緑谷出久はサイコな二重人格のようです   作:サハクィエル

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 遅れてしまい申し訳ないです。


最初から生きてはいないから

「二重、人格……」

 

 その日は臨時休校だった。まあ仕方がない話ではある。この日の前日に、僕たちの通う、雄英高校はヴィランに襲撃されているのだから。生徒のメンタルケアも兼ねているのだろう。

 

 しかし。僕の心は、世辞にも落ち着いているとは言えなかった。

 

 昨日。あの医務室で気付いてしまった「真実」──。自分が二重人格である、という真実は、今まで経験してきたどんな挫折よりも深く自分の胸に刺さった。

 

 思えば今まで、運命を分ける重大な局面では必ずと言っていいほど意識が飛んでいた。あれは、きっとその「もう1つの人格」とやらが躍動していたからなのだろう。

 

 幼い頃、イジメられていた時も。ヘドロのような個性を持つヴィランと対峙した時も。雄英高校の入試も、あの戦闘訓練も。加えて、ヴィラン襲撃の時も。

 

 僕は、自分の力で困難を乗り越えていなかったのだ。

 

 そう思うと、どうしようもなくドス黒い気分になる。今までの自分を否定されているからだ。それも、他でもない自分自身に。これでは自己肯定のしようがない。

 

 そして。僕には、このことを相談できる相手がいないのだった。

 

 ──と、ふと。僕は、自分の意識が10分ほど飛んだのを認識した。パソコンと向かい合って二重人格について調べていたので、デスクトップの右上に表示されている時計で分かるのだった。

 

 時間が飛んだ感覚。これは、今までにも感じたことがあった。思えば、あれらは全て、もう1つの人格が出ていたから起こることだったのだろう。

 

 今、感じたのも恐らくそれだろう。僕は、10分ほど意識を乗っ取られていたのだ。

 

 僕は何か変わったことはないか、と辺りを見回し、視線を下げたところで、そこにノートが広げられていることに気付く。

 

 それは、「将来の為のヒーロー分析」のNo.14だった。開かれているページには、見覚えのない文章が綴られている。

 

『いや、まさか気付くとはね。驚いたよ』

 

「…………!」

 

 僕は叫び出しそうになる身体を必死に抑え、ノートを読み進めていく。

 

『ああ、不躾にごめんね。けど、何というか──お前は、もっと察しが悪いと思ってたんだよ。見当違いだったようだけどさ』

 

 僕は、自分でも気付かないうちにその文章を読み上げていた。手紙というよりも、面と向かって話しているかのような文体であるこれは、どこか馴れ馴れしく、そのうえに傲岸不遜だ。

 

 書いたのは恐らく、否、確実に、もう1つの人格だろう。

 

『とにかく、だ。本題に入らせてもらうよ。この文章はさ。この『体』の主導権は僕にあるってことを、お前に知っておいてほしかったから書いたんだ。僕はお前なんだよ、緑谷出久。お前が見たがらない自分自身さ』

 

 嘘だ。嘘だ。こんなの──現実じゃない。うわごとのように呟きながら、僕はページをめくる。

 

『僕は好きなタイミングで現実に出ることができる。お前が行動しているうちも、現実の事象を知覚することができるし、その気になればその行動を阻害することができる』

 

 ページをめくる。指の震えを無視して。

 

『お前は、人間関係に於いて便利だ。人付き合いはどうにも好きになれないんだよね。だからその辺は任せるけど──』

 

 そこいらが限界だった。そこから先の内容を平静を保って読むことなど、僕にはできようもなかった。

 

 気付けば、卓を腕で叩きつけ、ノートを吹っ飛ばして叫んでいた。

 

「ふッざけんな! 身体を返せ……僕の日常を返せよォッ!」

 

 幸いなことに、家に人は居なかった。そのために、この絶叫も、誰にも聞き咎められることなく空気に消えていくのであった。

 

 自分の中に、こんな腐った人格があると思ったら吐き気がする。自分の都合のために何も知らない他人を利用する。──それは僕が思い描ける中でも、最も残虐非道な悪役の姿そのものだった。

 

 次の瞬間には、僕は机の引き出しの中に入れていたサバイバルナイフを取り出していた。それを腕の直上で構えると、皮膚にあてがう。

 

 こうでもしないと。自傷でもしないと、自分を保てる気がしなかった。

 

 しかし。ナイフの白刃が皮膚の表層をわずかに裂き、血を滴らせた瞬間、僕の脳裏にある光景が浮かんだ。

 

 それは深夜、どこかの街を駆ける自分の姿だった。ナイフやスタンガンで武装した彼は、手当たり次第に不良やチンピラの類を襲っていく。

 

「あ……」

 

 ふと、僕の脳は、その視界を、その瞬間を見た。

 

 僕の拳が、人の命を奪う瞬間を。

 

 一拍も置かず、僕はナイフを部屋の隅へ目掛けて投げ捨てた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──。

 

 ──だがそれが現実であることは、この身体を所有している僕自身が一番よく、痛いほど分かっていた。今やそのイメージは視覚だけにとどまらなかった。鮮血の匂い、苦悶の呻き声、拳が、生命を刈り取る感触。すべてが今や、僕の身体を駆け巡っていた。

 

 僕はきっと、一生こうなのだろう。一生、もう1つの人格から逃げられず、事あるごとに恐怖して世界を歩んでいく。──もう、どうにもならない。

 

 気付けば、僕はワン・フォー・オールを20%の出力で発動し、窓の縁に手と足をかけて力をそこに加えていた。

 

 限界だった。ここは集合住宅の4階で、この窓の縁を乗り越えれば、全てから解放されて楽になれると思った。

 

 しかし飛び降りる寸前。意識が数秒消し飛んだかと思うと、気付けば僕は部屋の隅に居た。ふと、左手に目をやると、その中指が赤黒く変色していた。

 

 恐らく、もう1つの人格が、100%の力で指を弾く(デラウエア)スマッシュを放ったのだろう。僕はその衝撃で大きく後退したというわけだ。

 

 指から伝わる痛みが精神を焦がす。骨折の痛みだ。尋常ではない。

 

「あああ.....ぁぁあぁぁぁ.....」

 

 抑えようとしても、喉の奥から勝手に声が漏れる。

 

 僕の青春は。今までの15年間は。

 

 全て、もう1つの人格の手のひらの上だった。奴にとって僕は、滑稽に奮闘する「おもちゃ」──。ただそれだけのことだったのだ。

 

 どうしようもない喪失感が電撃のように全身を突き抜ける。増大し、過剰に絶望感を纏った倦怠感が、まるで呪いのように、じわりじわりと獲物を飲み込む蛇のように、全身にまとわりつく。

 

 その日。緑谷 出久の目から、光が消え失せた。何も写さなくなった深淵の瞳は、どこにもない場所へと向けられている──。




 ここはかなり大幅に修正した部分です。
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