魔法科高校の劣等生〜影は夕闇に沈む〜    作:ジーザス

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一高が懇親会前日に現地入りする理由は、練習場が遠方校に優先的に割り当てられるからである。漫画などにある「ヒーローは遅れて参上するもの」というふざけたものではない。

 

道中は中学生気分がぬぐい切れないのか。遠足気分の1年生が多く、バス内は少し騒々しかった。といっても零は意識を逸らせば、そんなものただのBGMにしかならないので、大した問題にはならない。

 

同級生達のはしゃぎを、零は我関せずという面持ちで無視する。零は会場に向かう間、タブレットを使って持ち込み可能なキーボードを無線接続で使用していた。後ろや前の席から覗き込まれる視線を感じ、目線を上げると2人に凝視されていることに気付く。

 

「どうした?」

「俺、お前と違うクラスだから見たことなかったんだが。タイピングスピードの異常さに驚いてな」

「慣れればこっちの方が早い」

 

返答しながらもキーボードを叩くのを止めず、寸分の狂いもなく入力し続ける零に驚き、背もたれの後ろに男子生徒は消えていく。その様子を、視界の端に捉えながら零はタイピングし続ける。

 

「ところで四葉、何をそんなに切羽詰まった表情でやっているんだ?」

「よくわかったな」

 

そんなに焦った表情をしていたつもりはない。それを読み取った隣の席にいる服部の洞察力には驚かされた。元々の能力なのか〈モノリス・コード〉でのチームワークからのものなのか。正確にはわからないが、おそらくその両方だろう。

 

「なんとなくだがな」

「少し焦っていた理由は、もう少しでこの設計を完成させなくてはならないからだ」

「お前、何かを作っているのか?」

「これは知り合いに頼まれたからやっているだけだ。それ以上に意味はないよ」

 

少しずれた回答だが服部は気にした様子もなく納得したようだ。零は目線をタブレットに戻し、一層熱を込めてタイピングを再開した。

 

 

 

〈九校戦〉会場には午後3時前に到着し、夕方7時までが一高の練習時間であり自由時間だ。コース慣れするなり、気分転換にホテルのゲームコーナーで遊ぶなり、各々自由に行動し明後日までに準備を終わらせる。前日は懇親会があるのとコース整備に1日充てられるため、練習場や試合会場は使用禁止になる。一高生は全員が到着日に練習をし、ある程度の空気に慣れるようにしている。

 

零と服部は自身の出場する種目の練習を早めに切り上げ、沢木と一緒に〈モノリス・コード〉のステージの様子を動画で見ていた。

 

「動画と自分の眼で確認するのとではかなり違うが、情報がないよりはマシだな」

「零、お前はどう思う?」

「【市街地】ステージ以外は気にしなくてもいいと思う」

「何故だ?」

「【渓流】・【森林】ステージは俺の精霊魔法の独壇場だし。【草原】・【岩場】ステージは、正面からの攻撃は俺と服部でなんとかなる。攻撃が抜けたとしても、沢木なら問題なく対処できる。だが【市街地】ステージは、モノリスが置かれる場所によって、少々警戒範囲が変わってくる」

「どういうことだ?」

 

沢木は言っている意味が分からないらしく、不思議そうに聞き返していた。零は映像を【市街地】ステージに切り替えながら説明する。

 

「【市街地】ステージでは、モノリスが廊下と十字路のどちらかに置かれる」

「 それがどうした?」

「廊下なら前方と後方だけでいいが、十字路は左右にも警戒をしなければならない。全方位を一度に警戒できるのは、よほどの魔法師以外不可能だ。沢木なら問題なく撃退できるだろうが、疲労は増加する」

「なるほど。確かにすべての方位を瞬時に把握するのは、いくら僕でも厳しい」

 

沢木は自分の撃退方法が相手に対して、ほぼ直接攻撃に近い魔法を放たなければならないことを知っている。警戒が一割増しになるのは理解していたのだろう。

 

「もちろん俺の方でも精霊魔法で警戒はしておく。さて、そろそろ夕食だからホテルに戻ろうか」

 

零は2人を連れて、映像を見ていた一高テントからホテルに向かった。

 

 

 

 

 

翌日の懇親会では九島閣下の挨拶ならわかるが、何故母まで挨拶をするのか理解できなかった。懇親会終了後、屋上階のVIP専用客室に向かった。零も四葉に名を連ねる者なので、その階に入ることができ入室も許可されている。

 

「零従兄様!」

 

ドアを開けると深雪が胸に飛び込んできた。優しく抱き留め頭をなでてやると至福の笑みを浮かべる。さらに顔を零の胸にこすりつけるので苦笑してしまう。

 

ソファーでは何故か睨みつけてくる母親がいるが、無視して従弟を見る。手にタブレットを持っていたので、またCADでもいじっていたのだろうと予測する。深雪に向けた苦笑とは違う苦笑を浮かべてしまう。

 

「またなのか?達也」

「従兄さんに追いつかないと役には立てないからね」

「一生不可能だな」

「そんなこと言えるのも今の内だよ従兄さん」

「いつまで母親を無視すれば気が済むの!?」

 

互いに人の悪い笑みを浮かべていると、我慢の限界と言わんばかりに母が叫んできた。

 

「おや母上、おられたのですか?」

「わざとだと分かっていても腹が立つのは何故でしょうね」

「ご自分の行動を思い返してください。心当たりがあれば、こんな対応をされるのをご理解されると思いますが?」

 

拗ねて顔を逸らす深夜を、達也と零の腕の中にいる深雪は微妙な表情をしていた。

 

「従兄さん、苦労しているね」

「仕方ないと思えばストレスにもならないよ」

「叔母様があの状態だったら、お母様はどうなるのでしょう?」

「達也や深雪の母さんはそうならないと思うよ。忙しいからね」

 

腕の中で首を傾げる深雪に優しく話すと納得し、さらに抱き着いてくる。嫌ではないので追い返すことはしないが、視界の端でハンカチを噛み憎々しげにこちらを見てくる。そんな母親がいるのでため息を吐いてしまう。

 

「そろそろ帰るよ」

「従兄さんの出番はいつから?」

「4日目からだな。〈バトル・ボード〉の予選がある。6日目に〈バトル・ボード〉の決勝トーナメントで、7日目が〈モノリス・コード〉の予選と決勝トーナメントだな」

「零従兄様のポジションはどこなのですか?」

「遊撃とオフェンスだよ」

「ということは零の無双を見られるということね!」

 

先ほどまでの機嫌の悪さが嘘のように機嫌が良くなる。歳を忘れているかのようにはしゃぐ深夜を見て、零は頭痛がやってきたのでこの場から離れることにした。

 

「…達也・深雪、母さんをよろしく。抑えられなかったら深雪、お前の氷で眼を覚まさせてほしい」

「「了解しました」」

 

2人に頼み事をし部屋を出て自室に向かった。

 

 

 

自室のドアを開けると、深雪を補充し高揚していた気分が一瞬にして霧散した。

 

「まだ起きていたのか?五十里」

「寝かせてくれなくてね」

 

中性的な顔つきをしている同室の友人が、何ともいえない表情と口調で言ってくる。もう1人いるはずのない。いや、いてはならない友人に声をかけた。

 

「花音、そろそろ部屋に帰りなよ。もう22時だ。女子生徒がうろついていい時間じゃないし、男子の部屋にいるのは規則上まずい」

「婚約者なんだから問題ないでしょ?」

「それでもだ」

「…分かった。じゃあね啓!」

 

零が下の名前で呼んでいたのは、花音に「名字ではなく名前で呼んでほしい」とお願いされたからだ。別に下の名前で呼ぶことに抵抗はないので拒否はしなかった。最後に音符が付きそうなテンションで零の横をすり抜けていく花音を見送り、無言で着替えを手に取りシャワールームに向かった。

 

 

 

 

 

翌日から2094年度全国魔法科高校親善競技大会通称〈九校戦〉が開幕し、一高の二連覇へ参加者は気合を入れていた。1日目から真由美が出場するため見逃すわけにはいかない。真由美が登場すると大きな歓声が上がった。

 

「すごいなこの歓声」

「あの容姿に魔法力だ注目されても仕方ない。服部、その眼にしっかりと納めとけよ?先輩のハートをキャッチしたいならな」

「んな!」

 

顔を真っ赤にして口をパクパクと動かす様子を楽しそうに、零と沢木は2人で観察する。服部が七草先輩に気があるのは、競技種目の練習していた7月末から気付いていた。登場する今、茶化すにはもってこいのタイミングである。

 

「冗談はさておき。始まるぞ」

 

歓声が静まり開始のシグナルが点灯する。軽快な射出音と共にクレーが飛び出した。しかしすべてのクレーが個々に撃ち抜かれ、全弾撃ち漏らさず試合を終えた。

 

「さすが〈エルフィン・スナイパー〉だな。パーフェクトとは流石だ」

「ずごいな。さすが〈十師族〉に名を連ねる七草家の長女だ」

「パーフェクトなら決勝トーナメント出場決定だな」

 

その後は摩莉の〈バトル・ボード〉を観戦し、多種多彩な魔法の使い方に感動した。安全に勝利し、こちらも決勝トーナメントに出場した。


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