緑谷出久はサイコな二重人格のようです   作:サハクィエル

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緑谷出久:EGO-③

 ──鈍い音が響き、爆豪の身体が宙を舞う。

 

「がッ!」

 

 デトロイト・スマッシュ。20%の出力とはいえ、重く、鋭いその一撃は、何の容赦もなく爆豪の腹に突き刺さっていた。

 

 地面に転がる爆豪に、デクは足を刺した。マンチェスター・スマッシュ。そう名付けられた大ぶりの蹴りは、再び爆豪の身体を浮かせ、吹き飛ばした。それで爆豪は、やや離れた場所にできていた水溜りに突っ込んだ。今や、雨は本降りになっている。

 

 そして──既に彼は満身創痍だった。ハイエンド脳無との戦闘で本調子ではないにも関わらず、この状況の主導権は完全にデクが握っている。

 

 だが。

 

「どうして反撃してこないのかな、()()()

 

 デクは思わず、そう問いかける。

 

 爆豪は、一切反撃をしていなかった。防御姿勢はとるものの、それだけだ。それ以上の反撃は行われない。

 

「お……れは……」

 

 ふらふらと、朦朧とした意識を、悲鳴をあげる身体をなんとか動かし、爆豪は立ち上がった。だがそれ以上動くことはできない。

 

「おれには……もう……これ……しか……」

 

 うわごとのように呟く彼との間合いを、デクは一瞬のうちに詰める。

 

「それが望みなら、こっちだって──」

 

 そして、再び攻撃を開始する。腕を回転させて放つネブラスカ・スマッシュで彼の身体を宙に浮かせ、その状態からニューハンプシャー・スマッシュで急上昇・急降下を行い、肘で爆豪の身体を打ち、地面に叩きつける。

 

「もう、何の容赦もしない」

 

 地面に降り立つと、あくまでも冷酷に、デクはそう言い放った。

 

 だがそれは、どこか自分に言い聞かせているような調子の声でもあった。

 

 

 ──巨大災害によって壊滅した摩天楼、その残骸の片隅の空白地帯にて。

 

「フロリダ・スマッシュ!」

 

 緑谷出久の精神世界では、戦闘が続いていた。

 

 同じタイミング、同じ位置に放たれたそのスマッシュはぶつかり合い、衝撃を相殺して消滅した。

 

「デトロイト・スマッシュ」

 

 小技ではらちがあかない。そう判断し、両者はその間合いから、大ぶりの右ストレートを放った。だがそれもまた、同じ位置に殺到し、相殺する。

 

「お前らしくもないな──出久よ。いつものお優しい顔はどうした?」

 

「お前に、それは、必要ない」

 

 言い、出久はヴァージニア・スマッシュを胴体に繰り出した。だがその一撃を、デクは察知していた。瞬時に、彼は上向きにマンチェスター・スマッシュを打ち、その手刀を腕ごと上に跳ね上げた。

 

 それで、出久の態勢が崩れる。その隙を、デクは見逃さなかった。

 

 刹那、防御不可能な速度で、威力で、一直線に放たれた刺すようなマンチェスター・スマッシュを、出久はもろに喰らった。それで大きく後ろに吹き飛ばされ、地面に身体をこすりつけて摩擦で止まる。

 

 摩擦に、痛み。そうした、本来ここには存在しないはずの現実が、ここにはあった。今更ながら、これが本気の殺し合いであることを出久は再認識する。

 

「くそっ──」

 

 態勢を立て直そうと、出久が立ち上がった瞬間。

 

 間合いをゼロまで詰めていたデクは、腕をクロスに構え、その一撃を放った。

 

「カロライナ・スマッシュ」

 

 交差した腕が、X字に出久の身体を裂き、下に抜ける。だが当然、攻撃はそこで終わりではなかった。

 

「テキサス・スマッシュ」

 

 強い風圧を伴う、広域にわたる高出力攻撃。それが出久の全身を打ち、再び大きく吹き飛ばす。

 

 そこに、デクは追撃を加えようとした。お互いに超パワーを持っているために、組み付き、相手を無力化するのはリスクが大きすぎる。力任せの脱出が有効な戦略たりうるためだ。ゆえにここにおいては、より速く、より強い一撃で肉体を削り、最終的な無力化を狙うのが最適解なのである。そして両者ともに、その戦術をとっている。

 

 そんなデクに対し、出久は倒れたままの姿勢でデラウェア・スマッシュを連続して放った。20%出力でも、それは無視のできない威力だ。デクは一瞬、両腕でその連弾をガードした。──それが隙となる。

 

 態勢を立て直すよりも速く無理矢理に地面を蹴り、前方に身体をはじき出していた出久は、そのままの勢いでデクに頭突きを食らわせた。当然、それは拳を繰り出す暇がなかったがゆえの苦肉の策ではあったが、全く次の攻撃に繋がらないものでもなかった。

 

 その一撃によって勢いの多くを減衰させていた出久は、右足を軸に重心を地面に据えることに成功していた。だからこそ、この一撃を撃つことができる。

 

「オクラホマ・スマッシュ」

 

 足を支点とした、回転攻撃。それが今度はデクの全身を打ち、大きく吹き飛ばした。瓦礫の一つ、高層ビルの基部の残骸にその身体は衝突し、それを破壊して止まる。

 

 大きく息を吐き、出久は拳を構えた。

 

「やはり──冷酷にはなりきれないか?」

 

 そんな出久の前で、デクが立ち上がる。

 

「今、追撃しておけば、確実に僕を殺せたはずだ──。それがお前の理想の……お前という人間の甘さだ、緑谷出久」

 

「どうかな」

 

「また、眼を──」

 

 言い終わるよりも速く、デクはマンチェスター・スマッシュの応用で足下の地面を蹴り抜いた。それで、濛々(もうもう)と土煙があがる。

 

 咄嗟に、出久は両腕を顔の前に構えた。だが、それは悪手だ。

 

()()()()!」

 

 叫び、歩法を駆使して背後に回り込んでいたデクは出久の腰を掴み、その身体を大きく持ち上げて背後に叩きつけた。バックドロップ。だが攻撃はそれで終わらなかった。

 

 次の瞬間、フルカウルで強引に態勢を立て直そうとした出久に、デクはヴァージニア・スマッシュを打ち込んだ。狙いは足。結果としてその一撃は、足に修復不可能なダメージを与えた。

 

 だがそれは、デクとて同じことだった。全方向に放たれたスマッシュの衝撃のうちの一つが、左腕にかすっていたのだ。それでデクも、左腕を失う。

 

 刹那に、彼らは痛み分けが発生したことを悟った。痛み分け。だがこの一瞬において、足を失った出久は回避という点において圧倒的に不利だった。

 

 瞬間、デクの前蹴りが出久の胴体に命中した。

 

「うがあああッッ」

 

 叫び、デクは地面を転がった。元々、ダメージの蓄積は出久の方が重い。出久は立ち上がろうとしたが、視界が霞み、足が震えてそれもままならない。

 

「ゲームセットだな」

 

「まだ……だ……」

 

 弱々しく、出久はうめく。それにデクはため息をつき、

 

「プルスウルトラってやつか? 無駄だよ。そんな呪文で形勢逆転できるなら誰も苦労しない」

 

 と返した。続けて、彼は嘲笑うように言葉を紡ぐ。

 

「気付いてたろ。さっきスマッシュを打ち合った時──わずかに僕の拳の方が強かった。覚悟が足りないんだよ、お前にはさ。敵を殺してやろうって覚悟が」

 

「…………!」

 

 この間にも、出久は立ち上がろうともがく。だがデクの言葉一つ一つが、まるでそれ自体重力のように、出久の身体を押さえつけていた。

 

 ここは精神世界だ。心の在り方は現実以上に、彼らの肉体を左右する。

 

「だから、お前はいらない。僕の世界にはいらないんだよ。暴力を振るおうってやつが、残虐を拒むなんて不合理だ」

 

「そんな……合理……あって、たまるか……」

 

「真っ当な人間にはな。だが真っ当な(ヴィラン)なんて存在しない。追い込まれていない犯罪者なんてものはどこにも存在しない。そして、それと戦うヒーローも同じだ。そういう意味で、闘争は狂気なんだよ」

 

「たしかに……お前は狂ってるもんな……」

 

 辛うじて、出久はそれを口にする。だがデクは意にも介さない。

 

「そうだ。だが狂気は伝播する。伝播した狂気がタガを外す。そうして、僕の世界は完成する」

 

 出久の脳裏に、先刻の光景が蘇る。終末の悪夢。狂気の世界。サイコパスによって維持される、全体化された暴力の支配する街。

 

 だがそれを前に、出久は膝をつくことしかできなかった。

 

(僕は……もう……)

 

 こいつには、勝てない。そう思考しかけた瞬間だった。

 

「なんだ……?」

 

 ふと聞き慣れた声が聞こえてきたので、デクは後ろを向いた。そこには、先刻と同じモニターが出現していた。それはどうやら、外の光景のようだった。

 

 廃墟となった木椰区ショッピングモール。そこでは、爆豪がデクに立ち向かっている──。

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