緑谷出久はサイコな二重人格のようです   作:サハクィエル

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力の導くものは

 

 数日後。総合病院を退院した僕は、そのまま、病院内の精神科の先生からの紹介状で、ヒーロー:グラントリノの事務所の近場の院に通院することになった。

 

 そのために、オールマイトは裏で色々と事務的な処理をしてくれたようだ。母への連絡、休学の手続き、その他諸々の資金の調達など、多岐にわたる事務を。

 

 そうして、僕は治療と修行を交互に行き来する日々を送ることになった。

 

 あれ以来、デクは姿を表さなくなった。そんな状態が続き始めてから、2週間が経とうとしている。

 

 

 ワンフォーオール・フルカウル──出力:20%。

 

 その状態を維持したまま、僕は鉄筋コンクリートで構成されたビルの、吹き抜けのフロアでグラントリノと対峙していた。

 

 縦横無尽に跳ね回る彼の動きを見極め、正確に対応すること。それは個性によって強化された身体能力をもってしても極めて難しく、僕はすでに二撃、身体に攻撃を受けていた。

 

(だけど──掴んできた)

 

 そう思考し、僕は指を構え、四方八方に20%のデラウェア・スマッシュを乱射した。不可視の空気の塊が、同じく、超高速で移動しているがゆえに捉えることのできないグラントリノに殺到する。

 

 刹那、そうした弾の一つを回避するために、彼は個性によって足から噴射する空気を進行方向に向け、制動をかけたうえで回避行動に移ろうとした。だがその動作は、これまでに決して見せることのなかった「隙」だった。

 

 僕は強化された足で地面を蹴り、グラントリノに向かっていった。そしてそのまま、勢いを殺さずにその技を放った。

 

「フロリダ・スマッシュ!」

 

 フロリダ・スマッシュ。ボクシング的な重く、力強い大ぶりを要求するオールマイトのデトロイト・スマッシュに対し、これはジークンドー的な速く、細かく、鋭い動きを要求するものだ。

 

 スピードで上回るグラントリノに対し、出の遅い技を撃つのはリスクが大きすぎる──そうした僕の意図によって放たれた僕の拳は、結果として、グラントリノのみぞおちを打ち抜くことに成功した。

 

 衝撃が拳から背後へと抜け、老人の痩せ細った、小柄な体躯が大きく吹き飛ばされる。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「──こんなえげつねえ一撃を打ってきといて“大丈夫ですか”とはな……随分とジョークのセンスがある小僧だ」

 

 グラントリノが苦々しく吐き捨てる。彼は空気を吹かせることで、壁に激突することだけは辛うじて回避していた。

 

 地面に降り立ち、先ほど打ち抜かれた腹をさすりながら、ふと、彼は口を開いた。

 

「ここ数日ではっきりしたことだが──やっぱりお前さんはオールマイトとはタイプが違うみてえだな」

 

「タイプが違う?」

 

 思わず、僕は聞き返していた。僕はオールマイトに憧れてきたのだし、その思いは今でも変わっていない。そうした確信があったからだ。

 

「なんつーか……お前さんの拳は効率的だ。隙がない。そこまでやるなら、何も拳にこだわる必要はないというか……何か、刃物とか、あるいは銃を使うようなプロの使い手が、そういう武器がないから仕方なく拳を使っているっつーか、そういう動きなんだな、うん」

 

「え、ええと……刃物、ですか」

 

 刃物に、銃。その言葉を聞いた時、僕の心臓は跳ねた。

 

 確かに、そこは自分でもよく分からない点だった。子どもの頃から、ヒーローになるためにトレーニングをしてきたが──「無個性」というハンディキャップを埋めるために、より具体的な道具を使うという発想は、浮かびこそすれ、実行するだけのリアリティを欠いていたものだった。

 

 尤も、それは「デク」には当てはまらないことかもしれなかった。奴が作為したとおぼしきコスチュームには拳銃が取り付けられていたのだし、実際、僕も何丁かモテルガンを持ってはいた。銃の存在はそこにあった。だが同時に、コスチュームにはどう見ても、そうした実利的な装備の一部とは思えない、打撃の強化装置もついていたのだ。

 

 デクもまた、拳を主体とした戦いに固執している。──だが、それはなぜか。

 

「まあ、この出力ならまだ殺人にゃ至らんだろうし、それが自然な戦闘法だって言うなら変える方が野暮だァな」

 

 言い、グラントリノは再び拳を構えた。それに呼応するように、僕も構えをとる。

 

 こうして修行は続いていく。

 

 

 一方、雄英高校1年A組には、奇妙に張り詰めた空気が漂っていた。だがそれは当然のことであるといえた。彼らは平穏な、いつも通りの学校生活を送るには、あまりに多くのことを経験しすぎていたからだ。あるいは経験していない、ともいえる。

 

 体育祭の中断と、それに伴う職場体験の中止。一身上の都合から休学している緑谷出久と、未だ回復の目処の立たない轟の存在。そして漠然とした、雄英高校の教育体制への不信。そうしたすべてが彼らを抑圧し、また突き放してもいた。

 

「…………」

 

 朝の廊下を、爆豪は無言で歩く。

 

 卓越した能力への自負と、それを持て余している現状の狭間にいる彼は、常に不満をその身にため込んでいる。だが今彼の心に最も負荷をかけているのは、緑谷出久の不在だった。

 

 出久──否、デクは彼にとって常に恐怖の象徴だった。自分の虐げた、そして虐げ切れなかった、圧倒的な不可能の象徴。あるいは絶望。

 

 だがそれが目の前から消えたことは、何ら彼の心に平穏をもたらさなかった。むしろその逆──恐怖を増幅させてしまった。その一端が、オールマイトとの対話だった。

 

 あれ以来、オールマイトとは度々話をしていた。だがデクの新しい動きがないため、それは生産性を欠いたものにしかならなかった。彼の回復を待つしかないが──爆豪には、彼が回復するとは、どうしても思えないのだった。あれはカウンセリングでどうにかなる問題ではない。

 

 そういうわけで、彼は祈りながら教室のドアを開けることになった。今日こそは。今日こそはデクが現れますようにと、屈折した祈りを捧げることになった。だがそれを裏切るように、デクの席には誰も座っていない。

 

(くそったれ……)

 

 軽く舌打ちをし、爆豪は自身の席についた。そして人はまばらにいるが静まりかえった教室の隅で、スマートフォンを取り出しニュースを見る。

 

「……は?」

 

 そして、目を剥いた。

 

 その見出しはこうだった。──「ヒーロー殺し、瀕死の重体で発見」。

 

 ヒーロー殺し。今最も世間を騒がせている(ヴィラン)だ。クラスメイトである飯田の兄であるプロヒーロー、インゲニウムを体育祭当日に襲撃した男である。それで爆豪も知っていたのだが、しかし、体育祭の事件によりその報道は完全に影に隠れてしまっていた。

 

 そんなヒーロー殺しが、やられた。その事実に、爆豪は戦慄した。

 

 だがその戦慄は、純粋な事実それ自体に由来するものではなかった。彼の脳裏には、ある人物の顔がよぎっていたのだ。

 

「──デク……?」

 

 7月。期末試験も終わり、夏休みの迫る時分。何かが動き出す予感だけが、ただ、漠然と教室を漂っていた。

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