それはこれまでの、あるいは超常黎明期の犯罪組織の常識からすれば異例の形態ではあったが、とはいえ、その目的の大体のところはデクも掴んでいた。
要するに、
ゆえに捜索は難航したが──それでも裏の情報網を使い、デクは死柄木弔に迫っていた。潜伏先を除く出没地域、行動パターンに至るまで、追うには十分すぎる情報を手にしている。
──そこには、オール・フォー・ワンについての情報も含まれていた。
闇の帝王。超常黎明期から存在しているという時を渡る怪物。無数の個性を携え、狡猾に、計画的に立ち回ることで社会を裏から支配するというそれの影響力は、今もなお継続しているという。
これを掴むために、ここ数日、デクはかなり危ない橋を渡っていた。だが、それと引き換えに得たものは何よりも大きかった。
(これだったんだ……僕が向き合うべき相手は)
デクは直感していた。この存在こそが、オールマイトの個性“ワン・フォー・オール”と対を成すものなのだと。そしてその打倒こそが、継承者に課せられた使命なのだ、と。
倒さねばならない相手。それを前に、デクは策を練っていた。
できれば雄英に復学してから対決したかったが、脳無の群発により、彼はすぐにその考えを改めた。オールマイトの弱体化が取り沙汰され、彼自身のタイムリミットが刻一刻と迫る今、それが件の事件以上の、より深刻でより致命的な影響を社会に与えうる行動を起こさない保証はどこにもなかった。
その前に、先手を打つ。
先手。その言葉は極めて滑稽だった。
*
夜。
事件によるインフラへの影響は軽微なものであったため、通常通り運行していた新幹線に乗り、デクは地元へと向かっていた。自宅にはいつもの武装がある。数日前に調達したガントレットがあるとはいえ、いつもの装備も必要だった。
いくつかの路線を乗り継ぎ、近くの駅で降りると、デクは自宅へ向かった。
集合住宅の4階。足音を殺しそこまで辿り着くと、デクは持ってきた鍵で中へと入っていった。
それを、デクの内側の出久はぼんやりと眺めている。そこは彼にとって、懐かしさを感じさせる場所ではもう、なくなっていた。彼は今ここで、完全なる
デクは自室から小型のバックパックを取り、そこにいつもの装備を入れていく。スタンガン、特殊警棒、サバイバルナイフ、応急処置キット、閃光弾。すべてを入れ終わったのを確かめると、彼はそれを身体の後ろで固定した。
そこで、目が合う。
半開きの扉の向こう。懐中電灯で部屋を照らす母親の姿を。
「誰……なの……?」
彼は驚いて目を見開いた。だがその目に写る母親は、もっと尋常ならざる様子であった。恐怖、怒り、猜疑心。あらゆる負の感情が、そこには渦巻いていた。
「僕だよ、お母さん」
デクは淀みなくそう答えた。それは返答としてはむしろ冷静すぎるくらいだった。
「ち……がう……」
ふと、デクはその言葉を聞き返した。──それで、始まった。
「あんた……誰よ……? 出久じゃない……あんたなんか……違う……別のなにかよッ! 返してよ──出久を、わたしの息子をッッ!」
金切り声を上げ、彼女は──緑谷引子はデクに、緑谷出久の身体に詰め寄った。
ふと、その目から涙がこぼれ落ちる。デクは咄嗟に片手でそれを拭った。それは全く予期しない肉体の反応だった。それは希薄な出久の意識が、辛うじて起こした反抗だったのだろう。
「出久……?」
だが、それ以上は何も起きなかった。デクは沈黙を保ったまま、彼女の脇をすり抜けて家を出て行こうとする。
「戻ってよ……お願い……帰ってきて……出久ぅ……ッ!」
絞り出すようなその声は、彼女とデクの間の空気を打ち、どこにも届くことがないまま、虚空に消えた。
*
翌日。グラントリノは朝目覚め、出久の姿がないことを見るや、すべてを悟った。
出久は一切回復などしていなかった。それどころか、むしろ悪化していたのだ、と。ここ最近の非
グラントリノはオールマイトに連絡し、捜査網を張った。だが、彼は薄々勘付いていた。
──何か対応をするには、あまりにも遅すぎた、という事実に。
一方、連絡を受け取ったオールマイトは、居ても立っても居られず雄英高校近辺の仮住まいを飛び出していた。
既に出久の母親には連絡を回しており、彼は事のあらましを聞いていた。昨晩彼が家に寄っていたこと。何やら武装をしていたこと。そして──表面に現れていた人格が「デク」であったということ。
呆然としていた出久の母親を電話越しになんとか説得し、行方不明者として届け出を出したとき、時刻は既に午前九時を回っていた。
武装をしているという事実。すでに寛解状態にあると判断されたとはいえ解離性同一性障害の診断が出ていることなどから、現在緑谷出久は、他者に危害を加える恐れのある特異行方不明者に該当するとされ、警察を動員することができていたが、県警に捜索させるには、あまりに時間が経ちすぎていた。すでに県境を超えている可能性さえある。
オールマイトは走っていた。走りながら携帯を操作し、電話をかける。
『オールマイト!?』
電話越しに声が響く。それは爆豪勝己だった。
「落ち着いて聞いてくれ。緑谷少年が──行方をくらませた」
その言葉に、爆豪が息を呑むのが電話口に伝わってきた。
『──それはどういう……』
「このタイミングでの失踪だ──何か思惑があってのことだろう。行きそうな場所に心当たりはないか?」
やや間を置いてから、爆豪は答える。
「今は──ない」
それに、オールマイトは訝しげな表情をした。
「今は?」
「ああ。これから掴めるかもしれねえ。あんたはあんたで頑張ってくれや。……切るぞ」
「おい、ちょっと──」
次の言葉が続くよりも早く、電話は切れた。
しばらく、オールマイトは携帯電話を見つめていたが、やがて、弾かれたように再び走り出した。
脳無事件が発生したとき、デクはグラントリノの事務所に帰っていました。なおその時、ガントレットは足のつかない、裏の貸し倉庫に預けていました。