「お、オイ、あいつって……」
その日。雄英高校入学式の当日。僕が1-Aに入ると、万国共通な教室の喧騒が一瞬で別のものに変容した。
教室に居る誰もが入ってきた僕の方向に注目している。ある人はこちらに指を指し、ある人は目を見開いている。
「ま、間違いねぇ! 入試一位だ!」
その言葉で、僕は異質な雰囲気の正体を、驚愕に満ちた視線の正体を知った。否、思い出した。
入試の結果を見たときは驚いた。どうやら、あの実技試験で、ちっぽけな、どこか地味な少年、緑谷 出久は、一位という、僥倖を通り越していっそ不遜なくらいの結果を叩き出したらしい。
……
「ボ……俺は私立聡明中学出身の飯田天哉だ。君の鬼神のごとき戦いぶり、拝見させてもらったよ」
「そ、それはどうも……。僕は緑谷出久。宜しく、飯田君」
なんとか答えてから、僕は席に着こうとした。あまり目立つのは慣れていない。小中ともに、友人すらロクに居なかったのだ。
「入試一位なんて凄いね! ね、個性は何?」
「オレ、同じ会場だったんだけどさぁ、お前に潰されたよ! もっと周り見てくれよなー!」
「
しかし、ほぼ予想できた質問責めのために、それは叶わなかった。(質問じゃないのも混じっている気がするが)
その質問責めによってできた小規模な人だかりの中に、かっちゃんが居なかったのは少し意外だった。普通、こういう話題なら飛び付いてきそうなものだけれど。
彼は窓の外を見ていた。僕から目を逸らしたいがために、そちらに視線を向けているのかもしれなかった。理由は分からないが、自分はどうも嫌われているらしい。
その掌が、僕には少し震えているように見えた。
幸いなことに、この後直ぐに担任の先生が来て、質問責めは鎮火した。
*
個性把握テスト。担任の先生、相澤 消太先生から告げられたのは、入学式の段取りでも、学校についての長口舌でもなく、その、どこか奇妙な授業の内容だった。
先生は、基本的に個性の使用が禁じられている体力テストを、個性の使用を解禁して行わせる──と言った。
そして、そのテスト点数のトータルが最下位だった者は除籍されるのだとか。
「ええと、50m走か」
一年、オールマイトと修行をする前なら、ロクに個性も制御出来ず、結局腕を壊したり、何らかの形で、体にダメージを負ったりしていただろう。
でも、今は違う。──僕は、ワン・フォー・オール8%の力を使いこなしているんだ。
「よーい……」
パァン、と、乾いた音が響くコンマ一秒ほど手前で、僕は足に8%の身体強化を纏って飛び出した。
足が一度地面を蹴り抜く度に、何メートルもの距離が一気に背後へと抜ける。頬に当たる風が、今は心地良い。本来ならば7秒ほどしか出せない筈の僕は、どんどんと走り抜けていき、最終的に、5.2秒で50メートルを駆け抜けることに成功した。
そこで気付く。かっちゃんが既にゴールしていたことに。相変わらず万能な個性だ。攻守に於いて無敵だし、機動力にだって長けている。極めつけに、本人のセンスが高いのも効いている。
きっと、かっちゃんならオールマイトみたいな、偉大なヒーローに成れるだろう。
──出久は気付かない。そんな彼が、「デク」を克服するためにヒーローを目指しているということを。
第二種目、握力測定。僕は92kgを叩き出した。そのまま第三、第四と種目は続き、第五種目、ボール投げ。僕はこれくらいの動作なら肉体への反動は少ないかな、と判断し、ワン・フォー・オール20%の力でボールを投げた。
結果は200m。「僕」に課せられた時間制限、3分の壁は破られていないので、体は倦怠感に包まれる程度で、それ以外にこれといった反動は出てこなかった。
その後は記録稼ぎに尽力し、自分の中では満たされない感覚を抱えつつも、なんとか体力測定を終えることに成功したのだった。
終了後、講評で、僕は6位だと分かった。最下位除籍は免れたし、そもそも除籍自体嘘だったこともあり、二重の意味で安心するとともに、やっぱり未熟なんだな、とも思った。
オールマイトの力を持っていて、クラス6位である。彼のように、他の追随を全てはね除けられるようなヒーローは、まだまだ遠いということだ。
そんなこんなで一日目が終わり、僕は疲弊しきった体を何とか動かして駅へ向かっていた。
「あ、待って!」
──とそんな時に、僕は後ろから声をかけられた。振り返ってみると、そこには、さっきのボール投げの測定で、「無限」という規格外な記録を叩き出した茶髪の女子が立っていた。名前は──麗日さん……だったか。
「ええと?」
何か用件があるのだろうか。何もかもが不透明な彼女に、僕は取り敢えず簡素な問いかけを寄越した。
「あ、あの、お礼、まだ言えてなかったよね。おくればせだけど、ありがとう。助けてくれて」
「助け──」
咄嗟にには、何のことだか分からなかった。しかし、直ぐに気付く。そうだ。彼女はあの入試の日、0Pヴィランに潰されそうになっていたのだった。そして、僕はそれを助けた──。
「あ、ああ。あれ。いや、別にお礼なんていいのに」
「そうはいかへんよ。助けてくれたんやし……。でも、君──ええと、デク君?」
その瞬間、出久のトラウマが刺激されたことにより、「デク」が顕現された。
「ミドリヤ イズクだよ。──それよりもさ、その名前、どこで聞いたの?」
その口調はどこか親しげだったが、しかし、声色は深淵よりも深い闇を帯びている。
「デク」──。この蔑称ほど、彼の怒りを燻らせるものはこの世に存在しえない。
「聞いたってより、そう読めたから」
「ああ、そっか」
その言葉には、最早何の感慨も浮かんでいなかった。
興味を無くした、という感じだった。
「デク」という名前は彼のコンプレックスで──そして、全てでもある。それを刺激されたデクは、とっくに「きれ」ていた。
しかし、それで憤激を解放するのは得策ではない、という考えも同時に浮かんでいた。ここでわざわざ他人から嫌われる必要はない、と。
その後、二人は中身のない話をいくつか繰り返した後に、駅で別れた。