「緑谷の奴……勝ちやがった………!」
「なんだあの『個性』……!? 無敵か……!?」
「とんでもない奴が現れたな……」
心操が倒されると同時。観客席は、静かに、しかし、確実に沸き立った。ざわざわ、ざわざわ……と、皆、一様に何事かを小声で口走っているのだ。
心操の個性は、『デク』の怒涛の攻撃のために、遂に披露されることはなかった。それは最早、戦いではなない──。一方的な鏖殺、ワンマンショーだ。
だが、そのショーは、どこか痛快なものだった。そのため、観客は一様に興奮し、デクを称えている。
──「恐怖」を感じていたのは、この観客席にただ一人。爆豪勝己だけだ。
(あいつ……あの肉体なら、個性なんて使わなくても完封出来たはずだ……それを、あんな………個性を見せ付けるような戦い方を……)
それは、エンターテイメント性を重視する、昨今のヒーローに必要な姿勢なのかもしれない。
だが、自分の力を誇示し、観客の反応に従順に、冷徹かつ悪辣に敵を倒すその姿勢は──果たして、「ヒーロー」と言えるのだろうか。爆豪の脳裏に、そんな思考が浮かぶ。
(ヒーローの姿勢、か)
──これはあくまで、体育祭という競技だ。そこに、現実のヒーロー像を当てはめることは間違いなのかもしれない。
そこまで思考したところで、爆豪は考えることが億劫になり、観客席から離れた。
その後、彼は、第一回戦に出場。激戦の果てに、麗日を破り、二回戦に進出した。
「あ、かっちゃん。おめでとう、二回戦進出」
控室に向かう通路の途中。ふと、爆豪の前に、デクが現れた。無邪気な表情を浮かべ、やはりあっけらかんとした調子の言葉を紡ぐ。
「……っ。お、おう」
それに曖昧に返事をしつつ、彼は、デクの横を通り抜けようとした。
──しかし。そんな爆豪の足は、次いで放たれたデクの言葉によって止まる。
「中々凄い戦いだったね。僕も負けてられないなぁ。──次は、もうちょっと面白いことをしようかな」
面白いこと。側から聞けば、それは実に無邪気で──とても、これから全力の戦闘を行おうという者の言葉とは思えないだろう。
だが、爆豪は違った。幼い頃からデクのことを見てきた彼には、わかるのだ。その言葉に乗った重みが──途方もない、いっそ軽薄に見えるくらいの悪意が。
「おい待て。何する気だ、お前……」
瞬間的にどうしようもなく不安になり、彼はデクに問いかける。
それに、デクは何も答えなかった。ただ、口の端を吊り上げて笑っているだけだ。
「……何がおかしい?」
その様子に、彼は訝しむような問いかけを投げた。
「いや? なんでもないよ」
それだけ言い残し、デクはその場を後にする。
──この時。爆豪はおろか、デクでさえも、この先に待ち受ける未来のことは、分かっていなかった。ただ漠然と、嫌な予感が沈滞しているだけで──まさか、あんなことになろうとは、誰一人として予想できなかったのだ。
*
──青空の下。熱気に包まれたスタジアムに、実況の声が響いている。
そんなスタジアム中央、バトル・フィールドの両端からは、二人の男が歩いてくる。轟焦凍と緑谷出久の二人だ。前者は深刻な面持ちで、後者はいかにも軽薄な、この祝祭を楽しんでいるかのような面持ちで、フィールド中央に向かっていく。
「何笑ってんだよ」
ふと、轟がそう言う。それはひどく冷たい声だった。
「そんなんで戦えんのか?」
それは明確な挑発だった。それに対しデクは、
「そっちこそ、ちゃんと見てなよ、轟君」
と言い、スタートの合図とともに腰だめの姿勢を取り、両腕を突き出して構えた。
「…………ぁ」
瞬間、轟は鋭く息を吸い込んだ。動悸が荒くなり、吐き気が突き上げてくる。
赫。デクの両腕は今、その色に染まっている。そしてその腕からは、炎のようにゆらめくエネルギーの奔流が立ち上っている。
その名を、轟は知っていた。恐らく、この世の誰よりも。──「赫灼熱拳」と名付けられた、その技のことを。
「何か思い出したかな……サラブレッド君」
「あ……あああ……」
轟は頭をかきむしる。恐怖、怒り、絶望──あらゆる感情が立ち上っては消えていく。それらは循環し、身体の震えとして現実に表れる。
その現象に対してではない。彼はそれと戦って、打倒しなければならないという事実に打ち震えていた。
ワン・フォー・オール。個性それ自体に蓄積されたエネルギーを圧縮・操作し血流を加速させることで擬似的に再現された赫灼は、轟の目には本物に写った。尤も、それは厳密には本物ではない。彼の記憶の中にのみ存在する絶対的なもの。絶望の象徴。
「うわあああああああーーーーッッッ!」
叫び、轟は右側の「個性」を全開にして攻撃をしかけた。だが制御がままならないのか、生成された氷は端から端から融けていく。熱を帯びているのだ。
(──勝ったな)
デクはそれらを軽めのスマッシュによって吹き飛ばすと、獰猛な笑みを浮かべて轟へと突っ込んだ。
この技は実際のところ、虚仮威しだった。端的に言ってこの形態を維持し続けるのはエネルギーの無駄遣いであり、打撃力も、強化されてはいるものの、他のスマッシュに到底及ぶものではない。だがそれらを差し引いても、精神的効果は十二分にあるのだった。
彼は勝利を確信していた。放出型の個性は精神状態がダイレクトに反映される。平衡が崩れた状態では、まともな攻撃も、まともな防御もできないであろうことは明白だった。
「なんとか言えよ、
轟にだけ聞こえる声で絞り出すように勝利宣言を放ち、デクは最後の一撃を放った。否、放とうとした。だが、それは叶わなかった。
赫灼熱拳。それをワン・フォー・オールによって模倣した、重く、鋭い一撃が、轟に突き刺さる直前。
「やめろおおおオオオオオオオーーーーーーッッッッッ!」
轟の叫びに呼応するようにして、「それ」が顕現された。
後から振り返ろうとしても、デクはその時のことを思い出すことができない。それは彼の本来の傲慢さの表れでもあったが、同時に、その一撃が人智を超えた巨大なものであることも示していた。
「こ……れは……!」
観客席で、エンデヴァーが唸る。彼はそれを知っていた。それに名前をつけたのは彼だったからだ。
プロミネンスバーン。轟の左半身から放射状に迸った、何の制御もない全開の熱エネルギーは刹那に、エンデヴァーによって体系が作られた、その赫灼の奥義に収斂した。
デクは咄嗟にテキサス・スマッシュとデラウウェア・スマッシュを複数回放つことでダメージを軽減しようとした。だが無駄だった。プロミネンスバーンはデクの身体を吹き飛ばし、蹂躙したうえで観客席に叩きつけた。
それだけの現象を前にしては、観客席も無事ではいられなかった。咄嗟に防御行動をとったヒーローはともかくとして、観客席の前席は軒並み焼け落ちており、屋根になっている部分は吹き飛ばされて原型を留めていなかった。ひどいのはバトルフィールドだった。常軌を逸した高熱によって中心部は半ば液状化しており、原型も無く融け、高エネルギーによって地面もまた陥没していた。
遅ればせにセメントスの防壁が発動する。それは轟の炎熱がそれ以上被害を出さないようにするうえでは有効だったが、既に再起不能なダメージを負ったデクと、自らの個性に身を焼かれている轟には何の効果も及ぼさなかった。
「氷結、消火に強い奴は降りろ! ……イレイザーッッ!」
事態に際し、最初に動いたのはエンデヴァーだった。ダイナマイトで火災を消火する原理で、拡散していく炎熱を防ぎつつ、増援を待った。遅れてわらわらと消火に強いヒーローが降りてくる中、イレイザーの個性が発動し、轟自身から発されるプロミネンスバーンはかき消えた。
──そうして災害は唐突に発生し唐突に終わり、事後処理が始まった。
雄英がスタジアムに待機させていた飛行型の救護ロボが、デクの身体と轟の身体を総合病院へと運んでいく。そこにはリカバリーガールも同行している。彼らの傷はすでに、救護室の設備ではどうにもならないほどの深度まで進行していた。
それと並行して、スタジアム内の負傷者の搬送も進んでいた。報道はすでに祝祭の雰囲気を失っており、災害か、事故を報道する際の緊迫感を漂わせていた。
「緑谷少年……」
トゥルーフォームのオールマイトは、観客席から、空を飛ぶ救護ロボを見つめていた。
荒廃した観客席には、奇妙な空気が漂っていた。負傷者はそうではなかったが軒並み中軽傷であり、一部その傷を見て恐慌状態に陥った者もいたが、多くの観客は被害が(迅速な対応の賜物とはいえ)バトルフィールド内に留まっていたこともあり、呆然とした状態になっていた。
デクが叩きつけられた地点はヒーロー席であり、マニュアル通りの対応によりその衝撃の多くは拡散して消えていた。それによる怪我人は出なかったのである。
だがだからといって、彼らが祝祭のムードを取り戻すことはなかった。轟とデクが重傷を負ったことは事実であり、またバトルフィールドが粉々に壊れていることも事実であるため、彼らは否応なしに良心が喚起されたのである。体育祭を楽しもうという気概のある人間は、今ここにはいなかった。
「……八木教諭」
ふと本名で呼ばれ、オールマイトは振り返った。そこには、通信用のトランシーバーを持ったエクトプラズムが立っている。彼は咄嗟に、それが分身体の一つであることを悟った。
『メディア対応をお願いしますと、イレイザーからの言伝です』
手の中のトランシーバーから発された声はセメントスのものだった。
「わかった。状況は?」
『私はスタジアムの修理、他は退席する観客の誘導などにあたっています。救護室はリカバリーガールに代わってブラド教諭が担当しているとのこと。また、根津校長は別ステージにいるため到着までには時間がかかるでしょう』
言い終わると、そそくさとエクトプラズムの分身はその場を去っていった。
オールマイトは大きく息を吐き、空を仰いだ。
空には先刻のプロミネンスバーンで巻き起こった上昇気流により、巨大な雲が出来上がっていた。
程なくして、雄英高校体育祭一年生の部の中断が発表され、安全管理と社会的責任についての会見が、根津校長を中心に行われた。だがこの事態の責任が教員にないということは明白だった。
当事者は二人で、責任は彼らにある──はずだ。だが彼らは、未だ目を覚ましていない。