詳しくは本編を読んで確かめてみてください。
敵は「デク」だった。せっせと片付けをする、同じチームの飯田の横で、彼──爆豪 勝己はその事実を脳内で反芻していた。
何と数奇な運命。彼は「デク」を克服するためにヒーローを志す。しかし、そんな機会滅多に訪れない。だが今回、「目標」を倒すチャンスが巡ってきたというわけだ。
とは言っても、爆豪の心に燻る恐怖が払拭されたわけではないし、今だって目を閉じれば、あの日のことを思い出してしまうので、決してコンディションが整っているとは言えない状態であるのだが。
(それでも、これは授業。──奴からは逃げられない)
だが、爆豪の精神は決して軟弱ではない。既に彼の心には、「覚悟」が然として存在した。
「オイ、メガネ」
「メガネ!? 何だその鉄板──」
「今回、俺に斥候をやらせろ」
簡潔に言い切られたその言葉は、決して理にかなっているとは言えなかった。
この状況。敵の強さも考慮すれば、多少のリスクは承知で、二人で敵を迎え撃つのが定石だし、最も良い作戦なのだろうからだ。
「俺の機動力なら万が一逆探知されようと迎撃できる。加えて、お前は個性柄、俺より動きが読まれやすいだろ。斥候なら俺が適任だ」
欺瞞だった。
「何を言っている! 二人で迎撃した方が良いに決まっているだろう! 相手は入試一位だ。侮っていて勝てる相手ではない!」
声を張り上げた飯田の言葉は、完膚なきまでの正論だった。
「入試一位.....? 冗談も大概にしやがれ。あいつはただのクソナードだ。どれだけ見てきたと思ってる」
その言葉の途中で、無線機に訓練の開始を告げるメッセージが入った。それを聞き取ると、爆豪は止める飯田を振り切り、核を隠している部屋を後にした。
(独断……! 本気かあいつ……。しかし、あれだけの大口を叩いて飛び出したんだ。何か策があるのか……?)
飯田の個性なら、爆豪を追いかけ、無理矢理にでも引き留められた。しかし、それをしなかったのは、このような心理が存在したからであった。
*
少し時が過ぎ。建物の中を駆けていた爆豪は、ふと、通路を向かってくるヒーローチームを発見した。
直ぐにでもブッ飛ばしてやりたい、というはやる思考を抑え、彼は思考を始める。センスだけで戦闘を切り抜けてきた爆豪にしては珍しい行動であった。
この状況。敵を倒すのに、最も有効な手は何か。
先ずやるべきは、敵の分断だろう。と彼は考えた。自分なら2対1だろうと対処できる自信があったが、それでも、不利な状況であることに変わりはないのだ。
分断──。そのためには、視覚情報を奪って、混乱させてやればいいわけだが……どうするか。
そこまで思考したところで、彼は気付いた。
(何だよ。あるじゃねェか。簡単に奴等を分断できる武器がよ)
もう敵の二人は、爆豪が潜伏している階段の踊り場近くまで来ていた。もう少し前進すれば、自分は捕捉されてしまう。そうなれば終わりだ。
その前に決める。胸中で言いつつ、爆豪は腰から手榴弾を取り出すと、それの側面に取り付けられているスイッチを押して投擲した。
これには、爆豪の個性である「ニトロ汗」の成分が入っている。その成分を、スイッチによって作用させ、爆弾にするというわけだ。
次の瞬間。緊迫した二人の表情が、眼前に落下してきた物質を捕捉することで一瞬歪み。
それから1拍と置かず、手榴弾が爆発した。
(今だッ!)
手榴弾の爆発により、辺りは煙に包まれている。加えて、この攻撃は完全な不意打ちだったので、食らったにせよ回避したにせよ、態勢を建て直すのには時間がかかる筈だ。
連携は崩してやった。もう、反撃はできない。
ここで決める──! 心中で叫びつつ、爆豪は爆発による前進で出久の方に急接近。そこから、一気に決めようと、右手を振りかぶった。
その一瞬。ほんの一瞬。通常の殴打よりも僅かに遅い大振り攻撃を選択したことが、仇となった。
刹那。態勢を建て直した出久は、しゃがんだのだった。身を屈め、低姿勢となって攻撃を回避する。
それに爆豪が気付いた時には、全てが遅すぎた。最早攻撃は中断できない段階まで来ており、そこから姿勢を動かすことはできない──。
次の瞬間。必殺の右手は出久の縮れ毛を掠め、後方へ抜けた。爆発は虚しく虚空を叩いてその衝撃を散らす。
否。その衝撃は、逆に──出久の前進を加速させている。
刹那。下段から上段へと、前進の勢いまで利用して打たれた殴打を、彼は回避しきれなかった。
拳は厭らしいほど正確に鳩尾へヒット。衝撃は背中まで抜け、その勢いを殺しきることもできずに、爆豪は再び階段の上まで吹っ飛ばされた。
異常な威力だった。今だって、気を張っていなければ意識がトびそうだった。
「やっぱり.....強いね、かっちゃん。狙いも正確だ。もう少し君の攻撃が早ければ、僕はやられてた」
煙を払いつつ、刮目した出久はそう言い放つと、拳を構えた。そして、右手を突きだすと、柄にもなく指を前後させた。挑発である。「こっちへ来てみろ」──という。
その瞬間。爆豪の心から、あらゆる理性と自制心、恐怖がフッ飛んだ。
それは、トラウマによって磨耗して尚、欠片ほど残った自尊心による作用であるかもしれなかった。
刹那。加減を知らない出力で彼は加速し、出久に接近。否、攻撃の間合いに入っても、爆豪は加速し続けた。自分の身を省みず、捨て身の特攻を仕掛けようということだ。
しかし。出久は、それに怖じ気づくことも、投げやりになることもなく、あくまでも冷静に「対処」をした。
爆豪の右脇腹に肘打ちを与え、それで一瞬小細工を封じたうえで、未だ残った衝撃を彼に組み付き、一旦自分の直線軌道から逸らした上で、無駄のない動きで爆豪を投げ飛ばした。それも、階段とは逆の方向へと。
──彼は自分の加速力と出久の投擲能力とで吹っ飛ばされ、壁にしたたかと背を打ち付けた。
「ガハァッ!」
息が意図せず漏れた。動こうと思うが、直ぐには復帰できない。刹那的にホワイトアウトした視界が復旧した時、眼前には麗日が立っていた。
そこで彼は気付く。自分が、階段と逆方向へ投げ飛ばされたのだと。
「まず──」
い。そこまで言葉は続かなかった。次の瞬間には、既に麗日は走り出していた。
逃げられる。自分が防衛ラインを敷いていた筈の階段を越えられて、陣地に侵入される。
それを理解すると、堪らなくなった。冗談ではない。自分は他の誰よりも優れていた。あの忌々しい「デク」さえ居なければ、自分は無敵の筈なのに──。
戦いの最中にも関わらず、彼の自尊心は段々と膨れてゆく。
(今……何故か「デク」は現れていない──今なら。突然変異だとかで個性が生まれただけのクソナードに敗北する道理はない)
怒りが湧き上がり、傲慢さで研磨され形を成していく。
(俺の方が上だ。あいつは下だ!)
そこまで思考が進んだところで、彼の五感が完全に復旧し、体が動くようになった。それをロクに確認もせず、爆豪は爆発の威力で空中に身を躍らせた。
「これまでのすべて、精算してやるッ!」
そのどこまでも身勝手な絶叫を聞いてか──出久は戦う意思をあらわにした。もう麗日は完全に階段を昇りきっている。この戦いは短期決着にならなければいけない。
どちらかが倒れれば、そこで戦局は一気に傾く。
「来い、かっちゃんッ!」
刹那。
下段から腕を振り上げる爆豪の攻撃と、上段から爆豪を迎撃する軌道の出久の攻撃が、ほぼ同タイミングで動き出した。
原作では個性なしの出久が奮戦した話。でも、この「サイデク」は、個性と個性のぶつかり合いになる。
初期からずっと考えてきた構図です。実現できて良かった。