午前1時40分、23秒。未だ宵闇が空を覆う時刻に、その少年は町を駆けていた。
その顔には、フルフェイスの、無骨なヘルメットがはめられており、その下にある筈の顔を窺い見ることはできないようになっている。
それはどこにでもあるヘルメットだった。ありふれた覆面だ。
──彼はまた、「見回り」をしていた。ヒーローが
走り、走り。町外れの神社まで辿り着いたところで、境内の隅に少年は見た。
「それ」は恐喝であった。髪を傍目からも分かるくらい派手に染めた少年数人が、千草色の髪を携えた気の弱そうな女子──いや、そう見えるだけで男子だろう──に詰め寄っている。不良らしき少年たち四人の手には一様に刃物が握られており、それはどれも、月光を嫌味なくらい忠実に反射している上物だった。切れ味は確かだろう。加えて、その中の1人は、どこから手に入れたのか、日本刀を構えていた。
それに
さっきからずっと進み続けているので分かるが、少年の頬や腕には生々しい傷跡が浮かんでいる。──斬られたのだろう。
つまるところ、彼は憂さ晴らしのかかしに選ばれたのだ。
不良少年はその財布を乱暴にぶん取ると、徐に、その手に握られたナイフで少年を斬りつけた。
「……な、んで……お金出したら、もうしない、って──」
「うるせぇ!」
それだけでは飽きたらず、彼は下段から上段へと抜ける軌道で、足を腹へと叩き込んだ。その衝撃で、気弱そうな少年は腹を抱えてうずくまった。
「げはっ……ッ!」
「最近イライラくるんだよ。ちょっと発散させろや」
そのまま、素早く少年に接近して彼は再び殴り飛ばしたうえでマウントを取る。
「無能がよォッ!」
2、3度殴り付けた上で、そのまま、不良少年はナイフを、あろうことか少年の胸に突き立てようと振り上げた。
その瞳孔は異常なくらいに拡張しており、精神状態が穏やかでないことは誰の目にも明らかだった。アッパー系の麻薬の反動か、とデクはあたりをつける。
しかし、それでも尚、不良少年3人はその様子を突っ立って傍観しているだけだし、デクも、木にもたれかかってその様子を悠々と眺めているのだった。
──と、ふと。不良少年のナイフが千草色の髪の少年を掠めて地面に突き刺さったところで、突然、彼は駆け出した。異常な素早さだった。
今、あの気弱そうな少年は不幸の「絶頂」に──人生のドン底に居る。
彼がその状況に至るのを、デクはずっと待っていたのだ。
「こんなとこ、誰も来ないと思った?」
囁くように言うと、デクは少年に馬乗りになって、恍惚しきった表情を浮かべる男を、20%出力のデラウェア・スマッシュによって殴り飛ばした。
骨が軋む音と、肉が弾けた時の乾いた音が同時に鳴り響き、件の不良少年Aとでもしておこうか──は3メートルほど後方へ吹っ飛んだ。
またデクは、背後からナイフを振り上げて迫ってくる不良少年Bに後ろ蹴りを打ち込み、賽銭箱の上までそいつを蹴り飛ばした。マンチェスター・スマッシュだ。
「残念。ここには
デクは飄々と言い放ってから、不良少年Cの眼球へと、少年Bが落としたナイフを突き立てた。
ぐちゃり、といっそコミカルな音が響き、少年Cの眼球がこの世から消え失せた。
「───ぁッ! ────ッッッ!」
それに対し、そいつは人間のものとは思えない叫び声とともに悶絶した。さっきまで目があったところからは、鮮血が滴り落ちている。
デクは隙だらけになったそいつの胴体に、五指を揃えて手刀を叩き込んだ。当然、そこにはワン・フォー・オールによる肉体強化がはたらいている。だが体系化された「スマッシュ」でないために、それは必殺の一撃にはならなかった。
(しっかり技にしないとな、これも)
そんなことを考えつつ、彼は手刀のダメージの回復していない少年Cの首筋にカロライナ・スマッシュを叩き込んだ。それは20%出力のものではあったが、急所を突いていたために効果が増幅した。
結果。驚くほど簡単に、少年は死んだ。声もなく、地面に倒れ込んで、2度と動かない──。
「て、てめぇ! ブッ殺してやるッ!」
それを受け、日本刀を持った少年Dはこちらへと斬りかかってきた。
動きは良かった。剣道部だろうか、上段に刀を振り上げて、そのまま、綺麗なフォームでこちらへと袈裟斬りと洒落込む。
そう、動きは良かったのだ。しかし、速さが足りない。
次の瞬間、デクは少年Bのものだったナイフを捨て、腰からいつものナイフを抜くと、逆手にそいつ構え、少年Dの懐に突撃。そのまま脇腹を切り裂いて背後へと抜け、態勢を立て直そうとするそいつの手首を切り抜いた。
それで、Dは刀を取り落とした。その隙を突き、デクは前に構えていた利き手を、ジャブのようなスピードで顔に叩き込んだ。ジークンドーの動きである。
当然、攻撃はそれで終わりではない。彼はそのまま、鳩尾に何の遠慮もないデトロイト・スマッシュを打ち込んだ。それでDは大きく後ろに吹っ飛ぶ。
「殺せなかったね。ホントにやる気あるの?」
既に意識がなく、呼吸も続くかどうか怪しいその少年に、彼はパフォーマンスのように芝居がかった動作で語りかけた。
その様子が隙に見えたのだろう。立ち上がっていた不良少年Aが、再びナイフを構えて突撃へと出た。
「死にやがれッ!」
声が響き、ナイフが上段から振り下ろされる。
しかし、それは当たらない。ダメージで照準を上手く付けられなかったのか、その白刃はデクのうなじを掠めて背後へと抜けた。
そんな少年Aの頸動脈に、デクは指を突き立て、一閃した。一瞬、爪によって切れたのか、まるで噴水のように鮮血が迸り、骨からいっそ滑稽なほどに乾いた音が響き、そいつは仰向けに倒れた。
それもロクに見ず、最後に、デクは少年Bへ向かう。Bはこの集団の中で一番軟弱だったようで、未だ立ち上がれていなかった。
そいつを2、3度殴り付けて気を失わせてから、鳩尾にスマッシュを叩き込む。当然これでは死ぬ確率が低くなるだろうが、殺人は彼にとっては、あくまでも手段に過ぎなかった。
社会のクズの成敗。傍目からはそう見えるだろう。だがデクの目的は別のところにあった。
それを達成するために、デクはグローブを付け替えつつ、懐から、あるものを取り出した。
そしてふと、恐喝されていた少年の方へと顔を向ける。彼の手には携帯電話が握られている。だが通報はまだのようだった。
彼はどこか呆然としていた。恐怖で慄いているのはそうだが、それだけではなかった。彼の中には、そうした消極的な感情とは別の、もっと禍々しい、別のなにかが芽生えつつあった。
それを見、マスクの下でデクは笑った。それはどこまでも自然な笑みだった。
デクは少年に歩み寄る。それで彼は恐怖を露わにしたが、構わず、デクは手に持ったもの二つを置いた。
「これは……?」
少年の問いかけに、デクは答えなかった。ただ無言で、そこに佇んでいる。
しばらくそうしていたが、やがてデクはそこから立ち去った。
後には、少年と死体だけが残される──。