緑谷出久はサイコな二重人格のようです   作:サハクィエル

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緑谷出久:EGO-②

 

「──なんだと?」

 

 デクは眉をひそめ、そうこちらに問いをよこした。それに僕は冷ややかに答える。

 

「敵を倒すための詭弁は聞き飽きた。お前の話は一面的で一方的だ。……質問に答えてもらっていないな。お前はどうやって救うつもりだ?」

 

 デクは露骨に不快そうな表情を浮かべた。だがすぐに元の半笑いを取り戻し、嘲るように言葉を紡いでいく。

 

「救いを美化しているな。あれだろう。オールマイトが人を救うところに憧れていたとか、そういうあれだろう? だが物語としての救いはしょせん、エンターテイメントにすぎない。そいつを救えるのはそいつ自身だけだ。血まみれの手でも、綺麗な手でも、命を救うという点においてはさしたる違いはない。重要なのはその後だろう? ヒーローはそれに関与しないし、するべきじゃない」

 

 言いつつ、デクは右の指でこちらを指した。

 

 僕の中では、デクの言葉が絶えず反響している。そいつを救えるのはそいつ自身だけだ。言葉の一つ一つが、僕の心の表層をひっかいて、その内側にあるものを露わにしようとうごめいている。

 

「べきじゃない……だって……。今のヒーローは──コスチュームと、夢みたいな理想を並べているヒーローにはそれができるんだよ。それを破壊しようとしているのはお前だ。物語としてのヒーローは人々を救える……その心も──」

 

 辛うじてそれだけ言い終わったとき、デクの顔から表情が消えた。それは恐ろしく空虚な顔だった。

 

 ──僕はその顔を知っている。知りすぎているほどに。それは。それは──。

 

「……お前は、それで、救われたのか?」

 

「…………!」 

 

 僕は瞠目し、押し黙った。そんな様子を見て、デクは口の端を吊り上げて嗤う。

 

「違うな。あの日、爆豪の拳を止めたのはヒーローの手じゃない。僕の、お前の手だ。僕がいなきゃ、僕が生まれなきゃ、お前はまた殴られていた。生涯消えない傷を心に負い、そのまま、何もできないまま現実に敗北するところだった。お前の言うヒーローとやらは子どもを殴らないが──悪は悪だ。幼さは何の免罪符にもならない」

 

 ああ。

 

 全部。

 

 全部、分かってしまった。

 

 目の前の風景が書き換わっていく。いや、正確にはそう感じる。僕の目の前のデクがとけていき、別のヴィジョンがそこに立ち現れる。

 

 そこに立っていたのは、自分だった。それも、五歳の頃の自分。空虚な、何の希望もない眼をした自分だ。

 

 オールマイトの不在。僕があの瞬間に確信したものはそれだったのだ。

 

 瞬間、という表現はたぶん適切じゃないだろう。すべては数珠のように繋がっている。個性がないという事実。自分を、その才能と幼い残酷さによって虐め続ける爆豪。そして、その瞳の奥に宿ったオールマイトの志。オールマイトの暴力性。そうしたすべてが、僕を絶望させたのだ。

 

 それが、デクを生んだ。

 

 ヒーローは犯罪を止めるだけだ。ヒーローは傷ついた誰かを助けるだけだ。僕を救ってはくれない。ここに来て、慰めてもくれない。ヒーローは常に不在だ。画面の向こうの存在だ。ヒーローは僕に個性を与えてはくれない。ヒーローは、目の前に広がる暴力を止めてはくれない。ヒーローは。ヒーローは。

 

 ヒーローは、なにもしてくれない。

 

 それはどこまでも独善的な考えだ。だからこんなことはずっと考えないようにしてきた。だがそれはしょせん言い訳にすぎなかった。どれだけ言葉を重ねても、どれだけ考えても、僕の欠落が、僕の不満が、僕の絶望がどうにかなることはないからだ。

 

 だから僕は、ヒーローではない、(ヴィラン)でもない、別のなにかにならなければならなくなった。

 

 ヒーローでありながら、それを超えるもの。デクはそれを望んでいた。そしてそれは、僕の望みでもあった。僕から始まったものでもあった。

 

 デクは僕だ。どこまでも僕だ。僕でしかない。

 

 でも。

 

 それでも。

 

 それでも、僕は。

 

「……僕は──救いなんて、もういらない」

 

 気付いたとき、僕はそれを口にしていた。

 

「まさかお前、この期に及んで自分は特別だ、なんて思ってるのか? それは違う。お前はありふれた無個性な高校生に過ぎない。お前に救いがないってことは、お前以外にもそれがないってことだ」

 

「違う。僕はもう、救われている」

 

「お得意の妄想か?」

 

 僕は一瞬、瞑目し、次いでその言葉を放った。──それは「宣言」だった。

 

「……僕はヒーローだ。オールマイトが、その力が、みんなが、僕をヒーローにしてくれた」

 

「なにを──」

 

「お前にヒーローを壊させるわけにはいかない。お前を象徴にさせるわけにはいかない。不満と反動を秩序のための暴力に統合して、それを理想と言い張るような奴に、この身体を譲るわけにはいかない。お前を野放しにすれば、お前はいずれその理想で世界を滅ぼす。──だから僕は、僕として……ヒーローとして、最後に、ここでお前を止める」

 

「ぬかせ」

 

 吐き捨て、対話は終わりだ、と言わんばかりに、デクは拳を構えた。それと同時に、僕も臨戦態勢をとる。

 

 空気が張り詰めていく。(もっと)も、ここは僕の頭の中なので空気もくそもない。だが糸のような緊張感は、今ここでは紛れもない現実だった。

 

 次の瞬間、デクは、僕は、地面を蹴ってお互いの間合いに入った。

 




 また補足を。
 デクはヒーローのありかたそのものを改造することで職業それ自体のアイドル性を破壊しつつ参入障壁を低くし、職業としての、そして暴力装置としてのヒーローを拡張することを目指しています。その過程でステインが言うような、オールマイトが体現するような、そして出久が憧れていたような、ヒーローの志が切り捨てられるということが問題となります。志が失われるということは「救う」という意識が希薄になるということであり、その「血まみれの理想」では誰かを救えないどころか、世界を滅ぼしうる、というのが出久の主張です。
 デクの求める、暴力的で過激な秩序の支配する世界。それは例えば弱個性(没個性)や異形型などのハンディキャップによって燻っている人々の反動を力に変え、秩序の維持に利用するような世界ですが、そこにあるのは今以上の抑圧であるかもしれず、それゆえに長くは保たないのかもしれません。
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