あれよあれよとしている間に月日は流れ。九校戦前々日となり、一高の出発日になった。2日前に現地入りするのは、練習場が遠方の高校に充てられるためだ。会場から近い一高は自然に遅くなる。
そして今はバス内がどんちゃん騒ぎになっている。原因は2年生の桐原と服部である。カラオケではっちゃけており、そこに男子生徒が声援を送っているからだ。
たまにバリトンボイスで克人が紛れ込む。声援を送る集団に、達也が含まれているのが少し意外なのだが…。
「達也さんってあんなに悪ノリする人だったんだ」
「でも楽しそう」
ほのかと雫の意見は最もだろう。普段は一歩引いたところから話している達也が、ここまではめを外していれば驚きもする。
「これが達也の本性だとしたら?」
「え?!これがですか!?」
「ほのか嘘だよ」
「よかった~」
零の遊び心が含まれた言葉を聞いて、ほのかが真に受ける。雫のツッコミでほのかは言葉通り安堵したようだ。
「お兄様、ほのかは純粋なんですから冗談はあまり通用しませんよ」
「さすがに分かると思ったんだがな」
「ほのかは少し抜けてるから」
「雫!」
雫の容赦のない言葉にほのかが喰い付くのが、この2人の仲の良さが分かる状況だ。
「いや~歌った歌った」
席に座りペットボトルの水を煽る様子は、どこかの俳優かとツッコみたくなる。
「四葉は歌わねえのか?」
「歌は苦手でな。歌わせるなら深雪の方がいいぞ」
「そうか。じゃあ司波さん歌うか?」
桐原が差し出したマイクに戸惑う深雪。
零のために歌いたい。でもみんなが見てるから恥ずかしいという板挟みで、深雪は挙動不審になっている。その後押しをしたのが意外にも真由美だった。
「お願い深雪さん。このテンション高めのみんなの心をバラードで癒やしてあげてほしいの」
「だそうだ深雪。いっちょやってあげなさい。達也のために動画も撮ってやる」
制服の内ポケットから取り出し、情報端末のカメラ機能を起動させ動画撮影の準備に入る。その様子に通路を挟んで2列前に座っている達也が零に振り返り、左親指を立て良い笑顔を浮かべている。
「それだけはお許し下さい!あとで何されるか分かりません!」
深雪が零に泣きついてお願いする。以外に思われるかもしれないが、達也は深雪を弄るのが結構好きなのだ。弄った回数はいざ知らず。返り討ちになった回数も不明である。
「分かりました歌わせて頂きます」
深雪がマイクを持ち席を立ち、イントロが流れ始めてバス内が静まる。曲は今大人気ドラマの主題歌で、失恋感満載でありながら何故か恋愛を応援されていると感じられる不思議なバラード曲だ。
深雪の発したワンフレーズでバス内の空気は一変する。眼を閉じれば満員のドームで、深雪が歌っているように聞こえる。そんな不思議な声音で心が震える。
深雪は歌い終わると慣れない緊張からなのか、零の右肩に頭を預け穏やかな寝息を立てている。零は笑みを浮かべながらバス後方の席から前を見る。3分の1が深雪の声に癒やされたのか眠っている。
しかしそれは突然起きた。
精霊から危険を知らせる信号を受け取った零は、バスに減速魔法をかけ急停止させる。慣性は完全に消し去れず、寝ていた生徒はどこかしらを各所にぶつける。だがそれを気にしてはいられない。
「十文字先輩、防壁魔法をバス全体にお願いします!」
「何?いや、分かった」
克人は零の指示に一瞬躊躇ったが、何かに気付いたのか魔法を発動させる。ほぼタイムラグ無しで発動した十文字家の防御魔法《ファランクス》がバス全体を覆う。
バスが覆われた瞬間、天井に轟音とすさまじい衝撃が襲い生徒達がパニックに陥る。その瞬間優しい音色が響いたかと思うと、生徒達のパニックが収まった。
バス前方に座っていた梓が、固有魔法《梓弓》を発動させたらしい。お礼を言いながらバスの乗降口から出て、バスの右にそびえる崖の上まで一気に《跳躍》の術式で飛び上がる。
崖の上には草木の茂みに隠れた人影があった。隠蔽効果が高い迷彩柄の上下服を着た分隊が、想定外の事態に驚きの表情を浮かべている。
「お前達は何者だ?」
答えを期待しての問いではない。案の定、返事は攻撃で返ってきた。明確な物理的な殺意が込められた攻撃は、零の展開した対物理障壁で相殺され弾丸は地面に落ちた。
一発では効果が無いと理解した襲撃者達は、全員で弾を発射したがすべてが障壁に阻まれ二の舞を演じた。
『
慣れた手つきで弾の装填を行った年若い兵士は、零には理解できない言葉で叫びながら連射してきた。すべてを自己加速術式で避けると、その勢いのまま、近くの茂みに姿を隠した。
『
零は茂みの中から《雷童子》を連発し、全員を気絶させて木々に縛り付ける。その後バスに戻ろうと崖から高速を見下ろすと、突然対向車が不自然な動きをするのを目撃する。どういうわけかガードレールを飛び台代わりにして、こちら側に突っ込んできた。
天井から着地した大型乗用車は、その勢いを緩めず真っ直ぐに突っ込んでくる。
「あっちは陽動でこっちが本命だったのか!」
珍しく狼狽を露わにする零だったが、その心配は杞憂に終わった。バス内から放たれた減速魔法によって炎は消え去り、障壁魔法で大型車は動きを止めた。
原形を留めないほどに大破した大型乗用車を横目に、路肩に止まっていたバス内へと戻る。
「お兄様!」
心配そうに駆け付けた深雪は、何があったのか不思議そうだ。零に怪我をしていないのかを聞かなかったのは、余程のことがない限り怪我をするはずがないと信じているからだ。
「大丈夫だ。それより深雪、加減がよくできていたな」
「ありがとうございます!しかし、これは一体…」
「何者かによる妨害は確かだ。だが目的は不明だ」
零の眼は怒りに満ちていた。しかしそれは深雪や達也を狙ったこともあったが、自爆攻撃を指示した者に向けられていた。
「達也、高速の交通規制を頼む。事後処理しなければ会場には行けないからな」
「分かりました」
深雪のあとを着いてきた達也は、零の指示を聞いてバス外へと出て行った。それを見送ると、零は克人を木々に縛り付けている襲撃者のもとへと案内した。
「どう思われますか?」
「…これらの火器は中古売り場で大量に出回っている物のようだ。これからどこの組織によって行われたかを見つけ出すのは難しいだろう」
「彼らは中国語らしき言葉を発していました」
零の報告に克人は目を見張る。
「大亜連合が関わっていると言いたいのか?」
「確証はありませんが。中国語を話すからといって、大亜連合の関係者とは言いきれません。大亜連合による犯行だと思わせ、戦争させるということも考えられます」
零の考えに克人は考え込む。もとより十文字家代表代理と四葉家次期当主2人で、最終的な結論を出すことはできない。だが2人なりの意見を出し合うのもまた1つの手である。この場で考えるのは間違ってはいない。
「2人で考えても仕方ありません。四葉家にこの事件を任せていただけませんか?」
「警察ではなく〈十師族〉で解決するべきだと言うのか?」
克人の疑問は正しい。公共の場で起こった事件なのだ。警察に任せるのが的確な判断ではある。大亜連合が関わっているとあれば、日本を支える〈十師族〉に託す方が自分たちも動きやすくなる。
「七草の意見も聞きたい。少し待っていてくれ」
「分かりました」
十文字先輩が七草先輩を連れて戻るまで、俺は彼らの持ち物から正体が掴めないか見つけようとした。ふいに何かに見られている気がした。
想子を周囲に撒き散らして風に乗せて遠くに運ぶ。ある方向に流れた想子の反射で確信し、俺はそちらに全速力で向かう。
そこには鴉が不気味に1匹だけ樹木の枝にとまっていた。だがこの鴉がただの鴉ではないことを、想子の反射によって理解している。
右手から《術式解体》をその鴉に向かって放つ。鴉は苦しげに鳴き声を上げ、不自然な角度に羽を広げたまま消え去った。
「四葉、どこにいる?」
遠くから十文字先輩が呼ぶ声が聞こえたので、鴉の詮索を後回しにして元の場所へと戻った。
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鴉が消された頃、ある場所において集会が行われていた。
『尾行が消されたようだ』
『侮れんな。さすがは四葉家の次期当主だ』
『あれに気付けるというのか。これからは慎重に動かなければならん』
丸いテーブルの周りには6人の男が座っている。その背後にはサングラスをかけ、不自然に無表情な男が4人囲んでいる。
『彼の者が手を貸してくれているのだ。失敗は許されん』
『邪魔者には死を』
『邪魔者には絶望を』
不気味な声音で発せられた言葉は一室に響いた。
そしてその会話は中国語で行われていた。
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数分後、もとの場所へと戻る。そこに克人が真由美を連れてきていた。
「四葉、どこへ行っていた?」
「使い魔がいましたので消していました。それで七草先輩はどう思われますか?」
「零君の言う通り〈十師族〈〉で解決した方がいい気がする。警察だと情報を握りつぶされる可能性があるから」
「七草もそう言うのであれば、言葉通りに従おう。それよりこいつらはどうする?」
木々に縛り付けられ気絶している襲撃者たちを、冷え切った目で見る克人は2人に問う。
「四葉家が処理しますよ。吐き出させた情報は必ずお伝えします」
「よろしく頼む」
「お願いね」
2人の許可を得て本家に連絡をすると、黒羽家が担当すると言う返事をもらう。襲撃者たちをその場に残して九校戦会場へとバスを走らせた。
予定外のハプニングで予定時間から2時間遅れで到着した一高一行は、ホテル内に荷物を運び込んでいた。
「達也はオフロードーカーが来るときに何か感じたか?」
「検証を行った結果、3度魔法が放たれているのを確認しました。1度目はタイヤをパンクさせる魔法。2度目は車体をスリップさせる魔法。3度目は車体に斜め上への力を加える魔法。いずれも内部からです」
「想子観測機に記録させないほど緻密で僅かな魔法か。高度な技術だな」
「自滅攻撃ですか?卑劣な!」
深雪は命を無駄にしてまで攻撃する方法に怒りを顕にしていた。
「もとよりテロリストという輩は、卑劣な者たちの集まりだ。深雪が気にする必要はないよ」
CAD調整のための機材をのせたワゴンを押しながら、ホテルのエントランスに入ると友人がラフな格好でソファーに座っていた。
「やっほ〜2週間ぶり。元気してた?」
「「エリカ?」」
「ここにいることにびっくりした?懇親会あるから早めにきただけよ」
「懇親会は関係者以外立ち入り禁止だぞ」
零の言葉にエリカは、人の悪い笑みを浮かべながら眼をギランと光らせた。3ヶ月という短い付き合いだが、彼女がこのような表情をするのは決まって面倒くさいことが起こるのを知っている3人はげんなりとする。
「ん?どうかした?」
本人は至って真面目なつもりらしいが、腹黒いのを知っているのでそれを無視した。
「「「なんでもない(わ)」」」
「関係者なら会えるだろう。また後でな」
零は達也を連れていく。ワゴンを押してエントランスと奥へと向かって行き、それをエリカは少し不満げに見ていた。
「少しぐらい話聞いてくれてもいいのに」
「ごめんなさいスタッフのみなさんを待たせてるの」
「冗談よ冗談」
エリカの言葉に深雪は少しだけため息をついた。
「どうしたの?」
「なんでもないわ。エリカの言葉は本気に感じるから少しね」
「え?もしかしてあたし褒められてる?」
「どこをどうとればそういう解釈になるの?」
エリカの理解に難色を示す深雪である。
「あれ司波さん、来てたんですか?」
「西城君?」
「深雪さん?」
「え?あ、本当だ司波さんがいる」
「美月も吉田君もみんなどうしたの?」
友人たちが次々と現れ、驚き疲れた深雪はぎこちない笑みを浮かべるしかなかった。
「全員関係者よ。美月とレオとミキは裏方だけど」
「僕の名前は幹彦古だ!」「はいはい、わかったわよ」「わかってない!」
幹彦古とエリカの軽口の言い合いをBGMに、深雪は残った2人と会話を続ける。
「応援に来てくれたの?」
「友達ですから」
「ダチだからな」
「ありがとう。お兄様も兄さんもやる気が出ると思うわ」
「それにしても深雪さん緊張しないんですね」
「始まるのは明後日からだし、私たちの出番までにまだ時間あるもの。今から萎縮してたら本番で力は出せないでしょう?」
深雪の根性の座った言葉に、2人は頼もしげに優しい笑みを浮かべていた。