お兄様の言う通り、エリカが壬生先輩と対峙して確保してくれました。立ち合いでエリカの佇まいから、渡辺先輩と似た剣技を見て動揺した壬生先輩を、エリカが本気を出させたことに感謝して勝負したという経緯だそうです。
そして今は気絶した壬生先輩を保健室まで運び、目の覚めた後関係者で事情聴取を行っているところです。
「つまり去年、騒ぎを起こした剣術部と剣道部のいざこざを沈めた渡辺先輩の剣技に感動して、指導を頼むとすげなくあしらわれた。それは二科生だからという理由で拒否されたと思い、自暴自棄になり司先輩の考えに同感し、今回の騒動に加わったということか?」
「そう」
俺が簡潔にまとめると壬生は素直に頷いた。気持ちは理解できるが、俺は納得がいかない。何故なら渡辺先輩は一科生と二科生の溝を埋めることを、第一目標に高校生活を送っている。壬生が二科生だということで指導を断るはずがないのだ。
「そういうことらしいです。渡辺先輩、そんなことはしてませんよね?」
「ああ自ら望む風潮に差別を助長させるようなことはしていない。壬生、私はすげなくあしらっていないはずだ。確か私はあの時こう言った。『今の私ではお前の相手にはならない。自分の実力に似合う相手を選べ』と。違うか?」
その言葉を聞いた壬生は混乱に陥ったらしく、挙動不審になり情緒も不安定になっている。
「つまり摩莉は『壬生さんの方が力は上だから辞退する』と言いたかったの?」
「その通りだ。壬生が入学した頃には、剣技の腕が私より格段に上だったからな。今でも勝てる気はしないさ。そりゃ魔法をからめて使用すれば勝つかもしれんが、純粋な剣の腕でいえば壬生の方が明らかに上だ」
「なんだ私バカみたい…!勘違いで1年間を無駄にして!渡辺先輩のこと誤解して!挙げ句の果てに【ブランシュ】の手引きまでして!」
「無駄ではありません」
「え?」
嗚咽を漏らしていた紗耶香は、突然の自分の気持ちとは反対の言葉が投げかけられたことに理解できずにいた。その発言に零・深雪を除く全員が驚いていた。
「エリカが演舞の時の壬生先輩の剣技を見て言っていました。中学時代、『剣道小町』と呼ばれていた頃の先輩の剣とは別人のように強くなっていたと」
紗耶香は驚き反対側に立っているエリカに視線を向ける。するとエリカは紗耶香の瞳をまっすぐに見つめ頷いた。
「恨み・憎しみで身についた強さは褒められるべき『強さ』ではないのかもしれません。それでもそれは紛れもない先輩自身の『強さ』です。自分の手で高め、自分を導いた先輩自身の『強さ』です。大切な人を守る。自分の命を守れる。それができるなら、哀しみで強くなってもいいじゃないですか。恨みに凝り固まるではなく、嘆きに溺れるでもなく、自分を磨き続けたこの1年は無駄ではなかったと思います」
達也の言葉に紗耶香は心を揺らされ1年間の苦しみ、血のにじむような努力をしてきて良かったと思えたのだろう。達也の胸に顔をうずめ嗚咽を漏らしながら泣いた。
事情聴取後、関係者はこの後の方針を決めかねていた。
「問題はこのあとどうするかですが」
「まさか乗り込むつもりか?」
「それ以外に何があるんです?当校の生徒が被害を受けているんです。それに友人・達也・深雪を巻き込みました。許容できる話ではありません」
「危険だ。学生の分を超えている」
「私も反対よ零君」
先輩方の言い分はもっともだが、俺は聞く耳を持うつもりはない。自分達の生活を邪魔する奴等は徹底的に潰す。それが俺「四葉零」のやり方だ。
「わかっています。これは学生の問題ではなく、国の問題ですから。ですが学校に押し留められようと俺は動きますよ」
「…それは〈十師族〉に名を連ねる者としての役目か?」
十文字先輩は俺の眼をまっすぐに見て、「四葉零」という魔法師を見る。俺の覚悟ではなく、魔法師としての立ち位置や自分のあるべき姿を見ているのだ。
「ええ。それに外部から中途半端に介入されればこちらの不利になりかねません。それとも壬生をテロ組織の誘導と手引きの罪状で逮捕させるおつもりですか?」
俺の言葉に上級生は押し黙る。マインドコントロールを受けていたとしても、当校の生徒が関わっていることの事実は変わらない。こちらが敵を殲滅させれば、壊滅するための誘導と言い訳もできる。
「それともう一つあります」
零は5人に背を向けて窓に歩み寄る。
「零兄様?」
深雪の問いかけに答えずカーテンを引き窓を開ける。するとそこには剣術部の騒ぎを起こした桐原が立っていた。突然のことに桐原も何が起こったのか分からないようで、固まって直立不動になっていた。
「俺だけではなく、こいつの個人的感情も考慮しての発言ですよ。桐原、来るだろう?」
「当たり前だ。壬生を誑かした奴をぶちのめす!」
「ということです。別に死にに行くわけではなく、ただ締めにいくだけですよ」
真由美や摩莉は止めない。いや、止められないのだ。静かに怒る零の後ろに、炎の如く燃える想子の荒々しさを感じて。一番近くにいる桐原も同じように怒っているからか、まったく恐怖を現していない。
「達也、お前は学校に残って残党を始末しろ。七草先輩と渡辺先輩もお願いします。深雪・エリカ・レオ、お前等には来てもらう。拠点でやるべきことがある」
「車を出す代わりに俺も行かせてもらう。だが拠点が分からないのであれば不可能だぞ」
「その点はぬかりなく。逃走した手下に精霊を貼り付けていますから、それを追えば発見が可能です」
10分後、6人は拠点へ向かった。
夕焼けに染まる空の下を、1台の大型オフローダーが工場の跡地の門を突き破った。
「四葉、お前が考えた作戦だ。お前が指示を出せ」
「エリカとレオは、逃げようとする奴等の拘束と工場の周りの茂みに隠れている手下の駆除。会頭と桐原は裏口から。俺と深雪は正面突破します」
全員が頷いたところで配置につく。
「深雪、怖いか?」
零は怯えているように深雪が見えたので、不思議に思い問いかけた。
「いえ、ただ嫌な感じがしただけです。こう何か自分達の動きを観察しているような視線を」
深雪の言葉に零は眉をひそめた。自分では何も感じなかったが深雪は何かを感じたらしい。意識を周囲の木立に向けるが、来るときから隠れているゲリラ以外何も感じない。
深雪の感じた『何か』とは、これ以外の視線なのだろう。だが今は拠点を制圧するのが先だ。
「行くぞ深雪」
「はい」
錆びた扉を押し開き中に入る。
中はかなり昔につぶれたらしく風化が酷かった。床のタイルは剥がれてコンクリートが露出し、壁のペンキは風が吹き抜けるだけで剥がれていく。常夜灯だけが怪しく僅かに光っているのは、非常時の発電機が生きているからなのかもしれない。十中八九、【ブランシュ】が拠点とするために、一時的なものとして設置されたのだろう。
遭遇は思った以上に早かった。扉を開けた後、廊下らしき通路を道なりに進む。大きな扉を開けるとそこにいた。
「ようこそ我等、【ブランシュ】の拠点へ。君と後ろの美しい女性は、四葉零君と司波深雪君だね?」
年齢は30歳前後で以外に若い男だ。眼鏡ををかけ紫の髪は男が汚れていることを示しているようだ。
「お前が【ブランシュ】のリーダー司一か。念のために通告しておこう。全員、武器を捨てて両手を頭の後ろに組め」
「魔法が全てだと君は言うのかい?魔法など必要ない。必要なのは平等な世界だ」
「反吐が出る」
「何?」
辛らつな言葉に笑顔を浮かべていた一は聞き返す。
「平等な世界などありはしない。全てが平等な世界を造ったとしても命令は誰が下す?法や処罰を決めるのは誰だ?率いるのは誰だ?」
「…そんなもの全員で決めるのだ!」
「毎度毎度全員で決めるのか?効率が悪すぎる。なら能力のある者が優遇される世界のほうがマシだ」
「それは君に能力があるからだろう?無い者は救われない。四葉零我々の仲間になるがいい!」
一は眼鏡を外して髪を右手でかき上げ、怪しげに光る眼を零に向けた。零の表情が無表情になる。
「これで君も仲間だ。はははははははは...「意識干渉型系統外魔法《邪眼(イビル・アイ)》。と称してはいるが、実際は光を相手の網膜に投射する光波振動魔法単なる光信号だ「何故かからない!?」」
「お前が放った振動とは真逆の振動を発しただけだ。振動が中和されれば効果は出ない」
魔法を先に発動されていたのもかかわらず、零がほぼ同時に発動させれたのは彼の処理能力の高さによるものだ。
「貴様!」
「二人称は『君』じゃなかったか?大物ぶっていた化けの皮が剥がれているぞ。この魔法で壬生の記憶を弄ったのか汚い真似をする」
「この、外道共がっ」
深雪の怒気に、司一を含む火器を装備しているメンバーが後退りする。
「ひぃぃぃぃぃ!」
一はついに逃走を開始した。部下の間をぬって奥の扉へと向かうのを哀れな眼で見送り零は歩き出す。零が何もしていないにもかかわらず男達は道を譲る。
気付いたのだ。自分より強い「生き物」が目の前にいると。本能的な恐怖を呼び起こし、自分の意思とは反対に道を譲る。そしていつの間にか自分の足が床と一体になり、動かないことに気付いた。
「深雪、ほどほどにな。お前の綺麗な手を汚すほどの敵ではない」
「そ、そんな綺麗だなんて///」
火器を持ち氷付けになっている30人の男達の前で、顔を真っ赤にして悶える美少女。場違いな絵面を気にする者。いや、できる者は1人もいなかった。
零は深雪の精神HPを満タンにしてから一を追った。
扉の奥は短い通路がありその先に小さな部屋がある。おそらくこの工場が稼働していた頃、工場長が仕事をしていた部屋なのだろう。
通路には窓があり、割れた窓ガラスの隙間から夕日が差し込んでくる。外からは悲鳴とレオの雄叫び(咆哮?)が聞こえてくる。悲鳴はエリカに攻撃された痛みに対するものだろうか。レオも楽しんでいるので好きにさせておいてもいいだろう。
扉を開ける前に風の精霊に行動させる。扉を開けると小規模な爆発が起こり、部屋の四隅にいた男4人が悲鳴を上げ転げ回っている。発砲しようとした瞬間に銃が根元で爆発したのだ。銃口の先から空気を送り込み、銃弾が発射できないようにしておいたのだ。行き場を失った空気の圧力に耐えきれなくなった銃身が、木っ端微塵に吹き飛んだことで怪我をしだ。
「残念だな部下もおらず魔法も通用しない。チェックメイトだ」
「クソ!いるんだろ?!助けろよ!お前の言う通りに行動したじゃないか!」
突如叫び始めた。最初は恐怖故に狂ったのかと思ったが、言葉があまりに具体的すぎる。
「何を言っている?」
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
問いかけると、一の背後の長方形の扉が対角線に沿って切られ崩れる。
「よう四葉、やるじゃねえか。で、こいつは?」
現れたのは友人の桐原だった。
「【ブランシュ】日本支部リーダー、司一だ」
「こいつか。壬生を誑かしやがったのはぁぁぁぁ!」
高周波ブレードを振り下ろす瞬間、桐原の表情は憤怒で染まっていた。
「うぎゃぁぁぁぁ!」
一が無意識で掲げた右腕を高周波ブレードが簡単に切り裂いた。
「あぎゃぁぁぁぁ!うぅぅぅぅぁぁぁぁ!」
五月蠅いので傷口を止血してやると気を失った。そしてそのまま特化型CADを自分の背後に向けて魔法を放つ。
工場の外へ出るとら何十体ものゲリラが呻き声を上げて地面に屈服している。エリカとレオが殲滅させたらしい。
「全員生け捕りか?」
「問題ないっす」
「全員生け捕りにしましたけど、妙な生き物が北へ向かいました」
「エリカ、妙って?」
言葉の使い方に疑問を感じた深雪が質問をする。エリカもよく分かっていないらしく首を傾げるだけだ。
「レオは見なかったのか?」
「すいません捕まえるのに必死で気付きませんでした」
「構わない2人が無事ならそれでいい」
答えながら北の方角を見る。そこには何処にでもあるような松の木が生い茂っているだけだ。
零が工場の外に出る少し前、工場の外の木の枝から中を見ている影があった。
さすが四葉家と言ったところか。この程度でやられるわけがないのは分かっていたから気にしないが。
「楽しみにしておけよ四葉零」
男は魔法で姿を変えて北に向かって飛び去った。