体育祭編。じっくりと描写していきたいと思います。
2週間後。かつてのオリンピックに代わるとされる、日本最大の学校行事、雄英高校体育祭が、後数分で始まろうとしていた。
2週間。その期間に緑谷出久が目覚めることはなかった。一応、何度か意識を表面に出してみたものの、まるで廃人のようになってしまい、座った姿勢から微動だにしなかったので、デクは仕方なく、意識の奥底に出久を封じ込め、学校生活を耐え抜いてきたのだ。
「なあ、緑谷」
ふと。更衣が終わり、ぼんやりと考え事をしていたデクの思考を、低い声が遮った。
推薦組でクラス最強ではないかと噂されている、轟焦凍の声だった。いつも通りの仏頂面で、視線を、座っているデクに向けている。
「お前、オールマイトに目ぇかけられてるよな」
「──まあ」
曖昧な返事を返してやると、轟はわずかに眉をひそめてから、「客観的に見て──正直、俺とお前、どっちが上なのか……分からない」と、これまた曖昧なことを言った。
「うーん。多分、僕の方が強いんじゃあないかな? 君に勝つことなんてのは、実はそんなに難しいことじゃない」
挑発的な言葉だった。それで、轟は完全に勢いを失った。──否、それどころか、ペースを大幅に乱されたようだった。一瞬驚いたような表情を作った後、その顔を強張らせた。
「──っ、そう思いたいなら......勝手に思っとくといい……」
言い返されると思っていなかったのか、はたまた、今までの苛烈な鍛練の日々を否定されたことに対して憤慨しているのか。どちらにせよ、今のデクには計りかねない内情であった。
「とにかく、お前には勝つからな……!」
吐き捨てるように言い残して、轟はその場を去った。
暫く、その場には沈黙が落ちていた。常に冷静沈着──だと思われていた轟のペースが乱れた所為もあったろうし、デクの、ここ2週間で急激に増えた不敵な発言の所為もあるだろう。
「──どうなるかなぁ、体育祭」
結局、厭に平和な呟きを残し、デクもその場を後にした。
後には、何人かの生徒が残った。
「しっかし、意外だよなぁ。緑谷があんな事言うなんてよ」
そう発言したのは瀬呂だった。
「いやぁ、でも、よく言えたと俺は思うな。クラスのトップ相手によ」
デクの言動を称賛したのは上鳴だ。彼自身、そういう不敵な言動は嫌いではなかった。
「──なーんか。男らしくねぇような気もするけどよ」
切島はどこかぼんやりとした表情を浮かべている。彼なりに、デクの発言に思うところがあったのだろう。
「とにかく、だ。ここで話している場合じゃない。急いだ方がいいんじゃないか、皆」
結局、飯田のこの発言で、この場はお開きとなってしまった。
*
「選手代表宣誓! 緑谷出久君!」
名前を呼ばれたので、デクは待ち構えていたかのような軽やかな動作で、列をかき分け、壇上に躍り出た。彼は入試一位だ。ここに呼ばれることは薄々感付いていたのだろう。
デクには緊張というものがない。そのため、彼は憮然と息を吐き、これまた不敵な微笑を口許に浮かべたうえで、マイクに向かって「それ」を言い放った。
「選手宣誓。ええと、そうだな。セオリー通りなら、色んな人に向けて感謝してから、日付を言わなきゃいけないんだろうけど──僕はちょっと、趣向を変えてみようと思います」
その言葉で、会場がざわめき始めた。こんな選手宣誓を、誰も見たことがないからだ。ここまで大舞台を用意され、全国からヒーローが集まっている中で、そんなことを言える人間を、誰も見たことがなかったからだ。
「皆さんッ! この緑谷出久には夢がありますッ! トップヒーローになるという夢ですッ! ──その夢のため、そして、多くの人々の為にも……僕はここで、一位になりますッ!」
まるで、世界全てを嘲るかのような笑みで、声高らかに、宣誓を終えた時。
会場の「ざわめき」は絶頂に達した。
「調子乗んなよA組おらァァアァ!」
「舐めくさりやがって、入試一位が!」
「僕は一番が好きだ、ナンバーワンだ! あんなスカした野郎にイバらせはしないッ!」
罵詈雑言。それは、ブーイングという言葉で人括りにするには、あまりにも暗すぎる、呪詛めいた言葉の数々だった。
しかし、デクはそれを気に留めることなく、元の場所へと引き返していった。
会場のざわめきは、まだ収まらない──。
*
(あの野郎……何考えてやがる──ッ!?)
驚愕し、怨嗟を放出し、憤懣に呻く雄英生徒の中で。最も深く驚愕していたのは、俺ではないだろうか。
──爆豪勝己。デクの幼馴染みだ。
あいつは正直なところ、読めないところこそあれど、こういう場では真面目な奴だと思っていた。「出久」という人間の根本には、偉大なヒーロー、オールマイトへの強い憧れと正義の心があり、そういう面で、あいつは真面目な宣誓をするだろう、と勝手に推測していたのだが──。
(なんなんだ、ありゃあまるで──)
そこまで思考したところで、俺は頭を振って思考を打ち消した。
今、俺は何を考えていた? ──そんなことがあり得る筈がない。冗談じゃない。
しかし、その考えは何故か、頭から消えようとしない。
そうこうしているうちにも、デクが降りてくる。あいつはこの局面で尚、微笑を浮かべていた。まるで敵など存在しないかのように。まるで、自分が世界の王だとでも言いたげに。
──俺はそこに、一人の人間を写し取ってしまった。
「そいつ」は、特徴的な金髪を持っており、眉間にはシワが作り出されているものの、不機嫌なわけではなさそうだ。その口許は、間欠泉のように吹き出す自信につり上がっている。
そしてそいつは、「俺」と同じ姿をしていた。
──そこで俺は。さっきの考えが正しかったことを悟る。根拠は、「自分の感覚」という不確かなものだ。しかし、その考えが正しい、という確信は、石のように心に存在して、消えようとしない。
デクは。今のあいつは。
まるで、俺だ。
俺なんだ。どうしようもなく傲岸不遜で傍若無人、肥大化した自尊心を抑え込む方法を知らず、いつしか、自尊心こそが「個性」だと思い込み、世界を嘲るように笑う姿は。
紛れもない、爆豪勝己だ。
余談。途中のブーイングは、上から順に「鉄哲」「心操」「物間」のつもりで書きました。