ああ、そう言えば、ヒロアカの映画、人気らしいですね。3日で興業収入5億円だとか。面白そう。いいなぁ、観に行きたいなぁ……。
落ちて行く。残り7メートルを残し、ゆるやかに前進しながら、下降してゆく。
何をどう考えても失敗する跳躍。成功する確率なんて、ゼロに等しい選択だった。それを選んだことは、間違いなく「間違い」だ。
それでもデクは後悔していない。否、この期に及んで、まだ着地は成功する、などと信じきっている。
『おォっーーっとォ! 先頭、ここで賭けに出たぁぁあーーーッ!』
だから、これはきっと。
天罰、という形容が相応しいのだろう。
デクは前方に見えた岩石へと足を伸ばした。間合いは詰められているが、届くかどうかは五分といったところだ。そのうえ、ここで足が届かなければそのまま真っ逆さまに奈落へと落ちてしまう。
次の瞬間。限界まで引き伸ばされた足は──虚空を叩いて下に抜けた。
彼の足が岩を踏むことは、ついぞ叶わなかった。
「────ッ!」
切迫した叫びをあげてから、デクはもう片方の足を伸ばした。しかし、それも虚しく空を切り、岩に到達することはない。
落ちる。彼も、そして、後ろから追随してくる競争相手も、同じことを考えた。
しかし、デクはそこでへこたれたりはしない。あるのだ、この状況をひっくり返す術が。
(ここで落ちるのは困る。落ちたら即・退場だ。リスクは高いが──やるしかない)
次の瞬間。デクは左腕を真後ろへと突きだし、その指を強く弾いた。指には赤いラインが刻まれている──ワン・フォー・オール100%の発動を示すラインだ。
「デラウェア・スマッシュ」
それにより、デクの後方に、物凄い風圧が発生。衝撃で、デクは一気に岩石との距離を詰めることに成功した。否、距離を詰めるどころか、彼は岩石と衝突し、それを一部砕いてしまった。整えられていた岩石が砕け、ロープが下に落ちるが、それを気にせずデクは跳ぶ。歪な足場を蹴り、更に自分の体を加速させる。
彼が立っているこの場所は、最後の岩石だ。そこさえ越えれば、最終関門が見えてくる。
デクは勢い良く地上に降り立つと、左手の痛みを無視し、勢いを殺さずに駆け出した。その勢いは、まるで一陣の風のようである──。
『さぁて、ここで先頭が大きく前進ッ! つーか誰か追い抜いてくれアイツ! これじゃエンターテインメントにならねぇ!』
実況が言うと同時、爆豪と轟が第二関門を突破した。彼らもデク同様、相当に勢い付いている。危ない体運びでなんとか駆け抜けてきたのだ。
他の競争相手は、デクが崩した岩石をどう乗り越えるか──手間取っているようだったが、直ぐに追い付いてくるだろう。うかうかはしていられない。
「さて、やるか」
デクは走りつつ、小さく呟いた。そして、今度は右腕を前方に突き出しつつ、その指に緑色の閃光を迸らせながら、最終関門へと肉薄する。
『早くも先頭は最終関門に辿り着いたようだが──最後はこれだ、「怒りのアフガン」! 一面地雷元だぞ、注意しろーーッ!』
一面地雷元。先頭ほど不利になる、エンターテイメント性を重視した最後に相応しい仕掛け。
地雷の位置は、地面を凝視すればなんとか分かるようになっているが、そんな神経質なことをしていれば、空中機動力を持つ後続に追い付かれてしまう。
デクはそれを悟ったのだ。それで、予め右手の指に、20%の出力で力を纏わせておいた。
そしてそれを──
「デラウェア・スマッシュ!」
放つ。──と次の瞬間、地面に突き刺さった衝撃が、そこに仕込まれていた地雷へと衝撃を与え、地雷を起動させた。
轟音、次いで、衝撃。爆発が空気を焼き、周囲の風を四方へと散らしていく。
それを尻目に、デクは20%デラウェアスマッシュの2弾目を前方へと放った。今度は何もない地面を風圧が叩いたために、先のような派手な爆発は発生しなかった。
構わずデクは3弾目を放つ。今度のスマッシュは遠くの地雷を叩き、作動させる。
(指が壊れない程度のスマッシュ……! それを使って、まるで潜水艦のソナーのように地雷を探知しているッ!)
爆豪が後方で導き出した考察は、寸分狂わずその通りだった。
地面を凝視していたのでは追い付かれる。第二関門のように運任せの博打に出ては死ぬ。しかし空中機動力はない。──これは、そんな状況下での最善手なのだった。
デクは中指の死んだ左手も前方へ突き出した。一本が使い物にならなくなっても後4本は仕事をすることができるのだ。
4発、7発、16発──。リズミカルに風圧が地面を叩く度、爆発がデクの周囲で巻き起こり、生暖かい風が肌を突き抜けていく。
その様は、まるで紅海をまっぷたつに裂いてわたったというモーセのような──。
「随分楽しそうじゃあねーか、え?」
次の瞬間。肩を掴まれたデクは、己の失策を悟った。
確かに、前進という一点に於いてこの策は完璧だ。彼は未だ1つとて地雷を踏んでおらず、爆発による妨害を受けていない。
だが。この競技の名前は、「障害物競争」だ。競争なのだ。当然、前進するだけではダメだ。後方の妨害もこなさなければ──。
「爆豪──勝己……ッ!」
デクの肩を掴んだのは爆豪だった。彼はこのエリアに於いては最強だ。地雷など関係なく、空を駆けることができる彼には。
刹那。幾重にも重なった爆撃が、デクの肩に乗った掌から迸り、痛みと衝撃が彼の歩みを止める。それだけでも十分に減速したのだが、それだけでは彼の攻撃は止まらなかった。
なんということか、爆豪はデクの背中に攻撃を食らわせたのである。刹那の一瞬、デクが抜かれる一瞬の、簡潔で、それでいて決定的な一打。
その衝撃で、デクは地面へと崩れ落ちる。前進の衝撃が転倒の力に加わり、前のめりに倒れていく。
(勝ったッ! 俺は、俺は──)
この時点で──。爆豪は勝利を確信していた。否、誰の目に見ても、デクの敗北は明らかだった。
しかし。そんなデクの表情は、絶望に満ちたものではなかった。
笑っていたのだ。この局面でもまだ、彼の、世界全てを嘲笑うかのような笑みは絶えていないのだ。
「ああ、ありがとう……」
その呟きから1拍後。
デクが地面に体を打ち付けたのと同時、彼の腹部の辺りで大爆発が起きた。
地雷。爆発の正体はそれだ。デクの倒れ込んだ地点には地雷が存在しており、それが、転倒の衝撃で作動したのだった。
次の瞬間、彼の体は爆発により天高く舞い上がった。勿論、熱や衝撃で体はボロボロになっていたが、これは人を殺すための地雷ではないので、そこまでの痛みはなかった。大火傷をすることも、体の一部が欠損するなどということもない。
「僕の体を押し上げてくれたのは、爆豪勝己だったッ!」
そうなのだ。
彼などに構わず、前進することだけを考えていたならば。結末はもっと、違う形になっていただろう。今の爆発で、後方から目立たずに追いすがってきていた轟は妨害され、デクは大幅に前進した。
彼は爆豪よりも遥かに強い爆発によって大きく前進し、文字通り、ゴールのゲートに突き刺さった。
勿論、腕でガードしていたので、ダメージは少ない。彼はそのまま、腕をゲートから引き抜き、地面に降りたってから、気取った動作でゴールした。
結果は一位。最初の宣言通りになったわけだ。