神様転生者は身投げした   作:難民180301

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神様転生者は身投げした

 日の落ちた暗い河川敷に、地味なジャージ姿の青年が立ち尽くしている。

 

 彼の名前は白石玄、昨年から親元を離れ大学に通いながら妹と二人で暮らす大学生だ。夕食の準備を妹に任せて出てきた彼は、先ほどまで日課のジョギングに精を出していた。スマートフォンでタイムを計り、素人ながらフォームやペース配分にも気を配りながらのジョギングは、日課から有意義な趣味に昇格しつつあった。

 

 そんな彼の足を止めたのは、河川にかかる高架線路のふちにぽつんと立っている人影である。

 

「うっそぉ……」

 

 人影から目を離さないまま白石がつぶやいた。頬に冷や汗が伝い、喉の渇きを感じる。

 

 線路の電燈の影になっているため人影の表情はうかがえないが、猫背の醸し出す陰鬱とした雰囲気、どう考えても立ち入りの禁じられた場所にいる非常性、それなりに深度のある川が高架下を流れている状況を踏まえて考えると、意図するところは一つだろう。

 

 身投げ。

 

「ええい面倒くせー!」

 

 白石は全力で駆けだした。目指すは土手の上を通っている高架の支柱である。

 

 白石に身投げの致死率や、自殺を図る人間への対応など知る由もなかったが、とにかくやるべきことだけは確信していた。あの人影の首根っこをひっつかんで線路から引きずり出し、話を聞くことだ。

 

「げっ、まじか!」

 

 が、支柱をよじ登って線路へ侵入する目論見はくじかれた。人影が早くも高架から身を投げたからだ。瞬く間に着水ししぶきが上がり、川底に沈んで見えなくなった。

 

 白石は悪態をつきながら進路変更、土手を飛ぶように駆けおりて河川敷をつっきり、川へ飛び込んだ。

 

 春先とはいえ夜の川の水温は低く、身を切るような寒気で息が詰まる。白石は自分の体を叱咤し、落下点と川の流れから大まかに目標の位置を予想して、がむしゃらに進んで行く。

 

 アタリをつけた場所までたどり着くと、真っ暗な白石の視界を照らすように通りかかった電車の光が川底に差し込んだ。都会の川とは思えない澄んだ川の水が光を受け入れ、川底に沈んだままぴくりとも動かない人影を照らし出す。

 

 一度大きく息を吸ってから潜水。ほどなく人影のもとへたどり着いた白石は、驚きのあまり口から気泡が漏れた。

 

 人影の正体はまだ若い少女だった。金糸のような長い金髪が水中に舞い、若々しい白い肌が光を反射している。苦し気な顔でぎゅっと閉じられた目元や顔立ちは全体的に幼く、体躯も白石より二回りは小さい。髪の合間に覗く尖った耳を見るに、今は珍しいエルフの一族だろう。

 

(エルフの子か、いまどき珍しい。どこかで会ったような――いや)

 

 おぼろげな既視感を訝しみながらも白石は手を動かした。まず少女の腰にくくりつけられた重りの岩を外す。次に少女の両脇に後ろから腕を回し、川底を蹴る。重りのない二人の身体は抵抗なく水面へ上がった。

 

「ふいー。君、生きてる?」

 

 ぐったりした少女を抱え川岸まで運んだ白石は、軽い調子で問いかけた。

 

 大の字で仰向けになっている少女の目はすでに開かれ、緑色のきれいな瞳を呆然と空へ向けている。ペースは速いが呼吸もしているし、大して深刻な状態ではないようだ。

 

「えーと、こういう時は……一応、警察と救急車がいいんだっけ。あ、やべ、スマホ防水じゃねーし」

 

 むしろ深刻なのは白石の方だった。交友において重要な役目を担うのみならず、初めてのバイト代で購入した思い入れの深いスマホが昇天したのだ。

 

 うんともすんとも言わなくなったその品を数秒見つめる。そして「まあいっか」と気分を切り替えた。壊れたものは仕方ない。動かない少女を見ながら、確認の意を込めて口に出す。

 

「とりあえず交番に行けばいっか」

 

「……嫌ですぅ……」

 

「嫌かー」

 

 絞り出された声は拒絶。自殺未遂者への対応など知るはずのない白石だが、嫌ということを強行すればさらに精神を追い詰め、再度自殺を試みるかもしれないことは分かった。交番へ連れて行くことはできない。

 

 とはいえ、このまま放置すればまた線路へ入って同じように身投げするだろうし、その前に夜風にあてられ風邪をひくこともあるだろう。ここで別れることもできない。

 

 であれば取るべき選択肢は一つ。

 

「家に来ようか」

 

「……」

 

 自宅まで連れ帰ることである。

 

 特に拒絶もされなかったので、白石は少女を肩に担ぎ上げ自宅へ足を向けた。

 

 

 

---

 

 

 

 六畳一間の白石の部屋に布団がしかれ、その上で上体を起こした少女が呆然としている。風邪をひかないよう風呂に入れ、ずぶ濡れだった服は妹の部屋着に変えているが、ハイライトの消えた暗い目つきからしてまだまだ生きる気力は乏しい。

 

 その少女から最大限距離をとった部屋の隅で、家主と同居人が言葉を交わしている。

 

「どうすんの兄ちゃん? 今にも舌噛んで死にそうな顔してるよ!?」

 

 焦った顔で少女へチラチラと視線を送っているのが白石の妹、有紀である。華奢な体とツインテールは女の子らしさを演出しているが、性格はざっくばらんで考えるよりもまず行動を旨とする。そのため白石が帰ってくるなり「自殺未遂の女の子を拾ってきた」と言っても、質問の一つもなく風呂と着替えを用意して養生のために布団をしいてくれた。

 

 ただ、その性格のせいで行動の因果関係が白石にもまったく理解できないこともあった。たとえば兄妹二人で暮らしている現状もその一例で、白石が一人暮らしを初めて一年すると何の連絡もなく「兄ちゃんと同じ大学に通うことになった。よろしく兄ちゃん先輩!」と押しかけてきたのだ。

 

 そのように変わった一面があるものの、思いやり深く優しい性根を持つことは白石も知っていた。現に有紀が少女へ送る視線には強い心配の念が見て取れる。

 

「心配だなあ……そうだ、猿ぐつわをかましてくるね」

 

「待てい」

 

「ぐえっ」

 

 ちょっとばかり先走りやすいのがたまにキズだ。タオル片手に立ち上がる有紀の首根っこをつかむ。

 

「そんなことすれば余計委縮するだろーが。それに、これから話を聞こうってのに口を塞いじゃダメだ」

 

「話を聞くの? 何か食べさせて寝ればスッキリするんじゃない?」

 

「そのくらい単純ならそもそも自殺しないだろ」

 

「なるほど! さすが兄ちゃん、頭いい!」

 

 花が咲くように笑顔を浮かべた有紀は、不意にテレビのリモコンを手に取り電源をつけた。音量を大きめに設定しにわかに室内がにぎやかしくなる。少女の放っている暗い雰囲気がいくらか中和された。

 

「まずは雰囲気づくりから。にぎやかしって大事だよね」

 

「つっても、今はニュースしかやってないみたいだけど――んん?」

 

 白石は大きく目を見開いた後、時計へ目をやり、同じようにきょとんとした有紀と顔を見合わせ、またテレビを見た。

 

 現在時刻は八時半、平日のゴールデンタイムにあたるこの時間帯は各局がこぞってバラエティなりドラマなりを放映しているはずだ。しかしどのチャンネルを見てもしかめっ面のキャスターがあわただしく原稿を読み上げる様しか映していない。その内容もみんな同じだった。

 

『――繰り返しお伝えいたします。国際エルフ連合のメイビス会長は、昨夜未明からノノン・ノリー氏が行方不明になっていると、先ほど発表しました。これを受けた政府は非常事態を宣言し、事実確認と状況把握に努め、自国の英雄の安全を早急に確保するとコメントしています。関係各国には激しい動揺が広がっており――』

 

 ある人物が行方知れずとなり、その一件がすさまじい影響を世界に与えていること。大げさなようだが、テレビ画面に映された金髪の女の子――ノノン・ノリーの立ち位置を考えれば妥当な反応だと白石は納得した。

 

 ノノン・ノリー。最強、最古のエルフにして魔法使いとして知られている彼女が日本に与えた影響は計り知れない。日本では古くから、山間に住まうエルフ、洞穴や鉱山を根城とするドワーフ、あらゆる環境に跳梁する魔族、そして平野部で繁栄する人類という四つの勢力が、血みどろの抗争を繰り返してきた。生まれ持った能力に優れるエルフやドワーフが優勢だったが、人類が幕末とともに急速な近代化を果たしてから争いが激化し、おぞましい異種族間戦争の時代に突入する。

 

 その争いを優れたカリスマと圧倒的武力をもって平定したのが、ノノン・ノリーその人である。

 

 ノノンに不可能はなかった。無から有を生み出す創造の魔法で争いの種となる『不足』を解決し、異種族に親しい者を殺されたことによる憎しみの連鎖は言葉による説得だけで断ち切ってみせた。

 

 争いを平定した後は四勢力混成の統治組織を造り上げ、四種族の末裔が共存する現代日本の原型、『種族のるつぼ』と呼ばれる社会システムを築く。

 

 異種族が共存共栄する理想的な社会として国際的な注目を集めたものの、悪い意味での注目もあった。ドワーフの工学技術力、魔族の生物的に優れた身体能力、そしてエルフの駆使する魔法は、日本を取り囲む大国が力づくでも奪い取りたい魅力に満ちていたのだ。

 

 本気を出した大国の情勢コントロールに抗うすべもなく、日本は二度の戦争に巻き込まれる。悪役として知らしめた日本を負かし、賠償として技術の公開を強いる算段だった。

 

 ノノンが武力を発揮したのはこの時である。幼少時より最強の魔法使いとして知られていたノノンは光の速度で戦線を飛び回り、大国の近代兵器群を蹂躙していった。しかも武器を壊して人員は誰一人殺していないという非現実的な偉業まで達成してだ。

 

 複数の大国とノノン個人との戦争は二度勃発し、最終的には物量に優れる大国側が消耗しきって降伏するはめとなった。

 

 こうして最強のエルフとして名を知らしめたノノンは、その後もあらゆる分野で才覚を発揮し自国の発展に尽くした。インフラ、通信網、生活水準の向上、医療福祉の充実、公益施設への出資、公平な教育環境、インターネット開通――防衛と発展を個人の手でやり遂げた偉業を鑑み、現代日本の祖として自国民のみならず世界中から尊敬と崇拝の念を向けられている。

 

 そういった、全方向で完璧な英雄が行方知れずともなれば――テレビ放送が臨時ニュースだけに占領されるのもやむないことだった。

 

「例の英雄さんが行方不明か。まあ散々がんばったんだし、家出の一回くらい……ん?」

 

「……! ――っ!」

 

 肩をたたかれて振り返ってみると、有紀が口をパクパクさせて布団の上の少女を指差していた。

 

「なんだよ。たしかにこの子もエルフだけ、どぉおおお!?」

 

 白石は奇声を発した。

 

 布団の上の少女と、テレビに映されたノノンの顔写真。その二つはどう見ても同一人物をさしている。ぱっちりした碧眼、サラサラの金髪、長くとがったエルフの耳。見間違えようもない。

 

 つまり、自殺未遂をした上に自宅へ担ぎ込まれた目の前の少女が、世界的に有名な英雄である。

 

「え、まじで?」

 

「はい、まじです」

 

「あ、そう」

 

 当の本人がこくんと肯定した。どうやら話せる程度には回復したらしい。

 

 未だに驚きっぱなしの有紀はいったん置いておいて、白石は口を開く。

 

「えっと……じゃあ、あんたみたいな英雄がなんで自殺なんて――」

 

「英雄じゃないですううぅぅう! あたしなんて、あたしなんてぇぇええ!」

 

「おおう」

 

 唐突に両手で顔を覆って天を仰ぐ少女、もといノノン。子供のころから歴史の教科書で何度も目にしてきた偉人が眼前で号泣している様は、白石の思考を止めるに十分な衝撃だった。

 

 苦笑いで頬をひくつかせている間に、有紀がノノンへ歩み寄り優しく肩を抱く。

 

「よーしよし、存分に泣いていいよ、よーしよしよし」

 

「うああああ!」

 

 有紀は理性よりも直感と思い付きで行動する。誰であろうと泣いている人間を見れば、今しているように抱きしめて胸を貸す。たとえ相手が先の大戦での働きを根拠に、核弾頭と同等の扱いを大国から要求されている危ないエルフであってもだ。

 

「私は有紀、こっちは私の兄ちゃんだよ。ノノンちゃんって呼んでいい?」

 

「くすん……うん」

 

 三十分は泣き明かした後、やっと落ち着いた。自己紹介を経て本題へ入る。有紀はやさしくノノンの背中を撫でており、ちらりと白石へアイコンタクト。それを受けた白石が口火を切った。

 

「ノノン、ちゃんは、どうしてあんなことを? なにか嫌なことでもあった?」

 

「ううん、ちっとも。昔から私の周りは良い人ばかりで、嫌なことなんて一つもありません」

 

 でも、と言ってノノンは言葉を切る。再び涙をにじませ絞り出すように、

 

「どうせ全部、ご都合主義なんです。みんな、私が神様転生者だから」

 

「え、なんて?」

 

「私は神様転生者なんですぅぅぅう!」

 

 白井が聞き返しても意味不明な語句はそのままだった。再び激しく泣き出すノノンを前に、白井は思考をめぐらせる。

 

 神様転生とは、ネット上でアマチュアが公開するウェブ小説界隈における、人気ジャンルの一つである。その人気たるやすさまじく、作品の数が増すにつれて一般的な神様転生のテンプレートが構築されていった。テンプレートでは主人公が神様の手違いで死に、転生特典なるすさまじい異能力をもって異世界へ転生。転生特典を駆使して異世界の悪役を蹴散らしていく。

 

 主人公の大半が現実世界出身のため読者の感情移入がしやすいのと、作者の欲望がストレートに反映された都合のいい展開が連続する点が読者の心をつかむ。白石も中学時代はよく読んでいた。深いメッセージ性や作り込まれた精妙な文章、優れたストーリー性は皆無だが、だからこそ安っぽく分かりやすい面白さに引き込まれるのだ。書店で平積みされた名作が料亭の懐石料理だとすれば、神様転生は添加物たっぷりの安いファストフードである。

 

 神様転生のジャンルは常に発展を続けており、最近ではテンプレートに沿いつつ転生後の異世界を作りこんだり、転生特典を工夫したり、変り種では主人公を神様のもとへ送るトラック運転手や、はたまた神様視点の物語まで誕生しているようだ。

 

 そうして多様化の道をたどりつつある神様転生だが、ほぼすべての作品に共通している点が二つある。転生特典が特別なことと、主人公が人外じみた大活躍をすることだ。

 

(だとすると……たしかに)

 

 こうした神様転生の知識を踏まえて考えると、ノノンの告白も決して嘘とは言い切れない。白石は顎に手を添え思考を深める。

 

 先の大戦において、ノノンは敵方の物量攻勢に正面から立ち向かい、圧倒的火力と速度をもって兵器群を壊滅させながらも敵味方ともに死者ゼロで戦争を終わらせた。貿易制限による兵糧攻めには、物質創造や複製の魔法で食糧物資を増産し、国民の生活を守ったという。

 

 普通に考えて、こんなことがあり得るだろうか? 国家間の戦争を個人がねじ伏せ、国全体の需要に個人が応えてみせる。いくら魔法の才能があったとしても荒唐無稽に過ぎる。とはいえその時代の生き証人もいるし、そういった活躍がなければ現代の日本はない。疑念は拭えずとも事実なのだろう。

 

 しかし、仮にノノンが神様転生により強力な特典をもらった転生者だとすれば、この疑念は解消する。強力な能力で大活躍することが宿命づけられた転生者なら不可能はない。

 

 もちろん転生うんぬんを証明する手段はないので、白石はひとまずノノンの神様転生発言を半信半疑の状態にとどめておく。

 

「ノノンちゃんが神様転生者だと。そうだとしてもなぜ自殺を?」

 

「何をしても幸せになれないって思ったんですぅう!」

 

 続く質問への答えは要領を得ない。首をかしげる白石。ぐずるノノンの耳元で「どういうこと?」と有紀が聞く。

 

「わたしっ、生前は神様転生にあこがれてたんです。何をしてもダメダメな私でも、ここじゃないどこかで、私じゃない誰かに、強い能力を持って転生したら、きっと幸せなんだろうなって」

 

「うんうん」

 

 白石にはノノンの気持ちが分かった。ノノンの気持ちは、神様転生の作品を楽しんでいたころ常に心に抱いていたものだ。

 

 自分は誰にでもなれる。どこにでもいける。若者特有の思い込みは現実との乖離を生み、やがて欲求不満へ変わる。違う自分になって違うどこかへいけば、きっと自由で幸せな人生を送れるのに、と夢を見る。読者は神様転生で欲求の通りに動いている主人公たちへ自己を投影し、幸せで劇的な夢の人生を追体験するようになる。

 

「でも、全然幸せじゃないんです。昔からいい人たちがたくさんいたから、その人たちが笑ってくれるように、失望されないように頑張ってきました。それなのに、みんなが笑っても全然うれしくない。どうすれば失望させないままにしておけるのかって、必死で考えてる自分がいるんです。そんな自分が大っ嫌いになって――」

 

 ぎゅう、と有紀の背へ回された腕に力が入った。

 

 ノノンは強い力を持てるような性格ではないのだろう。力が強ければ強いほど責任が生まれ、出来ることが増える。自分に出来ることをしていくと笑顔が増えるが、その笑顔が曇ることを過剰に恐れてしまう。その結果、常に最大限の力を発揮しながら周囲の幸せを保つために生きるようになる。常に力の限界に瀕しながら全力で生きる人生は、劇的ではあっても幸せではない。かといって自分の幸せを追求するために力を抜けば、もっとも恐れる失望が待っている。ノノンの性格と力が、心を袋小路へ追いやったのだ。

 

「なあ、ノノンちゃん。君が優しすぎるのは分かった。だけど、君が動いたことで笑顔を見せてくれた人のことを、頭に思い浮かべてみなよ。その人たちは一回失敗した程度で、ノノンちゃんを悪く言うか?」

 

「……言いませんよ」

 

「だろ? なら――」

 

「言うわけないじゃないですか! どうせご都合主義なんですから!」

 

 言葉をさえぎっての激昂。

 

 白石を強くにらみつけている二対の碧眼は、見る間に涙をためて再び有紀の胸に伏せられた。

 

 ご都合主義には一般的な意味と創作界隈での意味の二つがあるが、神様転生から連想するに後者だろう。物語の進行に都合のいいよう安直な展開や設定を乱用する様を言う。たとえばハーレム主人公がにっこりとヒロインに笑いかけるとそれだけで惚れられたり、何をしたわけでもないのに女性キャラが連続して主人公に一目ぼれするなど。この場合は惚れる動機や理由を真剣に考えると長くなるため、進行の都合を優先している。

 

 ノノンの場合は、おそらく転生特典だろうか。活躍するのに都合のいい強力な特典を与えられ、そのことを自虐しているのかもしれない。努力するでもなくいきなり強力な力を手にした場合の反応は幸運だと開き直るか、決まりの悪い罪悪感に悩まされるかの二通り。ノノンは性格からして絶対に後者だ。

 

「私、転生特典、いらないって言ったんです」

 

「えっ?」

 

 が、意外な告白に白石は呆けた声を上げた。

 

「前世では、たくさんぐうたらしたから、今回は自分の力で頑張るぞーって思って、たっくさん、たーくさん努力しました。そしたら――努力すればするほど、結果が出るんです。出ちゃうんですよ!」

 

「う、うん」

 

「おかしいじゃないですか! こんなにバカで、要領の悪い私が努力したって、結果なんて出るわけないのに……子供のころからずっと、最強のエルフだって持ち上げられました。初めはうれしかったです。きっと今世は才能があるのかなって。だけど」

 

 ノノンは鼻をすすった。

 

「やったことが全部うまくいく。言ったことが全部褒められる。そんな風に五十年も生きたら、気づきました。これ、ご都合主義なんだって。神様転生者特有のご都合主義に守られてるだけで、私自身の力なんかじゃないんです。何をしても、何を成し遂げても、全部他人事みたいで……みんなが笑顔になってくれても、結局私の力じゃない、見えない何かが勝手にそうしてるんだって、そう思ったら、何もかもが嫌になりました」

 

 白石はとっさに反論ができなかった。

 

 仮に神様転生が本当にあるのだとすれば、ご都合主義があってもおかしくはない。何より、ノノンの非現実的すぎる功績の数々がご都合主義の存在をほのめかしているように思えてしまった。話を聞いただけの白石でさえそうなのだから、直に体験したというノノンの確信の度合いは相当だったろう。

 

 周囲の幸せのために全力で生きるしかない中で、自分で作り出していたはずの幸せにさえ疑念を抱く。その心労はいかばかりか。

 

「たとえ、たとえご都合主義があったとしても」

 

 白石はノノンに同情を覚えながらも憤りを感じていた。一段低い声で反駁する。

 

「ノノンちゃん以外の人間には心がある。ご都合主義が心に作用して幸せや笑顔を生んでいたとしても、それは心から生まれた幸せだ。ノノンちゃんが今まで見てきた幸せを疑うってことは、周囲の人たちを人形として見ているのと同じだぞ?」

 

「そんなこと分かってますよぉー!」

 

 またもや赤子のように泣きじゃくるノノン。恥じらいもなく滝のように涙を流しながら、弱弱しく白石へ詰め寄った。白石の両肩を小さな手で揺らし、とぎれとぎれに言い返す。

 

「みんなの笑顔がほしいけど辛くて、でもそれが全部ご都合主義じゃないかって怖くて、そんな風にみんなの心を疑っている自分が大っ嫌い、大っっっ嫌いなんですぅぅうううぅ! 転生したって何したって幸せになれない自分が、殺したいくらい憎いんですぅううう!」

 

「えぇ……もうどうしようもねーな」

 

「ちょ、バカ!」

 

「うわーん!」

 

 思わず本音が漏れてしまった。有紀に咎められるもすでに遅く、白石の本音で追い打ちされたノノンが激しく泣きじゃくる。

 

 神様転生すれば幸せになれると夢想していたノノンは、そもそも強い力を持っていい性格ではなかった。何をしても自分の力ではなくご都合主義で成功を呼び込んでいる錯覚にとらわれ、周囲の人間の自律性を信じられなくなる。そして最後には、どうあがいても幸せになれない自分を嫌いになって自殺を試みた。

 

 控えめに言って、手の施しようがない。

 

 自殺に至ったということは、身近な人間に相談もできなかったのだろう。神様転生などと話したところで変な目で見られるのは明白だ。この場で白石たちに心境を吐露したのは、弱った精神がヤケクソに近い形でそうさせたのだ。

 

 ここを逃せばまたぞろ自殺に走るのは目に見えている。一度勢いで助けた手前中途半端に放り出すのは性に合わない。

 

 だから――白石は心を決めた。

 

「……ぬっ!」

 

「ぷっ、くく!」

 

 有紀に目力全開でアイコンタクト。力を入れすぎて変顔に近い顔つきとなる。「話を合わせろ」という意志をこめたが、笑いをこらえている有紀に伝わったかどうかは定かではない。

 

 しかし号泣に次ぐ号泣でノノンの判断力が鈍っている今こそチャンス。白石は躊躇なく作戦を実行した。

 

「分かるぞ」

 

「え?」

 

 重々しい声を発する。片手で目元を覆い隠し、全力で声を震わせる。ただならぬ雰囲気にノノンが顔をあげた。

 

「実は――俺も神様転生者なんだ」

 

「!」

 

「はあ!?」

 

 声を上げた有紀へ再度アイコンタクト。さすがに兄妹だけあって二度もやれば伝わるらしく、有紀は神妙な顔で頷いた。

 

 ノノンは希望と困惑、疑念をないまぜにした複雑な表情で白石を見つめている。

 

「そ、そんな、神様転生者なんてそう都合よくいるはずが……」

 

「俺たちも今まではそう思ってた。俺たち兄妹の気持ちを分かってくれるやつなんていないってな。でも、やっと巡り合えた」

 

(ちょっとぉ! さりげなく私にまで変な設定つけないで!)

 

 つい変な仲間意識で有紀まで巻き込んでしまったものの、言ってしまったものは仕方がない。開き直った白石は目頭を押さえ、今にも泣き出しそうな雰囲気を纏う。

 

「俺たちもノノンちゃんと同じで、特典なしでこの世界に転生した。たしかに、一度あれだけ非常識な経験をすれば、ご都合主義の存在を疑いたくもなる。なあ?」

 

「う、うん、そうだねっ! こう、何をやってもうまくいっちゃって、都合よすぎだよねーって感じ!?」

 

 キラーパスに見事応えてみせた有紀。対するノノンの反応は。

 

「二人とも……!」

 

 感動していた。先ほどまでのやりばのない怒りと悲しみではなく、同胞を見つけた喜びの涙を流し、有紀の胸にすがりついている。

 

 だが白石は見逃さなかった。その瞳の中にしつこくくすぶっているわずかな疑念を。

 

「俺たちの前世の世界では、日本は人間だけの社会でな。というかドワーフやエルフ、魔族なんてのは架空の存在だった。魔法なんてファンタジーの世界だったよ」

 

「そうそう!」

 

 話の信憑性を上げるための口から出まかせ。もちろん白石も有紀も人間しか種族のないさびしい世界なんて知らないし、魔法のない世界など想像さえ難しい生粋の日本人だ。この男はとにかく今の世界からかけ離れた異世界をねつ造しているに過ぎない。

 

 嘘のつき方としては大分雑だったが、極限まで精神の弱ったノノンにはそれがとどめとなった。こびりついた疑念が消え、目の前の兄妹にすがりつき嗚咽をあげる。あまりにも弱弱しいその姿からは全幅の信頼が見て取れた。

 

 ノノンを見下ろす白石は、目論見がうまくいったことでニヤリとほくそ笑む。その横から有紀がジト目で兄をにらみつけた。

 

 要は、ノノンに必要だったのは共感できる相手だったのである。人は他人に悩みを打ち明けることで苦しみを軽減できるが、それは相談相手が悩みを理解し、共感するからこそできること。しかしノノンの悩みに共感できる相手は実質一人もいない。現実にはあり得ない神様転生の苦しみを分かってくれる人間が、現実にいるわけがないからだ。ノノンは悩みを一人で抱えるしかなく、その結果が自殺だった。

 

 だが神様転生が現実にはあり得ないと断言できる人間も、この世には一人もいない。前世の世界観を最低限ねつ造し、転生特典は何ももらわなかったと条件をつければ誰でも神様転生者になれる。つまり、ノノンの苦しみを軽減できるのである。

 

 神様転生者であることも、そうでないことも証明はできない。長命かつ聡明なエルフのノノンだったが、弱った精神は自分にとって都合のいい事実を真実として受け止めた。この兄妹は間違いなく神様転生者であり、自分の理解者である。自分は一人じゃない。百年以上隠してきた弱い部分をさらけ出し、喜びと安堵の涙を流した。

 

「うええぇえん、えええん」

 

「……くっ」

 

「兄ちゃんさあ……」

 

 思惑通り。とはいえ、見た目はいたいけな少女のエルフが、恥も外聞もなく嘘のなぐさめで泣きはらしている光景を前に、白石は苦悶の声を上げた。

 

 有紀も思惑に乗ったため強くは言わないが、ジト目で白石をにらみつけている。

 

 兄妹の間に微妙な空気が流れるのもお構いなしに、ノノンは百年以上もためこんだ鬱屈を涙にして流していく。白石は自分の良心に複雑な圧力がヒビを入れて行くのを感じながら、ただノノンの肩を抱くしかできなかった。

 

 

 

---

 

 

 

 翌日。

 

 六畳一間の中央に置かれたちゃぶ台を、白石、有紀、そしてノノンの三人が囲んでいる。ちゃぶ台の上にはごはん、味噌汁、焼き鮭、納豆とお茶が三人分。本日の食事当番、白石の手による朝食である。

 

「いただきます」

 

 三人で手を合わせ、各々好きに食べ始める。昨晩のことを思い出して時折赤面しているノノンを除けば、三人の間に漂う雰囲気は和やかな朝食のそれだった。

 

 テレビでは相変わらずノノン失踪の件をさも大事件のように――実際大事件として、報道していた。

 

『国際エルフ連合は昨夜から今朝にかけて、大規模な探査魔術を使いノノンさんの行方を追っていますが、ノノンさんの隠密術を考えると効果は望めない見通しをたてています。今後は軍と連携し魔法に依らない捜索を始めるとのことですが、政府は諸外国からの問い合わせへ対応するのに追われており、捜査に遅れが出ているとのことです』

 

『魔法学院は今朝、戦略兵器級の危険な魔法使いが失踪した件について、安全保障上の強い懸念を表明する声明を発表しました。同学院はノノンさんの人権を度外視してでも厳しく身柄を管理する強固な管理体制構築を要求しており――』

 

「つまらん」

 

 白石はチャンネルを変えた。大災害が起ころうと放送予定を変えないことに定評のある局へ。しかしそこもノノンの失踪を扱うニュースを放映していたので、ため息とともにテレビを消した。

 

「ノノンさんってすごい人なんだねー」

 

「そ、そうでしょうか」

 

「当たり前だろ。歩く核弾頭なんて異名もある大英雄なんだから」

 

 のんきな有紀とは対照的に、白石は胃がキリキリと痛む思いだった。その心情を察してか、ノノンが遠慮がちに手をあげる。

 

「あ、あのう、私やっぱり戻った方が、いいのでしょうか」

 

「もうその話はついたでしょ、ノノンちゃん」

 

 有紀がピッとはしでノノンを指す。その続きを白石が引き継ぐ。

 

「今は自分第一で考えていい。帰りたいときに帰る。それまではここでのんびりやってけい」

 

「二人とも……ありがとうございます!」

 

 頭を下げてから、顔をほころばせてモリモリごはんを頬張るノノン。つられて白石も有紀も笑顔を浮かべるが、白石の心は暗い。

 

 半端な心持ちでノノンを元の場所へ送り返してもまた追い詰められるのは目に見えているし、ノノンもすぐ帰ることを望んでいなかった。そこで昨夜、落ち着くまではゆっくりしていくよう話をつけたのだ。嘘をついて安心させた以上、そのくらいの責任はとらなければならない。

 

 しかし深夜から朝にかけてもノノンの件を放送しているテレビや、スマホからネットニュースを見ていると、想像以上にノノンの失踪が波紋を広げていることが分かった。歩く核弾頭の異名の通りノノンは本当に抑止力として扱われているし、言葉の一つ一つが聖句として引用されほとんど神格化されている。

 

 それほどの偉人に嘘をつき、自宅に住まわせているという事実を前に、胃がキリキリと痛みを訴えるのは当然だった。

 

「兄ちゃん? 顔色悪いよ?」

 

「ん、おう。低血圧だからな」

 

「調子が悪ければすぐ言ってくださいね。どんなケガや病もすぐに治してみせます」

 

「おー、さすが英雄、たのもしー!」

 

「いやあ、えへへ」

 

 のほほんと言葉を交わすノノンと有紀。彼女たちとは正反対の顔色をした白石は、自分のまいた種の大きさを実感しながら重々しいため息をつくのだった。










テーマ:もしも極度の真面目ちゃんが神様転生したら

ぼんやりした妄想を形にした一発ネタ





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