく大妖怪にしか出来ないような逸話が多くありましたし…」
そう言った藍に対し
「何畏まってんのさ2人ともー…自己紹介もそれくらいにしてくれないかい?それに霞はどっちかというと腕っ節が強いんじゃなくて、戦っても倒れない所が強いんじゃないの?…ぶっちゃけあれは私みたいなゴリ押すタイプからすると、反則だよねぇ…」
萃香が口を挟むと、霞も昔を少し思い返す。
昔は妖怪に襲われたりした事もあったけれど…それらを全てをいなしていた。
霞は人も妖怪も癒す湯に浸かっているため、攻撃を受けてもすぐに回復してしまう。
だからこそ、相手からすると…霞という妖怪を倒し切る方法が無いに等しいのだろう。
相手からすれば無限に回復するゾンビのようなものだ。
「まぁ私のことは置いておいて…どうして藍は紫の式神になったんだい?」
霞は先程から疑問に思っていた事を聞いてみた。
一体何があって、紫の式なんかになったんだろうか?
「まぁ…私が紫様と出会ったのは、私が九尾になってすぐの時だったんですよ。
その時は私、自分の力を試したくって…紫様に出会って直ぐに戦いを挑んだんですけど、結局そのまま返り討ちに…そしてその後に
「『 ねぇ、私の式神になってくれない?実は私、優秀な式神を探していてね…手伝って欲しいことがあるのよ』…と言われたからですね…」
ふむ…こんなに礼儀正しい藍にそんな過去が…それに、紫もあれから強くなっていたんだな…
そんな事を思っていると部屋の隅っこから
「ん…んんっ…かっ霞!そこはダメッ!…藍が見て…ダメだってばッ!橙までこっちを見て…それ以上はいけないわッ…!!
…はっ!?……何だ、夢か……」
お説教(物理)によって、倒れていた紫が目を覚ましたようだ。…口に出していた夢の内容は、全て聴き流しておく。
「あっ霞達ったらそんな所にいたの?3人でお話してるなんてずるいわ!私も混ぜなさーい!!」
そう言って紫も会話に混ざってくる…どうやら、藍のお説教は…余り、紫に対して効果を発揮してはいないらしい。
霞に幻想郷についての説明を行っている中で、紫が霞に問いかけた。
「ねぇ霞?博麗神社に行ったならもう霊夢とは会ってるのよね?どう?あの子との関係は上手く行きそうかしら?」
紫と霊夢は家族ぐるみの付き合いをしていてるため、昔から何度も霞の話をしていた。
『それでね…そこで霞がね!』『しつこいわよ!』
多少霞のことを言い過ぎたかもしれないけど…紫はいつも、霊夢も霞とは仲良くして欲しいと思っていた。
「あぁ、面白い子だったよ。けれど私の不用意な発言で怒らせてしまってね…そこについては、失敗したと思ってるよ」
その言葉に、紫は目を丸くした。
霞は確か、基本的に誰とでも仲良くなる筈じゃ…?
「え?あの子を怒らせたって…あ、まさかお賽銭を入れなかったの?あー…あの子まずお賽銭を入れるかどうかで人を判断しちゃうからねぇ…」
紫は肩を竦めると、やれやれとでも言いたげな顔を霞へと向ける…それを受けた霞が弁明をしようと、その時の事を話し出した。
「いや…お賽銭はきちんと入れたんだけどね…?私の能力について話している時に、普段通りに霊夢も温泉に入っていかないかと誘ってみたんだけどね?…年頃の少女には男との混浴は酷だったらしくてね…まぁ、散々な言われようだったよ」
そうか、霊夢はまだ若い。
…って私もまだ若いと思ってるけど?けど、確かに断るとしたら…男に免疫の無い霊夢ならば、それが第1の理由だろう。
「うーん…確かにそうかもしれないけど…なんか引っかかるわね…んー…よし!考えてもしょうがないし、今から皆で霊夢の所へ行くわよ!」
「「「は?」」」
霞や萃香達の声が重なると同時に、全員の足元の空間にスキマが開いた。空中に放り投げ出された霞たちはそのまま、博麗神社へと移動する事になってしまった。
ふわっとした浮遊感を感じたのもつかの間。ドスンと大きな音を立てて倒れ込んだ霞は…いつの間にか腰に抱きついていた萃香を剥がして
辺りを見渡した。そんな霞の目に飛び込んできたのは
「……きゅう…」
「あわわ…ど、どうしよう…?」
白目を向いている気絶した霊夢と
…その上に跨る紫の姿だった。
「はぁ…」
流石にこの状況には、霞も深い溜息をつかざるをえなかった。
★
それから10分程で、霊夢は目覚めたものの…
「ご、ごめんね?霊夢?こんなはずじゃなかったのよ…本当はもっと
綺麗に到着したかったのよ?嘘じゃないわよ?」
「………」
オロオロとしながらも謝罪と弁明を繰り返す紫は、ムスッとした顔で一言も話さない霊夢を相手に…半泣きになってしまっていた。
気まずい空気が流れていたそんな時。
「…ねぇ紫」
唐突に口を開いた霊夢は
「アンタ、霞と一緒に風呂入ったことあるの?」
「ブフゥ」
「「!?」」
唐突に霊夢の口から出された一言に、予想もしてなかった為。珍しく霞は噴き出してしまった。
「え?ええ、あるわよ。霞とは昔から何度も……あ!分かったわ!それなら先に言ってくれれば良かったのに!…霊夢も霞の温泉に入りたいのよね?分かってるわよ!折角なんだから霊夢も霞と裸のお付き合いでも」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!私が聞きたいのは、紫の…紫と霞の出会いについてよ!!詳しく教えなさい!!」
その言葉を聞いた紫はほんの少しだけ、驚いた顔をした後…
「え?ええ、分かったわ…」
ふと、優しく微笑んだ。懐かしく、けれど決して色褪せることの無い…大切な、その時の記憶をを思い返した。
「私が霞と出会ったのは、まだ私が大妖怪になる前にまで遡るんだけど…私もその時はまだまだ幼くって…妖怪の群れに不意をつかれてね?命からがら逃げていたら、崖まで追い詰められちゃったのよ。
その時、かなり傷ついていてボロボロだったからね?下の森へスキマで移動していた時…痛みに気を取られて、能力の制御を誤ってしまったの。そしてそのまま私はスキマの中から落ちてしまったの」
──────────────────────
「キシャァァァァァァァア!!!!!!!」
『くっ!しつこいわね…ッ!何匹いるって言うのよ!!『』
紫の後を追いかけてくるのは…細い森の小道を全て、覆い尽くすほどの大百足だった。
紫は唯一無二の強力な力を持つものの…まだ生まれて齢数十歳の中級妖怪だった。
そのため、自分の能力を十全に使いこなすことが出来ず…大百足達から逃れることが出来ないでいた。
いきなり襲撃されたことにより、左腕に深い傷を負ってしまった紫は…何度も境界を操り瞬間移動を繰り返していた。しかし、大百足達はそれに追い付く程の素早いスピードで、何度も紫を執拗に追い続けてきた。
『はぁ…はぁ…仕方ないわね…ここから下へ飛べば…逃げ切れる筈…ッ!?!?』
境界を操り、崖からの移動を図ったものの…身体を襲った激痛により
空中で、能力が解除されてしまう。
『あっ…………』
落下しながらも紫は、今までの人生を思い返した。一人一種族である紫は、生まれた時から独りぼっちだった。しかもその力の強大さから…周りの妖怪達に、何度も襲われてきた。…自分でも、本当に酷い人生だったと思う。
『もう、なんだか疲れちゃったわ…』
落ちた崖の先を眺めながら、紫は目を閉じた。このまま落ち続けていれば、地面にはいつぶつかるのかしら…なんて、考えていたその時だった。
バッシャァーン
『!?』
紫が落ちた先は地面ではなかった。
( 水…いえ、これは…熱い!?まさかお湯の中…?一体どうして…!?)
慌ててお湯から顔を出した紫が目を開けると
目の前に、一人の男が座っていた。
その男は目が合った紫へと微笑むと…
『…うん?いらっしゃい?』
『 き、きゃあァァァァァァッ!?!?』
紫は叫んだ。崖から落ちた時なんかとは比べ物にならない程に大きな声で叫んだ。
…それによって、あれ程酷かった身体中の怪我が癒え始めていることに気付きはし無かった。
( な、何でこんなところに男の人が!?というかどうしてこんな所に温泉が湧いてるのよ!!)
慌てて温泉から出ようとするも、左腕の激痛によりその場に蹲る。それよりこの妖怪は一体…?紫が視線を向けると、男は何食わぬ顔で
『ああ、私の湯は妖怪からも人気でね…死んでいないなら、たぶんその怪我は回復すると思うよ?…出るのは構わないけれど…せめて、その怪我が癒えるまでは浸かっていってはどうかな?』
『何言ってるのよ!温泉に浸かるだけで怪我が癒えるわけ…え!?』
紫は怪我をしている左腕を見るとさっき見た時よりも傷が少ないことにようやく気づく。それに、身体のあちこちにあったはずの擦り傷は既に消えていた…
…なんなのこのお湯!?しかもなんだか身体が軽い…?
『ねぇ…一体この温泉は何なの?それに………あなたは、一体誰なの?』
男は紫を碧眼の両目で見据えると、名乗り始めた。
『ん、私のことかい?そう言えば自己紹介をしていなかったね…私の名は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ。…君の名前は?』
『八雲…紫よ…』
「ふむ。八雲紫というのか…こんなところで会ったのも何かの縁だ。宜しく、紫?」
霞と名乗ったその妖怪は、今まで出会った妖怪達とは違い…紫に、柔らかな微笑みを向けたのだった。
★
「で、その後は怪我がすっかり治るまでの間。温泉の中で霞とお話してたんだけど…そこにね?人間の女が現れたのよ。てっきり私や霞を恐がるのかと思ってたんだけど…普通に温泉に入ってきたかと思ったら、霞と顔見知りだったらしくて。呑気に天気の話なんかしちゃってね…?
私、その光景に物凄く衝撃を受けたの。人間と妖怪が仲良く話をしながら一緒に温泉に浸かるなんて見たことも…いえ、考えたことすら無かったから…」
「その女性が帰った後、霞に聞いたの。
『 どうして人間なんかと話したりするの?妖怪なんだから食べたり脅かさないの?』って。
…そしたら霞がね?私に向かってこう言ったのよ
「私は戦う事が嫌いでね…殺しなんてのは興味すら湧かないんだよ。そんな事をする位なら、私は誰かと共に温泉に浸かっていられれば
それで満足なのさ…」ってね。
それでその時私は知ったのよ。1人で過ごすよりも、大勢の人達で過ごす方が絶対に楽しいってことに。で、それが幻想郷を創るきっかけにもなったのよ」
霊夢は話を最後まで聞くとさっきまで自分が思っていた事がいかに小さい事だったのかを思い知った。
最初は急に踏まれた怒りと「不純異性交遊はダメよ!」なんてしつこく言っている紫が男と温泉に入ることに対して苛立っていたのに
実際の所紫は霞という男を心底信頼していた。それに霞という男がどんな妖怪なのか、少しだけ分かったからだ。この男は、自分の湯を求める存在と温泉の中で話すことを楽しみたがる。本当にただの温泉好きな妖怪だと理解したのだ。
「ふん…もういいわよ」
霊夢は満足したのかそっぽを向くここまで話してくれたんだからお茶でも出そうかしら…そう思い立ち上がろうとする。
その時紫が霊夢に問いかけた
「ねぇ霊夢……本当は霞の温泉に入ってみたいんでしょう?」
「なっ!?そ、そんなわけないでしょ!?」
霊夢は慌てて紫の言葉を否定するものの…誰が見ても、明らかな反応だった。
紫は前々から自分が話をしている時、霊夢は温泉の話になると露骨に目を逸らしていたことに気づいていた。何か思い当たることがあるのね…そう考えていた紫は、霊夢へ言葉を告げた。
「ねぇ霊夢?今日幻想入りしたばかりの妖怪には…言うべき一言があると思うの。…ね?」
それは至極単純な言葉であり
幻想郷に入ってきた存在を迎える博麗の巫女としての仕事だった。
「うぐっ…それは…しょうがないわね…」
渋々、霊夢は霞の前に立つと…紫と声を揃えて音を発した。
「霞!幻想郷へようこそ!!!」
「よ、ようこそ…!」
…否。2人は決してハモリはしなかった。