デクの目の前で、ゲートが開く。
雄英体育祭第一種目、障害物競争のコースに続くゲートが。
「さァ位置につきまくりなさい!」
それが解放されてから1拍おいて、進行を務めているヒーロー、ミッドナイトの声が響く。それは、もう競技が開始するということを示していて──。
デクは、自分がやるべきことを確認してから笑みを浮かべ、いつもの「構え」をとってその瞬間を待った。
「スターーートッッ!」
開始が宣言されると同時、デクを含めたその場の雄英生の全員が、一斉にゲートへ駆け込んだ。しかし、ゲートは予想以上に狭く、当然、人の流れはそこで大きくその勢いを落とした。
──と、そこで。2つのことが、同時に起きた。
先ず、先陣を切っていた1ーA最強候補の赤白髪、轟 焦凍の個性で、生徒の群の足元が凍りつき。
それとほぼ同時に、叫び声と一緒に、十数人の生徒が吹っ飛ばされた。
その叫び声は、こう言っている──。
「オクラホマ・スマッシュッ!」
──と。
片足で自分を支え、体を浮かし。そのまま、360度回転する技。勿論、そのフィギュアスケーターのような動作にはワン・フォー・オールの強化が施されており、その威力はさながら竜巻だ。
それで道が開けた。デクは地面を蹴り、倒れた雄英生は不遜にもジャンプで乗り越えて前進する。
『おオーーっとォ! ド派手な妨害の応酬だッ! 何人か吹っ飛ばされてるぞ!』
実況の声を尻目に、デクは疾駆し、そして、前方に巨大な影を認めて立ち止まった。
『さあ、そうこうしてるうちに第一関門だ! ヒーロー科の実技入試経験者は分かるだろうが──"ロボ・インフェルノ"! ……と、こいつはそう名付けて呼ばれているぞッ!』
デクが捕捉した影は、入試の0P仮想敵、ロボ・インフェルノだった。かつて、彼自身が腕を犠牲にして撃破した敵だ。
その、日曜朝9時30分からやっている特撮の敵かのような巨躯は、否応なしに相手に「死」をイメージさせることだろう。
しかし、屈強な雄英生はうろたえない。次の瞬間、腕を振り上げた轟は、瞬間的に個性を発動させ、寒風を迸らせた。そんな寒風を受け、ロボ・インフェルノの巨躯は凍りついてしまう。
「す、すげぇ! あの巨体が、一瞬で──!」
「ぼさっとすんな! 今が通り抜けるチャンスだぞ!」
そんな声が聞こえて来たが、デクは敢えてそこに突っ込もうとせず、凍ったロボを避け、端の方へと進行方向を変えた。
それが彼の命運を分けた。次の瞬間、不安定な態勢で凍らされたロボット二体は、その巨躯を地に落とし、粉々に砕け散ったのだ。
『Wow! こいつぁクールだ! 迎撃と妨害を一度にこなしてるぞッ!』
実況は轟を称賛しているが、その場に実際に居合わせている雄英生は違う。自分の命が消えかけたのだ。不安、死ななかったことへの安堵、誰かが潰れたかもしれない、というヒーロー的な邪推。
そんな思いがないまぜとなって、殆どの者の精神状態は、混沌となっていた。ロボットの残骸の周囲からは、誰か死んだんじゃあないのか……? という呟きがあがっている。
「オレが死ぬかァーーッ!」
──と、ふと。全身を個性で硬化させていた切島が、自身に覆い被さったロボットの残骸を突き破って脱出してきた。
それで場の空気は多少和んだようだった。いくらヒーローのイベントとはいえ、これは「体育祭」の延長なのだ。死者が出てしまえば元も子もない。
そんな流れなど露知らず、デクは、眼前の巨大ロボットに向かって跳躍し、迫ってくるアームを支点として、もう一度ジャンプして上昇。そこから、ロボットの頭部を思い切り蹴りつけ、向こう側へ抜ける。
ここまで5秒。舌を巻くような速さだ。
しかし、ロボ・インフェルノの向こうにも、小型の敵が存在しているので、彼はそれに対して何らかの行動を起こさなければならない。
「緩いッ!」
次の瞬間。デクはロボのうち、入試で1Pだった奴に組み付いた。そのまま、3秒間だけ100%の力を行使し、そいつの全身を砕いてしまう。
「デク」の巧みな肉体コントロールは、100%の力を、肉体にあまり負荷がかからない範囲内であれば、3秒間だけ使用することを可能にしたのだった。
そして、そこから、彼は地面に散らばったロボットの残骸を、それぞれしなやかな動きで投てきしていく。2弾が左右の2P敵に命中し、そのカメラを破壊して内部機構を崩し、その他の弾は、周囲のロボットの脚部の、本体との接続を絶っていく。
それで道が開けた。デクは再び地面を強く蹴り、速力だけに「個性」を集中させて疾駆する。
『さァ、第一関門を抜ければ第二関門だ! 第二関門は所謂綱渡り! 「ザ・フォール」だ!』
10秒くらい走った頃だろうか? 珍しい「増強型」の個性であるデクは、一躍先頭に躍り出ていた。1メートルほど前方には轟が居り、横には爆豪が並んでいる。
そしてその後ろには、A組を主とした塊が続いており、その更に背後では、残りの生徒がごったがえしていた。
(今のところトップ。──第二関門で躓かなきゃいけるかな)
そんなことを考えつつ、デクは前方に目をやる。そこには、まるでゲームのマップのように、岩石が点在していた。上部だけが綺麗に整えられている岩石のない場所は奈落となっており、その岩石と岩石の繋がりは、軟弱そうなロープだけだ。
まさに
(ワン・フォー・オールの跳躍で──いけるか、どうか)
思考しつつ、デクは徐に、助走をつけて前方の岩へ向けて跳躍した。その足からは緑色の稲妻が迸っている。
デクは跳び、跳び──そして、岩に着く前にその勢いを落とし、放物線を描きながら、緩やかに前方へ落下していく。
このままでは奈落に落ちる。そう誰もが思ったところで、デクは持ち直した。なんということか、わずかに出っ張った岩の端部分を踏み抜き、もう一度飛び上がって岩石の上に着地したのだ。
競技の趣旨通り、綱渡りのような危ない運動だった。もしも、岩石に出っ張りがなかったら? 彼はそのまま真っ逆さまに奈落の底へ落ちていっただろう。
この状況。並みの恐怖心を持った者なら、流石にギャンブルにも等しい走り幅跳びは自重し、慎重に縄を伝ってゴールを目指そうとするだろう。
だが、デクは違った。
次の瞬間、彼はもう一度跳躍した。その足で地面を蹴り抜いて宙に飛び出し、さっきまで居た岩から、遠くの岩まで跳びきろうとしたのだ。
「オイオイオイオイオイッ! 死ぬぜあいつ!」
無茶だ無謀だと誰かが言った。このままじゃ死ぬと本能が悟った。
それでもデクは止まらない。この跳躍は見事に成功し、岩石へと綺麗に着地することができた。先頭を行っていた轟の居る岩へと。
それが、デクの常軌を逸した三次元軌道に拍車をかけたのかもしれない。この時点で、彼は真横に轟が居ることをみとめていた。抜かなければいけない、と考えるのは当然のことだろう。
「止まれ、このッ!」
焦燥と、さっき煽られたことへのささやかな怒りから、彼は叫びつつ、デクの足へ向けて右腕を振り下ろした。これが命中すれば、デクの足はたちどころに凍りついてしまい、ここで大幅に足止めを食らってしまうだろう。
デクが「それ」を選んだのは、そんな轟の行動に焦りを感じたからか、はたまた、最初から「そう」する気だったのか。
どちらだろうと、最早そんなことは関係ない。その刹那。轟の腕が振り切られる刹那、デクは、最初に落下しかけた跳躍よりも、少し遠いくらいの位置にある岩へ向かって跳躍していたのだから。
轟の腕が空を切り、漸く調子の出てきた爆豪が、少し後ろで驚愕の叫びをあげ。そして、デクが宙を舞う。
──デクの勢いは何秒か続き、やがて失速し、先の2回と同じように放物線を描いて落下していく。
岩石までの距離は、残り7メートル。
本当なら一話で障害物競争は終わらせるつもりだったのですが……終わりませんでした。次回に続きます。