魔法科高校の劣等生〜影は夕闇に沈む〜    作:ジーザス

26 / 26
長い…

投稿までの時間と文字数が…


25

男子の後に行われた〈女子バトル・ボード〉でも一高は、摩莉の活躍で危なげなく予選突破を果たした。

 

 

 

夕食を終えてから野暮用ということで服部や沢木と別れて、零は高級士官客室に赴いていた。風間の階級は少佐だが、戦歴や率いる部隊の特殊性から階級以上の待遇を受けている。

 

本人はそれほど望んでいるわけではないが、部下が喜ぶならということで甘んじて受け入れている。

 

「来たか。まあかけろ」

「失礼します」

 

零は軍としての立場で自分を迎えたのではないと理解していたので、敬礼を省いて口だけで軽く礼儀を入れてから席に着いた。

 

円形のテーブルを囲んでいるのは、優しげな雰囲気を持つが実体はなかなかひねくれた性格をしている真田大尉。見た目は怖いが実体は意外と優しい柳大尉、なんとも言えない山中軍医少佐。

 

そして婚約者がいるにもかかわらず猛アタックしてくる藤林少尉。

 

ちょっとばかりカオスな空間だが、その程度で尻込みするような忍耐力を持ち合わせていない。零は自然と自分の前に置かれていたティーカップを持ち上げた。

 

「いきなりだが昨日の賊について説明しておこう。先月知らせた通り奴らは【無頭竜】の構成員だった。だが階級が下のようでこれといった情報はでてこなかった」

「上からの命令に従っただけだということですね?」

 

零の言葉に風間は頷いた。

 

詳しい内容を話されずに命令に唯従うだけの計画は、情報が漏れにくいことがメリットだ。だが実行犯にとっては、難易度が格段に上昇するものである。

 

「これ」をしてこいと言われるだけでは、どのように何をしてそれをすればいいのかがわからない。自分で臨機応変に判断しなければならないのだ。

 

人数が増えれば危険性が高まるし、チームワークを発揮できなければ目的を達するどころかお縄になるしかない。それでも行動に移す理由は様々である。地位を求める、自分の命を護るなど。それぞれだがおそらく一番の理由は忠誠心だろう。

 

「よく彼等を見つけられたものだね。知ってたのかい?」

「偶然ですよ真田大尉。CADの調整を一通り終えて部屋に帰ろうとしたら、異変を感じて見に行ったという経緯です」

「夜中まで作業とはライフスタイルが崩れていないか?」

「もとからこれですから」

 

重大な話し合いだというのに部屋の空気が軽いのは、零が風間たちに向ける信頼と風間たちが零に向ける信頼が上手く交差しているからだろう。

 

「〈バトル・ボード〉以外に出るのは〈モノリス・コード〉だったね。今回も勝てそうかい?」

「いけるでしょうね。三高の朧月が今年は参戦していないようですから」

「理由は知っているのか?」

「家の事情だと聞いています」

「この時期に朧月家の行事はなかったはずだが。まあ、他にも何か理由があるのだろうな」

 

朧月家は伝統を重んじる家系であるため、古式魔法師が普段行わないような行事を一家揃って行う。そのため都合が合わない場合は、こうして大事なときでも欠席してしまうのだ。古式魔法師が疎かにするといっても蔑ろにしているのではなく、朧月家がそういうことに敏感すぎるだけである。

 

「我々からすれば、もう一度朧月家との対戦を見たかったのだが。一高が総合優勝するならそれでいい」

「今回優勝しなければ先輩方に顔向けできませんからね」

 

今回優勝すれば一高は3連覇となり、3年生からすればこれが本当の勝利ということになる。だからこそこの大会は何が何でも優勝しなければならない。

 

「万が一のことがあるのでな。【無頭竜】の目的がわかれば、また連絡しよう」

「ありがとうございます」

 

零は紅茶を煎れた藤林にもお礼を言って部屋を後にした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

一高はその後も順調に戦績を伸ばし、3連覇に向かって心地いい速度で向かっていた。だがそのことをよく思わない輩がいるのが残念なことだ。

 

そしてその魔の手が摩莉に伸びようとしていた。

 

 

 

「今回の試合を一番楽しみにしていました」

「まあ、メンバーがメンバーだからね。こんなに早くその試合を見れるとは思っていなかったが」

「零さんは去年も見たんですよね?その時はどうでしたか?」

「なかなか面白い試合だった。臨機応変、多種多彩に魔法を使う渡辺先輩と魔法力にものを言わせる七高の選手。小手先には小手先で、力勝負なら力勝負でっていうのが戦術にあるけど。先輩は自分の戦闘方法で勝利を手にした。男の俺でも格好いいと思ってしまったよ」

 

今、零は服部や沢木と別れて達也たちと一緒に試合を見ていた。ほのかの問いに答えながらも、零の左手は深雪の右手に包まれている。

 

零がここに来ていたのは深雪に催促されたというのが主な原因だが、なんとなく後輩たちと見たいという気持ちがあった。

 

深雪の右手は、よく観察しなければ見えないジャストな位置で握られているの。横一列に並んだメンバーでは、仲良く横に並んでいるだけにしか見えない。

 

それを良しとしたのか深雪はかなり零に甘え始めている。

 

甘える様子を見て、気恥ずかしそうに見ているのがいつものメンバー。

 

生粋の純情ほくろ少年とグラマー少女。

 

よく喧嘩をしているが、実際は仲が良い彫りの深い少年と勝ち気な赤髪の少女。

 

互いに意識しているが、互いに口に出せないCADオタクの少年とグラマー少女。

 

それらをやや羨ましそうに見ている表情に乏しい少女。

 

その空間だけ色合いが違うのだが、それも見ていて和むのか。周囲の観客は誰1人文句を言わない。もしかしたらほぼ全員から無意識に放たれる魔法力に恐れて、表立って言えないのかもしれないが。

 

『on your mark』

 

用意を意味する放送が流れると、観客は口をつぐみ選手は準備に入る。

 

スタートを告げる合図と共に摩莉が勢いよく飛び出した。

 

「速い!」

「だが七高が追走している」

「さすがは『海の七高』」

「やっぱり去年の決勝カードになりますか」

 

いつものメンバーが口をそろえて感想を述べている間にもレースは続いていく。摩莉と七高の選手がもつれ合いながら最初のコーナーに接近する。

 

「あれは!」

「お兄様!?」

 

零が素早く立ち上がって走り出し、観客席の最前席の前にある手すりの上を猛スピードで駆けていく。

 

その行動に深雪はいち早く気がつき声をかけるが、零は振り向かずに手すりを下りてコース内に侵入していく。

 

「「「「「零さん!?」」」」」

「兄さん!」

「お兄様!」

 

観客が勝手にコース内へと侵入したことに驚いた大会委員が、零を取り押さえようと駆けつける。

 

だが零の移動速度の方が速いため何もできずにいる。

 

誰もが零の行動に違和感を感じていたとき、それは起こった。

 

「オーバースピード!?」

 

観客の誰かが叫んだのだろう。それに気付いて全員がその様子を眼にする。曲がるために減速していた七高の選手が、加速(・・)を始めたのだ。

 

本来では有り得ないミスに誰もが恐怖と驚きを露わにしている間にも、零はその場に急行していた。

 

唯のオーバースピードであれば、本人が怪我をするだけで済んだだろうが、今回の試合は去年の決勝カードだったことが災いした。

 

至近距離にいた摩莉は、観客の悲鳴を聞いて振り返り驚愕する。

 

5mは離れていたはずの2番手が、コーナーでは出さないような速度で接近してきていたのだ。

 

摩莉ほどの魔法師であったならば避けることは造作も無かっただろう。だがお人好しの性格が出てしまった。受け止めるために振り返り、慣性中和の魔法を発動する。

 

そして受け止めようとした瞬間、自分の足下が僅かに沈んだと感じた。体勢を戻そうとした頃には受け止めきれる距離はなく、その選手と共にコース外へと吹き飛ぶ。

 

「くそ!」

 

それを見た零は全力で自己加速魔法を使い、吹き飛んできた2人をなんとかキャッチする。

 

「ぐ!」

 

2人を捕獲することに精一杯だった零は、2人の勢いを止められずフェンスへと体を持って行かれた。2人を庇うようにして背中から直撃した痛みに、閉じた歯の隙間から声が漏れ出る。

 

「…零くん?」

 

自分が襲われるはずの衝撃が、思いの外弱いことに気がついた摩莉は、自分がどうなっているのかわからなかった。自分の周りに大会委員が集まり始めたことで、その疑問を零に問う暇が無かった。

 

大会委員に連れて行かれた零と怪我の有無を確認するため、七高の選手と共に別室へと移動する3人に、いつものメンバーは不安そうな視線を向けることしかできなかった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

深雪は事情聴取から解放された零と2人でホテルへと帰っていた。深雪にとって今回の事情聴取が気にくわなかった。

 

大会委員曰く「コースに入らずとも注意喚起をすればよかったのではないか」らしいが、そのことに腹を立てた深雪は一瞬だけ魔法を暴走させかけた。

 

そんなことをしていれば、もっと最悪な事態になっていたと理解していないのかと思ってしまうほどに、大会委員の態度が気にくわなかった。

 

犯罪者的な扱いを受けている零だったが、機械のように聞かれたことだけに答えて文句を口にしていない。

 

「お兄様、本当に文句を言わなくても良かったのですか?」

「…一高の立場を悪くするわけにはいかないからね」

「それでも私は悔しいです!お兄様があのとき行動していなければ渡辺先輩は、七高の選手は魔法師生命を絶たれていました。なのにお兄様があのような扱いを受ける必要はありません!」

 

零は自室に深雪を伴って入り深雪に振り返る。

 

「お前が俺の代わりに怒ってくれるだけで十分なんだ。それ以上言えばお前の立場も危うくなってしまう。もうその矛先を終いなさい」

「ですが私は!…お、お兄様?」

 

深雪は言葉を口にしようとした瞬間、自分の体が温かいものに包まれたことに疑問を感じ零を呼んでいた。

 

「落ち着きなさい。今お前が大会委員に怒りの矛先を向けたとしても覆らないんだ」

「お兄様はそれでよろしいのですか?人助けをしただけでこのような扱いを受けても」

「深雪や達也、みんなにこれ以上の被害が出ないならそれでいい。達也を呼んできてくれないか?話したいことがあるんだ」

「わ、わかりましたぁ!」

 

至近距離でお願いすると、深雪は顔を真っ赤にして足早に部屋を出て行った。

 

 

 

顔を真っ赤にしてでたのはいいが、どのような顔をして達也に会えば良いのか悩んでいた。それでもお願いを無碍にはできなかったのですぐに達也を連れて部屋に戻って悲鳴を上げる。

 

「お兄様!」

 

ベッドに寄りかかるように倒れていた零を抱き上げて呼吸を計る。顔色は悪く呼吸も荒い。

 

「兄さん!」

「わかってる!」

 

達也も焦っていたが魔法を使うために冷静を取り戻す。

 

達也が左手をベッドに寝かした零に向ける。魔法を発動したかと思えば零の顔色はいつも通りに戻っていた。

 

「悪いな達也。面倒をかけて」

 

眼を開けた零が達也に礼を言う。

 

「大丈夫?」

「ああ、衝撃で肋骨が数本折れていてな。ずっと痛みに耐えてたんだけど無理でさっき気を失った」

 

倒れかける兆しはあった。質問をしたときに返事が遅れていた。至近距離で自分の顔を見たときの、いつもとは違う何かに耐えている表情。

 

それが肋骨が折れた痛みを耐えている時間だったと今気付いた。

 

てへぺろとばかりに片目をつぶって舌を出す零に、2人は唖然とした。深雪の場合は、久々に見た零の無邪気な表情を見れて感極まったのか。今にも昇天しそうなほど幸せそうだったが。

 

だがその空気もノックの音でかき消される。ドアを開けると深刻そうな表情の真由美が立っており、よろしくない話があるのだと直感する。

 

「零くん、時間を貰ってもいいかな?」

「わかりました。深雪・達也、自室に戻っておいてくれ。戻れば話をする」

「「はい」」

 

返事を聞いた零は、カードキーを持って真由美と共に部屋を出て行った。

 

 

 

女性用寝室の階を真由美について歩いていると、後輩や同級生から疑問の視線を向けられた。

 

だが真由美がいることで、何かしらの理由があると理解したのだろう。途中で話しかけてくる人物はいなかった。

 

「どこに行くんですか?」

「…ちょっとね」

「渡辺先輩ですか」

 

七草先輩の言いよどんだ表情に、察しがついた俺は疑問に思う。何故同性であり友人である人ではなく、異性の自分が呼ばれているのか不思議だった。

 

七草先輩と渡辺先輩は同室なので、話す機会はいくらでもあったはずだ。なのに自分が呼ばれるのはそれなりの理由があるからだろうか。

 

「話があるって零くんに」

「俺ですか?七草先輩ではなく後輩の俺にとは」

「助けられたからじゃないかしら。私は外にいるから終わったら声をかけてね」

 

ドアを開けて強制的に俺を部屋に入れた七草先輩に嘆息して奥へと進む。女性の部屋らしい香りが鼻腔をくすぐるが、そのことにこれといった感情も抱かない。

 

掛け布団を頭から被り、ベッドの上に腰掛けている渡辺を刺激しないように、少し離れた場所にある机の椅子を引っ張り出す。ベッドの近くに移動させて座る。

 

「…怖いんだ」

「何がですか?」

 

ポツリと呟かれた言葉に俺はできるだけ優しく聞いた。

 

「魔法を使おうとすると、あのときの場面がフラッシュバックするんだ。どれだけあれは事故だから大丈夫だと念じても無駄だった。私は魔法師としての自信を失った。もう嫌なんだ同情するような視線を向けられるのが」

「人間は辛いことがあった人間を見れば同情したくなります。人の為と思っても、それがかえってその人を傷つけることになるなんて気付きません。しかし同情を向けられるのは、先輩がそれだけ全員の憧れだからなのではないのですか?」

「魔法を使えない私を『一高の三巨頭』と呼べるか?」

「魔法が使えなくなった先輩を見ても、俺は哀れみも怒りもありません。渡辺先輩は渡辺先輩です。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

魔法技能を失った魔法師は、魔法世界から迫害されやすい。それは魔法を使いこなせない者に向けられるもっとも最悪な評価だ。

 

「…頼む。残りの試合を棄権させてくれ。私はもう戦えない。迷惑をかけたくないんだ」

戦いたくない(・・・・・・)の間違いでは?あのような事故を防げなかった自分は、魔法師に向いていない。そんなふうに自分を追い詰めて何になります?同情されたくない。でも自分は落ち込む姿を他人に見せたい。結局同情されたいと思っているのは、先輩自身です。魔法が使えないことで、先輩を否定するような存在が一高にはいるはずがありません。誰より努力してきた先輩を見てきた生徒は、先輩が苦しんでいる姿を記憶に焼き付けています。十文字先輩や七草先輩と並ぶ『三巨頭』と呼ばれるようになってから、無理をしていた先輩が一度休憩するために起こった事故です。だから先輩が落ち込む理由はないんですよ」

「…下げて上げるのはお前の得意分野か」

 

あと一歩のところまできたが、あと一押しが足りない。案を閃いたがいきなりそんなことをすれば、セクハラとして訴えられるかもしれない。でもネガティブ思考をやめさせるのであればこれしかない。

 

「ごめん…」

 

深雪と修次さんに謝罪して立ち上がる。俺が何をするつもりなのかわからない先輩は俺を見上げている。そして俺は優しく先輩の頭を抱きしめた。

 

「ちょっと!いきなり何を!」

「すみません。これしか思いつかなかったんです」

 

深雪とはまた違った触り心地の髪を撫でる。

 

「俺には渡辺先輩がどのような苦しみを味わってきたのかわかりません。ですが努力は決して期待を裏切りませんから。いつかその努力が実を結ぶことを俺はいつまでも待っています」

「…温かい。これが人を大切に想う心なのか」

 

気を張っていたのが崩れたのか、摩莉は零の胸に顔をうずめ声を殺して涙を流した。零は摩莉の気が済むまでずっとそのままでいた。




摩莉には修次さんいますがここではそこまで進展していない設定です。

摩莉のセリフはあるアニメのキャラのセリフをもじっているので気付かれた方はなかなかかと。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。