【完結】刀使ノ巫女+α   作:tatararako

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75話を投稿させて頂きます。
タイトルの元ネタは、一字増やしていますが有名なオーストラリアの人が書いた本です。


あなたがたは、私が地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。
今から後、一つの家に五人居るならば、三人は二人と、二人は三人と対立して分かれるからである。
父は子と、子は父と、母は娘と、娘は母と、姑は嫁と、嫁は姑と、
対立して分かれる。

ルカによる福音書12章 51節から53節より~
   
  
   


静かなる侵略 者

   

   

   

江仁屋離島で起きた“荒魂騒動”の数日後、防衛省――――。

 

「――――優少年の報告は以上で、その報告によりますと、ノロのアンプルによって強化された自衛隊員達はノロに対する拒否反応によって思考が阻害され、低下することにより荒魂化する前の能力が著しく低下するとのことであり、その低下した能力は群馬山中にて発生したイスラム過激派の戦闘員よりも劣るとのことです。」

 

奄美大島分屯基地に居る三木は、ノロのアンプルもどきによって強化された自衛隊員はノロに対する拒否反応から鑑みると、却って弱体化する旨を市ヶ谷に居る甲斐に報告していた。

 

『……なるほど、それは私にとっては良い事尽くめだと言った方が良いな。』

 

だが、パソコンの画面越しに映る甲斐は動じることなく、喜ばしい結果となったと言ってほくそ笑んでいた。

 

「……と言いますと?」

『元々、鎌府の研究データから作ったノロのアンプルもどきで自衛隊員を強化する計画は特別任務部隊と新型S装備を挫くために舞草の一部の重鎮が防衛省の人間を動かしたようだ。』

「一部の舞草の重鎮ですか。」

『まあ、恐らくは折神 紫が推進したS装備と子飼いである元親衛隊の二名が活躍しているというのが気に食わないのだろう。』

 

甲斐は三木に今回のノロのアンプルもどきを使って自衛隊員達を強化する計画が始まった理由を話していた。

その理由を聞いた三木は、そんな理由で危険な実験を行い、水陸機動団所属の優秀な隊員10名を失うという事態となってしまったことに静かに怒りを感じていた。

だが、ノロのアンプルもどきを使って自衛隊員達を強化した理由は他にも有るのだが、甲斐は敢えてそれを言わなかった。

 

「………そんな理由で、ですか。」

『だからこそ、私は彼の少年が群馬に居ても江仁屋離島へ直ぐに行けるよう手配した。』

 

甲斐の優を江仁屋離島へ直ぐに行けるよう手配したという言葉で、三木は彼も同じ貉の穴であったことを思い出していた。

そのため、三木は次の議題へと持って行こうとしていた。

 

「とはいえです。彼の少年は米国の工作員部隊等と共に群馬山中に現れたイスラム過激派を殲滅。その後には、荒魂化した自衛隊員等を討伐したということから見ても、実年齢9歳という点から観て、その人格は極めて異質という他ありません。」

『だが、同盟国の友邦と共にテロリスト集団を殲滅後、荒魂化した人間を単独で多数討伐。……その経歴だけでも、極めて優秀な刀使であると同時に理想的な兵士ではあるな。』

「………加えて、今回の事件によって判明したことでありますが、現職の自衛隊員達はノロのアンプルですら制御できないにも関わらず、彼の少年はノロの総量が自衛隊員達に使ったノロのアンプルとは桁違いの力を持つタギツヒメをその身に宿し、その力を行使していることから、そのタギツヒメの力を行使できるのは彼の少年以外には居ないというのが現状であります。それらの観点から鑑みますと、潜在的に危惧せざるを得ない存在であるかと。」

 

三木は、優が9歳である子供であるにも関わらず、米国の軍人でもある米国工作員部隊と連携を取ってイスラム過激派を殲滅し、その後も荒魂化した人間を討伐。その際に躊躇いも無く人を撃ち殺したり、斬り殺すことができる異質な人格を持つ9歳の子供がタギツヒメの力を行使できる現状を危惧(主に裏切ったり、暴走する危険性のことを言っている。)すべきであると言って、優を保護という名目の元、監禁すべきであると甲斐に暗に進言していた。

 

『……三木一等陸佐。駐屯地司令だった君が統合幕僚監部運用部運用第二課長という要職に就けたのも、君が優れた手腕とその幅広い見識を持っているからであると、私の耳にも聞こえている。』

「……過分な評価、ありがとうございます。」

『そんな君の意見を私としても可能な限り尊重したいが、彼の少年の処遇は既に決まっている。それを良く留意するように。』

 

しかし、甲斐は三木の進言を却下し、政府の決定であると言って、優を使い潰そうとしていた。

 

「………“市ヶ谷の姫”への対抗手段としてですか?」

『ああ、その“市ヶ谷の姫”は政治家や政府官僚を味方に引き込み、一つの派閥を形成しつつある危険な状態だ。……今回の件によって、彼の少年の有用性を証明することができた。彼の少年の中に居るタギツヒメを“市ヶ谷の姫”の元へ引き渡すことは抑え込むことができるだろう。』

 

甲斐と防衛大臣の中谷としては優を“市ヶ谷の姫”ことタキリヒメとその一派への対抗手段として置いておきたいのが本音であり、今回の江仁屋離島で起きた荒魂騒動を鎮めた優の活躍を官房長官等に報告し、タキリヒメを支持する派閥が政治活動によって、優の中に居るタギツヒメをタキリヒメに引き渡されるような事態は防ぐことはできた。

 

「それが彼の少年を江仁屋離島に送った理由の一つでもある。ということですか………。」

『ああ、“市ヶ谷の姫”は彼の少年の中に居る者は不要だと言っているが、どこまで真実かは分からん。そのうえ、あの“市ヶ谷の姫”は政治能力に長けているらしく、二十年前の大災厄のことを知らない政治家と政府官僚の多くを手なずけた。……やり辛い敵だ。』

 

つまり、“市ヶ谷の姫”こと、政治能力に長けるタキリヒメを支持する政治団体に対抗する手駒の一つとして優は生かされており、その有用性を証明するために江仁屋離島へ送れるようにしたと甲斐は三木に答えていた。

 

――――甲斐と中谷は、化け物には化け物をぶつける。という考え方なのだろう。

 

こうして、江仁屋離島での荒魂騒動。もとい、平和で非戦を誓い、軍隊を持たないと公言するが、どこかふしぎな国で起こった軍隊の居ない戦場は、制限の無い戦いであったが、不気味なほど大きな歯車の音を立てることもなく、誰にも注目されることなく静かに終わった。

 

しかし、大きな歯車が音を立てずに終わったからといって、全てが無くなる訳ではない。

また、誰かが油を注し、無理にでも動かせば、その歯車は錆びていても動き始めるのだということに誰も気付いていなかった。それは、差し障りの無い表現に変えらえていき、濁されてゆく言葉に誰も気付かないようでもあった。

 

そして、その歯車が正常に動き続ける保証は誰も取らないうえ、壊れていることに誰も気付かないままであった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長船女学園――――。

 

江仁屋離島での戦いの後、薫達は静養のため一日の休暇を貰い。長船女学園に戻り、薫とねねは学生寮の空いている部屋の中から宛がわれた自室にて、洗面所で雑念を振り払うかのように顔を洗っていた。

それは、辛い部分を取り除く外科手術のように、江仁屋離島に起こったことを振り払う儀式のようでもあった。

 

しかし、それを振り払おうと考えれば、考えるほどに深みに嵌っていき、奄美大島分屯基地での戦いの後に、管制室から外に出てきたところを思い出してしまった。

全てが終り、管制室から出たとき、いつも見ていた風景が何か違う、ような気がした。どこか遠い処に居るような、それでいて、いつもとは何処かズレていて、何かが違う感覚。

UAVを介して長時間観ていたせいだろうか?と薫は悩み、その見てきた物を思い出してしまう。

 

離れ島で鮮明に映る自衛隊員達の亡骸。

9歳の子供が主演のノンフィクションスナッフ・ムービー。

刀使だったのに、エアコン付きの部屋から、それを眺めているだけの“卑怯者”の自分。

 

いつからだろう?

 

何時から、こんなに変わってしまったんだろう?

任務に不真面目で、その度に学長から怒られ、任務を増やされてはブラックだの何だの愚痴りながら、休暇を望んでいた自分が、何処か遠い昔の、違う星に居る自分のように感じられる。

……その証拠に、念願の休暇を貰えたのに、どうしてこんなに心苦しいのだろうか?

 

「…………ねね行くぞ。」

 

今日はやけに嫌なことばかり考えるな、と思った薫は長船女学園の制服を洗濯しに行こうと思い、こちらの様子を伺うねねと共に洗濯場まで移動しようとした。

 

――――そうだ。暗い山の中、コイツは助けてくれた。

 

そんなことを思い出しながらの移動の最中、こちらの姿を見かけた長船女学園の刀使は尊敬するような目でこちらを見ていた。

 

……そのため、昨日のことを教えてやったら、手のひらを返すのだろうな。と薫は自嘲していた。

だが、“公式の発表”以外は機密事項と言われた以上、それを簡単に外部に喋ることは出来ないが…………。

 

そうして洗濯場へ着き、薫は洗剤と長船女学園の制服を洗濯機の中へ入れようとする。……入れようとするとき、薫は長船女学園の制服をじっと見つめていた。

 

そう言えば、この制服、えらい体の一部分を強調するかのような制服を採用しているとか言われていたなと思い出していた。

だが、何故そうする必要が有ったのか?自分はあの時、奄美大島分屯基地の空調が効いている管制室の中に居ただけなのに、こんな服を着る意味など有ったのか?

……そうだ。あのときは荒魂討伐していないのに、こんな派手な制服を着る必要など有ったのだろうか?

 

そう考えながらも、薫はねねと一緒に自室へと戻り、室内に入る。すると――――、

 

「余り、隙を見せる物じゃないぞ。」

 

室内には既に、トーマスが居た。

そのことに薫は驚き、ねねも身構えるが薫は次第に冷静となった。

 

「おい、ジジイ。勝手に人の部屋に入るんじゃねえよ。警察に突き出すぞ。」

 

そのため、薫はトーマスが勝手に室内に入ったことを非難する。

 

「俺も一生入りたくなかったが、お前さんが何やら動き回っていると聞いてな。……告発などしても意味が無い。止めろ。」

 

しかし、トーマスは顔色を一つも変えることもなく、薫が江仁屋離島で起きた荒魂討伐任務を単独で行った刀使として事件の真相の告発をしようとし、防衛省が行った実験の証拠集めと告発を記事にしてくれる記者を探していると聞いたトーマスは、薫のやろうとしていることを止めに来たと告げていた。

 

「……何でだ?俺のやっていることが間違っているっていうのかよ?」

「ああ、そうさ。……何の意味も無いことだから、わざわざ止めに来てやったんだ。……後は、その告発を聞こうとした記者が事故を起こしたことを伝えに来たことと、お前が集めた物を回収して処分したことを伝えに来た。」

 

そして、薫のやろうとしたことは既にトーマス達が抑えており、告発の実行は不可能だと述べていた。

 

「それと、刀使であり、この作戦の指揮官でもあったお前には、この書類にサインしてもらいたい。」

 

そして、薫の元へ向かった真の理由は“ある書類”にサインを一筆してもらうために来たと答えていた。

 

「……何の書類だ?俺、小難しいの分か「大丈夫だ。単純に江仁屋離島で起きた荒魂討伐は“法規”に準じて行われたという証明をする書類だから、お前の一筆さえもらえば何の問題もない。」…………。」

 

トーマスは薫の言葉を遮って、江仁屋離島で起きた荒魂討伐は“防衛省からの正式な依頼であり、法に準じて行われたものである。”ということを立証するための書類に刀使であり、指揮官でもあった薫のサインが必要だと言って、ボールペンを投げ、書くようにと薫に強く迫っていた。

 

「……俺は、俺はそんなもんにサインできねぇ。」

 

だが、薫はサインを書くことを拒否していた。

何故なら、この書類にサインするということは、江仁屋離島で荒魂化した自衛隊員達は“人為的”ではなく“偶発”によって荒魂化したことだと、刀使である自分が吹聴するような物でしかない。それに、江仁屋離島で荒魂化した自衛隊員達はこの国の政府に荒魂にされたような物なのだ。それを見て見ぬフリなど、薫には出来なかった。

 

「いや、お前にはやってもらう。」

「ふざけんな。……悪いのは、ノロをあんな風に使って、人を荒魂化して実験した奴等じゃねえか!!……何で、何でそいつらは何のお咎めも無しなんだよ!!お前らも、テロリストみたいなもんじゃねえかっ!!?」

 

だから、薫は叫んだ。

悪いのは、人を荒魂化する危険性の有る実験を行った者達であると。

そして、少年兵を使うトーマス達もテロリストだと。

 

「……そうかもな。だが、お前のやり方だとどうなるか、説明しようか?」

 

しかし、トーマスはそれに動じることなく、薫に言う。

 

「まず、お前が行ったとして、お前が見てきたことを公表したとしてだ。そうなりゃ、第三者による査察を受けなきゃならなくなる。政府の公式発表と違う訳だからな?だとすれば、半ば荒魂化した優の存在は公にされることとなる可能性が生ずる訳だ。だが、そうなる前に優を抹消さえすれば、“何時から荒魂化したか分からなくなる。”そうすりゃ、その後は江仁屋離島に現れた荒魂の影響で荒魂化したことにしてしまえば、刀剣類管理局と政府はノロを軍事利用したことと、自衛隊の非合法な実験も覆い隠すことができる。……結果、優は始末され、国の暗部は覆い隠すことが出来る訳だ。」

 

そして、薫が行おうとした結果は、優を殺すことで、ノロの軍事利用、自衛隊の非合法な実験といった国の暗部を消すことができると、トーマスは述べていた。

つまりは、優を殺すようなものでしかないと薫に告げていた。

 

「……それにだ。もし、サインしないなら、こうする。」

 

トーマスはそう言うと、22LR弾を使うサプレッサー内蔵のスタームルガーMKⅡを薫に向けていた。

サプレッサーを付いているところから暗殺用途であることが分かる銃を手に持っているトーマスを見た薫は、驚いていた。彼がこんな直接的な手段に出るとは思わなかったからだ。

しかし、今の薫は御刀を持っておらず、トーマスは銃を持っていて、こちらに銃口を向けているため、絶体絶命という状況である。

 

「……お前に俺は殺せねぇ。」

「何でだ?」

「理由は、……俺のサインが必要だから此所へ来た。なら、サインさせるまで殺せねぇ筈だ。」

 

薫はトーマスに銃口を向けられても、自分の考えを押し通そうとした。

 

自分で考えて、信じて、裏切られたら、最初に自分がその刃を受ける。

 

それが、自分なりのケジメだったから…………。

 

「……俺が嫌いな物は何か知っているか?」

 

薫の考えをぶつけられたトーマスは語る。

 

「偽善だ。どんなに耳障りの良い言葉で構成されていても、中身が伴わなければ第三帝国のドイツや北朝鮮の独裁者に対する美辞麗句の表現と何ら変わらない。」

 

トーマスは薫達と相容れないと宣言。

 

「それと、何で俺達が江仁屋離島へすんなり行けたか教えてやろうか?……それはな、俺達は会社(CIA)の仕事の依頼で動いて舞草に協力したことは覚えているな?」

 

そして、何故薫達が江仁屋離島へ向かえたかトーマスは語る。

 

「俺の雇っている会社、つまりカンパニー(CIA)が日本国の情報が他国に流れていることに気付いてな、何処から情報が漏れているのかを炙り出すために優を群馬に送ったのさ。そうして、その国がどうやって優が群馬へ向かったという情報を何処で得たのか分かった。……お陰で、この国が中国製のアプリを規制させる法整備の理由の一つになったという訳さ。そうすることで、日本が中国への依存度を減らすと同時に米国への依存度を増大させること。それが今回の依頼だ。」

 

情報が何処から漏れているか探るために優を囮にしたと答え、そのうえで中国製のアプリの危険性を政府に報告すると同時に、それに対抗しうる日米間の同盟が最重要であると認識させるためにトーマス達は優の護衛に来たと告げていた。

 

「まあ、優を群馬に送れた理由は敵国のスパイ活動の流れを掴むこと、それと江仁屋離島へ向かえたのは優がどれほど有益であるかを示す必要が有ったのさ。」

「……どういう意味だ?」

 

更に、トーマスの含みの有る言い方に薫はどういう意味なのか尋ねていた。

 

「ああ、そういえばお前さんは知らなかったな。“市ヶ谷の姫”と呼ばれているタキリヒメはな、4カ月前の鎌倉で可奈美達が戦った大荒魂の片割れだ。そいつは政府の意向によって防衛省に匿われていると言ったらビックリするよな?……お前らが汗水垂らして荒魂討伐をしている横で、お前らの親玉は20年前大勢の人を殺した大荒魂を扱いこなせると思って保護していたら、そのタキリヒメは政治家や官僚をすっかり誑し込んで政治派閥を作っていたという訳さ、それに焦った奴等は対抗馬として優が有益であると証明したいから、江仁屋離島へと送ったんだ。クソ笑えるよな。クソ笑えるぜ全く!」

 

トーマスは、政府が大荒魂の力を利用できると思ってタキリヒメを保護したら、タキリヒメの味方をする政治家と政府官僚の数が増え、派閥が作られたことに焦った上層部が慌てて優を対抗馬にしたと皮肉混じりに、そして何かに取り憑かれたかのように声を張り上げていた。

 

「だが、俺はあいつ()を買っている。俺が大事に育てたからな。」

 

トーマスはそう言うと、顔を薫に向け、睨むように見ていた。

 

「俺がお前を撃ち殺したらどうなると思う?ねねが仇討ちをしてくれるかもな?……だが、ねねは知恵は有っても、人の言葉は喋れない。ねねが俺を殺したということが解れば、他の荒魂同様、討伐されるだろうなぁ?それに、お前の代役は沙耶香と姫和が居る。……俺は、銃口を向けるという優しい手段を取るが、俺以外の他の奴はどんなことをするかは知らんし、死体の様になってでもサインさせるかも知れんが、その責任は取れん。」

 

自分の命を的にねねを人質に取り、そして自分が死んだとしても、トーマス以外の人間が沙耶香か姫和に銃口を向ける以上のことをして、サインをさせると答え、

 

「それと頑なにサインしなければ、優は先程見せた荒魂化した人間を討伐できるという価値よりも、刀使といった人を追い込む可能性が高いとして危険視され、処分されることになるかもな。……そうなったら、可奈美は友人が数名と最愛の家族を失うということになるな。いや、タギツヒメに有効なダメージを与えられる千鳥と小烏丸に認められたのは可奈美と姫和の二人だから、そいつらが殺すことになるかもしれん。」

 

それを言われた薫は、沙耶香と姫和、優と可奈美達、そしてねねを巻き込む訳にはいかないとし、トーマスが持ってきた書類、自衛隊の非合法な実験を覆い隠すことができる書類に、サインをした。

 

「……賢明だ。それと、言っておく。」

 

これ以上、何が有るのだろうか?と感情を失った表情をする薫はトーマスの方に顔を向ける。

 

「あの自衛隊員達はな、ただの人間でもノロのアンプルもどきで荒魂を使役できるかどうかの実験でもあったのさ。……仮にそれが可能だとしたら、どうなると思う。」

 

薫はこれ以上は聞きたくはないと思うものの、耳を塞げなかった。いや、自分達は何をしたのか知らなければならないと思い、耳を塞ごうとしなかった。

 

「もし、それが可能になったら、荒魂が発生したら刀使を呼ぶのが自然な行動であるとすれば、外国の街に使役できる荒魂をばら撒き、その外国の街の荒魂討伐要請に応じて刀使と一緒に“刀使の保護”を名目に米軍や自衛隊を派遣。その三者は荒魂討伐の成果を以って、その外国の街に居座り、住民の支持を集めるってことさ。そうすりゃ、その外国の街を拠点に、その国をオレンジの皮を一つずつめくるように切り崩すことができる。」

 

つまり、ノロのアンプルもどきで強化された自衛隊員達はただの人間が荒魂を使役する能力を得られるかどうかの実験でもあり、その能力を使って他国の勢力下に有る街を戦争をすることもなく、“荒魂討伐とそれに従事する刀使の保護”を名目に米軍や自衛隊を外国の街に駐留させ、その外国の街を米国やその同盟国の味方に変える工作活動のためであると薫に伝えていた。

 

「最後には自分で考えて、信じて、裏切られたら最初に自分がその刃を受けるということができて良かったな。……だが、俺の邪魔はするな。でなければ、テロリストに殺させる。」

 

トーマスは言うだけ言うと、薫のサインがされた書類を持って、サッサと薫の自室から出て行った。

その後ろ姿を見ながら、薫は頭を抱えるようにうなだれていた。

 

「…………悪党になっちまったな。」

 

薫は自嘲気味に、力なく答えていた。

だが、ねねが薫の腕にしっぽを絡ませて、引っ張っていた。

 

「…………仕方ねぇな?ねね。」

 

薫の声に、ねねは「ねー。」と返答し、一緒に外出していた。

外に出れば、気が変わるだろうと、一抹の希望を抱きながら、外を歩いていた。

 

懐かしかった――――。

 

学び舎の周辺のことを思い出しながら、歩いていると、心が少しずつだが安らいでいくようであった。

それに、ここのところ、西へ東へ東奔西走していたのだが、久しぶりの休暇である。紗南学長もコンプライアンスを守る人種なのだと再認識し、ブラック学長とは言わないようにしてやろうと薫は思いながら、ねねが外へ出て、はしゃぐ姿と周りの風景を思い出しながら見て、風景が変わったところを間違い探しのように探していた。

 

このまま、これからもずっとこんな穏やかな日が続くといいな…………。

 

薫はそんなことを願いながら、ねねを見守るように歩き続けた。

そうして、歩き続けた薫はそこの角を曲がれば、行きつけの駄菓子屋が有ることを思い出して、そこへ向かおうと駆け出していく。

 

だが、薫にある者の姿が目に入り、固まったかのように止まってしまった。

 

何故なら、目当ての駄菓子屋は既に無く。労働力の確保ために来てもらった外国人労働者なのかイスラム風の人間が数人居て、町おこしのためなのか、それとも住みよい街にするためなのかは分からないが、新築の中東の様な街並みが其処に有ったからだ。

 

 

――――そして、場所、手段、目標を問わず、攻撃を仕掛ける能力さえあれば、そこは即座に戦場となる。致命傷を与える戦争を引き起こすことができる時代になれば、いったい何処に非戦闘地域が存在するというのだろうか?――――

 

 

薫には、その風景がそう告げているように見え、無意識だが身構えてしまったのだった…………。

  

  

   




   
   
一九八〇年代から我々は経済を最優先事項としてしまい、経済にすべての犠牲を捧げなければならないと言う者に力を持たせてしまったのだ。この犠牲の中には、自由な国としての国家の主権も含まれている。


誰の言葉でしょうか?ヒントは一字増やしたタイトルから。
トーマス爺ちゃんの話しが分かり辛いという方は、外国の街と他国の勢力下に有る街を何かと話題の香港だと脳内変換して読めば、分かり易いと思います。
それでも、分からない人は北海道 500万人とロシアのリトル・グリーンメンをググれば分かるよ。


この話を書いていて思ったことは、二次創作というものが存在し、刀使ノ巫女という作品が有って良かった。でなければ、今回の話は書けなかったと思います。
  
   
   

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