現実は、最早、「忙しい」などという形容では言い表せないほど、のっぴきならない状況に陥ってしまったようです。
なので、誠に申し訳ないのですが、この作品はここから一年ほど更新されなくなることになります。
楽しみにしてくださった方々には、申し訳なく思っています。すみません。
冬が過ぎ、春が来たら、きっと戻ってきます。
待てますよ、という方は、しばしお待ちください。
尾白がデクに告げたのは、あの心操とかいう普通科生徒の個性の正体だった。
その「個性」とは、他人の心を完全に掌握してしまう「洗脳」──。それにかかれば、最後。後は相手の言葉通りに動く操り人形になってしまうというわけである。
その発動条件は、相手の「呼び掛け」に応えることのようで、それにより「洗脳」されても、強い衝撃を外から与えられれば我にかえるのだという。
「でも、どうしてそんなことを僕に教えてくれるんだい?」
そう訊くと、尾白は複雑な表情をして言った。
「俺は、ほら。棄権しちまったからさ。でも、お前には『次』がある。だから、なんていうか、その……俺の分も頑張って欲しい、っていうか」
どこか要領を得ないが、なんとなくデクにはその意味が伝わってきた。
しかしそれでも、内心(それじゃあ棄権しなきゃ良かったじゃないか)などと見下しつつ、「期待に応えられるよう頑張るよ」と心にもない、当たり障りのない回答を寄越すと、彼はその場を後にしたのだった。
*
昼休憩が終わり、ここ、雄英高校体育祭、一年生ステージでは、第一回戦が始まろうとしていた。
「緑谷少年。どうだい、調子は」
一回戦開戦直前。オールマイトは、何やら自信ありげな表情をするデクに声をかけた。
「すこぶるいいですよ。今の僕は負ける気がしませんね」
そう言って親指を立てるデクに、オールマイトは尾白と同じように、複雑な表情をした。
デクはあまり、他人の感情を読み取るのが得意ではない。彼にとって世界とは、飽和された悪意の塊のようなものだった。
──それ故に。彼は周りの人間を内心拒絶して生きてきた。デクにとって、「価値があるもの」は自分と、信じる理想のみである。そのため、他人に心を許さなかった彼には子細な感情の揺れ動きが分からない。
オールマイトも、尾白も。どちらも、自分の心の中にある「もの」を、言葉にできず困っていたのだが、デクにはそんなこと分かる筈もなかった。
ワン・フォー・オールの持続時間は、騎馬戦の時に一切力を使っていなかったので大分残っている。
つまりそれは、今の状態なら、どんな奇策でも、正面突破でも仕掛けられるということだ。
「それじゃ」
デクはそう言い残し、去っていった。
オールマイトもまた、名残惜しそうにデクの背中を見つめつつ、観客席に戻っていく。
「君は二重人格なのか?」と。デクに、そう問いただそうとしていた過去の自分へと、背を向けて戻っていく。
さて、そんなオールマイトの内情などいざ知らず、デクはステージに上に躍り出た。実況が何やら言っているが、デクにはそんなもの、もう聞こえてはいなかった。
「なあ、緑谷出久」
──と、ふと。向こう側に居る心操が声をかけてきたので、彼は思考を放棄してその言葉に耳を傾けた。
デクはちゃんと、尾白の警告を覚えていた。これが、自分の口を開かせるための言葉だということは分かりきっていた。
「戦う、って行為には、多大なストレスが付きまとうだろう? 敵の行動を読み損ねたらどうしよう、ここで攻撃を受けたら死ぬ──ってさ」
歓声と実況の声とが鳴り響く中、さながら舞台の独白シーンのように、心操は言葉を紡ぎ続ける。
「戦うためには強い意思──黄金のような覚悟が必要なんだ……。そういう点でさ、さっき棄権したあの「猿」には──ヒーローとしての覚悟がなかった、ってことだ」
まだ、言葉は続く。
「あいつはチャンスをドブに捨てた。馬鹿げてるね。あれはヒーローでも、まして、ただの市民ですらない。救いようのないアホ──いや、恥知らずだと……」
その言葉は最後まで続かなかった。デクは心操の声の後ろで響いていたスタートの合図を聞き取り、戦ってもいいのだと悟り、冷徹に「攻撃」を放ったからだ。
ワン・フォー・オール20%、デラウェア・スマッシュ。
20%の力を指に纏い、そうやって強化した指を弾くことで、風圧を発生させて相手を攻撃する技である。
その攻撃は心操の鳩尾へと命中した。通常の拳と同等、もしくはそれ以上の力を秘めた風圧が、だ。
「げほッ、がほ……ッ。て、てめぇっ!」
肺からひとしきり息を吐き出すと、彼は激昂してデクへと走り寄った。
しかし、デクと、心操との間合いが詰まる直前、デクはもう一発、デラウェアスマッシュを放っていた。今度の攻撃は胸に命中したようで、それによって彼は大きく仰け反る。
それが隙となった。次の瞬間、デクは両手で所謂「デコピン」の構えをとり、両手で、先に二発放ったようなデラウェア・スマッシュを連続して放つ。
肉が弾ける、乾いた音だけが。まるで、マシンガンのフルオート射撃のごとく、会場に響き渡っている──。
「す、すげぇ......」
「かッ、完封してやがる!」
そんな驚嘆の声をバックミュージックに、そのデラウェアスマッシュの連弾は放たれ続ける。
脇腹、鳩尾、前のめりになった頭部、左肩、こめかみ。攻撃は至るところに命中し、心操はたまらず後退し続ける。そして、デクはそれを、緩慢な足取りで追うのだった。
「て、てめぇ、俺をいたぶって……!」
その言葉に被さるようにして、バシュッ、バシュッ、と、歯切れよく二回、音が鳴った。
今度のスマッシュは喉と、振り上げていた彼の腕に命中する。それで彼は、言葉を出すことも、拳で攻撃を繰り出すこともできなくなっていたのだ。
やがて心操は場外へ押し出され、そのまま、デクのワンマンショーで、一回戦は終わってしまった。