赤いベーシストはバンドもしたいけど恋もしたい! 作:倉崎あるちゅ
文字数は5500くらいです。前回がエリア会話ネタに走ってしまったので、お詫びということで……
「──燐子?」
アルバムに載っている黒髪の少女を俺は凝視する。
間違いない、ついこの間リアルで会ったフレンドの白金燐子だ。
「ショウさん、この人の事知ってるんですか?」
「あぁ、俺と同じゲームをやっててフレンドなんだ。ついこの間会って話もした」
にしても、まさかこんな身近にピアノをやっている人がいるなんて。本当に、早く彼女達とオフ会をしていれば良かった。そうしたらもっと早く友希那が望むバンドが出来たというのに。
過去の自分を殴りたくなるが、もう後の祭り。考えても仕方が無い。
俺は椅子に座り直し、つぐみにコーヒーをもう一杯貰うことにした。
「悪い、つぐみコーヒーおかわり頼めるか?」
「はい! 少々お待ち下さい!」
ポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリを開いてつい最近登録した名前をタップする。
メッセージを送る相手は燐子。
ダメでもいい。訊いてみないと現状は何も変わらない。
彼女にこんにちは、とまず最初に送り、今メッセージのやりとりをしていいか訊く。
将吾『燐子、少しいいか? 話したい事があるんだけど』
その一文を送り、一旦スマホをスリープ状態にする。ちょうどその時につぐみがコーヒーを持って来た。
彼女にお礼を言い、カップに口をつける。その間にメッセージアプリの通知が来て、コーヒーを飲みながらメッセージを開く。
燐子『こんにちは( *>ω<*)/ 話って何かな?』
将吾『実は今、ピアノのコンクールに出てた友達と話しててさ。それで写真を見せてもらったら燐子がいたんだ。……もし良かったら、キーボードとして、あことリサ、それとこの間一緒にいた湊友希那と氷川紗夜っていう二人と一緒にバンドを組んでみないか?』
少し長文になった文章を送り、返事が来るのを待つ。数分後、ポコッという音を立てて返事が送られてきた。
燐子『ごめんねm(_ _)m わたしには無理だよ……。わたし、人前に立つのは苦手で……(>人<) 治したいとは思うんだけど……』
将吾『そうか……』
燐子『ごめんね』
その文と一緒に頭を下げるマスコットのスタンプが送られてくる。
仕方ない。ライブは結構人も来るし、人前が苦手なら無理強いは出来ないな。ちょっと残念だけど。
頭でそう理解するが、どうも諦め切れない自分がいた。だから俺はスマホの画面に指を走らせた。
将吾『いや、いいんだ。こっちも悪い。もし、気が向いたり、あこと一緒に演奏したいなら声掛けてくれ』
燐子『うん、ありがとう(*´ω`*)』
将吾『人前が苦手な事を少しでも改善したいなら、いつでもいいから声掛けて。それじゃあ、またゲームでな(`▽´)』
メッセージアプリを落とし、スマホをポケットに戻してふぅ、と息をつく。
傍には心配そうに見つめるつぐみの姿があった。
「どうでした?」
「いーや、人前が苦手だからーって」
「あー……そうですよね。私もあまり得意じゃないです」
つぐみがあはは、と苦笑いを浮かべる。
俺もあまり人前で演奏した事はない。昔、中学一年の時にクラスメイトに披露したくらいだ。
一瞬、その時隣でギターを弾く長い金色の髪をした少女が脳裏をよぎり、ズキリと胸が痛んだ。
そっと胸に手をやり服をぐしゃりと掴む。傍にいたつぐみはお客さんが来たのでその対応に行っている。
北海道に引っ越して初めて出来た友達。幼馴染と言えるかもしれない。そんな彼女は中学二年の頃、俺を庇ってトラックに撥ねられ、現在も意識が戻っていない。
忘れていた、とは言わない。ギターを見る度、触る度に彼女の事を思い出してこうして胸が締め付けられる。CiRCLEのバイトで、ギターを触る時はまりなさんに事情を話して代わってもらっている。
──ホント、不意に来るのやめて欲しい。凄い苦しい。
痛みで顔を顰めていると、急にバシン! と肩を強く叩かれた。
「いっつ!?」
「よっすー! ショウくん!」
先程とは違う、物理的な痛みが走り、叩かれた肩を押さえて振り返る。するとすぐ近くに、長めの黒髪に赤色のメッシュを入れた雨河さんの顔があった。
「……雨河さん……どうも」
「なんやシケたツラしてんなー! このれいにぃさんに相談してみぃ?」
鋭利な顎を撫でてニヤーっと笑う。俺はなんでもないっす、と適当にあしらって雨河さんと一緒に来たであろう、クリーム色の髪をショートヘアにした碧い瞳の少女を見る。
「よう、モカ。今日は雨河さんと一緒なんだな」
「こんにちは〜ショウさん。れいにぃがやまぶきベーカリーのパンを奢ってくれるって言うので〜」
「ちゃうやろ、モカが駄々捏ねたんやろ……」
げっそりしたように雨河さんは肩を落とす。
その彼の片手にはパンの香ばしい匂いを漂わせる、やまぶきベーカリーの袋が抱えられている。
「えーモカちゃんはー、誰か買ってくれる人いないかなーって言っただけだよー?」
「何回もオレの方向いて言ってたやろ! ほんっまにこの子はー! 嘘だけはついたらあかんっていつも言ってるでしょー!」
「まぁまぁ、モカちゃんもれいにぃさんも……」
いつも通りのモカのマイペースな言葉に雨河さんが興奮気味に叫ぶ。本当にテンションが高い人だ。
そんな二人を宥めるのが、二人の事をよく知るつぐみだ。
宥めるつぐみに、雨河さんがおよよと泣きつく。
「つぐーオレの財布が軽いよー……。あ、このパン蘭達と分けてな」
「あはは……ありがとうれいにぃさん」
一八〇センチに近い雨河さんが、一五五、六のつぐみに抱きつく光景は大の男がぬいぐるみに抱きつくようなものだった。
これがいつも通りの光景なのだろう。モカが買ってもらったパンを黙々と食べている。
なんだこれ、シュールじゃないか。
「ショウさんも一つどーですかー?」
「え? あ、あぁじゃあ貰おうかな」
「はーい、どーぞー。やまぶきベーカリー渾身のチョココロネー」
呆然とその光景を見つめていると、モカがチョココロネをくれた。
珍しい事もあるものだ。あの、やまぶきベーカリー中毒と言っても過言ではないモカがパンを人に差し出すなんて。雨河さんとつぐみも驚いて目を見開いている。
「あのモカちゃんが……」
「人にパンをあげた……やと……?」
「ひどいなーモカちゃんだってそういう時くらいあるよー」
そう言ってモカはメロンパンを取り出してかぶりついた。
何かと察しのいい彼女の事だ。雨河さんが気付いたように、モカもまた気付いたのだろう。俺が辛気臭い顔をしていたのを。だから気を遣ってパンをくれたとかそういう──
「あ、チョココロネ一個しかなかったやー。ショウさんやっぱり半分にしましょーよー」
「どっちなんやモカァ!?」
「まぁまぁ、れいにぃさん……」
「はは! はいはい、どっちがいい? チョコ多い方かそれともちょっと少なめか」
「じゃあ、多い方でー」
やっぱりモカはモカだったみたいだ。
チョココロネをうまい具合に半分にしてチョコが多い方を彼女に渡す。
美味しそうにばくりと食べるモカを見て、俺は苦笑した。
♪ ♭ ♪ ♭
数日後の放課後。
普段通り自分の学校から羽丘まで行く。校門前で友希那とリサ、あこが立ち話しているのを発見して、俺は三人に手を振って声をかけた。
「おーい、お待たせー!」
「あ! ショウ兄!」
「やっほー♪ ショウ」
「来たわね」
合流すると、リサとあこから、また友希那が一人でスタジオに向かうところだったと聞かされた。またか、と意味を込めて友希那を見るが素知らぬ顔をしてそっぽを向いている。
まったく、と呆れ気味に息を着き、皆でスタジオに行こうとしたその時、一瞬、リサの手に違和感を覚えた。
「ん?」
「どーしたのショウ兄?」
あこが訊ねてくるが、それに答えずにリサの手を掴み上げる。リサがちょっ、と慌てるが無視してその手を凝視した。
「……リサ、なにこれ」
「ぁ……い、いや、これは……」
「リサ姉、その指……」
「っ! ……リサ……」
自分の声のトーンが下がったのがわかる。あこも友希那も心配そうにリサを見つめる。
綺麗なネイルでお洒落をしていた彼女の爪は、ネイルが剥がされ、ボロボロになっていた。
「こ、これはその…………イメチェン! イメチェンだよ! なんかネイルするだけがギャルじゃないからさー?」
リサが目を泳がせて、
「リサ、ネイルを取るのは正しいわ。けれど、ペースを守らないと指を壊して……」
「大丈夫! そこはわかってるってばー♪ ……で、ショウ? そろそろ手を離して欲しいカナ?」
若干頬を染める。しかし、俺はリサの手を掴んだままその爪から目を逸らさない。
このくらいなら、家にあるセットで手入れができるかもしれない。普段自分の爪しか手入れしてないから出来るか不安だが、やらないよりマシだ。
「リサ、練習が終わったら真っ直ぐ俺の家に行くぞ」
「え? か、買い物は?」
「いらない。今日と明日の朝は余り物で済ませる」
弁当も明日はいらない、と言って彼女の手を離した。
「今日の俺の家での練習は無し。その代わり、そのボロボロの爪を手入れする。焦るなって毎回練習の時言ってるのに……」
まったく、と先程ついた息よりも大きく息が出た。
リサがうぅ、と申し訳なさそうに声を出し、ごめんと小さく呟く。
「リサの手に関しては俺に任せておいてくれ友希那」
「えぇ、任せるわ」
「よーし! それじゃあスタジオにいこー!」
「あこ、少し静かにして」
「「あはは……」」
♪ ♭ ♪ ♭
「んっ…………ぁ……し、ショウ……」
「……リサ」
「ふぅ……んっ…………」
「……」
静かなリビングに反響する
俺はその声を聞きながら手を動かし続ける。たまにぺちゃ、という音がした。
ちょうどその時にまたリサが声を出す。
──我慢ならん。
「…………おいコラ」
「ふぇ?」
「ただ単に爪のケアしてるだけだろ!? なんでそんな声出すかなぁ!?」
「い、いやぁ……だってくすぐたかったし……」
「そこで頬を染めんな!」
練習のあと、リサを連れて帰宅。二人で手を綺麗に洗って行ったのがボロボロになったリサの爪のケアだ。
白くて綺麗な手をしてるのに爪がボロボロになっていて、見ていて痛々しい。
しばらくの間は浸透補水液という、爪の縦すじ、二枚爪、割れやすい、薄いなどを改善させるものを塗っていく。その次に爪の保護で水に強いものに変えていって、短いネイルに変えていくのもありだな。
知り合いにネイルの店を経営する人がいるし、その人に頼めば安くなるしリサにも負担にならないだろう。
「……たっく、もうこんな事しないように。まだ酷くなってないから俺でもなんとかなったけど……本当に指を壊す可能性だってあるんだから、気を付けてくれよ?」
「うん……ありがと」
最後に小指の爪を塗って終わり、乾くまでそのまま放置させる。その間会話でもしていたら退屈もしないだろう。
「この前も言ったけど、ベーシストだってネイルつけてる人もいるんだから、無理しなくていいんだぞ?」
「でもさ、少しでも上手くなりたいなぁ、って。ほら、ショウの指弾き凄かったからさ」
「俺は俺、リサはリサだ。自分のペースで練習していこう。焦っても良い事ないから」
そう言うとリサは不満そうに頬をふくらませる。
座っていた椅子から立ち上がり、飲み物を取ろうと冷蔵庫まで歩く。リサに何飲むか聞いてお茶、と言うからお茶を引っ張り出す。
二つのコップに注いでお盆に乗せて運び、一つをリサの目の前に置いた。もう既に爪の方は乾いている。浸透補水液は乾くのが早いのだ。
「これ二週間くらい続けるんだっけ?」
「そう。これ、水に弱いから、水仕事したあとと風呂に入ったあとにまたやってな」
「毎回かー……でも仕方ないよねー」
「こんなにボロボロにしてたらな」
「ぐぅの音も出ない……」
うぅ、とテーブルに突っ伏した。
俺も一回、爪がボロボロになるまで弾いてた事がある。その時は母さんに小言を言われながらケアをしてもらっていた。本当、親子って似るんだな。こうやって俺も小言を言いながらケアをしてるんだし。
「爪のコーティングに移るまで指弾きはしない事、しばらくはピック弾きだな」
「はーい」
突っ伏したまま不満げなその返事をして、リサは自分の栗色の髪を指に絡ませて遊ぶ。
子供みたいだな、と思った時、ポケットに入れていたスマホが振動した。
「ん? あこから?」
「あこから? どーしたの?」
「ちょっと待って」
メッセージアプリを開き、あこからのメッセージを確認する。
その内容は、燐子に今日練習した時に撮った動画を送りたいから欲しいというものだった。俺はそれを承諾し、あこに動画を送る。今練習中のオリジナル曲、カバー曲など複数の動画を送り、メッセージアプリを落とした。
「燐子に練習の時に撮った動画を送りたいから欲しいって内容だった」
「そっか。でもいいの? 送っちゃって」
「別に見られても困るものじゃないし。それに、燐子には見てほしいかな。それであことバンドをしたいと思える事が出来れば
「え? あの子って音楽出来るんだ?」
「あ、そうか、知ってるの俺だけか。あぁ、ピアノのコンクールの大賞を取るくらい上手いはずだよ」
俺がそう言うと、リサは上体を起こし、ジトッとした眼で俺を見た。なんだよ、と訊くとなんでもないと返され、彼女はお茶をぐびぐび飲む。
どうやら機嫌を損ねたようだ。何故だ。
「なんかモヤモヤする」
「モヤモヤって、なんで?」
「アタシもわかんない。……だからさ」
ガバッと椅子から立ち上がり、リサは口に笑みを浮かべる。
「今日は無し、って言ってたけど、ベース練習しよ♪」
「……少しだけな」
「やった♪ じゃあアタシ準備してくるねー!」
「へいへい……」
本当は今日のバンド練がキツめだったから休ませてあげたかったんだがなぁ。リサ自身が練習したいなら、いいか。
リビングを出ていくリサの後ろ姿を見て俺は静かに笑った。
Twitterでちょろっと話した紅宮くんの過去をやっと出せました。
第一話の伏線回収完了です。この事があったからギターの単語で反応があったんです。
爪のケアについては現在私がやってる事です。二枚爪になるのが痛くて痛くて……。大事にしてた爪なので今一生懸命にケアしてます。
……リサの爪を大事にしたい。
感想、評価お待ちしてます。
では、失礼します。