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二度目の〈九校戦〉とはいえ、緊張もするし興奮もする。
だが何より面倒くさいのは選手選抜である。誰をどの競技に出場させるかは、得意魔法や性格で変わる。また他校がどのような作戦を企てるかによっても変化する。作戦は上級生が主に考えるので、出場選手はしばらくの間その競技の練習をしていればいい。だが作戦立案と競技練習の両立は大変である。
それも生徒会役員であれば尚のこと…。
1学期の定期試験が終わり、教師陣を悩ませる成績を叩き出した一部の2年生と1年生以外は、そんなことが起こっているとは露知らず。テスト明けの日常を楽しんでいた。
出場選手決定が目前に迫りながらも、生徒会は重い空気に包まれている。その元凶は真由美の独り言の呟きからなのだが、去年も同じようなことを経験している零や摩莉は、声もかけず黙々と箸を動かしていた。
声をかけるべきか迷っている深雪と達也を無視して…。
ちなみに鈴音は、よく冷えた麦茶を行儀よく飲みながら我関せずを決め込んでいる。
閑話休題
「それで会長、エンジニアの不足はどうされますか?」
重い沈黙に耐えきれなくなった深雪が、ついに真由美へ助け船を出した。いつもの半分ほどの速度で箸を動かしていた真由美は、眼をキラキラさせながら顔を上げた。構ってもらえたことが嬉しかったのか。あまり宜しくない表情だ。
実際、深雪は少しだけ引いている…。
「どうすると言われてもねぇ。全学年ともにエンジニアを任せられるほどの腕がある子が少ないから…」
「中条や五十里でも足りませんか?」
「せめてあと1人は欲しいところなの」
零は自分の出場種目以外であれば、その日の全員のCADを調整することは可能だ。しかし、それではあまりにも負担が大きすぎるということでほぼ却下されている。零自身は平気なのだが、善意を無碍にするわけにはいかないので反論はしなかった。
「では達也君はどうかな?」
「ほえ?」
予想外の名前に謎の言葉を発した真由美は、摩莉と達也を交互に見ながら頭で理解しようとしている。
「達也君が風紀委員会に入ってから、風紀委員本部に置かれているCADの調整は彼がしている。委員達からの評価も三つ星相当だ」
「盲点だったわ!生徒会は司波達也君のエンジニア参加を推薦します!」
それは零からしても深雪からしても嬉しいことだが、問題は担当される選手達の心だ。
「達也が参加するのは喜ばしいことです。しかし問題は一科生の感情的な問題ですね」
「私も嬉しいですが零兄様と同じ意見です」
「確かに2人の言い分はもっともだな」
摩莉はその問いかけに嘆息する。1年生の間には未だに壁が存在する。2年生や3年生は零のおかげか壁はそこまで存在しないが、少なからずしこりは残っている。
エンジニアと選手の間に信頼関係がなければ、まともな戦果は得られない。何より危険なのは魔法技能の喪失だ。下手なチューニングをされれば、最悪命の危険にも関わる。
「実際に参加を拒否する生徒の前で、チューニングをさせればよいのではないのですか?」
今まで我関せずを決め込んでいた鈴音が、確実性のある打開策を掲示してくれた。
「それならば問題ありませんね。達也、お前の能力を見せるときだ」
「もちろんです兄さん。期待を裏切るような柔な精神はしていませんよ」
仲の良い2人に深雪は微笑ましげに、残りの3人は温かく見守っていた。
達也のエンジニア参加でなんとか最低限の確保はできたようで、〈九校戦〉準備は一気に加速した。
二科生参加に反対する一科生が1年生に多く、放課後での話し合いは重い空気になった。そこで十文字の掲示した『実際に調整させればいい』という言葉で全員が納得した。
結果、達也は桐原のCADをなんなく調整させ信頼度を高めた。達也の調整能力はそこらの魔工師より上である。これぐらいのことができて当然なのだ。
反対していた生徒が渋々納得したのは、達也と桐原の関係を知っていたからだ。本当に調整できていなければ、桐原が達也をかばうはずがないということがわかっていたのもある。
桐原と達也の関係を中途半端に知っていれば、そんな風に思っただろう。だがあの事件以来、2人は友人としての地位を確立させている。今では世間話を楽しそうにするほどの仲だ。
「エンジニアとして担当することになった司波です。CAD調整以外に作戦立案、また訓練メニュー作成にも関わります」
「エンジニアは女の子が良かったなぁ」
「僕はどっちでもいいよ。ちゃんと仕事をしてくれればね」
「ちょっと2人とも失礼よ!」
教室の一室で達也が担当する選手に自己紹介したのだが、案の定否定的な意見が出て、零はため息を吐いた。高校生にして未だにこんなことで我が儘を言うとは情けない。それが本音だが、口にするべきタイミングではない。
「口を挟んで申し訳ないが、そんなことで文句を言うなら今すぐ代表を降りた方がいい。そんな生半可な気持ちで出場されては最上級生に失礼だ。選出した生徒会を冒涜することになる。それでも同じ言葉を全員の前で言えるのか?」
窓際で腕を組み、目をつぶっていた零がもたれたまま紡いだ言葉は重い。我が儘を言った女子生徒2人は俯いてしまう。達也も雫もほのかも何も口に出来ない。それだけ零の言葉が重かったのだ。
「生徒会に対して反抗的な態度を取るのはまあ許そう。だが達也を冒涜するのは誰であっても許さない。それは同じ一高生であっても深雪の友人であってもだ」
「従兄さん、俺は気にしてないからもうその辺りで」
達也にお願いされて零は正気を取り戻し、達也とこの場にいる全員に謝った。
「すまない身内のことになると熱くなってしまうんだ。なるべく抑えるようにしているんだけどね」
「零さんは何も悪くないです。それだけ2人を大切だと想っている証拠ですから」
「ほのかと同意見」
「こちらこそすみませんでした!」
「今のような言葉は二度と使いません!」
4人に謝られ零は穏やかな笑みを浮かべる。それを見た女子生徒3人が顔を真っ赤にさせ俯いてしまった。残り約1名は、いつもの顔と真っ赤にした顔のどちらかにするか迷ったような表情をしていたが、ここでは誰とは言わない。
「…じゃあ始めようか」
深雪に見られたらブリザードが吹くと気付いた達也が、軌道修正を図る。全員がその意図に気付き、軌道修正が完成した。その後の会議は問題なく進み、空気は軽くなっていた。
その日の夜、久々にある人から連絡が入った。
『久しぶりだな特慰』
「その話し方だと秘匿回線ですか?毎度毎度一般回線に割り込む時間があるのであれば、他のことに時間を割くべきではないでしょうか」
『うぐ…相変わらず容赦ないな特尉は』
余程のダメージだったのだろうか。額に汗が噴き出ているが別に間違ったことを言っていないのだから、気にしなくても問題ない。
「それでご用件は?」
『達也と妹が〈九校戦〉に出ることは当主殿から聞いた。そこで耳に入れていて欲しいことがあってな。会場は富士演習場南東エリア、これは例年通りだが…気をつけろよ
名前で呼んだということは、それほど重要な話なのだろう。握る拳に自然と力が入る。
『該当エリア付近で不穏な動きがある。施設への侵入の痕跡や犯罪シンジゲートらしき構成員が、近隣で目撃されている。実に嘆かわしい話だ』
「時期的に〈九校戦〉関連で間違いないと?こちらでも警戒しておきます」
『よろしく頼む。その犯罪シンジゲートと言ったが、壬生によると【
「ありがとうございます」
敬礼をすると映像電話は切れ、そのまま後ろのソファーへ座る。
「「従兄さん(お従兄様)…」」
零が悩んでいるように見え、2人は兄を呼ぶことしか出来なかった。
「心配するな。2人には手は出させないよ」
穏やかな笑みを見て2人は顔を見合わせて微笑んだ。
壬生のお父上か。まさか内情にいたとは予想外だが、あの時の様子からすると信用する根拠にはなるな。
指を組みながら考え事をしている間に夜は更けていく。
深夜、新しい魔法が完成し偶然訪れていた2人に囲まれる。
「さすが従兄さん!」
「誇りに思いますお従兄様!」
「ありがとう2人とも。不可能だと言われていた魔法が、2人のおかげで完成できた。本当にありがとう」
2人を優しく抱き寄せる零の様子は、決して外では見せない。2人だけにしか見せない本当の感謝の気持ちだ。達也の顔も嬉しそうであり、深雪に限って言えば泣きついている。
「明日FLTに持って行くから2人は留守番していてくれ」
「「わかりました」」
零は極力あの場所に2人を連れて行きたくない。2人の父が経営しているのだから会う可能性がある。
2人はあの人を父親だと思いたくもないというより、いなかったことにしている。それだけ生理的に拒否しているのだった。
翌日、交通機関を利用して2時間かけて赴く。
「あ、御曹司!」
「おはようございます牛山さん、飛行デバイスをお持ちしました。早速テストを始めましょう」
「「「「よっしゃああぁぁぁ!!!!」」」」
その他の研究員もやる気がみなぎっている。それもそのはずだ。なにせ実現不可能と言われていた空を飛ぶ方法が、魔法で可能になったのだから。
テストは良好。販売までの道のりはまだ少しあるが、それでも一歩ずつ近付いている。手応えを感じて帰路についていたのだが、ゲートあと一つのところで足を止める。四葉を知る人物の中で、一番会いたくない人物と鉢合わせして眉をひそめてしまう。
「…お久しぶりです社長」
「礼儀がなっていないぞガキが!」
「まあそう言わずに
激高した山県と呼ばれた秘書をたしなめる男は、達也と深雪の実父である司波龍郎である。ついでに言えば、FLTの筆頭株主だ。
「ですが山県さんの言い分も分かります。零、少しぐらいは立場をわきまえろ。お前を雇っているのは会社の利益になるからだ。それ以外に理由はない。私の前から即刻立ち去れ。貴様のような呪われた血と同じ立場にいたくない」
「かしこまりました。失礼します」
文句を言わずに横を通り立ち去る。
「まったく最近の若い者は礼儀がなっていない。あれで本当に四葉の直系なのでしょうか」
「そう言わないであげて下さい。ですがあのような輩がこの会社にいるのは不本意だ。しかし会社の売り上げを伸ばしてくれることだけは感謝していますよ」
「くくく。相変わらず毒舌ですな社長は」
これ見よがしにわざわざ聞こえるような声で話しているのが、余計癪に障る。
真夜が何故このような人と婚約したのか気になるが、真夜でも見抜けない分厚い皮を被っていたというのが実体だ。龍郎はおそらく真夜が美人で近付いただけであり、恋愛感情など抱いていなかった。欲を発散するだけの道具にしていたのだ。
それが分かるだけで嫌悪感が湧いてくる。関わりたくないのだが、この仕事場から離れたくない。牛山主任や研究員達との関係を切りたくない。だから我慢して今もここに来ている。
真夜や四葉関係者は、零が龍郎からどのような扱いを受けているのか知らない。
それは達也も深雪も例外ではない。
だから変わらずFLTに出資を続けている。龍郎に運営能力はほぼなく、第三課のおかげで成り立っているのをいいことに零へ理不尽極まりない要望も出す。
「っ!」
嫌なことを思い出し、サイオンが活性化してしまったことで会社の壁が焦げる。
「早くここから独り立ちしないとな」
零の高校生らしない願いは、初夏の空に吸い込まれた。
俺は珍しい波動を感じ、発生源に向かって廊下を歩いている。今日は個人の練習が早く終わり、校内を歩き回っていたのだが。偶然おもしろいのを見つけたので、その方向へ向かっているという経緯だ。
「きゃ!」
女子生徒が声を出して座り込み、その
「落ち着け。今ここでやりあうつもりはない」
「あ、あなたは…」
「初めまして吉田幹比古。俺は四葉零だ。達也から君のことは聞いている」
「零さん…」
魔法師でもそうでもない者にも通じる降伏の意味を示す。両手を挙げながら硬直している幹比古に声をかける。
「貴方が達也の兄の零さんですか。確か古式魔法が得意だとか」
「間違いではないが現代魔法と同じぐらい使えるだけだよ。今のは喚起魔法を使用していたようだが」
「その通りです。水の精霊を使って喚起魔法の練習をしていたんです。でも集中力が足りません。柴田さんが声をかけただけで攻撃してしまいました」
「確かに集中できていなかったかもしれないが。逆に言えば周囲を警戒しながら魔法を行使していたということだ。気にしなくてもいいと思う」
座り込んだままの美月をほっといて、2人は会話を続けてようやく気がついた。
「美月にはどんな風に見えた?俺は青系統の色調の光の球が見えただけだが」
「私も同じです。色の濃淡あるものが沢山見えただけですよ」
「色の違いが見えた!?」
大きな声を出して幹比古が美月の目をのぞき込む。その距離はもはやキスをする寸前だ。
「美月の場合は確か《水晶眼》と言ったかな。水精の力量の違い、性質の違いを色調の違いで捉えているのだろう。あまり大っぴらに話す話題ではないな。俺はそろそろ抜ける。2人のお楽しみの時間を邪魔することになりそうだからな」
「「そ、そんなことしません!」」
2人のハモりを無視して、軽やかな足取りで先程いた教室から離れた。零はかなりのS気質。それも相手が恥ずかしがることをして喜ぶ質の悪い人間である。
「幹比古は弄り甲斐があるな」
その日の食事中に零は突如そんなことを口にした。
「幹比古に会ったんですか?」
「ああ、放課後に魔法の練習をしているのを見つけてな。その時美月と幹比古の雰囲気が良かったから頑張れと応援したら、見事にハモって怒ってきた」
深雪と達也は苦笑いしながら、2人に同情してあげなきゃという共通の感情を共有した。
司波龍郎は性格豹変しておりますあしからず。
山県(やまがた)・・オリジナルキャラ