今回はふと思いついた内容を簡単な文章にした作品を投稿させて頂きます。他作品の息抜きとして書いてみた作品のため、色々とツッコミどころはあるかと思いますが、その辺も含めて楽しんで頂けたらと思います。
それでは、どうぞ。
「……はあ、俺は一体何をやってるんだろうな……」
快晴の青空が広がる公園のベンチに座り、男は一人でポツリとそう呟いた。男は中小企業に勤めるサラリーマンで、今日は休日であるはずなのだが、男の気分はどんよりとした曇り空のように暗かった。それというのも、男は仕事先で思ったような成果を出せず、日々同僚達が成果を上げる中で上司からはミスを叱責され、心の拠り所だった唯一の趣味すらも最近はあまり上手く行かず、それから離れる意味を込めてこうして一人で公園へと来ていたからだ。しかし、週末の午前中という事もあって、公園には楽しそうに遊ぶ子供とその親、そして二人だけの世界を作るカップルにのんびりとした様子で日向ぼっこをする老人など男から見ればとても満ち足りている人物の姿しか無く、男は徐々に惨めな気持ちになってきた。
「はは……他の人を見てそんな印象しか抱けないんだな、俺って奴は。そんな奴なんていっその事――」
男が俯きながらある言葉を口にしようとしたその時、頭上からあどけなさが残る声が一つ聞こえてきた。
「ねえ、お兄さん」
「……え?」
顔を上げると、そこには一人の少年がおり、少年はキョトンとした表情を浮かべながら小首を傾げていた。男は、謎の少年の登場に少なからず驚いていたが、それと同時にその少年の雰囲気に何故か懐かしさを覚えていた。
「えっと……君は?」
「僕は――まあ、それは良いや。それよりもお兄さんだよ」
「お、俺……?」
「うん、お兄さんが何だかとても哀しそうな顔をしてたから、ちょっと気になったんだ」
「哀しそう……か。確かにそうかもしれないけど、君には関係ないことだし、俺みたいな奴と話していると、お母さん達から怒られるよ。さあ、早く君も他の子と一緒に遊んできな」
「ううん、それは出来ないよ。だって、お兄さんのことが放っておけないからね」
少年のその暗さ一つ無い笑顔に、男はハッとした後、そのまぶしさから目を反らすように再び俯き、先程から感じていていた惨めさと心の底から込み上げてくる悲しさから小さく肩を震わせた。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、そんな事を言えるんだよ……! どうして君はそんなに真っ直ぐ生きられるんだよ……!?」
「どうしてって……うーん、よく考えた事ないや。だって――」
少年は太陽のような笑みを浮かべながらその小さな手を男へと差し伸べた。
「困ってる人を助けるのは、当然の事でしょ? 哀しんでる人がいたら、手を差し伸べて話を聞いてあげれば、皆幸せになれるでしょ?」
「……そう、なのか……?」
「うん、そうだよ。だから、僕はお兄さんの事を助けたい。お兄さんが
「笑顔に……ははっ、そっか。それなら、その言葉に甘えようかな……」
男は少年の言葉や笑顔に安心感を覚え、今の自分について包み隠さず話した。その間、少年は欠伸をしたり興味なさげな顔をしたりせず、まるで自分の事のように親身になって男の話を真剣に聞いていた。そして、男が話を終えると、少年は「……そっか」と微笑みながら言った後、男の目を真正面から見つめながら静かに口を開いた。
「お兄さん、これはあくまでも僕の思った事だけど、嫌なことは抱え込まずに時には投げ出しちゃう事も大事なんじゃないかな?」
「投げ出す……? でも、趣味はまだしも仕事は投げ出すなんて……」
「ふふ、そうだよね。でもさ、こういう時くらいはそれを『忘れる事』なら出来るよね?」
「『忘れる事』……」
「そう。投げ出せなくても一旦忘れる事は出来る。そして、一旦忘れて気持ちが落ち着いたら、またそれに向かって頑張れば良い。僕はそうすれば良いと思うよ?」
「そう……なのかな?」
「うん! だから、お兄さんも今日一日はそうしてみなよ。そうすればたぶん、何か良い事があるかもしれないよ?」
「……そうかもな」
少年の言葉に対して男は小さく微笑んだ後、先程まで見る事が出来なかった快晴の青空を見上げた。青空は綺麗に澄み渡り、天高く昇る太陽は少年の笑顔のような明るさで燦々と輝いていた。そして男は、少しだけ気持ちが明るくなったのを感じた後、少年にお礼を言うために顔を戻した。しかし、そこには少年の姿は無かった。
「……あれ、あの子は……?」
男は少年の姿を探すために周囲をキョロキョロと見回したが、公園で遊ぶ子供の中にそれらしい姿は無かった。男は「夢だったのかな……」と小さく呟いたが、少年の笑顔や言葉は心に残っており、暗くなっていた男の心を優しく照らし続けていた。
「投げ出せなくても一旦忘れる事は出来る、か……。それなら今日一日だけは、しっかりと忘れて過ごしてみようかな」
男は少年と同じような笑顔を浮かべながらもう一度青空を見上げた後、勢い良くベンチから立ち上がり、軽くなった足取りで公園を出た。
昼頃、男はまた別の公園のベンチに座りながらコンビニで買った菓子パンと珈琲で昼食を取っていた。
「それにしても……今日はどうやって過ごしたら良いかな……?」
少年との会話で暗かった気持ちは無くなったものの、男は唯一の趣味以外の休日の過ごし方を知らなかったため、他にどう休日を過ごしたら良いのか全く見当がつかなかった。
「うーん……本当にどうしたもんかな」
そんな事を考えながらふと青空を見上げたその時、背後からとても落ち着いた声が聞こえてきた。
「……おや、どうかしたかな?」
「え……?」
疑問の声を上げながら振り向くと、そこにはスーツ姿の中年男性が立っており、男性がとても穏やかな表情を浮かべながら男の顔を静かに見つめていていた時、男はその男性の雰囲気に妙な懐かしさと強い安心感を覚えていた。
「えっと……貴方は?」
「私は――まあ、それはどうでも良い事だね。それよりも、先程から何かを悩んでいたようだが、何かあったのかね?」
「あ……えっと、実は休みの日の過ごし方に悩んでいたんです」
「ほう……休日の過ごし方かね。一般的には、趣味などをしながら過ごす物だが、君には趣味は無いのかね?」
「……一応、ある事はあるんですが、最近あまり上手くいっていないので、一度それを忘れて別の過ごし方をしてみようと思ったんです。ですが、それ以外の過ごし方が思いつかないんです……」
「なるほど。では、君のような若者には少し退屈かもしれないが、街中をひたすら歩いて『新しい物』を見つけてみるというのはどうかな?」
「新しい物を見つける、ですか……?」
「ああ、そうだ。この年になってみると、街の中にある様々な物に目が行き、時の流れという物に驚かされる事が多々ある。そしてそれと同時に、今まで気付かなかった事にも気付かされる物なんだよ」
「そういう物、でしょうか……?」
「ふふ、君もこの歳になるとそれが分かるよ。私も昔は様々な事に悩み続け、その悩みの暗闇で何も見えなくなっていたからね。しかし、一旦光を見つけてからは、様々な物が視界に入り、自分が何も見えていなかった事に気付く事が出来たんだ」
「悩みの暗闇……まるで、さっきまでの俺みたいですね」
「おや、そうなのかい?」
「はい。実は――」
男が元々持っていた悩みと先程出会った少年について話し始めると、男性は静かに微笑みながらそれを大人しく聞き、男が話を終えるとうんうんと頷いた。
「……そうか。そんな事があったんだね」
「はい……今思えば、知らない子供と話していたなんて不思議な話ですし、今時通報されてもおかしくなかったですよね」
「ははっ、そうかな? 私からすれば、とても微笑ましいと思うよ?」
「……そう言ってもらえてとても嬉しいです。あの時、あの子に会えなかったら、俺は悩み続けていたでしょうから、あの子に会えて本当に良かったです。もちろん、貴方にも」
「ふふ、そう言ってくれるのは嬉しいよ。君のように明るい未来を担う若者の助けになれたのなら、私も嬉しいからね」
男性はニコリと微笑んだ後、不意に青空を見上げ、「……そろそろかな」と呟いた。その瞬間、男の視界は急に強い光に包まれ、男はその眩しさに目を強く閉じた。そして男が再び目を開けたその時、男性の姿はどこにも無かった。
「あれ……あの人がいない……?」
男は男性が忽然と姿を消した事に対してしばらく不思議がっていたが、先程の男性の言葉が再び心に浮かんで来た頃には、その疑問も無くなっていた。
「新しい物を見つけてみる、か……。せっかく案を出してもらった事だし、試しにやってみるかな」
男は再び心が明るくなったのを感じた後、持っていた菓子パンと珈琲をすぐに腹へと入れ、再び勢い良くベンチから立ち上がり、新たな物を探すために街の中へ向けて歩き始めた。
夕暮れ時、男は街行く人々の姿と周囲に目を凝らしながら街中を歩いていた。そして、その内に足に小さな疲れを感じていたその時、また別の公園を偶然見つけると、男は公園内へと入りそのままベンチに腰を下ろした。
「ふう……スゴく疲れたけど、何だか良い一日だったなぁ……」
男の表情は、午前中とはまったく真逆の満ち足りた物であり、その声からも充実感のような物が感じられた。しかし、男が夕焼け空を見上げた瞬間に表情はすぐに曇り、ポツリと呟く声にも再び暗さが戻っていた。
「今日は充実していた。でも、明日からはどうなんだろう……」
平日にはまた仕事が始まり、再び暗い気持ちに満たされてしまう。男の声と表情からはそう思っている事がありありと見て取れ、男は再び暗い気持ちで静かに俯いた。その時、男は自分の近くに何者かの気配を感じ、静かに顔を上げた。するとそこにいたのは、背筋をピンと張った茶色いコート姿の初老の男性が立っており、男性は優しい笑みを浮かべながら男の事を見ていた。
「えっと……貴方は?」
「私は――まあ、それはどうでも良い事だ。ところで、先程から暗い表情を浮かべていたようだが、何かあったのかね?」
「何かあったというかは……これから何かあるかもと悩んでいたというのが正しいかもしれません」
「……というと?」
「実は――」
男が抱えている悩みの事、そして午前中に出会った少年や昼頃に出会った男性の事について話すと、初老の男性は静かに頷きながら男の話を静かに聞き、話を終えると「……そうだったのか」と、落ち着いた様子で言いながら再び優しい笑みを浮かべた。男はその初老の男性の表情に昼頃に出会った男性と同じような懐かしさと安心感のような物を感じ、不思議な気持ちになっていた。そして、男が疑問を抱きながら初老の男性を見つめていた時、初老の男性は優しい笑みを浮かべたまま男へ話し掛けた。
「……この悩みの答えは、君自身がもう分かっているはずだよ」
「え……それは、どういう……」
「話を聞く限りでは君は今日一日である事を学んだはずだ。そしてそれは、今日のような休日だけじゃなく、明日からのような平日にも使える事なんだよ」
「学んだ事……嫌な事や辛い事を一旦忘れてみたり、周囲に目を向けてみたりする事ですよね?」
「そうだね。君が悩むように、仕事では嫌な事や辛い事はもちろんあるだろう。しかし、その中でも一旦それを忘れる時を作り、仕事中は見えなかった物を見る時間にすれば良い。そうすれば、少しでも辛さなどは軽減され、次へ向かう気力が徐々に湧いてくる」
「……次へ向かう気力……」
「ああ。それと、あまり自分と周囲を比べすぎない方が良い。人にはそれぞれ得手不得手が存在するのだから、違いがあって当然だ。それなのに、その事にばかり固執して自分が頑張っている事から目を背けてしまっては、いつか本当に潰れてしまうからね」
「そう……なのかもしれませんね。でも、本当に俺にはそれが出来るんでしょうか?」
男が少し弱気な言葉を口にすると、初老の男性は柔らかな笑みを浮かべながら静かに頷いた。
「少なからず私はそう思っているよ。君はこれからについての不安を抱えてはいるが、その目には確かな希望を宿している。君が今日一日で学べた事とその希望さえあれば、君はどんな未来だって切り開ける。君はまだまだ若いのだからね」
「……どんな未来だって切り開ける、か……。そうですね、何だか段々そんな気持ちになってきました」
「そうか、なら良かったよ」
「ええ、本当に。あの……励まして頂き本当にありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして」
初老の男性は微笑みながら答えた後、不意にコートの内側から懐中時計を取りだし、「では、元気で」と口にすると、男の視界が急に暗闇に包まれた。そして、その暗闇が開けた頃には、初老の男性の姿は無く、公園にいるのが男一人だけとなると、男はベンチから立ち上がりながら周囲をキョロキョロと見回した。
「……また、突然いなくなった……。でも、何故だかあの人達には
そんな予感を覚えながら静かに空を見上げると、空には既に青白い月が浮かんでおり、男にとってはその月が自分のこれからを祝福してくれているように思えていた。
「さて、その時がいつ来ても良いようにこれから頑張らないとな!」
男は月に向かって満面の笑みを浮かべると、初老の男性が口にした希望に満ちた目で公園の出口を見つめ、そのまま力強い足取りで公園を出ていった。
いかがでしたでしょうか? 短編作品はこれで二作品目なのですが、楽しんで読んで頂けたのならとても嬉しいです。そして、今回の名も無き主人公がこの後どうなったのかや突然現れた三人は誰だったのかは、皆さんのご想像にお任せしようと思います。
尚、他作品についてはもちろんの事、この作品への感想や意見、評価などもお待ちしています。
それでは、また別の作品で。