新人戦優勝が決定した日の夜は、軽いパーティーを開いて全員が零達3人を褒め称えた。〈ミラージ・バット〉では惜しくも三高に負けてしまい準優勝だったが、零達のおかげで落ち込まれることはなかった。
零はパーティーが終わると、すぐに自室に戻ってシャワーを浴びた。そのままベッドに潜り込み、眼を閉じて一瞬のうちに眠りに落ちた。〈五芒星〉を発動させたことで、多大な魔法力を使ったので、眠気が凄まじいことになっていた。
自室には深夜がおり、ベッドで眠る零の髪を優しく撫でていた。それはいつも溺愛しているが故の行動で暴走する様子とは違う。普通の母親の表情だった。零も母親の温もりは、心が落ち着くのをしっかりと理解している。
深雪と一緒いるときとはまた違った安心感で、母に普段とは違う態度で優しくされると態度がかなり緩くなる。それは少なからず安心するという気持ちも無きにしも非ずだが、一部は甘えたいという気持ちがある。
軍に所属し誰よりも魔法力が優れているとはいえ、まだ16歳の高校生だ。以外かもしれないが零にも時には母に甘えたくなる。だから今もこうして頭を撫でられても眼を覚まさず、穏やかな寝顔をしている。
「こうしていると年相応の可愛い息子なのに残念ね。いつまでもこのままでいて欲しいな」
優しく微笑む深夜はベッドに潜り込み、零に抱きついて眠りに落ちていった。
今日、大会9日目は〈ミラージ・バット〉と〈モノリス・コード〉の本戦決勝リーグが行われる。
午前10時から午後3時にかけて〈モノリス・コード〉が行われ、夕方6時から〈ミラージ・バット〉が予定されている。どちらも優勝は確実視されており総合優勝も目前である。といって三高に負けるようであれば危うくなるため、選手達は緊張感をもって挑むつもりだ。
約1名はいつもと変わらない様子で3人分のCADを調整していた。
「君には緊張感というものはないのか?」
「変に自分がそのようなことになれば選手に悪影響ですから」
「その程度で十文字達に影響が出るとは思わんがな」
人の悪い笑みを浮かべる風紀副委員長は、後輩を弄って気が済んだのか、鼻歌を歌いながらテントを後にした。
弄ばれた零はため息を吐き出し調整を続けた。
「昨日の疲労が抜けていないのか?四葉」
「渡辺先輩にイジられただけですので問題ありません」
「七草よりはマシか」
「何か言った?十文字君」
「「なっ!」」
先程までいなかったはずの人物がおり、2人はつい声を上げてしまった。
「七草…」
「さっきの話どういうことなのか聞いてもいいかな?」
青筋を浮かべる真由美はそれほど怖くないのだが、克人はしどろもどろになっている。何か弱みでも掴まれているのだろうか。
2人のやり取りをBGMに零は3人分のCADを調整し続けた。
本戦〈モノリス・コード〉決勝リーグ準々決勝第一試合の相手は、八高と【岩場】ステージで行われた。普段はディフェンスとして参加している克人が、十文字家のお家芸移動型領域干渉《ファランクス》を頭部や肘にまとい、僅か5分で試合を終了させた。
「何故今回十文字先輩は、ディフェンスではなくオフェンスとして出たのでしょうか」
「君の戦いに触発されたのだろう。同じ〈十師族〉として負けられないと思ったんじゃないか?」
「良い方向に向かったのであれば何よりです」
もはや当たり前とでもいう観戦状況に、諦めを感じて文句を言わない零は別のことで意識をそちらに向けた。 座っていると両隣に生徒会役員が並び始め、誰か分かっていたので逃げることもしなかった。
「七草先輩が何か言ったのではありませんか?『さっきの話を帳消しにする代わりに、全員をノックアウトさせなさい』とか」
「そ、そんな訳ないじゃないひどいなぁ零君は」
何も言っていないように振る舞っているが、冷や汗が浮かび笑顔が少し嘘くさいので、何かを言ったのは確実だ。もちろん零の洞察力があっての決定だが。実際、右隣に座る河内生徒会長は、真由美の言葉を信じているようだった。
2094年度最後の競技〈モノリス・コード〉本戦は、ついに最後の試合を迎えた。
準々決勝と準決勝を1人で相手選手をノックアウトさせた勢いからか、十文字先輩は余裕綽々とした表情で腕を組んでいた。
ディフェンスと遊撃担当の3年生は、試合開始前でしかも開始合図を待つだけの状態であぐらをかきながら、100年近く前に流行った〈遊戯王〉というカードゲームを楽しんでいた。何故か本格的にデッキケースだけでなく、専用フィールドまで持ち込んでいた。
「俺のターンドロー!」「ターンエンドだ!」「魔法カード発動!」「トラップカード発動!」
などわざわざ言葉を発しながらやりくりをしている。
その様子に一高応援団は、2人が重度のゲーム好き(カセットゲームやテレビゲーム、カードゲームも含む)なのを知っている首脳陣や同級生・知り合いが笑っている集団。知らずに試合放棄していることに?を浮かべている同級生や1年生。そんな2つの集団に分かれていた。
三高側は怒りまくって暴言を吐いている。気持ちは理解できるし、実際俺も同じ感情を抱いている。
だが2人が遊んでいるのは慢心からではない。十文字先輩を信用しているからであり、三高を馬鹿にしているつもりは本人達にはない。三高側が煽っていると取られても仕方が無いこの状況で、していられるのは気付いていないことが大きい。
そもそもどうやって持ち込めたのかが知りたい。
どうでもいいことを考えていると決勝開始の合図が鳴り響いた。
それと同時に怒りを乗せた魔法を一高陣地に放つが、十文字先輩の《ファランクス》によって悉く阻まれ届かない。
十文字先輩が大地を踏みしめた瞬間、移動魔法で三高陣地に高速接近する。そのままの勢いで頭頂部に発動させた《ファランクス》で、頭突きを3連発繰り出した。この瞬間に3戦連続単独撃破という偉業を成し遂げた。
〈モノリス・コード〉本戦決勝は一高の優勝で幕を下ろし、総合優勝も勝ち取っことで二連覇を達成した。といってもまだ女子の試合が残っているため、本当の喜びを爆発させるのはそれが終わった後だ。
夕方6時。どんよりとした空模様のためか真夏にもかかわらず暗くなり始めていることに、零は少し安堵感を抱いていた。光球を叩いて得点するこの競技は、明るい時間帯では見にくくなるため、曇りなどの天候のほうが戦いやすい。
〈ミラージ・バット〉別名フェアリー・ダンスは、〈九校戦〉一の花形競技で人気があり、〈モノリス・コード〉と意見が割れるほどである。零自身戦闘の方が好きだが、これはこれでいいと思っている。〈ミラージ・バット〉のコスチュームは、それぞれ選手の長所を表し短所を隠してくれる。
危ない気持ちで見ている男性陣も一部いるが、大抵は真面目に試合を観戦し、同校の生徒を精一杯応援する。
決勝リーグ準々決勝第一試合が摩莉の出番、第三試合目に宵月茜の出番だ。一試合目と三試合目に当てれたのは非常に運がいい。休憩時間が長く取れるので、魔法力回復の時間が取れる。唯一残念なのは集中力を持続させることだが、それは本人たち次第なので零にはどうすることも出来ない。
「渡辺先輩は体調が良さそうですね。少し緊張気味ですが」
「分かるのか?」
「ある程度であれば可能です」
「…何もかもお見通しにされる気がする」
「おひたしはあまり好みません」
「いつ調理方法の話をしたぁぁぁぁ!」
ツッコミが選手担当エンジニアと2人きりの控え室に木霊した。零はわかりきっていたので、少しぎこちないが穏やかな笑みを浮かべた。
それを見た摩莉は顔を赤くして睨んでいる。
「何が面白い?」
「予想通りのツッコミが来たので少々。それより緊張がほぐれたのではないですか?」
「ん?本当だ。膝の震えが止まった」
大声を出したことで気分転換になったのだろう。緊張が消え失せ、顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「余裕で勝てそうですね」
「勝つつもりさ。元々対人戦闘が好きだからな」
「〈ミラージ・バット〉は直接の対人戦闘ではないですよ」
「気持ちの問題だ。さてそろそろ行くかガツンと一発お見舞いしてやる」
コスチュームの上に羽織っていた一高の上着を零に渡し、試合会場に向かう後ろ姿を零は頼もしげな表情で見送った。
摩莉は有言実行に相応しい戦果を上げ決勝に進んだ。そして第三試合の宵月茜も同じように決勝へ勝ち進んだ。
決勝は一高2名・三高・二高の戦いとなり、上位独占はほぼ現実になっていた。
「服部、この試合どう見る?」
沢木は試合開始の合図を待つ間、零の隣に座る服部に意見を聞いてみた。
「いくら〈バトル・ボード〉で無双した渡辺先輩でも、宵月先輩には勝てないだろう。なんせあの〈宵月家〉の直系なんだからな」
「俺も服部の意見に同意する。だが渡辺先輩にも頑張ってほしいのは事実だ。どこまでついていけるか。渡辺先輩の腕を見させてもらいたい」
零は2人の佇まいから、どのような表情をしているのか観察していた。
3人の予想通り、宵月茜は摩莉を圧倒した。余裕の優勝を果たし、三年連続〈ミラージ・バット〉優勝を決めた。しかし負けたとはいえ、摩莉も他の選手とは次元の差とでも表せるような点数を叩き出し準優勝を果たした。
これで零の担当選手の勝利記録が途切れたが、本人は気にしていない。そんなもの只の記録であって、生きていくなかで必要になることはない。
卒業後は魔法大学や防衛大には行かず、四葉を継承する予定なのだから尚更だ。
最終日の夜は後夜祭がある。この大会中に相手を射止めた少年少女達は、大会スタッフの気配りを素直に受け入れてダンスを踊り始めた。気配りなのか初々しい少年少女の様子を見て楽しみたいのか。おそらく半々なのだろう。
服部は七草先輩と踊りたいと言い出したので、絶賛口説き中だ。沢木は興味が無いのか自分から誘うことはなかった。
「沢木は踊らないのか?」
「踊らなければならない道理はないからね。零はどうなんだ?」
聞き返され肩をすぼめながら答えた。
「俺には婚約者がいる。他の女性と至近距離でいるわけにはいかないだろう?」
「その程度気にはしないと思うけどね。それに恋愛感情なんぞ持ってないのだから、ダンスの時ぐらい手を握っても問題はないよ」
爽やかな笑顔でなかなかかっこいいことを言うので、苦笑が浮かんでしまう。
この〈九校戦〉で明るくなったとよく言われる。確かにかなり表情が表に出るようになったとは思う。それは服部と沢木の優しさに心を揺さぶられた結果なのだろうが、決して悪いことではない。
「じゃあ、2人で誘いに行くか?」
「構わないが誰を誘う?」
「…肝心なところを忘れてた」
「なら、一緒に踊っていただけますか?」
2人で悩んでいると、鈴の音を鳴らすような声が聞こえた。振り返ると宵月先輩が立っていた。
「どちらとですか?」
「もちろん四葉君よ。沢木君、貴方と踊りたいって言っている子が一高のテーブルにいるから誘ってあげて」
指差す先にはこちらをチラチラと見る生徒が3人いたので、沢木は俺達に手を振って向かっていった。
「では行きましょうか宵月先輩」
俺が右手を差し出すと、少し顔を赤くさせながら手を取ってくれた。ダンスホールに入り踊り始める。ダンス自体苦手ではないが得意とは言えない。家の関係上ホームパーティーに呼ばれることが多々あり、そのために練習していた。
もちろんその相手は母だが…。
そのため今のように簡単なダンスであれば、相手に後れを取らずリードすることはできる。宵月先輩は流れるようなそれでもリズムに合わせて踊るので、俺の眼から見てもかなり美しかった。
「朧月との試合に向かう途中、俺の名前を呼びましたよね?何故先程のように呼ばなかったのですか?」
「…貴方に流れる〈血〉と関係があるわ」
俺の質問に重々しく口を開き答えた。その声は普段の鈴の音を鳴らすような美しい声ではなく、枷を付けられたようなそんな声音だった。
「〈四葉〉ではなく〈神谷〉のですか?」
「ええ。貴方の祖父《神谷宗士》と私の家系〈宵月家〉には深い関わりがあるわ。まず最初に、私は貴方のボディーガードになるために育てられた」
「…宵月先輩が俺専属のボディーガードに…ですか?」
驚くべき暴露に俺は驚きを隠せない。小声で話しているため周りで踊る生徒達には、ダンスミュージックにかき消されているため聞こえていない。
「貴方の祖父〈神谷宗士〉を引き取った〈神之宏幸〉は、〈宵月家〉の始祖。つまり私の曾祖父に当たる人物なの。〈宵月家〉は寿命が短いから、わずか50年間で既に当主は三代目だけど」
「それとボディーガードがどう関係するのですか?」
「曾祖父は〈神谷家〉の血筋を絶やさないことを望んだわ。国家に逆らうことになっても、友人の子供を守る道を選んだ。そして亡くなる前、遺言にこう残したわ」
『もし〈宗士〉が家庭を築き〈血〉が受け継がれれば、その子供・孫・曾孫・玄孫が続く限り、〈宵月家〉は〈神谷家〉の〈血〉を護り続ける』
「これが〈宵月家〉の存在理由であり、私が貴方のボディーガードと言った言葉の真実。信用できるかしら?」
「この世界に他人から聞いただけで信用できる情報など存在しません。しかし先輩の言葉は信用できます。何故なら俺に嘘をつくメリットが何一つありませんし、〈四葉〉を敵に回すことと同じですから」
ほんの少し苦笑を浮かべながら答えると、花のような少し恥ずかしげな笑みを浮かべてくれた。その後は普通に踊りテーブルに戻って一息ついたのも束の間。七草先輩と渡辺先輩に連行され延長戦をすることになった。
渡辺先輩は意外にも上手で驚かされたが、もっとも面倒くさかったのは七草先輩だった。
ステップが独特なのだが持ち前のリズム感が功を奏したのか。何故かミュージックとマッチしており、相変わらず不思議な人だと思わされた。
大会委員長の挨拶によって正式に〈九校戦〉が終了し、翌日の帰宅に備えて全員が早めに就寝することにした。
これにて2094年度の物語は終わりです。これからは2095年度に入りますのでこれからもよろしくお願いします。