討論会が今日の放課後に決まったのは2日前の放課後だ。翌日から有志同盟のメンバーの活動が活発になり、二科生への参加要請が数多寄せられ、特に放課後に一番勧誘されていた。
それは達也と深雪の友人達も例外ではない。エリカ・レオ・美月は、頻繁に声をかけられていた。そのせいかその日の夕方の〈アイネブリーゼ〉での会話は、苛立ちと疲労によって重かった。
「ということで、ストレスメーター振り切っちゃった」
果肉入りイチゴオレを音を立てて啜るエリカは、彼女らしからぬ行儀の悪さで皮肉っていた。零は過度な勧誘をしているメンバーを抑えるための警備をしていたため、勧誘されることはなかった。
一科生なのでそうそう勧誘されることはないだろう。去年の主席入学者であるから近付きにくいのかもしれない。ちなみに達也も零と同じように風紀委員として走り回っていた。
「エリカに便乗するわけじゃねぇけど腹は立つぜ。あれだけ何回も勧誘されると」
「そうですね。私の場合はサークルにまで勧誘されました」
眼鏡をかけて沈んでいる美月は断るのが苦手な性格なこともあり、今日の勧誘は相当堪えたようだ。
『量子放射光過敏症』
決して病気ではなく「知覚過敏」に近い症状であり、霊子が見え過ぎるただそれだけの症状だ。剣道部主将 司甲は美月と同じ視覚過敏に悩む生徒によって結成されたサークルに、参加しないかともちかけたのだ。
甲自身それのおかげで症状が改善されたらしく、美月が他人事には思えなかったようだ。勧誘方法が他のメンバーより穏やかすぎたため、達也が止めに入って難を逃れた経緯だ。
「どうせ明日の放課後に何もかもが決まる。それほど気にしなくてもいいと思うぞ」
零の一言で全員が安堵し、その後の空気は明るくいつも通りの楽しい一時となった。
友人達と別れた後、零は2人に真剣な話をしていた。
「明日の討論会で何が起こるか分からない。彼等のバックには【ブランシュ】が付いている。討論会で負けた場合、実力行使に出る可能性があるから気を引き締めてかかれ」
「そんなことがありえるのですか?」
深雪はそんなことがあって欲しくはないのだが、零が気にかけているのであれば信じたい。だが高校生を使って彼等がそんなことをするとは思えなかったのだ。
「警戒することに越したことはない。せずに怪我をしたら元も子もないからな」
零の眼を見て2人はしっかりと頷いた。
そして翌日の放課後。討論会が行われる時間の15分前、生徒会役員及び風紀委員は警備の配置を完了させていた。
そして今は舞台裏から講堂を眺めている最中だ。
「思った以上に入りましたね」
「予想外と言うべきかな」
「暇人だな」
「学校側にカリキュラム強化を打診、いえ申請しましょうか」
「…市原、笑えない冗談はよせ」
それぞれの意見が漏れるが実際その通りだろう。一科生と二科生の割合は5分5分であり、双方ともに興味があるのだろうか。全生徒の7割近くが集まっているようで、ほぼ全部の席が埋まっている。
そして目視で確認できる中に、お揃いのリストバンドを着けた生徒がちらほらと見える。意味を理解しているのかしていないのかどちらでも構わない。だが気分が悪くなるのは確かだ。
「零従兄様、どうされました?」
零が講堂ではなく、外を見ているような焦点の合わない眼を向けていたので、深雪は気になって聞いた。
「精霊がやや慌ただしく動いている。何かに怯えるいや、違うな怒っている。そんな感じだ」
その場にいた全員が眉をひそめる。古式魔法に長ける零が言うのだ。嘘をつくはずもなく嫌な予感しかしない。
「でも今はこっちだろうな」
零が視線を元に戻すと真由美の演説が始まった。
討論会はもはや真由美の独壇場であり、それなりに考えてきた有志同盟のメンバーらの異議を的確に反論し、逃げ道を塞いでいった。真由美が演説を締めくくると講堂からは、割れんばかりの拍手が惜しみなく送られた。
「何も起こらなかったな」
「精霊が騒いでいたのは何故でしょう」
「さあな俺にも分からないことはある」
安堵したのも束の間、突如轟音が鳴り響き講堂を大きく揺るがす。それを合図としてか有志同盟メンバーが動き始める。
「委員長!」
「っ取り押さえろ!」
達也が叫ぶと同時に、摩莉が音声ユニットを口に当てながら命じる。零は舞台に上がっている4人を牽制し、達也は動き出したばかりのメンバーを取り押さえる。それと同時にガスマスクを付けて武装した兵士またはゲリラが、講堂の横に設置された非常口から5人が入り込んでくるが、講堂に入った瞬間に首を抑え倒れた。
零が風の精霊を使い、マスク内の酸素を根刮ぎ奪い取ったのだ。だがこれで終わりではなかった。窓枠から紡錘形の物体が跳び込んできた。着地と同時に白い煙を吐き出すが、煙もろとも外に運び出された。眼で服部を労い達也、深雪を連れて講堂を出る。
「3人とも待て!」
「危険よ戻りなさい!」
2人の上級生に止められるが構わず走り外に出る。外は既に乱戦模様であり、生徒が敵味方に分かれて戦っている。実技棟に向かっていると、達也の友人が5人の兵士と対峙していた。
「レオ、無事か?」
「おうよ達也。で、これはなんだ?」
「ゲリラが侵入した。正面の方は職員が応戦してるし、敵の数も少ないからすぐに駆逐できるはずだ」
「レオー!」
遠くから赤髪の友人が走り寄ってきた。どうやらCADを事務室から特別に返却して貰ったようだ。
「目的は何でしょうか」
「図書館だろうな。ここからなら国が保管している機密文献や文書にアクセスできる」
「どうしますか?」
「達也とレオは、美月・ほのか・雫の保護を頼む。エリカ・深雪は一緒に図書館に来てくれ」
それぞれが頷き、3人と2人は反対方向へ駆け出した。
到着した図書館内は静まりかえっていた。
「人の気配が敵の以外ないね」
「撃退されたんだろうな。あっちは陽動でこちらが本命。どうやら腕前は、こちらのほうが数段上のようだ」
エリカの独り言に応えながら、零は精霊を介して意識を広げる。
《視覚同調》
古式魔法の上位魔法の一つであり、五感を精霊と繋げて視覚を共有する魔法だ。今回は眼だけをリンクさせたが、その気になれば全てをリンクさせることができる。大分類として《感覚同調》があり、そこから五感を同調させることでそれぞれの感覚を強化できるのだ。
「二階特別閲覧室に4人、階段の登り口に2人、登り切ったところに2人か」
「零さんがいたら待ち伏せの意味ないね。絶対に敵に回したらダメな人…」
精霊を介して駅の位置を確認して2人に話していると、なかなか失礼なことを言ってきた。ならば尻拭いをしてもらうのが筋だろう。
「このまま不意打ちはできるが。エリカ、やりたいんだろ?」
「げっ!…バレてた?」
「闘志丸出し過ぎる。深雪も感づいていたぞ」
首を縮めるところを見ると自覚はあったようだ。ならばより尻拭いをさせなければならないと思った。
「やらせてもらえるなら有り難くいただきます!」
自己加速術式で階段へ肉薄したエリカは、伸縮警棒を伸展させて背後から振り落として気絶させた。無駄のない洗練された動きは、人を殺めることが簡単にできるものだというのに、美しいと思ってしまった。
同胞が床に倒れた音で侵入者に気付いた2名の生徒は、刀を躊躇なくエリカに振り落ろす。
「ここは任せて!」
「気をつけろよ。行こうか深雪」
「はい、零従兄様」
《跳躍》の魔法式を用いて二階特別閲覧室に向かう。部屋に入るための扉はとてつもなく頑丈に造られており、対戦車ロケットの直撃にもなんなく耐える特殊複合装甲だ。といっても零からすれば薄っぺらい紙と変わりない。〈ブラッディ・ローズ》を構えて魔法を発動させる。王水を気体化させて壁に付着させると、ものの数秒で扉は溶け始める。
たとえ、特殊複合装甲でも魔法によって酸性が強化された王水には勝てない。溶けた扉の隙間から、奥で作業をしている男の手元に狙いを定めて雷の精霊を送り込む。すると正方形の物体であるハッキング・キューブはショートしたことで機能を停止させた。
「これでお前達の企みは潰えた」
零の声音は普段と変わりがないのだが、淡々と告げられては拒絶されているかのように感じる。紗耶香の背後で悲鳴が上がる。何が起こったのか沙耶香が振り返った。そこには拳銃を握る右手が紫色に変色しているスパイがいた。
「愚かな真似はやめなさい。私がお従兄様に向けられる害意を見逃すことなどありません」
その口調は丁寧だが余計に恐怖を感じた。
絶対に逆らってはいけない。
開けてはいけない蓋を開けてしまった。
「壬生、これが現実だ。誰もが等しく優遇される《平等》な世界、そんなものは存在しない。もしそんなものがあるならば、それは誰もが《平等に冷遇された》世界。《平等》なんていう美しい理念は、縋り付くことを許されても依存することは許されない」
「…どうして?どうしてよ!差別をなくそうとしたのが間違いだと言うの!?貴方の弟も不当な扱いをされたはずよ!誰からも馬鹿にされてきたはずよ!」
紗耶香の心の叫びが零にも深雪にも痛いほど理解できた。それは達也がいるからこそである。だが余計にそれが腹立たしいのだ。誰からも認められない。認められないのは、自分の力不足ではなく周りに原因があるのだ。そんな思い込みがここまで紗耶香を走らせた。
「「俺(私)は達也(兄さん)を蔑んだりはし(ません)ない」」
「たとえ私達以外が兄さんを中傷し誹謗し蔑んだりしても、決して私は蔑んだりしません」
「達也が出来損ないなのは誰よりも俺達が知っている。達也自身も分かっている。だが達也はそれでも魔法を学ぶことを選んだ」
深雪と零の言葉には、達也に対する愛情が溢れるほど含まれていた。「同情」ではなく「愛情」。何より大切な従弟、兄を突き放すことなど2人には出来ない。
「結局壬生を〈ウィード〉と二科生と蔑んで差別していたのは壬生、お前自身だ」
反論などできない。考えたくなかった。だがそれは自分が「自分自身」を見下していたことを証明していることに他ならない。自分は誰かのためみんなのために動いただけなはずなのに、その言葉が耳に入ると意識が漂白される気がした。
「壬生、指環を使え!」
今まで紗耶香の後ろに隠れていた無様な男達は、床に何かを叩き付けた。安全ピンが抜けた音と共に白い煙が発生する。そしてそれと同時に聞こえる耳障りな不可聴のノイズ。それは魔法の発動を阻害する〈キャスト・ジャミング〉の音だった。
3つの足音が聞こえる。少し重たい2人の足音の前に移動し、両手掌底打ちが2回肉を打ち抜いた。零の眼は閉じられたままであり、正確に攻撃を当てる技量は恐るべきものだ。2人と比べて軽い足音が遠ざかっていくのを、2人は耳にしていた。
「壬生先輩を放っておいてよかったのですか?」
「無理して魔法を使わなくてもどうせエリカが捕まえてくれるさ。俺は今から文献が盗まれていないか確認するから後ろを頼む」
「お任せ下さい」
零は深雪の頭を二、三度撫でた後、キーボードを猛烈な勢いでタイピングし始めた。その様子を深雪は微笑ましそうに見ていた。
メイン執筆している『魔法科高校の劣等生~双子の運命~』を完結させるために一時こちらを休載させていただきます。ご迷惑をおかけしますが何卒ご容赦下さい。