緑谷出久はサイコな二重人格のようです   作:サハクィエル

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オーダー・脳無

 

 デクがガントレットを受け取った日の夕方。

 

 ──福岡市、是富尾(ぜふお)区。企業のオフィスの多く立ち並ぶその地区は、黄昏の空の下、混乱に包まれていた。

 

「なんだ……これ……!」

 

 切迫した声を上げつつ、その男──ヒーロー:ホークスは、羽を収束させて作り出した剣で目の前のそれを斬り付けた。カーキ色のヒーローコスチュームには、脳無の禍々しい色の返り血が付着している。当然、その背の翼にも。

 

 改人脳無。かつて雄英高校を急襲したという怪物が、そこには無数にいた。

 

 ホークスと戦闘中の、比較的痩身のそれは、さながらバッタのように跳ね回り剣の間合いから外れると、そのまま、スクランブル交差点の反対側にいる、逃げ惑う会社員の一人へと襲いかかった。

 

「くそッ!」

 

 毒づき、彼と脳無の間にホークスは超高速で割り込む。そしてその頭部から胸にかけてを袈裟切りにし、絶命させた。

 

 目視できる範囲の数は決して多くない。奮闘の成果で、現れた脳無の多くは行動不能になっている。だが一体一体の能力が、事態の収束を許さない。一体でも取り逃がせば、どれだけの被害が出るか分からないくらいに、それは強力だった。

 

(……いったい、何が起こってるっていうんだ……!?)

 

 ホークスの動揺は、そこから発した思考は、何も、眼前の現実にのみ向けられたものではなかった。先刻から各種メディアが伝えている、全国の状況に対して彼は思考を整理することができずにいるのだ。

 

 梅雨が明け、サマーシーズンが到来しようとしている時分。日本は、休日を前にした金曜の黄昏時に、混乱の渦の中に突き落とされていた。

 

 

 静岡市、佳羅亜(からあ)区、中心街。駅前の広場は、やはり混乱に包まれていた。

 

「デトロイト・スマッシュ──ッ!」

 

 声高らかに叫び、オールマイトは眼前の、灰色の肌の大柄の脳無を殴り飛ばした。弱体化しているとはいえ、オールマイトの全力を受ければ、数十メートルは吹っ飛んで再起不能になるはずだ。だがその相手は、数メートル地面を滑ると、ダメージに頓着する様子もなく再び彼に向かってくる。

 

(ショック吸収の個性……! 雄英に来た奴と同じか……。数段弱いとはいえ、それが五体……ッ!)

 

 オールマイトの眼前には、同じ種類の脳無が五体存在していた。彼は息を整え、再びその脳無へと向かっていく。

 

「ネブラスカ・スマッシュ!」

 

 叫び、両腕で交互に、回転したスマッシュを放つ。狙いは──頭部。それで、ダメージの蓄積された脳無は地面に崩れ落ちた。吸収限界である。

 

 駆けつけた機動隊にそれが拘束されるのを横目に見つつ、彼は次の敵へと向かっていく。

 

 

 東京都、猿架舞(さるかまい)町。住人の避難が完了した後の商店街。

 

 フレイムヒーロー:エンデヴァーは、ただ一人でそれと向き合っていた。

 

 改人脳無。赤茶の体色をしたそいつは、全身からチェーンソーを生やしている。それらの一つ一つは触手腕と接続しており、体をよじるたびに触手が周囲を切り裂き、破壊していく。

 エンデヴァーのサイドキックたちは、軒並み町中で他の脳無に対応している。ここで戦えるのは彼一人だけだった。

 

「赫灼熱拳──」

 

 力強く言い放ち、彼は拳を大きく後ろに引く。

 

 それに対応しようと、件の脳無は体中の武器を振り回して彼に向かってくる。それを──断つ。

 

「ヘルスパイダーッッ!」

 

 叫び、エンデヴァーは五指を揃え、腕を交差するように振り下ろした。それで、赫灼が発動する。

 

 瞬間、練り上げられ、束ねられた炎熱が、脳無の体に殺到した。格子状のその一撃はその体を細切れにし、絶命させる。もはや原型も留めぬほどに破壊されたその死体からは、血すらも流れない。

 

 眼を細め、彼は商店街を後にした。都内の脳無を殲滅するために。

 

 

 その日、全国各地に──特に主要な5都市に集中して──脳無が出現した。

 

 その数は、生産された脳無の総数からすれば決して多いものではなく、また強さも半端だった。個体で見たとき、雄英襲撃時に姿が確認されたような体表の黒く、オールマイトにも対抗しうるような存在は全国のどこにも確認されなかったのだ。

 

 だがそれでも、被害は看過できないほどにあがっていた。

 

 大都市は当然のこと、地方の被害もまた甚大なものだった。数字の上ではそれほどの被害数ではなくとも、負傷者・死傷者が何人も出ているという事実が人々を動転させ、その精神と、それらが構成する社会に致命的な被害を与えているといえた。

 

 ヒーローへの不信は、今ここにますます高まりつつあった。

 

 だがそれは、どうしようもなく歪んだ、二分された不信感であったといえる。

 

 (ヴィラン)連合が望むような、ヒーローの不信から個性犯罪への傾斜を強めた勢力は当然出現していた。だがそれと同じくらいに、その反対の勢力もまた、肥大化し台頭しているといえた。

 

 ──それは、ヒーローへの不信から、自分が(ヴィラン)を倒してやろう、という、自警というにはあまりに攻撃的で、(ヴィラン)と呼ぶにはいささか殊勝な、歪曲した志向性を持った勢力だった。

 

 

 ヒーローたちの様子を、モニターから観察している人物がいた。

 

 オール・フォー・ワン。時を渡る怪物。個性社会の闇の部分。(ヴィラン)連合のブレーン。それは透徹した眼で、どこか楽しそうな表情で、それらの光景を眺めている。

 

「なかなかどうして……思い通りに事は運ばないものだよね」

 

 ふと、それは口を開いた。

 

「ヒーロー殺しが、あそこまで半端に終わるとは──さしもの僕も予想していなかったことだ」

 

「まあしかし、この手は上手くいきそうじゃないか?」

 

 それを言ったのは、オール・フォー・ワンの後ろに控えている白衣の男だ。それに、彼は笑って答える。

 

「そうでないと困るからね、ドクター。これは本来のプランの予備の予備だ。全国に脳無をばらまき、ヒーロー社会の構造的な弱さを浮き彫りにすることで、全国の悪意の卵たちが──いや、卵ですらないささやかな想いたちが、集いやすい空気感を醸成する。本来ならもっと穏便にやりたかったんだがね。ヒーロー殺しが失敗した以上、手段を選んではいられない──」

 

 そこまで言ってから、彼は自分が妙に饒舌になっていることに気付いた。

 

 それは彼の中にある、わずかな不安に起因するものだった。不安。それは長らく感じていない感情だった。五年前、オールマイトと戦い、体を完膚なきまでに破壊されて以来のものだ。

 

 脳無と死柄木弔──もとい、(ヴィラン)連合により、社会の転覆を狙うこと。その到達点のために、彼は様々な計略を巡らせてきた。そしてそれは、概ね成功しているといえた。

 

 だが、それでも、彼の中には一抹の不安があった。

 

 何かがうまくいっていない。致命的なところで、計略が狂う予感が、常につきまとって離れない。

 

 それは虫の知らせとも言うべきものだった。その正体を掴むことはできない。しかし、確かに何かがある──。

 

 緑谷出久の存在を──その裏に潜む「デク」の存在を、彼はまだ知らない。

 

 体育祭の映像から、緑谷出久がワン・フォー・オールの継承者であるということに、彼は気付いていた。だがその裏にあるもの──その理想と、その実現のための活動について、彼は全く何も知らなかったのである。

 

 非(ヴィラン)犯罪は、彼の捕捉していない領域での出来事に過ぎなかった。長く個性社会と関わりすぎた彼は、根本的なところで無個性者や、個性を活かさない者に対して無関心だったのである。

 

 誰が分かろう。そのことが、彼の勝利の足下を突き崩すことになろうとは。

 

 ともあれこの場は、ひとときの、ささやかな勝利感に酔いしれる以上の選択肢は彼にはなかった。

 

 ──破局は、静かに時を待つ。

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