昨日起こったことが嘘のように、大会委員からの注意喚起もないまま、2095年度全国魔法科高校親善競技大会通称〈九校戦〉が開幕した。
さすがに国防軍から監視体制の不満を述べられても、9時間もかからずに準備を終えられるほど、大会委員もコネがあるわけではない。それに監視体制の甘さを魔法科高校生徒に知られては困る。何よりこれで魔法社会の循環させているのだから、滞らせたくないというのが現実であった。
大会初日は真由美・零・服部・摩莉の出番である。午前中に〈スピード・シューティング〉全試合と〈バトル・ボード〉の予選が行われる。
「会長が本調子でなくとも負けるとは思わないな」
「去年も圧勝だったからな。去年より魔法力が大幅に上昇しているらしい。教師陣が話しているのを聞いたぞ」
「あれより上となると同年代、もしくは今の魔法界でも指折りの実力者にならないか?」
試合前の会場は満席であり、真由美の人気の高さが如実に表れている。大抵はどうしようもない感情で観戦しに来ている男子生徒なのだが、それについては話題にしない一高きっての実力者の3人組である。
「服部は相変わらずあの頃から進展していないけどな」
「うるさい沢木!これでも必死に猛アピールしているんだ!」
「だがそれも無駄骨・無駄な労力・無駄な時間だったというわけだ」
「…四葉まで言うのかよ」
ズーンという言葉に押しつぶされるようにうなだれる服部を見て、2人は苦笑を漏らしている。服部を真由美のネタで弄るのが、この一年の間で恒例となっている。2人も決して傷つけようとして言っているわけではなく、応援しているという意味合いなのだ。
弄るのがメインで、応援が二の次になっている気もしなくもないが。友情が切れないのだからこれはこれでいいのだろう。
「そういえば零は司波さんと一緒にいなくても良いのか?」
「無理に一緒に行動しなくても良いんだよ。普段の生活に戻ればいくらでも一緒にいられるんだからな」
沢木の言う通り、今は深雪と行動を共にしていない。恋より友情を優先しているのもあるが、何より一緒にいすぎてしまうと、互いに依存しすぎる気がしたのだ。婚約者同士であれば互いに依存するのは当たり前だ。どちかが用事で長期間離ればなれになったとき、感情が不安定にならないようにしなければならない。
軍に所属している零は、毎年夏期休業の間に合計で2週間ほど家を空けることがある。その時に互いが互いを望みすぎてはならないと、〈九校戦〉前に2人で決めたのだ。
「それより会長の試合が始まるから静かにしないとな。服部、始まるぞ」
話題を打ち切ると観客席が静まりかえる。選手はヘッドセットをしているので、観客が少しぐらい騒いでも聞こえはしない。とはいえ、これはマナーの問題である。全員が息を飲んで試合の行方を見届けている。
開始のシグナルが点ったことで、軽快な射出音とともにクレーが空を駆けていく。
「…さすがに速いね。教師陣が話題にするだけはある」
「…どんな処理能力してるのだろうか。あれだけの速度で発動し続けられるのは才能としか言いようがない…」
「誰にも真似は出来ないだろうな。もはや『スピード・シューティングの絶対王者』という看板を背負ってもいい気がする。これ以上の正確さと余剰想子光を残さない選手は、この先現れないと思われる」
真由美は試合をパーフェクトで終えた。
それから真由美は全試合をパーフェクトで終わらし、〈女子スピード・シューティング〉3連覇という快挙を成し遂げた。今からは〈男子バトル・ボード〉の予選だ。その様子を深雪達はドキドキしながら待っていた。
「零さんは一体どんな戦法でいくんでしょう?」
「力技だろ」
「選手に戦意を失わせるぐらい圧倒的な大差をつけるみたいな?」
「疑問は見てからの楽しみにしておこうよ」
美月の疑問から始まった討論会は、幹比古の言葉で一旦の終息を見せた。零はスタート地点でボードに寝転び、日光浴をしている最中である。零は第4レーンで服部は第5レーンという位置だ。これはくじ引きで決められるので、意図的にこういう位置になっているわけではない。
そんな何気なく日光浴している零に対して観客席の最前列に、我先にと群がる各校の女子生徒がいる。それは零の雄志を間近に見たいとばかりにちょっとした戦争、優しく言えば殺伐としている。
「…怖いね」
「…どうしてこうなった?」
さすがのエリカもこの様子には何と言っていいのかわからないらしく、ありふれた言葉しか出てこないでいる。レオは去年の零を知らないので、ここまで人気な理由がわからないらしく、困惑した表情で眺めている。
「そういえば零さんを題材にしたBL本が密かに出回っているらしいですよ」
「バカ、美月!それ言ったらここら一帯が!」
「エ~リカ?ここら一帯がどうなるって?」
「なんでもありましぇん!」
「噛んだポソッ」
噛んだエリカに雫のツッコミが入るが誰もそれには笑わない。それより隣同士で話し合っているエリカに向けられる優しい笑みが、とてつもなく恐ろしかったのだ。レオと幹比古は我関せずを決め込む。唯一深雪を止めることが出来る達也は、ほのかと話に(二つの意味の)華(花)を咲かせていた。
「別に怒らないわよ。知ってるもの」
「知ってたの?ほぼみんな知らないのに」
「私がお兄様のことを知らないはずが無いじゃない」
ごもっともとばかりにエリカは引き下がった。
「私、それ持ってますよ?先輩から友人なら持っていた方がいいって」
「私もほのかと同時に渡された」
「周囲には漏らさないでね?面倒なことが起こりそうだから」
そう、自分の母とか叔母とか。
それを知って爆買いしては困るからだ。まあ、深雪も自室の自分しか知らない場所に零を題材にした小説や漫画をしまっているのだが、それは誰にも知られてはいない。まあ、雫は持っているだろうと鋭い勘で予測してはいるが…。ちなみに零は、異性の友人からこっそりと書かれていることを知らされていた。
一方、服部と零は隣り合っているので会話をするのは容易い。ということで、気分転換に何気ない会話をしていた。
「しかし凄い人気だな四葉は。会長と変わらない人気じゃないか?」
「俺の場合は女子生徒だけだ。男子生徒は誰1人わめいてはいない」
零の言葉は間違っている。実際、顔には出していないが、興奮しかけている人物が1人いるのだ。だが零は気付いていない。克人や沢木も楽しみにしてはいるが、それとは比べものにはならないほど熱い視線を送っている1年生がいることに。
「冷めてるな。やる気無くしたか?」
「もとからこれだよ俺は」
「まあ、試合が始まれば問題ないか」
服部の気持ちは杞憂に終わりそうだ。
「始まるよ」
幹比古の声で浮ついていた空気が張り詰める。
『on your mark』
零と服部が構える。
空砲が鳴らされ選手が飛び出した。
「以外だね。最初から前に出ると思ってたけど」
「先輩方によると、第一試合の七高の選手はかなり魔法力が高いらしい。序盤はあまり無理をせず、中盤か終盤で追い上げるというのが作戦らしいぞ」
「同等程度って事?」
「それはあの選手を調べないとわからないからなんとも言えないけど、兄さんと服部先輩なら負けないさ」
達也の説明に全員が頷き、視線をコースへと向ける。そこでは七高選手を零と服部が追い掛けている。他の選手は3人を追い掛けることは出来ず、4位争いを遙か後方で水しぶきを上げながら行っている。
1周目はそれほど白熱した内容ではなかったが、2周目に入ったところで零と服部が勝負を仕掛けた。急激に速度を上げて5m後方から一気に抜き去る。抜かれた七高選手は勝ったつもりでいたのか。抜かれたことに一瞬呆気にとられたが、我に返って追走を測る。
だが勢いに乗っている2人には全く追いつけない。距離は縮まるどころかむしろ開いていく一方である。何故だろうか、それは本人の魔法力というものではなく、零が調整したCADというわけでもない。ただの心意気だった。勝てると、自分は誰にも負けないという傲りが彼の精神を狂わせた。
2周目から圧倒的なトップに立った2人は、遊びながらゴールした。互いに交差しながら走ったり、タイミングを合わせて飛び上がるなど別の意味で会場を盛り上げた。
「…え?今ので終わり?」
「戦術は案外単純なものだったな」
「どういうこと?」
「簡単に言うと、一位をキープできているから一位は確定だと思い込んでいる瞬間を狙ったということだよ」
「それがどうしたの?」
エリカは達也の説明が理解できないらしく聞き返した。
「もしエリカが総当たり戦で全勝していたとしよう。相手は1回負けている。さて、エリカは相手をどう見る?」
「私だったら侮ったりはしないけど…あ、そういうこと?」
「ああ、そうだ。つまり、相手は自分より弱い。だから自分は勝てるというなんの根拠もない理由で敵を自分より下に見る。その瞬間を見逃さず捉えることが出来れば、さっきみたいに圧勝できるんだよ。今回は従兄さんと服部先輩が、七高選手より魔法力が高かったから勝てたというのもあるが」
達也の説明にエリカは納得して、会場を後にしていく零と服部を見送る。
「兄さん、本当にそれだけですが?」
「何が?」
2人はみんなに聞こえないよう小声で会話をしていた。
「わざわざ作戦を考えなくても勝てたのでは?それだけの魔法力の差はありましたから」
「…ああ、
「…どこに関係があるのでしょう」
「従兄さんが抜かした瞬間に僅かだけど異様な感じがした」
「異様…ですか?」
達也は深雪の復唱に頷く。
「悪意とかそんなもんだけど、勝負程度に向けるような感情じゃない」
「…ではその方を警戒した方がいいようですね」
「露骨に表さないようにしないと警戒されるからほどほどにね」
「はい」
「おーい、ご飯行くよ~」
「今行くよ」
移動しようとしていたエリカの声に、達也は笑顔で答えて深雪と共に客席を立った。