その対魔忍、平凡につき   作:セキシキ

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というわけでみなさん、お待たせ致しませんでした!(ドヤ顔) まあ全体的に見ればお待たせしたんですがね。

ガチャで時子やアスタロトが当たったりとガチャ運は絶好調な気がするけど、RPGXではそんなことはないという悲しみ。SRアルカは出たけど、本編に出そうかなぁ。他のSSとのキャラ被りは避けたいけど、あれいつの間にか消えていた悲しみ。


凡人は比翼を手にし、開幕のベルは鳴り響く

サア―――

 

俺の耳元を掠めるかのように一陣の風が舞い、火照った身体を舐める。そして半歩後退した刹那、閃く白刃が目の前を通りすぎた。

 

瞳の数センチ先で凶器が通り過ぎた事に尻込みしながら、しかし恐怖を押し殺して鳩尾目掛けて脚を振るう。残念ながら防がれてしまったが、相手は衝撃で動きが止まった。

 

「シィッ――!」

 

僅かな隙を突くように、右手に握ったナイフを頸目掛けて奔らせる。鋭い切っ先が動脈を切り裂かんと首元へと迫り――引き戻された忍者刀によって辛うじて防がれる。甲高い金属音が響き、刹那互いの力が拮抗する。予定調和のように防がれた必殺のフェイントを目くらましに左の掌底を放つ。

 

死角からの一撃は今度こそ腹部へと叩き込まれた。しかし、そこから返ってきたのはまるで金属を叩いたような衝撃だった。忍法による肉体の硬化である。これをされてしまえば、俺の力ではその守りを超える事は――

 

「ちっ……くぉっ!?」

「ハアァァッ!」

 

気合一閃、今度は相手が一瞬の隙を突き得物を振るった。後方に飛びのいて辛うじて躱すことに成功したが、貴重なイニシアチブを奪われてしまった。相手は勢いそのままに烈火のごとく立て続けに剣を振るい、俺はそれをナイフでひたすらに防御する。数秒前と立場が入れ替わったが、状況は圧倒的にこちらが不利だ。こちとら、一振り事に足が竦むというのに。

 

そのまま打ち合うこと数十合、弾き逸らし受け止め続けた俺であるが、唐突に身体が揺れ視界がブレる。注意が手元へ集中した一瞬の隙を突かれ足払いを掛けられたことに気づいたのは、地面に引き倒されてからだった。

 

相手は仰向けに倒れた俺に馬乗りになって動けないように固定すると、頸元へ向けて刃を振り下ろす。俺は間に合わないことを悟りながら、それでも右手の刃を奔らせ――

 

「そこまでっっ!!」

 

力強い声が、グラウンドに轟く。と同時に、刀の切先が首の皮を引き裂く寸での所で止まる。数秒互いの動きがピタリと停止し、フゥと息をついてから馬乗りになった相手――金遁使いの対魔忍が立ち上がり、俺に宣言する。

 

「私の勝ちね、臆病者」

 

 

△ ▼ △ ▼

「……んぐっ、ぷはぁ!あ~生き返る~」

 

グラウンド脇にある水道で喉を存分に潤し、俺は歓喜の声を上げた。やはりどんな物より疲れた時に飲む水は旨い。

 

グラウンドの中央へ視線を向けると、そこには先程の俺と同じように立ち合いを演じる学生対魔忍の姿がちらほら見受けられた。ただ殆どは既に事を終えているようで、木陰で休んでいる数の方が多い。

 

今俺達は学園の授業として二クラス合同の模擬演習をしている。ひとまずはオーソドックスな一対一の近接戦闘、まあ俺が最も苦手とする分野である。くっ、銃さえあれば、こんな奴らに……!

 

脳内でアホなロールプレイをしつつ、ざばざばと顔を洗っていると、此方へ近づいてくる気配に気付く。人数は一人、水音に紛れて足音までは判別出来ないが敵意は特にないようだ。

 

「随分無様に負けたわね、『臆病者』さん?」

 

水気を取るため顔をタオルで拭いていると、その『誰か』が声を掛けてくる。聞き覚えしかないその声に顔をしかめつつそちらを向く。そこには長い黒髪を左右に結い、競泳水着といっても過言ではない対魔スーツから日焼けした肌を晒すスレンダーな少女が、腰に手を当て堂々と仁王立ちしていた。

 

彼女の名は水城ゆきかぜ。学生の身ながら『雷撃の対魔忍』としてその名を轟かす次代のホープ()だ。しかし母親を探すためとはいえ、処女のくせに奴隷娼婦として敵本拠に潜入(笑)し見事罠にかかってしまう頭が残念な女である。戦闘能力はガチでピカイチなのになぁ……どうしてY豚ちゃん捕まってしまうん?

 

「後衛専門にナイフ一本だけで近接させりゃそうなる。それよりお前、こんな所で油売ってていいのか?」

「はぁ?私を誰だと思ってんのよ。あんたと違って圧勝です~」

 

ふふん!とナイチチ張ってドヤ顔する水城。恐らく、マジで相手を瞬殺したんだろうなぁ。この訓練、忍法使ってもいいから。多分相手はピカチュウの電撃喰らったロケット団みたいになったんやろなぁ……合掌。

 

「そう言うあんたこそ、そんなんでいいの?他の連中に馬鹿にされたままになるわよ?」

「ん~……別に?実害なけりゃどうでもいいし。それよりか実戦で死なない方が大事だ」

 

虚仮にされて腹が立たないわけではないが、だからってそんなのに構ってる方が時間の無駄だ。こっちには生き残るために鍛えなきゃいけないところも、やらなきゃいけないことも山ほどあるというのに。

 

「ふーん……それにしても、接近戦の一つも出来ないって対魔忍としてどうなの?そんなんで本当に戦えるの?」

「出来たら苦労してねえよ!くそっ……」

 

にやにやと口元を歪ませながら、からかうような口調でそんな事を宣う。俺はその挑発に苛立ちながらも、苦虫を噛み潰したような顔を逸らすしか出来なかった。

 

俺が銃器に頼る理由。それは固有の異能がないというのもそうだが、最大の要因は恐怖心だ。

 

俺は前世で二十余年、今世でも十三年ほどを何の変哲もない一般人として過ごした。当然そこで培った常識や道徳は俺の根底で強く息づいている。その社会常識が、戦闘行為、というより暴力行為そのものに強い恐怖心と嫌悪感を齎している。

 

拳や刀を振りかざされれば怖くて足が竦むし、誰かを殴れば後悔が心を過ぎる。『暴力』というモノに面と向かって対峙したとき俺の心は一瞬だけ、臆病で何の力もないただの人間へと回帰してしまうのだ。

 

そしてその回帰は、実戦において致命的なほどに作用する。錬磨に錬磨を重ね精確無比な狙撃精度を支えてくれる対人の動作予測も、目の前の恐怖に凍り付き機能を失ってしまうのだ。せいぜい出来て一手か二手、接近戦時にはその程度までしか先が読めないし、的中率が通常時よりも落ち込んでしまう。そしてそもそも直接戦闘は技量的に言っても苦手分野だ。はっきり言って、至近戦闘まで持ち込まれたその時敗北は確定しているものだと俺は思っている。

 

こういうとき、水城みたいな戦闘力の高い連中が羨ましくなってしまう。どんなに時間を捧げそれまでの常識を投げ捨てても、彼女らに届くことはない。どんなに人道を踏み外しても、目の前に敵が迫ってしまえば恐怖心が甦ってしまう。これが兵士ならば愛国心や忠義で自らを律することが出来るだろうが、俺にはそれすらない。自分の生の為に戦う俺は、自らを律する事も全て自分で行わなくてはならない。

 

非道になり果てながらも人としての恐れを棄てきれない俺と、それぞれの『正義』という錦の御旗を掲げ殺戮を誉れと出来る戦士たる彼ら彼女ら。ここでは、一体どちらが正しいのだろう?

 

「……と。ちょ……?おーい!」

 

耳元で響く甲高い声に埋没していた意識が浮上する。機能を取り戻した視界には、少し俯いた俺の顔を覗き込む水城の顔が映っていた。どうやら、僅かばかり考え込んでいたらしい。俺は大丈夫だ、と言って手を左右に振る。

 

「どうしたの?急に黙り込んじゃったりして。あ、もしかして気にしてた?」

「いや、別に。ただ、雷遁使えるお前が羨ましいなぁと」

「えっ、そう? ま! 忍法使えないあんたと違って、私は優秀だからねっ!」

 

どこか嬉しそうにナイチチを再び張る水城。こいつちょろいな(確信)

 

ちょいちょい俺を馬鹿にするような言葉を発し高慢チキな態度を取る彼女であるが、意外なことに、他の連中と違って俺を虚仮にしたり見下したりすることはない。同学年として数年間過ごした関係上度々関わりを持つことがあるのだが、不機嫌そうに俺を詰ることはあっても悪意を持って接した事はない気がする。どちらかと言うと俺の不甲斐なさすぎに苛立っているような印象だった。何でそんな態度になるのかは解らなかったが。

 

まあ下に見ていることは変わらないだろうけど、下手に実害を齎す他の奴らよりは遥かにマシだ。実際彼女はそれをして許される程優秀だし。

 

母親はアサギと並ぶほどの実力者であり、彼女自身もその血を継いで才能に恵まれた次代のエース。多少驕りを持っても許される程の血筋と力があるのだ。惜しむらくは、近い未来母娘揃って魔族の奴隷に堕ちることだろうか。そうなった場合戦力低下甚だしいので、是非とも主人公君には頑張って貰いたいものである。

 

「……って、私の事はいいのっ!あんたが頑張んなきゃ、他の奴ら見返せないじゃない!今までちゃんと努力してきたんだから!」

「お、おう。そうか?」

 

ビシッ!と此方に指を向けて力強く言われてしまった。何だろう、一応激励になるのかこれ?俺は周りの連中に興味とかないから、見返すとか正直どうでもいいんだが……。

 

「おーい、ゆきかぜー!」

 

と、離れた所から水城を呼ぶ声が聞こえた。何かと思い顔を向けると、少年が此方に手を振っているのが見えた。

 

「あっ、達郎! ……ごめん、それじゃね!」

 

水城はパッと表情を輝かせると、一言断って彼の元に駆けて言った。水城の発言と態度から察するに、彼が『斬鬼の対魔忍』秋山凛子の弟で水城のボーイフレンド、秋山達郎なのだろう。嵐のようにやってきて稲妻のように去っていった水城に唖然としつつ、とりあえず俺は胸に去来した想いを口に出すのだった。

 

「そうか、あいつがNTR対魔忍か……」

 

△ ▼ △ ▼

その後二回模擬戦を行い訓練は終了した。ちなみに、当然の如く全敗である。ナイフ一つで勝てるわけねえだろ!

 

そして本日の授業はそれが最後だったので、ホームルームを終えた俺はさっさと自室に引き上げた。今日は任務も特にないし、最近忙しかったので休息を取ることにしたのだ。自主訓練を欠かさない俺ではあるが、だからといってオーバーワークは後々支障を来す。本番で疲れてたので実力出せませんでしたーじゃお話にならないからな。

 

寮の自室に戻った俺は、ひとまず武装の整備をしていた。休憩中はアニメ見たり本を読んだりと趣味に没頭するつもりだが、やることがないわけでは決してない。今はその中で時間の掛からないものを片付けているのだ。

 

先日第八技研から横流しされたM4のうち、その中から厳選して徴用した一丁。それの最終点検とカスタマイズを入念に行う。パーツを全て分解し、摩耗や破損などを神経質なまでに何度も確認する。そして一通り確認が完了すればそれらを組み上げて更に動作を確かめる。グリップを握った感触、マガジンリリースの滑らかさ、コッキング時の音。丁寧に丹念に、一つ一つ間違いがないように調べて調べて、調べ尽くす。大体の作業を終え銃を置いたのが一時間後、オーバーホールしたことを考えればかなり効率良く作業をこなせるようになったな。

 

「最初は半日がかりだったからなぁ」

 

対魔忍になったばかりで、右も左もわからなかった頃を思い出して思わず苦笑してしまう。あの頃は全て手探りだったから本当に大変だった。訓練してて何度死にそうになったことやら――

 

 

―――コンコンッ

 

 

「……ッ!!」

 

突然玄関の扉から聞こえたノック音。それが耳に届いた瞬間、俺は机の上に置いていたM92Fベレッタを手に取り立ち上がっていた。スライドを引き薬室に弾丸を装填、銃口を真っ直ぐ扉へと向け構える。弛緩していた意識を切り替え、しかし殺意を漏らさぬよう注意を払いながら扉へと一歩近く。そこでようやく、ノックをした人物が声を発した

 

『すみません、氷室です。……田上さん、いますか?』

 

どうやら、来訪者は氷室だったらしい。肩の力が自然と抜けたが、意識はそのままにし銃は構えた状態を維持する。魔族が化けてるなり操るなりしてる可能性がある以上、安全である保証はないからな。

 

俺は上半身と下半身が別々のモノであるように意識する。腕と胴体は警戒態勢を維持しながら、ごく自然な足取りでドアに向かう。警戒していることを悟らせないよう、遅過ぎず早過ぎず足を動かし、普段通りの俺を演じきる。

 

「ああ、いるぞ。どうした?」

『あ……よかった。この後何か予定ありますか?少しお話があるのですが……』

「予定はないから別にいいが……話?」

 

念のために警戒を維持したまま少し思考を巡らせる。時間に関しては問題ない、どうせ後は休むだけのつもりだったから十分に空けてある。だが、話があると来たか……。

 

「どんな話だ?」

『その……時間が掛かる事なので』

「腰を落ち着けて話したい、と」

『はい……どう、でしょうか』

 

……うーむ、話の内容が全く見えない。こういう先が見えない事って怖くなるから苦手なんだが……俺、何かしたっけ?

 

ささっと記憶を漁ってみるが特にめぼしいものはなかった。氷室に手を出したのって最初の一回きりで、それ以外は何もしてないしなぁ。あれも手打ちになってるから、今更文句言われる訳もないし。この間対魔忍売ったのがバレた?いや、それこそありえない。十二分に注意を払ったし、バレたなら氷室が来る必要がない。呼び出せばすむ話だ。

 

だめだ、全く心当たりがない。この感じだと、多分断ってもいいんだが……彼女の声は、断られる不安を滲ませるように僅かな震えを伴っていた。

 

「……わかった、中に入ってくれ」

『はい、ありがとうございます』

 

ほっ、という彼女の安堵の息を鍵の廻る金属音で上書きする。次いで掛けていたチェーンとワイヤーを取り外し、ドアノブを捻った。

 

扉を一枚隔てた先には、氷室が何処か所在なさげに立っていた。緊張している彼女を揶揄おうとして、視線が下に引き寄せられることで口が縫い止められた。

 

可愛らしいフリルで装飾された汚れ一つない真白なブラウスに膝程まであるミディのプリッツスカート、そして足先から太腿までの素肌を覆った黒いストッキング。見る者に楚々とした印象を与える、控えめながら品のある服装だ。完全に余所行きのおしゃれな恰好に、俺は驚愕と共に視線を釘付けにされたのだ。

 

 

 

「……お邪魔、します」

「え、あ、おう。今ちょいと油臭いから、換気出来るまで我慢してくれよ?」

 

緊張を孕んだ彼女の言葉を受け、半身をずらして部屋へと招き入れる。同時に、自分の身体で銃への視線を遮るのも忘れない。バレないように枕元へと戻さなくては……。

 

密かなる決意を悟らせないまま、氷室と共に部屋へと入る。まあ部屋と言っても所詮寮のワンルームなのだが、俺の場合其処まで物を置いてないので、かなりこざっぱりしている。盗聴器のチェックついでに掃除も頻繁にするので、いつ人を招いても問題はない。

 

しかし、ここで一つ問題が発生した。そう、来客を想定していないので客用の椅子がないのである。俺の部屋にある家具って、せいぜい勉強机と本棚、あとベッドくらいだもんなぁ……。仕方ない、俺がベッドに座るか。

 

やれやれだぜ、と他人事のように思いながらベッドに腰掛けると、横から続いてギシッっとベッドが軋む音がして……は?

 

「あ、あの……氷室さん?」

「あ、はい!なんでしょうか」

「あ、ごめんごめん言い忘れてた。俺の部屋椅子一つしかなくてさ、そっち使ってくれていいから」

「いえ、その……」

 

机の前に鎮座している椅子を指したのだが、氷室は何故か顔を赤らめながら俯きつつ。

 

「その……ここじゃ、だめですか……?」

 

否と、言えるわけがなかった。

 

 

 

 

「それで、話って?」

 

落ち着きを取り戻した俺は、氷室の本心を確認するため早速本題に入った。場合によっては口止めも考えなくちゃいけないからな……あーやだやだ、秘密が多い身は疲れるぜ。

 

「え、えっと……ぅんっ。」

 

彼女は一度咳払いをしてから、口を開く。

 

「その、まずはこの間の御礼をと思いまして」

「おれい? ああ、任務の時か。気にしなくていいのに」

「いえ、キチンと言っていなかったので」

 

そう言って頭を下げた。相変わらず律儀だなぁ……。

 

呑気に考えていた俺だったが、顔を上げて此方を見たその眼を見て、弛緩した意識を叩き起こした。その瞳は幾分かの不安に濡れつつも、固い決意を思わせる眼差しだったからだ。あなた、覚悟して来てる人、ですよね。

 

 

「それで一つ聞きたいのですが……田上さん、キシリア・オズワルドとは、どういった関係なんですか?」

「――、」

 

 

一瞬、頭が真っ白になった。余りもの驚愕に思考が白いペンキで塗りつぶされるが、奥底から本能がけたたましく警鐘を鳴らすことで辛うじて思考能力を回復する。

 

一体、どうして彼女がキシリアとの関わりを……いや、原因は後だ。今はすぐにでも反応しなければ、自白しているのと何ら変わらない……!

 

「キシリア・オズワルド?こないだ出て来た傭兵のことか?関係あるわけないだろ、俺は一応対魔忍だぜ?」

 

俺はひとまずそう答えた。咄嗟にではあったが、表情や声音も無知と当惑を装えたはずだ。話を収束させるべく、俺は続けた。

 

「そもそも、なんでそんな事聞くんだよ。火のない所に煙は立たぬとは言うけど、俺はその火すら起こした記憶はないぞ?」

 

何故こんな話を持ってきたのかは知らないが、全員で撤退した彼女は俺とキシリアが会っている所を見ていない。であれば確たる証拠は何もないはずだ。後はその疑問を解消さえしてやれば……。

 

「確かに、何か根拠があるわけではないです。ただ……」

「ただ?」

 

俺は、彼女の中に燻るものを正体を見極めようとその言葉に耳を傾け……

 

「……女の勘、です」

「―――。」

 

絶句した。

 

「彼女と闘った時、言ってたんです。『私とお前は似ている』って。その時何故か、田上さんが浮かんでしまって……だから、もしかしたらと思って……」

 

彼女は高々そんなものを頼りに……否、強い想いを抱いているからこそ、それを信じているのだろう。そして、それが俺を疑う程の理由になってないことも理解している。さっきから自信なさげな口調になっていたり、僅かに顔を俯けているのはそのせいだ。

 

「困ったなぁ、こりゃ」

 

女の勘何て奇天烈なものを持ち出されては、理屈で説き伏せるなんて出来ないじゃないか。しかもそれが当たってるのもたちが悪い。キシリアめ、余計な事しやがって……。

 

仕方ないか、と俺は諦める事にした。多分ここで馬鹿馬鹿しいと突っぱねた所で彼女は納得しないだろう。氷室の『女』としての部分が結論を既に出しているのだ、そんな事では疑いが晴れるわけはない。今は確証がなかったとしても、優秀な彼女の事だ、時間を与えれば物証を手に入れるに違いない。キシリアの件が露見するだけなら兎も角、他のバレたらやべえモノが日の目を見る事になったら一巻の終わりである。それならば、バレても問題ない最小限の範囲に被害を食い止めようじゃぁないか。

 

「はぁ……わかった、白状するよ。ただし、絶対に口外するな。これが約束出来ないなら話すことは出来ない」

「……! ええっ、勿論!」

 

お決まりの文言で念を押す風を装ってから、俺は前回の顛末を氷室に話す。当然キシリアの話がメインであり、俺が回収した二人の話はおくびにも出さない。あれこそバレたらマズいわ。

 

……本音を言えば、これもあまりバラしたくなかったんだけどな。何かが出来るということはその分目立つということ。目立てば敵から狙われる可能性が発生し、それを越えればそこから別の奴が俺に興味を持つだろう。そこから先は何の意味もない不毛なループになってしまう。一つの闘いに勝利するのは簡単だ……だが次の闘いの為にストレスがたまる……愚かな行為だ。それが嫌で徹底的して平時と任務時の俺を切り離しているというのに。

 

「なるほど、キシリアとは共闘関係だったのですか……」

「ああ。まあ金払って依頼してるから少しニュアンスが違うかもしれんが。 ……ああそうだ、あの時はすまなかったな。アイツがお前に襲いかかったのは完全に誤算だったんだ」

「え?あっいえ、大丈夫です。僅かでも彼女と打ち合えたのはいい経験になりましたし、田上さんに助けて貰いましたから」

 

俺の謝罪に対し、氷室は笑って何でもないように返す。どうやらあの件に関して、彼女の中に蟠りはないようだ。ただ、それにしては様子が変だ。まだ何かを言おうとして迷っているような感じ。一通り説明はしたのだが……まだ何かあるのか?

 

「どうした?まだ何かありそうだけど」

「あっ、いえ。その……」

「何かあるなら遠慮しないでくれ。しこりを残してこの件を引っ張られても困る。ほれ、言ってみ」

 

今回でこの件を片付けるべく、一歩踏み込む。それが、彼女にとって最後の一線だったことにも気付かずに。

 

逡巡すること暫し、覚悟が決まったらしい。氷室は意を決したように俺の目を真っ直ぐ見つめた。

 

「田上さん」

「なんだ?」

「私は、あなたの事が好きです」

 

―――

 

……、…………

 

「高が一度関係持ったくらいで彼女面か」

 

俺は、出来るだけ淡々と、そう言った。

 

「……確かに、軽い女と思われるかもしれません。ただ私は田上さんの内面に惹かれたんです」

「内面……?」

 

予想外の答えに、俺は疑問を呈する。

 

「ええ。確かにあなたは、自分が生きるためなら味方を切り捨てる事も敵を惨殺することも厭わない非道い人です。付き合いは短いですけど、それくらいなら私にも分かります」

「……ああ、そうだな」

「でも、だからこそ、田上さんが自分の命を守るために抗っている事も分かってます。他人や主義主張のためじゃなく、自分の幸福のために。そしてそのために、必死に努力している事も知ってます」

「…………」

「それに、あなたは生命を軽んじているわけではない。逆に重んじ尊んでいるからこそ、自分の意思で闇の世界にいる人間より『善き人々』を重視しているだけなんですね」

 

彼女は真っ直ぐ、滔々と語っていく。俺は、それを止めるでも反応を返すでもなく、ただただ聞くことしか出来ない。

 

「田上さん。私はあなたのひたすらに真っ直ぐ進む姿に憧れました。あなたの奥底に生きる善性に惹かれました。あなたの積み重ねた技術に魅せられました。でも、だからといってあなたに何かを求めるつもりはありません」

「……なに?」

 

何も求めない?これだけプロポーズ紛いな事を言ってきたのに?

 

「付き合ってとは言いません。隣にいて欲しいとも言いません。抱いて……は、まあ欲しいですけど、強請ったりは決してしません」

 

抱いて欲しいのかよ、というツッコミは、彼女の真剣な眼差しに呑まれて出来なかった。一拍おいて、氷室花蓮は最後の言葉を紡いだ。

 

 

「私が、アナタの隣にいます」

 

 

「―――――ッ」

 

思わず、息を呑んだ。

 

彼女はそれを言って口を閉じた。言うべき事を全て言い切り、後は俺の答えを待つだけといった感じだ。

 

対する俺は、彼女の言葉を咀嚼するのに必死だった。真っ白になった思考の中で彼女の言葉の意味を把握し、その裏に隠された意図を探ろうとして、その疑心を喜びが満遍なく上塗りしていく。

 

「はぁ……参ったな」

 

数秒熟考し、俺は溜め息を吐きながら頭を掻いた。呆れて物も言えないとはこの事だ。何で俺なんぞにそこまで惚れ込むのかねぇ。まあ一番呆れてるのは、今の言葉を聞いて内心舞い上がってる俺に対して何だが。

 

「お前の気持ちに応えないかもしれないぞ」

「はい、わかってます」

「お前の事守る何て、口が裂けても言えない人間だぞ」

「ええ、覚悟の上です」

「お前以外の女抱くかもしれないぞ」

「それ、は……我慢します」

「おいおい」

「だって……」

 

頬を僅かにむくれさせ、彼女は視線を逸らした。その様子は、嫉妬で拗ねている女の子そのものだ。

 

「全く……」

 

どうしてこうなったのやら、と思わず呆れる。一度肉体関係持ってここしばらく一緒にいただけでこれって、少しちょろすぎじゃないか?まあ、結局俺も同じ穴の狢な訳だから、コイツの事ばかり言ってもいられんか。

 

もう一度だけ溜息を吐いて、俺は彼女の告白に応えるべく、頬に手を添えてこちらを向かせたうえで、顔を近づけた。

 

()()

「え? あ、えっ今……んっ……」

 

動揺を見せる花蓮の唇に唇を重ねる。快楽を貪るためではなく、心が繋がるための触れ合うキス。永遠のような刹那触れ合った唇は、名残を留めることなく離れていった。態度だけでなく言葉でもちゃんと心を伝えるため、俺は口を開く。

 

「俺は自分の命が大事だから、お前が一番大事だなんて歯の浮くセリフは言えない。カッコ悪い所も酷いところも一杯見せるだろう。もしかしたらお前のこと待たずに先に進むかもしれない」

 

だから、と一拍置いて。

 

「そんな俺でもいいなら……隣に立ってくれ」

 

そう、言った。

 

「はい、宗次さんっ!」

 

そう返した花蓮の顔は、咲き誇る華のような笑顔に彩られていた。

 

 

 

「さて、宗次さん」

「はいはい」

「これで私たち、謂わば共犯者のような関係ですよね?」

 

……共犯者か、中々言い得て妙だな。恋人や愛人等では決してないが、仲間というには想いの重量が違う。ただそれでいいのかお前?

 

「まあ、うん。そういうことになるのかな?」

 

とりあえず、間違ってはいないのでそう返した。すると花蓮は、にっこりと嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、キシリアとどういう関係に()()()()()のか、教えて貰えますね?」

 

…………え、ちょっと待って怖い怖い!嫌な汗ブワッて出た!これ共闘とか依頼とかじゃない部分最初から聞いてる!ていうかバレてるよこれは!女の勘とか言ってましたねそう言えば!

 

「宗次さん……?」

 

スゥッとこっちににじり寄って身体を擦り付けてくるけど、こんな状況じゃ立つものも立たんわ!やっべ、怖くて肝っ玉が冷えた……!

 

「むむ、話してくれませんか、そうですか……」

「ん……?あれ、花蓮さん……?」

「何ですか?」

「いやあの……何でそんなところに座ってるんですか……?」

 

不服そうに何事かを呟いた花蓮は、何故かベッドから降り、俺の足と足の間にぺたんと座ったのだ。こ、この股の間に座る姿勢、もしや……!?

 

「正直に話してくれなさそうなので、身体に聞こうと思いまして♪」

「さっき強請らないって言ってなかった……?」

「これは性行為ではなく、被疑者への尋問です。さあ、早々に吐けば減刑もやむなしですよ」

「ヒエェ……二回目から尋問プレイとかマニアック過ぎるよぉ……」

「ちっちちち違いますっ!しつれいなこといわないでいただけますかっ!?」

「図星じゃねえか」

「ええいお黙りなさい!きっちり尋問しますから、キビキビ吐けばいいの!」

 

顔を真っ赤にしながらそう叫ぶと、膝行で前へすすっと進み、座り易いようにと咄嗟に開いてしまった足の上に手を置いた。こいつ、口でする気満々だよ。

 

……まあ、俺の愚息も有頂天なわけなんだが。そりゃ、花蓮のような美少女が股の間に跪いてたら、めちゃくちゃ興奮するだろ。誰だってそうする、俺もそうする。

 

初めてであろう行為に恥ずかしがりつつも、これからする事に悦びを隠せず口を緩やかに歪ませる花蓮。何を言っても止めないだろうし、もう俺も止める気はないのだが、ひとまず彼女へのご褒美……というよりは感謝として、とある事実を伝えることにした。

 

「なあ、花蓮」

「……何ですか。何を言おうが、やることは変わりませんよ」

「いや、言い忘れてたことがあった。さっきみたいなバードキス、キシリアにもしたことなかったわ」

「………………そんな事言ったって、何とも思わないんだから。もうっ」

 

緩んだ口元を隠しきれないまま何でもないように言った花蓮は、勢いのまま俺の股間へと顔を埋めるのだった。

 

 

 

……えっ、ジッパー口で開けんの?

 

 

 




*氷室花蓮が田上宗次の攻略に成功しました。
あれ、主人公ヒロインみたいに……あれ?

気が付くと宗次君が花蓮に口説かれる流れになってました。まあ宗次君からは絶対にアプローチしないから、仕方ないね。
ちなみに、ギャルゲー風に言うと花蓮はフラグをちゃんと回収して正解の分岐を選んだ状態になります。最初で最後のルート分岐、というか絶対条件は『宗次の本質や願いを理解したことを示した上で隣で生きる事を宣言する』です。例えどんなに世界や周囲を嫌悪したところで、今まで普通に暮らしていた一般人が百年の孤独に耐えられるわけがない、というのが作者の考えです。

まあ何はともあれ、花蓮が正ヒロインになった所で序章っぽいものは終了、次回から第一章に入ります。遅筆なの差し引いてもここまで長かった…。プロットは大体出来てるのに手が追いつかねえよぉ。

せっかく復刻したのに、舞さんURでねえ…何でピックアップしてねえのに雪代操出るんや……

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