赤いベーシストはバンドもしたいけど恋もしたい! 作:倉崎あるちゅ
物語が動くといいんすけどね……。
友希那が事務所の女性からスカウトの話を持ちかけられたその日の夕方。
バイトが終わるのを待っていてくれた彼女に礼を言って一緒に帰宅する。その時に、歩きながら俺は友希那にスカウトの件について話を訊く事にした。
「……私は……」
まだ悩んでいるのだろう。それもそうか。彼女は今までフェスに出るために、元からあった才能を磨き上げてきたのだから。
「俺個人の意見言ってもいいか?」
「えぇ」
「出来るならスカウトは受けないで欲しい」
俺がそう言うと、友希那は意外に思ったのか驚いたような表情を浮かべてこちらを見た。
「……せっかくバンドメンバーが集まったのにさ、勿体ないかなって。それに紗夜もフェスに出たいって言っていたし」
「……」
友希那の方をチラリと見ると、彼女は前を向いたまま表情を動かさない。
何を思っているのかわからないが、俺が言いたい事は言えた。あとは彼女がどう決めるかだが……どうするのか。
「……私は、何をしてでもフェスに出る。それしか考えてないわ」
「っ!? じゃあスカウトは受けるって事か? Roseliaはどうするつもりだ……?」
まるでRoseliaを見ていないかのような台詞に衝撃を受け、俺は震える声音でそう問いかけた。
「……」
「フェスに出たがってた紗夜は……お前に惹かれたあこは……自信を持てるように頑張ってる燐子は……もう一度ベースを始めたリサはどうするんだよ……!」
次第に語気が荒くなり、動かしていた脚を止めて少し前にいる友希那の小さな背中を睨む。
「俺の事はどうでもいい! けど、あいつらの事は考えねぇのかよ! 必死に練習して、フェスのコンテストに出るために頑張ってるのに……!」
犬歯を剥き出しにして叫び、思わず涙が出そうになる。
最初の頃は、友希那がフェスのコンテストに出られるようにバンドメンバーを集めるだけのつもりだった。それが今じゃ俺もRoseliaの一員となり、メンバー達と接して、それぞれ必死になる理由も解った。
紗夜は妹の日菜に負けないように。あこは自分だけのカッコイイ存在になれるように。燐子は自信を持てるように。そしてリサは友希那を支えるために。
友希那は友希那で、父親のためにと思っての考えだというのも理解している。しかし、頭で理解していても心では納得出来ていない。
俺の叫びを聞いてもなお彼女は黙り続ける。それがいやに腹が立ち、ギリッと歯を軋ませる。
「なんとか言えよ! スカウトを受けて、そのあとはどうするつもりだ!」
子供の癇癪だと自分でもわかる。四人の気持ちがどうだとか、そんなのは建前だ。ただ、俺は……。
「……俺は、お前にRoseliaのボーカルでいて欲しい。一人で歌っていた時より、Roseliaとしての湊友希那が一番良かったから」
孤高の歌姫として歌っていたあの時よりも、Roseliaで皆で演奏していた時が楽しそうで、紗夜も最初の時に聴いた演奏より上手くて、あこはずっと笑顔で、燐子も怖がっていたのに演奏が始まってから笑みを浮かべて、リサも弾いていくうちに上手くなっていって……俺も、過去に無いほど彼女達といるのが楽しくて。
──Roseliaは、一人でも欠けたら意味がないんだ。
「最初に皆とセッションした時に、友希那も思っただろ……? あんな演奏は滅多に起きない。奇跡に等しい」
「……えぇ」
「Roseliaなら自分達の音で演奏出来る。自分達の音で頂点に立てる。でも用意されたバンドなら? 自分達なんていう個性なんてない、ただの商売目的の音楽だ。それでもいいなら──」
息を吸って、俺はその先の言葉を吐き出す。
「──勝手にしろ」
自分でも驚くくらい低く、底冷えするほどの声でそう言った。
気付けば辺りは暗くなり、街路灯がつき始めた。隣を見ればもう既に友希那とリサの家の前まで来ていた。
静寂が俺と友希那を包み込む。しかし、そんな静寂は前方から駆け寄ってくる人物によって掻き消された。
「やっほ~! 友希那! ショウ!」
私服姿に身を包むリサが栗色の髪を揺らしてこちらに来る。
「リサ……」
「おかえり、友希那♪ ショウもお疲れ~! バイトだったんでしょ?」
「……あ、あぁ」
「ん? 何かあった? 二人共暗い顔してるけど……」
流石に、さっきまでああいう会話をしていたら暗い表情になるか。
俺はなんでもない、と言って首を振る。
本当はリサにさっきの事を言いたい。しかしあの話は友希那本人がしなければ意味が無いと俺は思う。俺が言えば、自分でも混乱気味なのに皆を混乱させてしまう。
「友希那もなんでもないの?」
「……えぇ、なんでもないわ」
「そっ……か。でもさ、友希那。本当にヤバい時は、ちゃんとアタシに話してね?」
「……」
話す気はないか。ここで話をしてくれれば、少しは好転するかと思ったのだが。
とりあえず、今はこの話題から切り替えよう。リサも気まずそうだし。
「リサ、今日はあこと燐子とお茶会してたんだろ? どうだった?」
「あっ! そうだったそうだった! 二人にさ、提案があるだけど」
「「?」」
にひひ、とリサが白い歯を見せて笑う。
「Roseliaの衣装、作ってもいい?」
リサからお茶会での会話を聞き、だいたいの事は理解出来た。
すなわち、統一感が無くてリサだけギャルっぽくて浮くから衣装作らないか、という事だ。さりげなくあこが紗夜の服装を『ちょっとアレ』と言ったらしいが、まぁ、衣装があれば統一感が出て演奏の締まりも良くなるだろう。
しかし、友希那がスカウトを受けるかもしれない状況下でこの話はキツイのがある。
「俺は……いいと思うぞ。……友希那は?」
「……好きにして……」
「へへ☆ ありがとー! 皆にメッセージ送っとこー♪」
「……私はもう帰るわ。それじゃあ」
「あ、うん! また明日ね~友希那!」
足早に去って行く友希那を見送り、家の中に入っていく彼女を見届けて俺は軽く息をついた。
「やっぱり……何かあった?」
困ったように笑って、リサは俺にそう尋ねてくる。
今ここでリサに全てを話してしまえばどうなるだろうか。混乱させて状況が悪化するか、否か。言わなければ最悪、知った時が後手に回ってRoseliaの解散の可能性が高くなる。
どうしたらいいんだ、俺は。
「ちょっとショウ、ホントに大丈夫? 顔色悪いし怖い
「っ……あぁ、大丈夫」
「……ねぇ、ホントは何かあるんでしょ? アタシには言えない事……?」
友希那が言わないと意味が無い事は明白だ。しかし、今の彼女が言わないというのも目に見えてわかる。そして最後になって告げて最悪の事態を招きかねない。
全てをリサに話して彼女と協力していけばなんとかなるかもしれない。
「…………いや、聞いて欲しい。Roseliaに関わる事だから」
「Roseliaに関わる事……?」
目を見開いたリサはどういう事なの、と問いかけてくる。俺はごくりと生唾を飲み、口を開いた。
「友希那が事務所からスカウトされてる。しかも、フェスにコンテスト無しで出場させるという条件付きで」
「え!?」
「友希那も悩んでるみたいで、返事は待ってもらってる状態」
話を聞くリサはむぅ、と唸って腕を組む。
「Roseliaとして軌道に乗ってきたのにここでそう来るかぁ……」
「あぁ。フェスに出るっていう目的は達成されるけど、問題はそのあとだ。残された俺達はどうするか。続けるか、解散か」
「絶対嫌」
俺の最後の言葉を聞いた瞬間にリサは即座に首を振った。
「アタシは今のRoseliaがいい。だって、友希那があんなに楽しそうに歌ってるんだもん。……ずっと、そばで見てきたからわかる」
「俺もそう思う。だから、なんとしても友希那にはこのままRoseliaのボーカルとして居てもらう」
「でもどうするの? アタシ達二人だけで」
確かに俺とリサだけだと正直に言って力不足だ。出来る事も限られてくる。しかし、俺達には心強い味方がいる事をリサは忘れている。
俺は鼻を鳴らしてニッ、と口の端を吊り上げた。
「俺達だけじゃないだろ? まだ協力出来る奴らが残ってるさ」
「あっ、そっか! じゃあアタシメッセージ送っておくね♪」
頼んだ、とリサに言い、俺はスマホを取り出してメモ帳のアプリを起動させる。そしてタイトルには、安直だがこう綴った。
『湊友希那の改心作戦』と。
♪ ♭ ♪ ♭
「っ! また……」
友希那と将吾がまだ話している頃、氷川紗夜は安定していないフレーズの練習のため自室にてギターの練習を行っていた。
何度も何度も同じフレーズを練習しても精度が上がらず、彼女は思わず舌打ちを打つ。
──何度もやっても精度が上がらない……! …………ダメね、集中力が足りてない。少し休憩した方が良さそうね。
苛立っている事に自分で気付き、紗夜は肩にかけていたギターを傍らにあるスタンドに立て掛け、休憩に入ろうと座っていたベッドから立ち上がった。
「……っ!」
瞬間、少し酷い目眩が紗夜を襲った。ガタッ、と膝をついて彼女は目元に手を当てる。
「おねーちゃん!?」
「……日菜」
先程の膝をついた音が妹の日菜にも聞こえたのか、焦ったような表情で彼女が紗夜の部屋に入ってきた。
急いで紗夜に駆け寄り、背中に手を添える。
「大丈夫!? おねーちゃん!」
「……えぇ、大丈夫よ。少し立ちくらみをしただけだから」
「…………」
慌てる日菜に彼女は手を挙げて制し、苦笑を浮かべた。最初は不安そうな日菜だったが、顔色に変化がないのを確認してふぅ、と安堵の息をつく。
ふと、日菜は疑問に思った。
いつにもの姉もならなりふり構わず怒鳴るはずではないかと。
「ぁ、じゃああたし部屋戻るね。おねーちゃんの練習の邪魔しちゃ悪いし……」
大好きな姉に避けられているというのは自覚している。自身を煩わしく思われているという事も。
それが嫌で日菜は部屋から出ようと立ち上がる。そのまま去ろうとしたところで、紗夜が彼女の手を掴んだ。
「待って、日菜」
「!? な、なにおねーちゃん」
「少し、話をしましょう」
「……おねーちゃん……?」
今までにない、落ち着いた雰囲気の姉を見て、日菜は首を傾げた。
目眩が和らいでから二人はベッドに並んで腰掛けた。最初は黙ったままだったが、先に口を開いたのは紗夜からだった。
「日菜、ギターを始めたのよね」
「う、うん。面白そうだなーって」
そう、と紗夜は会話を一旦切る。
そして彼女は少し視線を落として独り言を呟くように話だす。
「私は……日菜に真似されたくない、負けたくない、そう思ってギターの技術を高めてきた」
「……」
「でも、日菜はギターを始めた。私にはギターしかない。いつも真似されて私より好成績を残して」
「あ、あの……おねーちゃん」
紗夜のその独白に対し、日菜謝ろうと言葉を紡ごうとするが、紗夜は首を振って日菜を見てふっ、と微笑んだ。
「謝らなくていいわ。紅宮くん……Roseliaのサポートをしてくれている人に相談したら、日菜の気持ちも少し理解出来たから」
紅宮、その名を聞いて日菜は学校で度々耳にする名だと思い出した。羽丘と近い場所にある共学の高校の男子生徒で、何かと商店街や学校周辺で人助けなどを行っているとたまに話題に上がる。
姉が所属するバンドと一緒のリサとの会話にも、話す時には度々名前が出てくる。
「今はまだ、私自身気持ちの整理が出来ていないところもあるけど……とりあえずこれだけは言っておくわ」
微笑みから一転、紗夜は好戦的な笑みを浮かべた。
「私と同じギターをやる以上、日菜、貴女が私に追い付く事は無いわ。何故なら、私が貴女を蹴落とすもの」
その言葉を聞いて、日菜は心が踊った。彼女の言葉で言うならば、るんっ♪ と来た、だろうか。
昔と同じように、一緒に同じ事が出来ると日菜は心の底から嬉しく思った。
何より紗夜からの、言わば挑戦状。
「今のおねーちゃん、すーっごくるんっ♪ って来た!」
そう言って彼女は無意識に紗夜に抱き着いた。
「ちょっ! 日菜、離れなさい! ……もうっ。休憩が終わったら離れてちょうだい」
「はーい!」
文句を言って離れようとする紗夜だが、離れないで抱き着く力を強める日菜に彼女は諦める。
そんな時にポンッと紗夜のスマホに通知音が鳴った。
「おねーちゃんメッセージ来たよー?」
紗夜のスマホを手に取って、日菜は彼女に手渡す。ありがとう、とお礼を言って紗夜はメッセージを確認する。送り主の名前には『今井リサ』の名前がある。
「今井さんから? っ!? これは……一体……?」
そのメッセージの内容を確認した紗夜は驚きで目を見開いた。
友希那がスカウトを受けている。そして返事は検討中という大まかなものではあったが、大体の理解は出来る。
「これは……なんとかしないといけないわね」
紗夜も将吾やリサと同じだ。やっと見つけた自分の場所。それを失いたくないと言う気持ち。
スマホを見れば招待されたグループには燐子とあこも驚きのメッセージが送られ、なんとかしようというものもある。
以前に練習終わりにあこから言われた。自分だけのカッコイイを見つけるためにこれから頑張る、と。紗夜もその時に強く当たってしまって悪かったと謝った。
皆、目指すものがある。友希那もそうかもしれないと思う紗夜だが、こんな中途半端な状況では納得出来ない。
この状況をどうしようか、と紗夜は日菜と共に考えるのだった。
だいたいわかったと思いますが赤恋はこんな感じでいきます。
恋愛面とバンスト面の両立は大変ですが頑張っていきます。
感想、評価お待ちしております。あと、誤字報告もあればよろしくお願いしまーす!