赤いベーシストはバンドもしたいけど恋もしたい! 作:倉崎あるちゅ
この章が終わったあとの話を書きたい欲が強いので頑張りたいです。
「……タイミング悪っ」
これ、絶対リサだろ。
つぅ、と冷や汗が頬を伝う。きゃーきゃー言っていた母親が黙った。
「俺行ってくる」
動こうとする母さんを制して玄関へ向かう。玄関のドアには曇りガラスが張られており、向こう側に人がいるかどうかがわかる。ドアのすぐ側にいる人物のシルエットを見る限り、やはりリサのようだ。
俺がドアを開けると、そこにはスーパーの袋を提げたリサの姿があった。
「さっきぶり〜! 一応明日の分も買ってきたん──」
「それよりちょっと面倒な事が起きた」
笑顔で言うリサの口にしっ、と人差し指を押し当てた。
「っ!」
「今うちのバカ親が帰ってきてて、ちょうどリサの話してたんだ。今ちょっとテンションおかしいから心の準備しといて」
俺はリビングに続く扉を見ながら言い終えて次にリサの方に目をやると、頬を赤く染め、瞳を揺らして俺の事を凝視していた。
「り、リサ大丈夫か?」
「は、はい……大丈夫、です」
「なんで敬語……?」
軽く俯いて消え入るような声音で言う彼女に俺は首を傾げる。よく見てみればウサギのイヤリングを付けている耳も赤くなっている。
「そ、それでっ、親ってお母さん? お父さん?」
「あぁ、母さんの方」
「そ、そっかー、あはは……」
母さんだと聞いた途端リサは挙動不審に目を泳がせる。さきほどから彼女の表情は忙しい。
もしかして、母さんがRed Rideのベーシストだから緊張してるのか。もしそうなら気にしなくていいのに。緊張する相手じゃないし母さん。
「とりあえず行こう。テンションおかしいから注意してな」
「あっ、うん」
リサが持っていた材料が入った袋を受け取って彼女を中に通す。
リビングに続く扉を開け、リサと一緒にリビングに入った。誰だった、と母さんが訊こうとした瞬間、俺の後ろにいるリサを見た途端目を剥いた。
「将吾が彼女を家に……!!」
「違ぇって言ってんだろ! さっき話してたリサだよ」
「え!? うそ! その子がリサちゃんなの!?」
俺は再びキャーキャー言うバカ親を呆れた目で見る。リサもこのテンションについていけないみたいでピシリと固まっている。
「え、えーっと……」
戸惑うリサを見て、母さんはハッ、として咳払いをして乱れた髪の毛を撫でて平静を取り戻した。
「ごめんなさいねリサちゃん。わたしの名前は紅宮優凪。Red Rideのベース担当よ」
「あー、ちなみにリサが使ってる紅いベースなんだけど、それの元の持ち主が母さんな」
「えぇっ!?」
「なに将吾、言ってなかったの?」
なんで言ってくれなかったの、と訊いてくるリサに、俺は気を遣わせたくなかったと顔を逸らして無愛想に答えた。
「もう……。あ、あの! ベース、ありがとうございました! すっごく良くて弾くのが毎回楽しいです!」
リサは俺にジトっとした目を向けたあと、母さんに深くお辞儀をした。
「そっかぁ! そんなに嬉しそうにしてくれるなんて。譲った甲斐があったわ」
どういった理由で譲ったのかわからないが、楽しそうに話しているようで良かった。俺はリサが買ってきた材料をキッチンにある冷蔵庫や野菜室に詰め込む。スッカラカンだった冷蔵庫に材料が入り、人に見られる程度にはものが入っている。
さて、リサと母さんの話がヒートアップする前に止めに入らないと。なんか、わたしの事はお義母さんでも、優凪さんでもなんでもいいから、とか聞こえるし。
「二人とも話は一旦そこまで。リサ、ご飯作っちゃおう。話はそのあと」
「あ、そうだった! ごめんごめん♪」
リサがあはは、と笑ってこちらにやってくる。俺はポケットから財布を取り出して材料の金額分より少し多めにリサに渡した。
「いつもありがとな。はい、立て替え分」
「だーかーらー、毎回言ってるけどいいって言ってるじゃん。アタシだってここで一緒にご飯食べてるんだしさ」
「それだと俺が納得出来ないっていうか……」
「じゃあ今度、買い物に付き合ってよ。そろそろ弦変えようかなって思ってたし、エフェクターも良い物ないか確認したいからさっ」
はい、この話は終わり! とリサは俺にお金を突き返してエプロンを着けて服の袖をまくる。
あまり納得出来ない俺はしぶしぶ財布を戻して準備を始めた。
「将吾が女の子と一緒に料理なんて久しぶりねー」
ふと、ソファに座る母さんがそんな事をボヤいた。聴こえたのは俺だけのようでリサの耳には届いていないみたいだ。
「優凪さん、少し時間かかってもいいですか?」
「えぇ、もちろん! リサちゃんの料理楽しみに待ってるわ!」
「あははっ、ありがとうございまーす☆」
そう言ってリサは冷蔵庫から卵と鶏肉を取り出す。
「リサ、今日は親子丼?」
「正解。ショウは玉ねぎとみつば出してくれる? みつばはさっきアタシ買ってきたからさ」
「おー、そういやあったな。あ、リサその量だとあのバカ親足りないって喚くぞ」
「えっ、ホント? ごめんもう何個か卵と鶏肉取って。あと玉ねぎ追加!」
リサと分担して調理を進めていく。リサが親子丼の調理をしている間、俺は米を研いで炊飯器にセットする。母さんが大食いなせいでうちの炊飯器はでかいし、二個ある。最初はリサに驚かれた。
まだ時間は六時になったばかりだし出来るのは七時半とかその辺だろ。母さんには悪いが待っててもらうしかない。
♪ ♭ ♪ ♭
「ご馳走様でしたぁ!」
美味しかったぁ、と満足そうに言う優凪さんを見て、アタシは頬を引き攣らせた。
どれだけ食べたんだろこの人。アタシとショウの倍は確実に食べてるはず。この細い体のどこに吸い込まれてるの。
「だいぶ前に言っただろ、アホみたいに食べるって」
「いやいや、冗談だって思うじゃん普通」
「炊飯器二個あるんだぞ? ……って、目を逸らすなリサ。現実を受け止めろよ」
あんなに食べても細いとか羨ましいんだけど。現実逃避しちゃうよね、こんなの。
「それにしても、将吾ったら隅に置けないわね。こんな良い子を通い妻させてるなんて」
「へっ!?」
「はっ?」
か、か通い妻!? アタシが? いやいや、アタシは別にショウとはそんなんじゃないし。そもそもアタシは昔ショウに助けられたからお礼で来てるだけで……。
「母さん、あんまり変な事言うなよ。リサとはそんなんじゃない。ただの友達でバンド仲間」
むっ。そう素直に言われるとムカッとするんだけど。
食器を片付けるショウが短く笑ってキッチンに向かう。アタシも空になった食器を集めてショウに続く。
シンクに食器を置いて、アタシはモヤっとした心を紛らわすために隣に立つショウに肘で突く。
「なんだよ、リサ」
「別に、なんでもありませんけどー?」
「いやいや、なんかあるだろ機嫌悪いぞ?」
「なんでもない」
アタシだってわからない。玄関であった、ショウがアタシの唇に指を当てた時は胸が締め上げられるみたいに苦しくなって、目の前のショウしか目が入らなくて。前までこんな事無かったのに、なんで最近こんなにも多くなったんだろ。
先程の事思い出すと耳がだんだん熱を帯び始めた。
二人で洗い物を終わらせて、コーヒーが飲みたいと言う優凪さんにショウが文句を言いつつ準備してあげる。アタシも手伝おうかと言ったが座って話してろと言われて、それに従って優凪さんとベースやバンドの事を話した。
「そういや、リサ」
「ん?」
「友希那が持ってきたあの曲、誰の曲か分かるか?」
あー、あの曲かー。
アタシは友希那が持ってきた曲を思い出す。
激しくて繊細で、力強い曲。あの歌声には聞き覚えがある。きっと、あれは友希那のお父さんの曲に違いない。
「友希那って、あの友希那ちゃんよね? 湊くんの娘ちゃん」
ショウと話しているとコーヒーカップをテーブルに置いた優凪さんが訊いてきた。アタシは頷くと優凪さんはそっかー、と呟く。
「その曲ってどんな曲なの将吾? わたしならわかるかもしれないわよ?」
「あ、そうか母さんに訊けばすぐわかる事だった」
え、いくらプロのベーシストだからって流石にそんなポンポンとわかるかな。
ショウはスマホを取り出して録音したデータを再生させた。バンド練習の終わりに友希那に頼んで録音させてもらっていたのだ。
リビングに響く激しい曲。優凪さんはイントロを聞いた瞬間に驚いたような顔をして、サビに差し掛かる頃には口元に笑みを浮かべていた。
曲が終わり、アタシとショウは優凪さんの顔を見る。
「ふぅん……これを友希那ちゃんが持ってきた、か」
「誰が歌ってるかわかるか、母さん。俺は喉元まで来てるけど答えが出ない」
首を横に振るショウに、優凪さんはははっ、と軽く笑う。そして懐かしそうにスマホの画面を見つめて口を開いた。
「この曲は、インディーズ時代の湊くんの曲よ」
「っ!」
「……やっぱり」
アタシの予想は当たっていた。中学の頃まで聴いてた曲の声質と似てたから。
「友希那ちゃんはこの曲をカバーしようとしたの?」
「今度あるライブで演る曲をどうしようかって話になって、その時に」
「そう。それで、この曲はやるの?」
「それが……友希那、私には歌う資格がないからって……」
アタシがそう言うと優凪さんは穏やかな笑みを浮かべて口を開く。
「ホント、親子って似るわねー」
「どういう事だ母さん」
優凪さんはそうねー、と言って背もたれに背を預ける。少しを目を閉じ、昔ね、と言葉を続ける。
「インディーズ時代、湊くんのバンドは勢いのあるところでね。それこそさっきリサちゃんが話してくれたRoseliaのようなバンドだったの。技術もあって、メンバー間の信頼もあってね」
Roseliaのような。アタシ達も、友希那のお父さんがいた凄いバンドになれるのかな。
「ただ、結成してしばらく経ったあと、湊くんがスランプというかなんというか。それになっちゃって。俺は歌を歌ってもいいのか、とか凄いネガティブでね。こんな中途半端な気持ちで歌っていいのかって」
あの友希那のお父さんがネガティブ……? しかもインディーズ時代で? 全然想像もつかない。
「当時、わたしとわたしの夫、あと友希那ちゃんのお母さんでなんとかネガティブ思考を叩き直したの。立ち直った時は……確か友希那ちゃんのお母さんが、そのままの気持ちを歌えばいいって言ってたはずよ」
「そのままの気持ち……」
「この曲は、その気持ちを大きな声で伝えるための曲なの。……ふふっ、友希那ちゃんは湊くんにそっくりね。そして二人はあの頃のわたし達みたい」
くすくすとアタシとショウを交互に見て笑う。
「関係性も距離感も、なにもかもそっくり。久々に親子って実感したわー」
「まぁ、俺達親子は離れて生活してるしな」
「結構嬉しいわよ、こうやって似てるところを見つけるの」
より一層笑みを深める優凪さんは本当に嬉しそうだ。そばで見てるとアタシまで笑顔になれそうだと思った。
「ショウと優凪さんって、髪の質とか目元も似てますよね。二人共髪の毛綺麗だし」
「そうね、この子は昔からわたしに似てたわ。性格はお父さん似なんだけど」
「俺は親父よりズボラじゃない」
「はいはい、貴方はわたし達よりちゃんとしてるわよ」
「むぅ……」
わ、普段頼れる人オーラ出してるショウが子供みたいな感じになってる! 結構レアなんじゃないかな。ちょっと可愛いなぁ。
そう思ってるとショウはわざとらしい咳払いをした。
「とにかく! 曲が出来たきっかけはわかった。リサ、後で友希那の家に行こう。これ話せばなんとかあの曲演ることが出来るかもしれない」
「うん。アタシも、友希那にこの曲を歌って欲しい。友希那の気持ちも音楽に真剣なものだって気づいて欲しいもん」
アタシとショウは互いに頷き合う。優凪さんはそれを穏やかに微笑んでアタシ達を見つめていた。
──アタシは友希那を支えたい。ちゃんと気づいて欲しい。友希那の音楽に対する気持ちも、真剣なものだって事を。
まだ文字数増やしたかったんですがキリが悪いのでここで切ります。
頑張って連日投稿したいぃぃぃ!!