地球人最強の男、オラリオにて農夫となる   作:水戸のオッサン

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其ノ一 異世界

どこまでも澄みわたる青空の下、エプロンドレス姿の婦人の眼前には視界の果てまで畑が広がっていた。

 

この世界の中心

 

オラリオと呼ばれる都市から少し外れた場所にその畑は広がっていた。

 

畑のあちこちには婦人と同様にエプロンドレス姿をした女性、あるいは作業着を着た青年たちが、作物の手入れをしているのが見える。

 

「農業にたずさわるのは初めてですか」

 

畑の縁に立った婦人の隣には小柄な男が立っていた。着なれぬ作業着にやや落ち着かない様子ながら、男は問いかけに答える。

 

「いやあ、ずっと前に荒れ地を耕し続けた時期はあったんですけど、作物を育てたことはないっすね」

 

婦人は穏やかに微笑んだ。

「この畑の作物は苗入れが終わったばかりで、収穫までしばらく落ち着いていますから、じっくりと作業に取り組むことができると思いますわ」

 

男は新人であった。その男が新たに属することになったのは、農業を生業とするファミリアと呼ばれる派閥であった。

 

この世界には天界より降りた神々が人の姿を仮り、地上の人々に恩恵を与え、家族として共に生きていた。

 

その集合体はファミリアと呼ばれ、主宰する神の権能や嗜好によってさまざまな性格のファミリアが存在している。

 

「そうすか。ご教示よろしくお願いします」

 

男は婦人に向かって会釈した。

 

 

婦人と同じように男もまた穏やかであった。

 

この気さくな、あるいは朴訥な団員が集まるファミリアに溶け込んでいた。

 

世界を数度破壊し尽くしてなお余りある、常人がいくら望んでも決して持ち得ない凄まじい力を内包して。

 

 

男は異世界からやってきた。

 

ある日、何の前触れもなく、この世界に迷いこんだ。

 

迷いこんだ男を迎え入れた神の名はデメテル。

 

そしてかの神の新たなペルセフォネとなった男の名はクリリンといった。

 

 

 

クリリンが異世界に渡った経緯について、語るべきことは少ない。

 

本当に何の前触れもなかったのだ。

 

今から遡ること、わずか一日。クリリンは地球にいた。

 

ほんのふた月前まで、地球は絶望の底にあった。

 

狂気の科学者が生み出した人造人間たち。その集大成ともいえる超生物を前に地球は滅亡の危機に瀕した。

 

しかしその超生物は地球の英雄たちによって倒されることとなる。

 

平穏を取り戻した地球だが、代償は大きかった。

 

最高の英雄、クリリンにとっては無二の親友でもあった者を、地球は永遠に失った。

 

クリリンは日課の修業のため、住まいから海を渡った先の大陸にある平野に立っていた。

 

親友を失い胸にぽっかり穴が空いた感覚は、まだ塞がりきらない。

 

(あいつは今ごろあの世の達人たちと戦ってるのかな)

 

親友の楽しそうな顔が目に浮かぶ。そうして、そろそろ自分も修業に精を出さねばと意識を戻したところで――

 

景色が一変しているのに気付いた。

 

 

 

◆◆

 

そこは見渡す限り畑が広がっていた。

 

クリリンはすかさず周囲を警戒する。広範囲それこそ大陸をすっぽり覆うほどの広さに対して感覚を巡らせた。

 

世界の空気そのものが違う。自分の見知った気が感知できない。

 

(どうにも妙な世界に放り込まれたみたいだな)

 

状況判断力に優れたクリリンはすぐに平静を取り戻した。異世界や異空間はこれまでにも経験している。

 

そして先の気の感知によって、この世界には自分の脅威となりうる存在は確認できなかった。

 

この現象が偶発にせよ何者かの意図にせよ、じっくりと解決していけばよい。もしくはこちらから干渉できなくても、向こうには神龍や界王といった超常の存在がいる。たいていの問題はなんとかなるだろう。

 

(さすがに何ヵ月も戻らなければ武天老師さまが気にかけてくれるだろうし。あ、でもドラゴンボールはこの間使ったばかりだから、他力本願なら一年近くは覚悟しないとだめかな)

 

畑に沿った農道を一歩二歩と踏み出していく。畑があるということは近くに文明があるということだ。実際そう遠くない場所から多くの人間らしき気を感じる。

 

(まずはそこを拠点にして動くか。言葉通じるかな)

 

その前に

 

「腹ごしらえでもしていくか」

 

 

そうつぶやいて標的に意識を向ける。

 

直後、巨大な影がクリリンを覆った。

 

 

 

◆◆◆

 

見知らぬ来訪者が獣に襲われている。

 

焦っていたのは武装していた畑の農夫たちだ。

 

ここ数週間、獣による畑の被害が目立ち、駆除のために武装し畑を巡回していた。

 

最初に男を見つけた。山吹色の奇妙な服装をしている。荷は無く武具も身に付けていない。悪人には見えないが、不審ではある。

 

声をかけて事情を確認しようとしたところ、大きな獣が男に襲いかかった。

 

 

猪だ。

 

しかしあの猪の大きさは尋常ではない。体長は3メドルを下らない。畑の被害は複数の獣によるものと思っていたが、全ての被害はあの一匹によってもたらされた可能性も出てきた。

 

大猪が飛びかかり、その巨体が男に被さる。もはや助かるまい。男を助けられなかった悔いはあれど、まずはアレに対処せねばなるまい。生身であれば勝ち目は薄いが、自分たちは神の恩恵を受けた身。3人がかりで勝てぬ相手ではない。

 

農夫たちは激闘に備え身構える。

 

 

瞬間

 

 

畑中に轟音が走る。

 

それは農夫たちの胸や腹に響き身体中を駆け巡る。

 

衝撃のあまり農夫たちは硬直する。

心臓が早鐘を打つ。

喉からは掠れた音しか出ない。

 

衝撃は大猪の影から放たれた。農夫たちはそこから目が離せない。大猪の巨重を支えているはずの四肢はわずかに宙に浮いている。大猪の巨体から力が抜けていく。見るものを圧倒させる威圧感は虚空に還っていく。

 

ついに巨体は崩れ落ちた。大猪は地に斃れ、影から男の姿が現れる。

 

男は拳を軽く突き上げた姿で立っていた。

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