地球人最強の男、オラリオにて農夫となる   作:水戸のオッサン

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其ノ二 ファミリア

 

 

(害獣だろうな。狩っちまってもいいだろ)

 

数瞬前から獣の害意は察知していた。

 

(もしあっちにいるやつらの家畜なら、適当にじゃれ合って迷惑料要求してみようかとも思ったけど)

 

当然のようにクリリンは後方にいる農夫たちの存在にも気が付いていた。畑への無断立ち入りを棚に上げ、彼らに対して不穏な考えが浮かんだが、すぐに否とする。

 

獣が一直線に向かってくる。意識を切り替えた。

 

(猪、にしては大きいな。熊かよ)

 

さすがのクリリンもその点については驚く。

 

「腹ごしらえでもしていくか」

 

直後、大猪が頭上に飛びかかってくる。後方の農夫たちも焦っているようだ。

 

(はは、心配なんていらねえよ)

 

クリリンは一歩も動かない。気を調節する。少しでも力を入れすぎれば大猪は跡形残らず消し飛ぶ。その緻密な制御は相当に高度な技術を必要とするが、クリリンは容易く行う。

 

いよいよ大猪に潰されるというところで、その一撃は放たれた。

 

地上からまっすぐに放たれた衝撃は大猪の頭を貫き、遥か遠く天まで届いた。目の前に雷が落ちたのかと錯覚するほどの轟音が響く。

 

(ま、こんなもんだな)

 

天下に轟く至高の一撃に大猪が耐えられるはずもなかった。巨体はぐらりと傾き、地に落ちた。

 

 

 

 

さて猪の処理をしようかというところで、クリリンのところに農夫たちが駆け寄ってきた。

 

何か文句を言われるかと思えば、こちらの安否を確認するばかりであった。

 

相手の話す言語が理解できることに安堵しつつ、五体の無事を伝えると、次は事情の説明があった。やはりあの猪は害獣だったようで、彼らの仲間に調理のスキルを持った者がいるので、お礼も兼ねてホームに案内するとのことだった。

 

あとで仲間に回収させるので猪は放置してよいと言われたが、大した手間でもないので自分が運ぶと返した。

 

大猪の巨体を片手で持ち上げると、農夫たちは一瞬唖然としたが、すぐにホームに向けて歩き始めた。

 

 

農夫たちのホームに向かう道中、クリリンは彼らと言葉を交わした。

 

彼らは口数は少なかったが、友好的でありこちらへの気遣いは十分に伝わってきた。

 

また、クリリンは彼らとの会話の端々から世界観を読み取っていく。

 

(地上に降りた神々、眷属、ファミリア、オラリオ、そしてダンジョンねぇ)

 

地球とは違う世界がここには広がっていた。

 

 

◆◆

 

 

女神は自身の眷属から報せを受けていた。

 

少し前から獣に畑を荒らされて困っていたが、親切な子が退治してくれたらしい。

 

(うふふ、いったいどんな子なのかしら)

 

その恩人は今は客間にいるとのことなのでお礼を伝えに向かう。

 

客間が近づくにつれ客人の気配が濃くなる。

 

(なにかしら、この胸がぽかぽかする感じ)

 

客間の扉の前に立つ。胸に手を当ててひと呼吸おいてからノックする。

 

返事を確認して扉を開けるとそこには

 

 

【太陽】がいた

 

 

◆◆◆

 

 

彼らのホームが近づいてきた。

 

ホームの周囲は早朝の仕事を終え朝食の準備をする団員たちで賑わっていた。

 

そこへばかでかい猪を片手だけで持ち運ぶ見知らぬ男が現れて、団員たちは一時固まることとなったが、そんな空気はまもなく消え失せホームは畑の恩人を暖かく迎えた。

 

農夫たちの案内で、猪を調理スキルのある団員たちに預ける。よければファミリアの食事の材料にでも使ってくれと伝えておいた。

 

その後はファミリアの団員とともに朝食をとることになった。ヨーグルトに蜂蜜をかけたもの、ラスクやパイ、コーヒーが供された。そこはさすがに農業を生業とするファミリアである。いずれも絶品だった。

 

食事に大いに満足したクリリンは、畑に戻っていく団員たちを見送ったあと農夫たちと館に入り客間に通された。

 

農夫の一人が顛末を主神に報告するために出ていって寸刻、客間に気配が近づいてくる。

 

(やはりこの気の持ち主が神か)

 

地上に顕現した神々はほとんど人間と変わりないらしいが、それでも多少の神威は漏れでるもののようだ。

 

扉がノックされる。クリリンは居ずまいを正す。

 

 

クリリンの前に女神が姿を表した。そのあまりの神々しさに目が奪われる。この世のものとは思えない美貌、軽くウェーブした髪は腰まで届いて余りある。まさしく、人が思い描く女神そのものであった。

 

そして

 

(でけえぇぇぇぇ……!!!!!何がとは言わんがでけぇッ!!!!!さすがは豊穣の女神ッ!!!!!!)

 

その胸は豊満であった。

 

引力に逆らいなんとか目線を上げると、女神はこちらを見てどこか呆然とした様子である。

 

(やべっ、邪な視線がバレたか!?)

 

クリリンが内心焦っていると、女神はハッとして困ったような表情をする。

 

「ごめんなさい私ったらお客さまの前で呆けてしまって」

 

女神はふぅとひと呼吸おき

 

「主神のデメテルです。今日はうちの子たちを助けてくれてありがとう」

 

デメテルはそう言って腰を折る。気品あふれる所作であった。たかが害獣を退治した程度の恩で、地上の子にここまで丁寧に振舞う神はそうはいない。デメテルの徳の高さがうかがえる。

 

神からの最上の礼を受け、普通は舞い上がるかもしくは恐縮するところであるが、クリリンの内心は乱れに乱れていた。

 

(ちょ……危ないッ!!こぼれるッ!)

 

その視線は豊穣の女神の豊穣に注がれ、嬉しいやら焦るやらでクリリンの心は大忙しであった。

 

◆◆◆◆

 

(あのお客様は凄いひとなのかも)

 

猪の処理を担当している団員たちの一人、おさげ髪の少女は思う。

 

(こんな大猪を一撃。それでも内臓や胴体の骨はとてもきれい。とてつもなく強力な一撃だったんだろうけど)

 

少女は猪の頭部を見る。外観は異常がないように見える。

 

(それなら頭部がまるごと吹き飛んでるはず)

 

少し前、少女たちのもとにあの客人を連れてきた農夫の一人が様子を見に来た。そのときに退治のあらましを聞いたのだが。

 

―――まるで地上から天に向かって雷が走ったかのようだった―――

 

それが猪が打ち抜かれた光景を表す言葉であった。

 

少女はぶるりと身を震わせる。

(私は武術に関しては素人だからよくわからないけど……)

 

それは、ただ一点を穿つ相当に研ぎ澄まされた一撃だったとしか考えられなかった。

 

◆◆◆◆◆

 

 

応接間でクリリンとデメテルは向かい合っていた。

 

農夫たちはすでにこの場を辞しており、応接間には女神とクリリンしかいなかった。

 

デメテルは子を慈しむようにクリリンを見ていた。

 

「あの子たちから聞いたのだけれど、クリリンは東の山村から来たのよね」

 

クリリンはホームへの道中、農夫たちにはそのように説明していた。

 

「はい、そうです」

 

デメテルの言葉をクリリンは否定しない。すると、デメテルはなぜか目を伏せる。ためらう様子であったが、何か決意をしたようでクリリンに視線を戻した。

 

「……神はね。下界の子の嘘を見抜くことができるの」

 

その一言でクリリンは先ほどのデメテルの躊躇に得心がいった。

 

「先の受け答えに何も思うところはないわ。クリリンにも何か事情があるのでしょうし。ただ、差し出がましい申し入れかもしれないけれど、クリリンのことを聞かせてもらってもいいかしら。私にも力を貸せることはあるかもしれないから」

 

確かにこちらの事情を知っている協力者がいるほうが断然動きやすくなる。それに今までのやりとりでデメテルやその眷属たちの誠意は理解していた。逡巡など全く無くクリリンは女神に異世界に来る前後のことを話す決意をした。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

「そういうことだったのね」

 

クリリンの説明を聞き終え、デメテルはため息つく。

 

「嘘ついちゃってすいません。こちらの事情はあまり知らないもんで」

 

「賢明な判断だったと思うわ。状況を見極めてからでないと場が混乱するだけだもの」

 

デメテルはクリリンの判断を肯定する。

 

「ちなみに神さま視点で、この現象とか何者かの能力みたいなのに思い当たることはないっすかね」

 

クリリンが問うと、デメテルは少し考えて答える。

 

「現象としてはありうるとしか。誰かの作為だとして、どこの誰のせいと思い当たることはないわ」

 

デメテルの言葉は続く。

 

「でもこの世界には多くの神とその眷属、それに霊獣などもいるわ。中にはそういう能力を持った存在が生まれている可能性は否定できない。あともうひとつ。神は下界でその権威を振るうことに大きな制約があるけど、稀にその禁を破って悪戯をしていることもあってそれに巻き込まれたという可能性もあるわ」

 

あまり期待してはいなかったがやはりすぐに戻れる事態ではなさそうだ。

 

「ありがとうございます。まあのんびりやってきますんでそんな気にされなくていいすよ」

 

クリリンは話を切り替える。

 

「それでこれからのことなんすけど、この世界で衣食住を確保するのに何かアドバイスもらえたりします?」

 

そういうとなぜかデメテルはキリッとした様子で、クリリンに提案した。

 

「クリリンさえよければ、私たちのファミリアに入らない?」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

(俺が眷属に、か)

 

眷属は隷属とは違う。少なくともこのデメテルファミリアにおいては同じはずがない。それは半日もこのファミリアの様子を見ていれば断言できる。

 

デメテルの眷属になることはこの世界においてメリットこそあれデメリットはほとんど無いように思える。

 

衣食住を確保できて神の後ろ盾も得られる。ただのクリリンよりもデメテルファミリアのクリリンの方が現状ずっと信頼を得やすいし行動もしやすい。

 

(一応デメリットを聞いてみるか)

 

神に嘘は通じないので回りくどい言い方はやめる。

 

「恩恵を賜る上で俺側の不利益はありますか?例えば神の命令には絶対に逆らえないとか寿命が縮むとか」

 

「まず、眷属が主神に逆らえないとか寿命が縮むとかそういうのはないわ。日常での不利益は、そうね……」

 

デメテルはファミリアの運営や内規について説明するが、クリリンにとってそれは基本的なマナーや常識の範囲であり、特に眷属特有の不利益とはみなさなかった。

 

「あと、うちは商業系のファミリアだから迷宮の奥深くまで潜って冒険したりするのには向いていないわ」

 

クリリンは無手で猪を一撃で仕留めるほどの腕前と聞いている。しかもその猪は並ではなく、恩恵を与えた上で武装した子たちでも数的優位を確保しないと苦戦は必至とも。

 

そして真に驚くべき点は、それは恩恵なしの、クリリン本来の力で達成したこと。

 

それに話していて徐々にわかってきたことだが、単純に強いだけでなく頭も切れる。恩恵を与えれば優れた冒険者になれるポテンシャルはある。デメテルとしてはそこが気がかりだった。

 

「ダンジョンすか。……まあ、それはいいすよたぶん」

 

「え!?いいの!?」

 

あっさりとした様子のクリリンに、デメテルは逆に驚く。

 

自分たちの派閥に入るより、探索系のファミリアに入って冒険者になる方が名誉も社会的地位も収入も段違いに上がる。これは命を天秤にかける以上、当然の報酬といえる。

 

 

特に収入の格差に関しては、自分たちのファミリアは趣味性が強く金銭的な利はそれほど求めないこともあって、二倍や三倍どころではない。恩恵の位階が昇華して上級冒険者ともなれば10倍以上の差がつくことだってありえる。

 

いかにクリリンが異世界人で、この世界の富や名誉に執着が薄いであろうことを考慮してもなお驚きが勝った。

 

もっともクリリンを自身のファミリアに迎えたいデメテルにとってはうれしい誤算ではあるが。

 

「え、えーと。あとはいったん私の眷属になってしまうと、一年は他の神の眷属に変わることはできないわ」

 

だから、後で眷属になりたい神が見つかっても、簡単に変わることはできないの――そういう事態になるのを想像したからか、自分で言いながらデメテルの表情は暗くなっていく。

 

「デメテルさまよりいい神様なんて、まあそういないと思うのでそれもいいすね」

 

クリリンの言葉にデメテルの表情はパアッと明るくなる。

 

「そうねそうね、あとは都市内のファミリアで眷属になると、都市圏外に出るのに制限がかかるの。うちは商業系で外との取引もあるからそこまで締め付けは厳しくないけど」

 

話が明るい方向に進んできたからかデメテルの声は弾む。一方、クリリンはこの意外とネックになりうる条件に関して少し思考した。

 

(俺の動きを捕捉できる存在がいるとは思えないけど、能力とかでバレて罰則受けるとファミリアに迷惑かかっちゃうかもな)

 

クリリンはさらに思考する。

 

(ただこのオラリオってとこに出入りしてる気を見てると……まあそこまで気を使う必要もなさそうだな)

 

およそ人のものと思われる気の分布範囲や密度、そこから境界と思われる領域を推定、その地点での気の振る舞いを感知する。ごく短時間での観察だが問題ないと判断。

 

「軟禁されるってわけではなさそうだし、それも問題ないっす」

 

それを聞いてデメテルは微笑む。クリリンはしばらく待ったがデメテルから次の言葉は出てこない。

 

(さて、おおよそ聞くべきことは聞いたか)

 

クリリンは決意してソファーから立ち上がる。つられてデメテルも立ち上がりクリリンと向かい合う。

 

「これからお世話になります」

クリリンは自身の主神となる女神に恭しく礼をした。

 

それを聞いたデメテルは目を見開いた。クリリンの言葉に感情が追い付かない。

 

やがてだんだんと言葉が体に心に染み入っていく。胸の中がじんわりと暖まっていく。表情が緩んでいく。

 

このときの女神の笑顔は、まるで世界中の花が一斉に咲き誇ったかのようだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

(少し気が逸ってしまったかしら)

 

夜、デメテルは私室で今日のことを振り返っていた。

 

クリリンを眷属に迎え入れたことは望外の喜びだった。

 

しかし気が逸るあまり、強引な勧誘では無かったか、クリリンの苦境につけこむことは無かったか、言葉が足らぬことは無かったか、何度も何度も振り返る。

 

(いえ、きっと大丈夫。クリリンは聡い子だもの。きちんと自分の意思で決めてくれたはずだわ。それに――)

 

 

 

私が子どもたちを害するなんてありえない。

 

それは自身の在り方の根幹を為す。

 

 

 

ふとクリリンと初めて会ったときのことを思う。

 

今になってもクリリンの何を以て【太陽】を感じ取ったのかはわからない。

 

 

 

それでも今は

 

 

太陽の子を授かった喜びに、ただただ浸っていたかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

(眷属になって、ちょっとだけ強くなったかな)

 

異世界生活2日目の夜明け、デメテルの畑でクリリンは神の眷属となった肉体を感じていた。

 

恩恵を受ける際、背中に神の血を受けたときは、これってもしかして自分が思うよりずっと重い契りなのか!?ってビビったりもしたが。

 

(俺は元気です)

 

クリリンは、物理的には遠いんだか近いんだかわからないが、心理的には遠い地球に思いを馳せた。

 

 

デメテルからは数日はゆっくりしていいと言われていたが、ファミリアでの生活に慣れるため休日は後日でよいと返した。

 

(あーでも自分の都合だけで決めちゃって、こうやって自分を教えてくれる側のことを考えてなかったな。そこは反省)

 

ちらりと横にいる婦人を見る。

 

年は20代前半、背は女性にしては高めで、垂らせば腰まである髪をひとつ結びにしている。頭には麦わら帽子を被り、エプロンドレスに身を包んでいる。

 

一方、クリリンも畑に出るに当たり作業着を身に付けている。インナーにオーバーオール、頭には婦人と同じく麦わら帽子を。

 

婦人がクリリンに声をかける。

 

「ではここからここまでを除草していきましょうか。先ほどお見せしたようにやってみてください」

 

「わかりました」

 

クリリンが畑に入って作業にとりかかるのを、婦人は畑の縁に立って見守っていた。

 

今日はずっと話していたためか喉が渇き、水筒を取り出して水を口に含む。

 

そのとき婦人の目の前で事件は起こった。

 

畑に無数のクリリンの残像が現れた。

 

それは超スピードで作業するクリリンのみが可能とする奇跡の光景。

 

その超自然的な光景を前に、婦人は口の中のものをすべて噴き出した。




感想、お気に入り登録ありがとうございます。感想のお返事はこれから少しすつお返しします。話の内容で一話の文字数が安定していません。読みにくく感じるようなら申し訳ありません。

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