新入生勧誘週間4日目の夜。達也は深雪が料理している間にソファーに座り、真剣な面持ちで話しかけた。
「【エガリテ】に参加していると思しき生徒を発見したか。証拠は?」
「赤と青の線で縁取られた白いリストバンドを、片手の手首に巻いていました」
「まさか魔法科高校に潜入しているとは。思い切ったことをやるな」
零自身、精霊から怪しげな生徒がいると報告を受け、その生徒を1週間監視してもらったっていた。その結果、特に変な行動をしている様子はないと報告を受けていた。今回達也が見た生徒がその生徒かどうかは分からない。だが用心することに越したことはないと、零は結論を出した。
「さすがに校内で【反魔法師団体】のような活動をするとは思えないが。渡辺先輩・七草先輩・十文字先輩が目を光らせているからな」
「その3人の目を盗んで活動するなど不可能に近いですからね」
「お二人とも食事の準備ができました」
「今行く」
2人はソファーから立ち上がり、深雪の料理が並べられたテーブルの席に向かった。
「四葉君」
新入生勧誘週間が終わった次の週のある日の放課後。零は達也と深雪の3人で廊下を歩いていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「壬生か。どうした?」
振り返ると顔見知りのセミロングの髪を、ポニーテールにした中々かわいらしい女子生徒がいた。両肩と左胸にはエンブレムがない。つまり達也と同じ二科生ということだ。
「司波君を貸してもらえないかな?」
「だそうだ達也」
「分かりました。それでは」
達也は壬生と呼ばれた女子生徒について行った。
「どうした深雪?」
「先程の方は、剣道部の壬生紗耶香先輩ですよね?」
「ああ」
先日の一件で達也が介入した剣道部と剣術部の乱闘の当事者であったが、敵意は感じなかった。
「妬いているのか?」
「そんなわけないじゃないですか!」
従妹を少しからかうと顔を真っ赤にして睨んできた。まあ、零自身恐怖すること自体ないのだが、顔を紅くして睨まれても、むしろ嗜虐心をそそられるだけだ。だからといって暴発させることはしない。
「それでどうした?」
「嫌な予感がするんです」
「どういうことだ?」
「確信はありません。達也兄さんの
深雪の心配は分かるが、そこまで深く考える必要はないと俺は思った。だが「女性の感」に侮れない部分があるのは事実だ。だからこそ俺は、深雪の心配を真っ向から否定はできなかった。
「今は気にしないでおこう。達也なら上手くやるさ」
俺は深雪の背中を軽く叩き、歩き出した深雪は俯かせていた顔を上げながら俺の後ろを歩き出した。
2人は生徒会室に行かず風紀委員本部に向かった。今日は生徒会が珍しくオフであるため、生徒会室は閉まっている。だが生徒会がオフであっても非番ではない。原則的に生徒会役員は放課後も学校にとどまり、雑務や課題をする時間に充てている。
「達也君は一緒じゃないのか?」
扉を開け部屋に入った第一声がそれだった。
余談だが風紀委員会本部の扉にも、生徒会室同様に静脈認証システムが採用されている。システムに記録されていない静脈であると扉は開かない。扉のノブに設置されているため、握るだけで解錠する仕組みになっている。
システムに記録されていない生徒がしつこく繰り返していると、微量の電気が流れて警告される。さらにしつこくしていると、上からタライが落ちてくる仕組みになっている。
何故一度除名された零の静脈が、システムに記録されているのかは疑問だ。生徒会長や風紀委員長が、犯罪に近い行為で記録させたとかしてないとか…。
バラエティー要素があるのは、委員長が楽しむためのものであるとかないとか…。
閑話休題
「達也は俺の同級生に連行されましたよ」
「連行?」
「剣道部の壬生です」
それだけで何を話しているのか察したようだが、それは零と深雪の反対の予想だった。
「部活の勧誘か」
「勧誘ですか?」
「14人もの生徒の総攻撃を一度も受けず、避け続けたのを間近に見たんだ。勧誘したくなっても仕方ないと思うがね」
確かに達也は忍術使い九重八雲の教えを請うているのだから、一般魔法科生徒10人程度の攻撃を避け続けるのは容易い。それだけの力量を目の前で見せつけられては、勧誘したくなる理由も分かる。
「まあそういうことで今はいませんよ」
零は風紀委員長のみが座ることが許される椅子に座り、風紀委員会に送られてきていた事務処理を始めた。零が委員長専用椅子に座ることを、摩莉と深雪は咎めなかった。
摩莉は事務処理が苦手な自分の代わりにやってくれるのだから、大きく文句は言えない。深雪は初めて見る風紀委員会本部の内装に見入っていたので、特に何も言わなかった。
いや、深雪の場合は風紀委員長になれる魔法力を持つ零に、座っていて欲しいという願望もあったのかもしれない。どちらにせよ何も言えない女子生徒が2人、零の手際の良さに呆気にとられていた。摩莉がすれば2時間かかる量を僅か30分で零は終わらせた。
「渡辺先輩、こちらは風紀委員長の印が必要になる資料です。念のために目を通しておいて下さい。終われば印鑑を押してこちらに置いてある資料と合わせて、事務室にお願いします」
積み重ねられた資料の厚さは、委員長印が必要な分を除いても軽く10cmは越えている。零の効率の良さがよく分かる仕事ぶりである。
「去年の春から思っていたが出来過ぎじゃないか?」
「当たり前なことをしているだけですよ」
「さすが零従兄様です!」
エキサイトしている人物が約1名いたが、ここはスルーさせていただく。
「生徒会を辞めてこっちにこないか?」
「俺の代わりに誰を入れるんですか?それに生徒会はよほどのことが起こらない限り、途中で役員を変更することはできませんよ」
いくらか本気の勧誘をやんわりと断りながら、零は重要度の低い事務処理を続ける。零の移動の話は何度も行われているやり取りだが、摩莉は諦めずに聞いてくる。まあ、それだけ零の処理能力が高いということなのだろう。一番の要因は風紀委員会のメンバーが、事務処理を全くできない(しないではない)ことだろう。
それなりにはしてくれるのだが、やったとしてもミスが多くまったく進まないという最悪の状態になってしまう。時には零が生徒会を休んで、達也と2人がかりで終わらせたこともある。
簡単に言えば、風紀委員会には脳筋しかいないということだ。
「達也が来るまでここでゆっくりさせていただきま…スー」
「話し終えてから寝ろぉぉぉぉ!」
摩莉の怒りが風紀委員会本部に木霊した。
数日後、恒例行事になっている生徒会での昼食を終え、食後のお茶を飲んでいると達也から苦言が放たれた。
「先日の壬生先輩の話から察するに、風紀委員会の活動は生徒の反感を買っているようです」
「それは仕方ないと言うべきかも知れないな。校内でも高い権力を有しているからそう思われてるんだろう」
「その通りだ。風紀委員会に所属していたからといって、進学が有利に働くわけではない。同級生からは、尊敬の眼差しを向けられることがあるかもしれんがな」
「でも校内で高い権力を有しているもの事実。だから権力乱用に見られることもあるの。正確には、そう印象操作している何者かがいるんだけどね」
その言葉に零と達也は視線を交わせる。
「それは反魔法師団体【ブランシュ】とかですか?」
「どこでその名前を!?」
鈴音が驚きの表情を浮かべ問う。
「噂の出所をすべて塞ぐことなどできません。それに実家の情報網を駆使すれば、容易に入手可能ですよ」
「…確かに四葉家の手を使えば容易でしょうね」
四葉家、正確には黒羽家の諜報能力は国内随一と言われるほど非常に高い。情報統制されていても入手することは容易い。
「【ブランシュ】の活動は過激ですから、魔法技能を評価してもらえず心に隙がある魔法科生徒。主に二科生を格好の手駒として使うでしょう。一高にいないとは言いきれませんので、生徒会の方でも注意だけはしておいて下さい」
上級生3人は素直に頷いた。それは四葉家直系や新入生代表などという地位や強力な魔法師からのお願いを聞いたのではなく、1人の人間としての危機感を抱いた結果だった。