未だ呆然と立ち尽くす──体勢はどちらかと言えば屈んでいるが──僕に、オールマイトは語った。しぼんだところを見られたので、恐らく隠し通せないと思ったのだろう。
自分が、5年前の戦闘で大きな怪我を負い、それの所為で個性を数時間ぽっちしか使役できなくなったこと。その数時間が過ぎれば、オールマイトの体躯は痩せ細った今の姿に変容してしまうこと。
そして、そんな弱った自分が、特殊な「個性」を託せる後継者を探していること。
「それが、君だ」
その言葉の真意を理解するまでには数秒を要した。
オールマイト、何て言ったんだ? 後継者を探している、それが君だ──。
僕は脇腹の痛みに呻きつつ、「ど、どういうことですか」 と問いかけた。
「そのままの意味さ。私は、君が「後継」 に相応しいと判断したのだ」
「で、でも、僕は──」
個性がない。それに、貴方と違って誰からも疎まれている。──その言葉を言うより早く、オールマイトは言葉を紡いだ。
「何を卑屈になっているかは分からないがな。──君、脇腹を骨折してるだろ?」
そう言われ、僕は改めて脇腹の傷を見据える。そこには、簡単な止血の施されたボロボロの体があった。
病院に行かなければいけないな、なんて刹那に思った。
「それなのに、君は乗っ取られた私を止めるために動いた。痛みを省みず、自己犠牲の心で」
「────!」
「その姿を、ヒーローと言わずして何と言う。君はヒーローだった。そして、ヒーローになれる。君には、その資格と覚悟がある」
気が付けば、僕は泣いていた。
これまで、誰からも、「ヒーローになれる」なんて言われたことはなかった。自分で自己肯定の声を脳内に作り出してしまうほどに、僕は無下にされ続けてきた。
でも。
憧れのヒーローが、認めてくれた。それを思うと、涙が止まらなかった。今までの人生が無駄じゃなかったと思うと、胸が熱くなった。
「後は君次第だ。──私の個性、受け継いでくれるかい?」
ここまで言われて。秘密をさらけ出してもらって。そのうえ、肯定までしてもらって。
ここに来て、断る理由なんてどこにある。
「はい.....!」
明瞭に、それでいてどこか力強く僕は応えた。
「でも、その前に病院に行かなきゃな。君が大丈夫そうだから話し込んじゃったけど、実際大丈夫じゃないだろソレ」
「あ、はい」
──その後、後日会うことを約束してから、僕は帰宅した。
*
夜。宵闇が全てを覆う魔性の時間帯。
「デク」は、町に繰り出していた。
普通、学生というのは、10時を過ぎたら、気分的にも、義務的にも家を出ることはない。
では、彼は何故家を出ているのか。理由は単純かつ異常だった。非個性犯罪──敵(ヴィラン)によらない犯罪を抹殺するためだ。今回は「学生への違法薬物の売買」だった。
非敵犯罪への対処。そんなもの、ヒーローや警察に任せておけばいいだろう、と誰かが言った。しかし、彼の行動理念はそれを否定していた。
ヒーローは、個性犯罪を相手にしてしか、動かない。
そして警察は、ヒーロー飽和社会の中でひどく頼りない。
そうした二者の間隙に広がる犯罪を、悪意を、粛清すること。デクは、それを「使命」と考えていた。
「な、なんだテメェ!」
夜。常闇で町の喧騒から隔離された、町外れの廃工場。
そこに乗り込んだデクは、先ず、入り口に一番近かった高校生ほどの少年を殴り倒した。
それにより、全員の視線がデクに集まる。取引を行っているやせっぽちの若い男も、それにたかる少年3人も。
デクは仮面の下でそれを見据えつつ、その目を閉じた。そして、ベルトから野球ボールほどの球体を引き抜くと、表面に取り付けられたボタンを押し込んで、それを空中に放り投げた。
衝撃と同時に、閃光が迸る。
──
次の瞬間、スタンガンを抜き放っていたデクは刮目して走り出した。
その足で、先ずは取引をしていた男にスタンガンをぶちこむ。首筋に高圧電流を打ち込まれたそいつは、2秒とかからず昏倒した。
それを見届けると、次に攻撃対象に定めたのは、一番自分に近かった金髪の男。メリケンサックのはめられた拳を、正中線上の急所に四発、素早く叩き込む。
それにより、その少年は地面へと崩れ落ちる。
そこから、デクは次に近い位置にいる少年へと向かっていった。滑るように背後に回り込み、サバイバルナイフで四肢の腱を切断し動きを止めたうえで、地面に崩れ落ちた身体に組みついて昏倒させる。
その少年が泡を吹いて意識を失ったのを確認すると、デクは立ち上がった。
──と、そこで、視力を取り戻した最後の少年がデクに向かってきた。その手には赤黒い、濁った色の刀が握られている。
この時のデクは知るよしもなかったが、彼の個性は、「血液の凝固と操作」だった。その応用で体外に放出した血を固め、刃物としたのである。
刀による刺突。それが、彼の選んだ攻撃方法だった。
しかし、そんなものがデクに効く筈がなかった。どれだけバカにされようと、彼は敵を倒すための訓練を怠らなかったからだ。
彼は体を捻ってそれを回避すると、走り込んでくる相手の腹に足を突き刺した。当然、武装しているデクの靴もまた特別なものだ。硬質素材があしらわれたそれは、ヒーロー用のサポートアイテムでこそないが、人体を破壊するためのものであった。
それに、走る彼の運動量が加わる。結果、彼は耐え難い痛みと肉、および骨の断裂により悶絶し、ひとしきり嘔吐した後に仰向けになって倒れた。その顔は驚愕で塗りつぶされている。
「ど、どうしてだ……! オレはエリートだ! 雄英にだって入学していた! それなのに……」
雄英に入学していた。その言葉は、デクを本気で「きれ」させた。
彼はそいつに馬乗りになり、右腕の関節を外してやると、顔にメリケンサックでの一撃を叩き込んだ。頭部が激しく揺さぶられ、地面に激突する。
「おい。お前、今、雄英に入学していたと言ったな」
その声は、気弱な少年、「緑谷出久」ものとは思えなかった。
「がああああああッ!」
そいつは答えなかった、否、答えられなかった。痛みに悶えていたからだ。
「こんな低脳でも行ける学校なのか、あそこは?」
「ぐぐ……」
「なあ、答えてくれよ。重要なことだ」
「ぐぐぐ……!」
そのデクの目からは、光が消えていた。ひどく暗い──虚ろな、まるで
彼にとって、この質問はどうでもいいようなものだったのだ。重要なのは、自分よりも恵まれている筈の元雄英生がここまで堕落してしまっていること。
そんなことがあってはいけない。粛清しなければいけない。
「今年の偏差値──79だったか? え? ──国内最高峰だもんな。イかれた数値だ。だが、どうやら偏差値ってのは、人間性とは一切関係がないらしいな……お前みたいな低脳でも、入学することだけはできるんだからな……!」
言いつつ、彼は再び拳を顔にを叩き込んだ。それで鼻が折れ、鮮血が飛び散るが、構わず、拳をやたらめったらに
最早、その学生は息をしていなかった。痛みと状況によるショックで失神してしまっていたのだ。だが、そのことはむしろ彼にとってラッキーだったと言うべきだろう。
この後、20分にわたって、この粛清は繰り返されたのだから。
元雄英生の少年は元経営科です。素行不良で退学になり、半グレと化しているようです。