地球人最強の男、オラリオにて農夫となる   作:水戸のオッサン

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其ノ四 猛者

 

 

農道を3人の冒険者が疾走していた。

レベルはいずれも2

少女ながら偉業を成し遂げ若くして上級冒険者となった逸材である。

 

市外から戻った行商人たちが目撃した黒い影。

それがギルドに伝わり調査をする方針が固まったところで、農夫たちが駆け込んできた。

状況は深刻さを増していく。ギルドは警戒レベルを引き上げ、上級冒険者へ協力を呼びかける。

 

別の農道に恐ろしい速さで走る冒険者たちがいる。

少女たち以上の、かなりの手練れだ。

また後方には魔導士たちも続いている。

 

農道を駆ける冒険者たちはギルドの呼びかけに応じた第一陣だ。

 

農夫たちはデメテル・ファミリアの団員だった。

彼らの畑に巨大な化物が現れたという。

 

少女たちはデメテルを慕っていた。

とても美人でスタイルが良く、街角で会えば派閥が違う自分たちにも優しく微笑んでくれる、素敵な女神。

デメテルの畑で採れた穀物や野菜を口にして天にも上る思いをしたことなんて数え切れない。

 

化物の威圧感が増してくる。地上にこれほどの威を放つ怪物がいることに、冒険者たちは驚く。

それでも足は止まらない。あの化物はとてつもなく強い。

しかし、ここにいる冒険者、そして後から来るであろう冒険者たちが力を合わせればきっと勝てる。

 

畑の終わりが見えてくる。

黒い化物と、その前に立つ農夫たちを視界に捉える。

 

よかった、生きてる―――

 

少女たち、そして周囲の冒険者たちの戦意が高まる。

「私たちがデメテル様の畑を、オラリオを守る―――」

 

 

 

突如、心臓を掴まれた。

冷や汗が噴き出し、血の気が引く。

頭の中で鳴り響く危険信号。

全員が足を止める。

 

 

 

事態は一変した。

 

化物から放たれる殺気が爆発的に膨らみ、10人の上級冒険者全員を畑ごと圧し潰す。

 

先ほどまでの威圧感などそよ風に感じるほどの、絶望的な殺気。

 

冒険者たちと化物との距離は数百M(メドル)ある。

あるはずなのに、冒険者たちは既に化物の腹の中にいた。

 

誰も動けない。

そんな中、化物と対峙する一人の小柄な農夫に目が留まる。

何も出来ないまま、あの農夫の命が踏みにじられるさまを見せられるのか。

 

少女たちは恐怖と無力感に苛まれ涙を流し始める。

 

 

そのとき

地上に【太陽】が降臨した。

 

世界を圧し潰していた殺気は一瞬で消し飛んだ。

 

これまで世界が経験したことのない途方も無い力を前に、冒険者たちはその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

小人族(パルゥム)の男が冒険者通りを歩いていた。

次回の遠征に備え、大手商業系ファミリアとの物資調達に関する商談を済ませた帰りだった。

 

冒険者で賑わっている通りであるが、男が近づくと自然と群衆が割れる。

開いた道を、当然のように男は通る。

げらげら笑う荒くれた冒険者たちもいたが、男が傍を通り抜ける間は口をつぐみ、目をそらしていた。

男には周囲を制するほどの、その小柄な体に似つかわしくない風格があった。

 

男の名はフィン・ディムナ

 

希少な第一級冒険者を多く抱える世界屈指の名門、ロキ・ファミリアの団長であり、当然ながら自身もまた世界最強クラスの実力を持つ第一級冒険者である。

 

悠々と道を進み、やがてギルドの前に出る。いつも冒険者で賑わっている場所だが、今日は一段と騒がしい。

親指が疼き始める。フィンにとってこれは凶兆であった。

 

近くにいる冒険者をつかまえて事情を聞く。

市外にあるデメテル・ファミリアの農地で常軌を逸した化物が出たらしい。

 

市外、デメテル・ファミリアの農地、これがフィンの頭の中である出来事と結び付く。

 

天を打つ衝撃

 

昨日の夜明け間もない頃、地上から天に向かって衝撃が走った。

 

早朝のオラリオは一時騒然となったが、それからしばらく経っても沙汰はなく、日が頂天に差し掛かる頃にはほとんどの民衆には無かったことになっていた。

 

それほど迷い悩むことは無かった。

 

「ラウル、武器を」

「はいっす」

 

フィンは後方に従えていた団員から預けていた武器を受け取る。

 

「ティオネ、いるかい」

 

そう言うと近くの建物の影からアマゾネスの少女がばつが悪い顔をしながら出てきた。

 

彼女もまたロキ・ファミリア所属の第一級冒険者である。

彼女はフィンを慕っており、私用を済ませた帰りに偶然フィンを見つけ思わず後を付けていたのだった。

 

気まずいところではあるが、すぐに切り替える。

 

「団長、お呼びでしょうか」

ティオネは指示を仰ぐ。

 

「これからデメテル・ファミリアの農地へ向かう。付いてきてくれ」

「了解です」

 

それから、とフィンはラウルに向き直る。

「ラウルはホームに戻ってリヴェリアに報告してくれ」

「了解っす」

 

ギルドで確認をとってから、フィンとティオネは農地に向かう。

 

――――その道中

 

猛烈な殺意がフィンとティオネを襲った。

 

「だ……団長!」

「ぐ、これは……!」

 

深層の階層主を彷彿とさせる圧力。

事前準備をした上でロキ・ファミリアの誇る最高戦力を惜しみなく投入してようやく勝ち筋を掴めるレベルの相手。

そんな化物が畑の果てにいる。

現に共に深層で戦い、地獄から何度も生還した第一級冒険者であるティオネが平静を保てていない。

 

(ここは退くべきか……!?)

 

フィンの鋭敏な頭脳が全力で回り始める。

ふと気が付いた。

 

親指の疼きが止んでいる――――?

 

 

その直後だった。

 

 

とてつもなく大きい殺意は

 

 

もっと大きい、馬鹿みたいに大きい気配に飲み込まれた。

 

絶望の色に染まりきった世界は元の姿を取り戻していく。

 

「ははは…………なんだこれ」

目を見開いて呆然としているティオネの横で、フィンは苦笑いと共につぶやいた。

 

 

◆◆

 

 

デメテルが農夫たちを抱きしめている。

それを見て冒険者の少女たちは涙ぐむ。

 

 

あの後、荒れ狂う世界を執り成した気配は嘘のように消え失せた。

 

冒険者たちは疲弊していたが、農夫たちが崩れ落ちたのを見て駆け付けた。

農夫たちの消耗は無理もなかった。

上級冒険者ですら圧倒されて動くことすら敵わなかったのだ。

冒険者ですらない彼女らが、あんな至近距離で化物の殺意を受け続けた心労は想像を絶する。

 

5人の農夫を介抱しようとする。

「悪いな、助かる」

そうすると唯一立っている農夫に礼を言われる。

上級冒険者全員がその農夫に意識を向ける。

状況をみれば、彼がこの場を収めたのだとわかる。

小柄で人好きのする笑顔を浮かべる男だ。

確かに体は締まっているように見えるが、正直あまり強そうには見えない。

もちろんあんな大騒動の中心にいたというのに、一人平然としている様子ひとつとっても、ただ者ではないはずなのだが。

 

やがて後続の冒険者と共にデメテルや彼女の眷属たちが駆け付けた。

デメテルは冒険者たちを気遣う素振りを見せていたが、冒険者の一人がどうぞ眷属たちを先に労ってあげて下さいと声をかけ、ありがとうと小さく呟いたデメテルは眷属を一人一人抱きしめていた。

抱きしめられた眷属は安らかな顔になり今にも昇天しそうだ。

 

冒険者の何人かはデメテルや眷属たちから視線を外し横目であの黒い化物を見ていた。

 

それは巨大な馬だった。

先ほどの殺意は微塵もなく平野に伏せていた。

それでもあの威容。身震いがする。

冒険者たちは誰も目を合わせるような真似はしなかった。

 

不意にデメテル・ファミリアの眷属たちが黒い馬に駆け寄っていく。

冒険者たちはギョッとする。

眷属たちは野菜をたくさん入れた大きな篭を持っている。

あの馬に餌をやるつもりのようだ。

デメテル・ファミリアとあの馬の間に何があったのかはわからない。

それにしたって

―――君らの度胸と適応力、高すぎない?

冒険者たちは全員そう思った。

 

 

◆◆◆

 

 

畑に集った冒険者がざわついている。

彼らの視線の先にはデメテルと話している二人の冒険者。

 

勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ

怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ

 

ロキ・ファミリアの主戦を担う二人の実力者が畑に姿を現していた。

 

「あなたたちまで来てくれるなんて……本当にありがとう」

 

デメテルは微笑む。

そのあまりの華麗さにティオネは自身を省みて苦い顔になる。あと正直、フィンにその笑顔を向けてほしくないという複雑な乙女心もあった。

フィンはといえば、こちらも世の淑女たちを虜にする笑顔を浮かべ

「僕に出来ることがあればいつでも駆け付けますよ」

と返す。

あらうふふ、とデメテルは返し、ティオネはぐぬぬと唸る。

もちろん、デメテルはこれが社交辞令であることはわかっている。フィンたちが単に人助けだけをしに来たわけではないことも。

しかし、デメテルとて天界では最高位に名を連ねる神々の一柱。そんなことをいちいち咎めるような器量ではない。

 

にわかに冒険者たちがどよめく。

デメテルたちもそちらを向く。

 

冒険者たちは一斉に道を開け、その奥から男が現れる。

 

「――――――!!」

 

男の姿を見て、デメテルとティオネは声を失う。

そちらも動くか、とフィンは呟く。

 

余人には決して纏えぬ覇気を従えてその男は女神の前に出る。

 

「―――この畑であなたを見る日が来るなんて思いもしなかったわ」

デメテルは目の前の大男に声をかける。

 

「さしたる被害は無いようだな、神デメテル。―――周辺を見て回ってもよろしいか」

 

表面上は神を立ててはいるものの、その言葉は有無を言わせない迫力を伴っていた。

 

「ええ、かまわないわ」

「では、失礼する」

 

男と神の対話は既定事項を外れることなく、男の思うがままに進む。

男は神のもとから離れていく。神の傍にいた二人の第一級冒険者のことなど全く意に介さず。

 

ティオネはその態度に青筋を立てる。

(この猪野郎……!団長を前にでけぇ態度とりやがって!!)

しかし何も行動は起こせない。短慮に身を任せれば潰されるのはこちらだ。ぐっと堪える。

 

男は悠然と馬の化物に向かっていく。驚いているデメテルの眷属たちに少し離れていろ、と声をかける。

 

男は馬の前に立つ。

馬は冷ややかに男を見下ろす。

冒険者たちや畑の農夫たちは固唾を飲んで見守る。

 

 

 

瞬間、男の覇気が世界を支配した。

畑に緊張が走る。

 

すぐに反応したのはフィンとティオネの二人だ。

戦闘態勢に入りつつ、ティオネは横目でフィンの様子を窺う。

 

―――団長、どうしますか

―――まだ動くな。このまま様子を見る

 

フィンはティオネを目で制す。

 

 

フィンとティオネ以外の冒険者たちは男の威を前に震えて何もできずにいた。

 

これが【猛者(おうじゃ)

都市最強の冒険者の力―――

 

凡百の冒険者にとって都市最強の力とは雲の上の話で実体を伴わないものであったが、今この場で重さと色を伴って全身に刻み込まれた。

 

全くもって想像以上

まさしく最強の力だ、と

 

 

然してその力を真正面から受けた馬の目は―――

それでもなお冷めていた。

 

「クク……生意気な目だ」

 

猛者(おうじゃ)】はどこか楽しそうに呟く。

 

まるで、自分(おまえ)は【猛者(オレ)】よりも強い存在を知っている

 

(そう言いたげな目だな)

 

その存在こそ、この馬を鎮めた者であり、【猛者(おうじゃ)】がこの畑に来た目的であるに違いなかった。

 

そしてついに【猛者(おうじゃ)】は目的の人物を見つけ出す。

 

この場でいささかも乱れず静謐な気配を保ち続けている存在。

 

それは一人しかいなかった。

 

猛者(おうじゃ)】は一人の農夫のもとへ歩み出す。

 

周囲はそれをただ見ているだけしか出来なかった。

 

猛者(おうじゃ)】を誰も止められない

猛者(おうじゃ)】を誰も咎められない

 

それは【勇者(フィン)】や【怒蛇(ティオネ)】をして同様であった。

 

力で理を通す世界

この場は完全に【猛者(おうじゃ)】の独壇場であった。

 

 

やがて【猛者(おうじゃ)】は一人の農夫の前に立つ。

 

「名乗ろう。フレイヤ・ファミリア団長、オッタルだ」

 

二人の体格差は歴然だ。

片や2M(メドル)を超える大男、片や女性と比べても小柄な部類に入る程度。

腕の太さを比べても、丸太と小枝のようだ。

 

「ただの農夫ではあるまい。真の姿を見せよ」

 

オッタルはそう言って農夫を見下ろす

 

 

 

 

 

 

と同時に後方に跳び農夫と距離をとる。

 

オッタルの頬を一筋の汗が伝わり、地面に落ちた。

 

 

「はっはっは、どうした?こんなのまだまだ序の口だぞ」

 

農夫は悪戯が成功した童子のようにニシシと笑う。

 

 

世界は思い出した。

 

デメテルも【勇者】も【怒蛇】も

畑に集った上級冒険者たちも

そして農夫の目の前にいる【猛者】も

 

全員が思い出した。

 

 

恐るべき怪物を戦うことなく屈服させ、世界を平定したあまりにも大きい力を

人智を超えた大きすぎる力を

 

全員が思い出した。

 

 

世界の主役が入れ替わる。

 

 

「俺はクリリン。昨日デメテル・ファミリアに入ったばかりの、ただのクリリンさ」


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