緑谷出久はサイコな二重人格のようです   作:サハクィエル

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そういえば、前回の話でUAが10万を突破しました。めちゃくちゃありがたいです……。


赤く、そして

 

 夜。グラントリノヒーロー事務所の扉が、わずかに開く音がした。

 

 それは家人を起こすにはあまりに小さく、その扉が開いたことに気付いたものは一人しかいなかった。

 

 緑谷出久。その扉を開け、内側から外に出た張本人である。

 

 曇天の下。湿った大気の中を、彼──デクは、薄いパーカーのフードを目深に被り、歩き出した。

 

 その顔には、嘲るような、突き放すような、どこか冷たい笑みが浮かんでいる。

 

 

 

 ──ヒーロー殺し:ステインは焦っていた。

 

 年齢が30に近付いてきた頃から、彼はゆるやかな肉体の衰えを感じ始めていた。

 

 ヒーローを殺し、選別し、そうした淘汰の過程の中に真のヒーロー、真の英雄を見出すこと。それを実現するために、彼は研究を重ねていた。肉のかたまりとしての人間──とりわけ、個性柄重要になる人体の構造に関しては、今や知りすぎていると言っていいほどの知識を得ている。

 

 それゆえに、分かってしまう。自身の限界を。そして日々マイナスに近付いていくその限界値のことを。

 

 志のないヒーロー、弱いヒーローは「粛正」しなければならない。だが大前提として、それを執行する人間はそうしたヒーローよりも強くなければならない。彼はこと殺しに関しては手段を選ばないが、それは「選べない」ということでもあった。彼は、崇拝するオールマイトのように、日の光の下で拳を振るうことができない。

 

 闇討ちでなければ。一方的に間合いの有利をとり、個性の歯牙にかけることのできる刃物を使わなければ、彼は粛正対象と認定したヒーローの多くを、殺すどころか痛めつけることさえ困難なのだ。

 

 着実に、その瞬間は迫っていた。自身の活動限界、その瞬間が。

 

 そのためだろうか。彼の活動はより過激に、より急進的になっていった。ヒーロー:インゲニウムを襲った動機に、そうした焦りがあったことは否定できないだろう。

 

 だがインゲニウムへの「粛正」が、彼の想像よりもはるかに小さく報道されたことは、彼の焦りを加速させた。雄英体育祭の不祥事。それは完全にイレギュラーであった。致命的でもある。

 

 インゲニウムはポピュラーなヒーローの中でもひときわ、彼と相性のいいヒーローだった。放出系の、刃物よりも広い間合いをもち、小回りの利くヒーローを仕留めるのは至難の業だ。それを考えたとき、足技と広いフィールドでの集団戦が主体のインゲニウムは格好の標的だった。

 

 それと同じだけ有名で、同じだけ相性のいい相手は、そうそう現れない。

 

「ハァ……」

 

 保須市、北東部。時刻は午後11時。路地裏にて、彼はヒーローと対峙していた。パトロール中のヒーローだ。裏路地に入ったところを奇襲し、個性を発動する間もなく四肢の神経を切断し、頭を鷲掴みにして壁に叩きつける。

 

「英雄気取りの拝金主義者が──」

 

 そしてステインは、いつものように囁き、首の頸動脈を切断した。

 

 ……いつもなら、ここで終わる。彼は拠点へと戻り、後日ヒーローの死と、(ヴィラン):ステインの出現が報道される。

 

 だが、今回はそうはならなかった。

 

「────!」

 

 瞠目(どうもく)し、ステインは背後を振り返った。そこから、本来ありえないはずの音が聞こえてきたからだ。

 

 乾いた音の連続──それは拍手だった。

 

「いい夜ですね、ヒーロー殺し」

 

「お前は……!」

 

「あの時会った、ですか? 覚えていてくれたんですね」

 

 緑の髪、そばかす、不敵な眼。それは緑谷出久だった。

 

 咄嗟にステインは臨戦態勢をとるが、その構えにはどこか余裕があった。デクは特に大型の武器を隠せそうもないパーカー姿で、丸腰だ。滅多なことはできないだろう。そうした予測を彼は頭の中で立てていた。

 

「体育祭の──」

 

「ああ、あれですか。見てくれていたんですね。まったく、憎々しい話ですよ──あなたもそう思いませんか?」

 

 言い終わり、デクが次の言葉を口にしようとした瞬間、ステインは刀を一閃した。狙いは首。その超速の一撃は、寸分違わず、デクの急所を切断する──はずであった。

 

 刀を振り切っても、何一つ、彼の現実は変化しなかった。デクの頭は、首は傷一つついておらず、平然とした顔でそこに立っている。

 

「……!?」

 

 咄嗟に、ステインは自身が振るった刀を見る。そして愕然とした。それは半ばから真っ二つに折れていたのだ。

 

 瞬時に、彼は後方に飛びすさった。間合いをとらなければやられる──そう判断したのだ。

 

「まあまあ、落ち着いてくださいよ。僕も闇の中で生きてきた。同業者として、少し話しませんか?」

 

「……こっちは話したいことなどない」

 

 その声には、明確に怒りが浮かんでいた。

 

「ああ、怒ってますね? あれでしょう。渾身の犯行だったインゲニウム襲撃の話題性が、僕のやった体育祭事件に食われたことに、でしょ?」

 

 刹那、ステインはマスクの下で凄んだ。先刻刀を折られていなければ飛びかかっていたところだろう。だがそういうあれこれを、デクは意にも介さない。

 

「危険すぎる、でしたっけ。僕のこと、そういう風に言ってましたよね?」

 

「そうか、お前……あの時の増強型の(ヴィラン)か」

 

(ヴィラン)だなんて、とんでもない。僕はヒーローですよ」

 

 その言葉に、ステインは嫌悪感を露わにした。

 

「どこがだ。さっきだって、ヒーローを見殺しにしただろう」

 

「あなたに言えたことですか?」

 

「俺は──(ヴィラン)だ。そこに転がっている阿呆がそうであるように、俺もまた正しき社会のための供物としてここに存在している。それだけだ」

 

「正しき社会、ですか」

 

 デクは一つ、息をつき、すたすたと歩き出した。そして謡うように、再び喋り始める。

 

「とても魅力的な言葉ですけど……ヒーローを見殺しにすることは、そのためにならないんですかね?」

 

「ならない」

 

「……なぜ?」

 

「英雄の志が、そこにはない」

 

 その瞬間、デクはわざとらしく大きく肩を落とした。そして数度、身体を震わせる。それは泣いているようにも、また笑っているようにも見えたが──やがて彼は顔を上げた。

 

 瞬間、ステインはその表情に気圧された。

 

「──つまらない人ですね、あなた」

 

 そこには、むき出しの空虚だけがあった。それを機械的、と言ってしまうのは機械に失礼というものだろう。その精神の暗黒は、この世のものとは到底思えないほど深く、醜く、そして凶暴なものだった。

 

「………っ、お前はそうではないのか。志があって、ああいうことをしているのでは」

 

 その言葉に、デクは演説でもするかのように両腕を広げて答えた。

 

「目的があることと、志があることは全く別のことですよ。そして志なんてものは、冷酷な現実の前では何の役にも立たない。ゴミと同じです。この社会はそんなゴミで溢れかえっている。だから脆い。たった一つの染みで、簡単に崩れ去ってしまう」

 

「……何が言いたい」

 

「あなたのような人は、必要ない」

 

 言い終わるよりも速く、デクは動いていた。

 

 したこと自体は、至極単純だった。地面を蹴り、横っ飛びをして壁に張り付くと、今度は壁を支点にして飛び、ステインの背後に回る。だがそれは、ワンフォーオールにより強化された身体によって行われている。ゆえに、彼はその動きを追い切ることができなかった。

 

 刹那、ステインが防御行動に移るよりも一瞬速く、デクの一撃が彼の背中を貫いた。

 

「ヴァージニア・スマッシュ」

 

 ──声が、出ない。

 

 鋭く、一点に抜けるその攻撃に、ステインはかつてない痛みを感じた。それは鋭く、沈み込むような痛みだった。痺れが、攻撃を叩き込まれた一点から全身に波及していく。彼は片手に握っていたサバイバル・ナイフを取り落とした。それは間違いなく、拳によるものではなかった。だが武器によるものでもない。これは──。

 

「手刀……」

 

「ご明察」

 

 言い、デクは揃えた五指を、ステインの背中から引き抜いた。その指先は血で濡れている。指がわずかに皮膚を貫通し、肉に突き刺さっていたことの証だ。

 

 その一撃は敵の防御を崩し、動きを止めるために、ワンフォーオールを手にしたデクが編み出したものだった。純粋な、殺しの技術の一端。

 

 そう──それは一端だった。

 

「人を殴るというのは、こういうことだよ、緑谷出久──」

 

 囁くように言うと、デクは未だ麻痺から回復しないステインの真横から、その一撃を放った。

 

「フロリダ・スマッシュ」

 

 刹那。超高速の一撃は、正確にステインの身体の軸を捉え──。

 

 大きく吹き飛ばし、壁に叩きつけたうえでその全身を衝撃で滅茶苦茶に打ち付けた。彼の肉体は拳を打ち込まれた地点から同心円状に痣が広がっており、また、あまりの衝撃と断裂した瓦礫との接触によって全身から流血している。

 

 ──勝敗は、既に決していた。




20%のヴァージニア・スマッシュではそこまで貫通しませんでしたが、もう少し出力を上げれば人体でも、より硬いものでも貫くことができます。
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