緑谷出久はサイコな二重人格のようです   作:サハクィエル

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死柄木弔:DISTOTION

 

 地方都市、裏路地、商店街──その一角。

 

「ニトロ汗。それが俺の個性だ」

 

 痩身長髪の男の胸ぐらを掴み、その少年──爆豪勝己は凄んだ。

 

「分泌された汗の一つ一つが爆弾になる。食らえばひとたまりもない。身体の内側まで衝撃が浸透する──この意味が分かるか?」

 

 男は冷や汗を垂らしながら、今もなお脱出の隙をうかがっているようだった。それを見るや、爆豪は左手を男の顔の目の前まで近づけ、

 

「お前の生き死には俺のさじ加減一つってことだよ」

 

 と脅した。

 

「わわわ……わかった! わかったから落ち着け!」

 

「だったら答えろ……お前はここ最近、緑髪の男に命じられて情報を流してたはずだ。それについて教えてもらう」

 

 緑髪の男。それは紛れもない、緑谷出久のことだった。

 

 体育祭の後、爆豪は全国から情報を集め、デクの動向を探っていた。彼は幼い頃の経験とその後の立ち振る舞いから、デクが「拳」に執着していることを突き止め、そこから、非(ヴィラン)犯罪に彼が関与しているという推察を立てていた。

 

 デクの強さは、明らかに単なるトレーニングで身につくものではない。演習での経験から、彼はそれを悟っていた。あれは実戦の中で身につけた動きだ、と。

 

 ──しかし、非(ヴィラン)犯罪は全国で起こっており、その数も決して少ないとはいえない。彼の独自捜査は難航していた。

 

 しかしここ最近、そうした事件のエリアは一カ所に集中するようになった。静岡の東部から山梨、東京、神奈川にかけて、である。

 

 そこから、彼はデクが療養のために寄っているというヒーロー事務所の大体の位置を突き止めていた。そしてその行動範囲をも。

 

 近辺で、裏社会と繋がりの深い区画。そことデクは繋がっているはずだ。そう推察し、現在爆豪は、翌日が休みなのをいいことに金曜の夜からその地方都市に赴いていた。

 

「は、犯罪者だよ……雄英高校襲撃事件くらいは、あんたも知ってるだろ?」

 

「あ……?」

 

「あれの主犯の情報さ。死柄木弔。オレたちの界隈でもあんまし有名じゃないんだが──危険な情報だった。バックにゃ国なんて目じゃないほどにヤバい奴がついてるって噂もあるしな。オレが提供したのは奴の行動パターンについてさ」

 

「行動パターンだと?」

 

 言い、爆豪は更にその男に詰め寄った。それで男の声はうわずり、口調は更に速くなった。

 

「神野から木椰区だ! そこいらにかけて目撃されることが多い……っ! これで満足か!?」

 

 最後まで聞くと、爆豪はその男を地面に投げ、足早にそこを立ち去った。

 

(木椰区……ここから──間に合うか!?)

 

 心の中に生まれた焦燥は、彼の足を激しく、しかし確かに突き動かしていた。

 

 いつか感じた「何かが動き出す予感」。それは今、形になろうとしている。

 

 

 オールマイトが、グラントリノが、爆豪勝己がデクを捜索していた時、彼はすでに、木椰区のショッピングモールに来ていた。

 

 休日のこの時間に、死柄木はここに訪れるということは、複数の情報屋から買った情報によって明らかになっていた。

 

 人で溢れるモール内を、季節外れのパーカーのフードを被り、顔を隠しながら歩き、デクは死柄木の姿を探す。

 

 そこには、平和そのものの──ヒーロー飽和社会の表面の景観が広がっていた。脳無事件などどこ吹く風だ。そこには誰もがいた。あらゆる人種、あらゆる個性の人々が存在していた。

 

 だがそこに、彼の居場所はない。デクはここで生きていくことはできない。それを、彼は確信していた。

 

 異界。そこはまさしく異界だった。自分だけが、その外側から到来した怪物である、という錯覚が彼の身体を貫き──気付いたとき、彼は中央広場の円形の椅子に腰掛けた死柄木の姿をその視界に収めていた。

 

 デクは素早く、その横に腰を下ろす。それで死柄木が苛立ちを露わにし、立ち去ろうとしたのを、言葉によって制止する。

 

「待ってくださいよ、死柄木弔さん。僕はあなたと話をしに来たんです」

 

「お前……!」

 

「緑谷出久。あなたは僕のことを知っているはずだ」

 

「いいのか、この間合いまで近付いて。俺の個性のことは知ってるんだろ」

 

「それは僕も同じですよ。同じ間合いなら、増強型の僕の方が圧倒的に有利だと考えることもできますし、あるいは、あなたの手の方が速いと考えることもできる」

 

 しばし死柄木は沈黙したが、やがて観念したかのように両手を上げ、足を組んで口を開いた。

 

「しかし、奇遇だな。ちょうどお前と話したいと思ってたとこなんだ。癪ではあるがな」

 

「なぜ雄英を襲ったんです?」

 

 単刀直入に、デクはそう聞いた。それに死柄木は顔を顰めたが、

 

「……ぶっ壊したかったんだよ、全部」

 

 と答えた。それは信念を問うたステインに対して答えたものでもあった。

 

「それにしては随分範囲が狭いんですね」

 

「そうでもない。オールマイトさえ取り除けば、この世界は終わりだ」

 

「柱の喪失、というやつですか」

 

「……随分と評論家みたいな口を利くんだな。いいのか? ヒーローってのは楽観的でなきゃいけないんだろ?」

 

「ええ。柱の喪失とは、むしろ僕みたいな人間にとってはチャンスでね」

 

「…………?」

 

 死柄木は眉をひそめた。

 

「オールマイトの喪失は、社会にどのような影響をもたらすか。いやそもそも、象徴の存在は、社会にとってどのようなものであるのか」

 

「難しい話は嫌いだね」

 

「まあそう言わず付き合ってくださいよ。僕はね、ずっと考えてきたんです。オールマイトがいなくなっても、世界は何一つ変わらないんじゃないか、とかね」

 

「…………!」

 

 死柄木は戦慄に似た思いが、心の底から湧き上がってくるのを感じていた。それは彼がこれまで、考えることを避けてきたものだったのだ。

 

「象徴は確かに、組織犯罪や巨大な犯罪の抑止になるでしょう。どれだけ計画を練っても一手で潰されてしまうという状況は、そうした志向をその芽から潰すことにも繋がります。ですが、群発する(ヴィラン)犯罪の存在そのものが、そうした象徴による抑止力というものの幻想性・限界性を露わにしているようにも思うわけです」

 

「…………」

 

「個々の犯罪を実際に止めているのは、飽和しているヒーローたちです。これがなんとかならない限り、この世界が壊れることはない。別のものに建て直されることも」

 

「……結局何が言いたいんだ、お前」

 

「未来の話ですよ。オールマイトがいなくなった未来──柱を失い、たった一人で敵に立ち向かわざるをえなくなった個々のヒーローたちの脆弱性が露わになる未来に、何をするべきか、という話です」

 

「お前、本当はこっち側なんじゃないか?」

 

 半笑いで茶化したようにそう答える死柄木に、デクは間を置かず答える。

 

「いえ、僕はヒーローになるものです。(ヴィラン)じゃない。あなたがたはただ──邪魔なだけだ」

 

 その言葉に、死柄木は大きくため息をついた。

 

「……何を言い出すかと思えば……十代(ティーン)英雄(ヒーロー)ごっこかよ……ここまで聞いて損したな」

 

「あなたがたの(ヴィラン)ごっこよりもマシですよ」

 

 ふと、死柄木は眉を吊り上げた。

 

「雄英に来ていたあの影の(ヴィラン)はあなたのお守り役で──あなたは(ヴィラン)に扮装する子どもだ。違いますか?」

 

「ガキだガキだと……その軽視が身を滅ぼすって──」

 

「オール・フォー・ワンと言うんでしょう? あなたがたのボスは。あなたはそいつの命令でこんなことをやっているに過ぎない。昨日の脳無事件だってそうでしょう? 身体ばかりが大きい子どもなんですよ、あなたは」

 

「…………!」

 

 死柄木は立ち上がった。それと同時に、デクも立ち上がる。

 

「あなたには死んでもらう。オールマイトよりも先の未来のために」

 

「違う……その未来に立つのは俺だ……!」

 

 既に、話し合いの余地はなかった。ここまで踏み込まれている以上、デクを逃がすことはできない。対するデクもまた、ここで死柄木を逃がす道理はなかった。

 

 死柄木は黒霧を呼ぼうとして──やめた。事を早い段階で大きくすれば、オールマイトの襲撃を受けかねない。それよりも、この間合いが有効なうちに、確実に個性でデクを始末することだ。そう考え、彼は五指を揃え、デクの初打に合わせて個性を解き放とうとした。

 

 だが、その判断よりも速くデクは五指を揃えており、その動きよりも速く手刀で死柄木を貫いていた。ヴァージニア・スマッシュだ。

 

「…………ッ!」

 

 切迫した、圧し殺された声とともに死柄木は後ろに飛びすさる。それで直撃は回避することができた。

 

 だが、その一撃は彼にとって致命的になった。

 

 瞬間、死柄木のポケットからあるものがこぼれ落ちる。それは彼が肌身離さず身につけている「掌」だった。だがそこには巨大な(あな)が空いており、今にも崩れ落ちそうにひび割れていた。

 

「ぁぁああああ……」

 

 死柄木は咄嗟に、その掌に駆け寄る。だが、その時には既にもう手遅れだった。突きを受けた地点から放射状にひび割れたその掌からは、二本の指がそれぞればらばらに地面に転がり落ちている。そして硬直しているはずの指たちもまた、衝撃であらぬ方向を向いていた。──完全に破壊されていた。

 

「ううううう゛う゛っう゛──!」

 

 死柄木は地面にうずくまり、うめき始める。フードはめくれ、その下の顔が露わになっている。それを見、デクは次の攻撃を放つのをためらってしまった。轟に負わされた火傷を思い出したのだ。精神状態の崩れた相手への攻撃のリスクという、本来勘定に入れるべきでないものを彼は検討してしまった。──それが、命取りになる。

 

 死柄木の顔には、明らかな動揺と、恐怖と、わずかな苛立ちとが浮かんでいた。際限なく立ち上り続ける感情の奔流。それは普遍的な狂気の影だった。

 

 ふと、彼は頭を押さえ始めた。

 

「あ……だ……まが………!」

 

 それで、ショッピングモールの周囲の客も異変に気付き始めたようだった。その辺りを通行していた人々は遠巻きに死柄木の様子を見ており、数人はこちらへと駆け寄ってくる。

 

「ぐ……ぐ……くる……な……!」

 

 痛みを堪えながら、死柄木は叫ぶ。

 

 デクは考えていた。この状況で、死柄木を殺すのは難しい。どさくさに紛れて殺すにはあまりにも周囲の人が少なすぎ、フードで顔が隠れているとはいえ、堂々と殺すにはあまりにも人目がありすぎていた。

 

(何人か襲ってくれればいいんだが──)

 

 倫理観の欠片もないそうした発想が、彼の脳裏に浮かんだ瞬間である。

 

 ふと、死柄木に安否を聞き、触れた一人の女性が──消滅した。

 

「は……?」

 

 だが、消滅現象はそれでは終わらなかった。その女性に触れていた男性もまた、消失したのだ。連鎖反応。それが、周囲を蝕み始めている。

 

 絶好の口実を見出したデクはフードの下でにやりと笑った。この機を利用しない手はない。群衆のパニックに紛れて死柄木を殺し、この場を離れる算段を、彼は頭の中で立てていた。

 

 だがそれは、結局のところ無駄だった。

 

 次の瞬間。

 

 崩壊反応は、()()()に波及したからだ。

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