──鈍い音が響き、爆豪の身体が宙を舞う。
「がッ!」
デトロイト・スマッシュ。20%の出力とはいえ、重く、鋭いその一撃は、何の容赦もなく爆豪の腹に突き刺さっていた。
地面に転がる爆豪に、デクは足を刺した。マンチェスター・スマッシュ。そう名付けられた大ぶりの蹴りは、再び爆豪の身体を浮かせ、吹き飛ばした。それで爆豪は、やや離れた場所にできていた水溜りに突っ込んだ。今や、雨は本降りになっている。
そして──既に彼は満身創痍だった。ハイエンド脳無との戦闘で本調子ではないにも関わらず、この状況の主導権は完全にデクが握っている。
だが。
「どうして反撃してこないのかな、
デクは思わず、そう問いかける。
爆豪は、一切反撃をしていなかった。防御姿勢はとるものの、それだけだ。それ以上の反撃は行われない。
「お……れは……」
ふらふらと、朦朧とした意識を、悲鳴をあげる身体をなんとか動かし、爆豪は立ち上がった。だがそれ以上動くことはできない。
「おれには……もう……これ……しか……」
うわごとのように呟く彼との間合いを、デクは一瞬のうちに詰める。
「それが望みなら、こっちだって──」
そして、再び攻撃を開始する。腕を回転させて放つネブラスカ・スマッシュで彼の身体を宙に浮かせ、その状態からニューハンプシャー・スマッシュで急上昇・急降下を行い、肘で爆豪の身体を打ち、地面に叩きつける。
「もう、何の容赦もしない」
地面に降り立つと、あくまでも冷酷に、デクはそう言い放った。
だがそれは、どこか自分に言い聞かせているような調子の声でもあった。
*
──巨大災害によって壊滅した摩天楼、その残骸の片隅の空白地帯にて。
「フロリダ・スマッシュ!」
緑谷出久の精神世界では、戦闘が続いていた。
同じタイミング、同じ位置に放たれたそのスマッシュはぶつかり合い、衝撃を相殺して消滅した。
「デトロイト・スマッシュ」
小技ではらちがあかない。そう判断し、両者はその間合いから、大ぶりの右ストレートを放った。だがそれもまた、同じ位置に殺到し、相殺する。
「お前らしくもないな──出久よ。いつものお優しい顔はどうした?」
「お前に、それは、必要ない」
言い、出久はヴァージニア・スマッシュを胴体に繰り出した。だがその一撃を、デクは察知していた。瞬時に、彼は上向きにマンチェスター・スマッシュを打ち、その手刀を腕ごと上に跳ね上げた。
それで、出久の態勢が崩れる。その隙を、デクは見逃さなかった。
刹那、防御不可能な速度で、威力で、一直線に放たれた刺すようなマンチェスター・スマッシュを、出久はもろに喰らった。それで大きく後ろに吹き飛ばされ、地面に身体をこすりつけて摩擦で止まる。
摩擦に、痛み。そうした、本来ここには存在しないはずの現実が、ここにはあった。今更ながら、これが本気の殺し合いであることを出久は再認識する。
「くそっ──」
態勢を立て直そうと、出久が立ち上がった瞬間。
間合いをゼロまで詰めていたデクは、腕をクロスに構え、その一撃を放った。
「カロライナ・スマッシュ」
交差した腕が、X字に出久の身体を裂き、下に抜ける。だが当然、攻撃はそこで終わりではなかった。
「テキサス・スマッシュ」
強い風圧を伴う、広域にわたる高出力攻撃。それが出久の全身を打ち、再び大きく吹き飛ばす。
そこに、デクは追撃を加えようとした。お互いに超パワーを持っているために、組み付き、相手を無力化するのはリスクが大きすぎる。力任せの脱出が有効な戦略たりうるためだ。ゆえにここにおいては、より速く、より強い一撃で肉体を削り、最終的な無力化を狙うのが最適解なのである。そして両者ともに、その戦術をとっている。
そんなデクに対し、出久は倒れたままの姿勢でデラウェア・スマッシュを連続して放った。20%出力でも、それは無視のできない威力だ。デクは一瞬、両腕でその連弾をガードした。──それが隙となる。
態勢を立て直すよりも速く無理矢理に地面を蹴り、前方に身体をはじき出していた出久は、そのままの勢いでデクに頭突きを食らわせた。当然、それは拳を繰り出す暇がなかったがゆえの苦肉の策ではあったが、全く次の攻撃に繋がらないものでもなかった。
その一撃によって勢いの多くを減衰させていた出久は、右足を軸に重心を地面に据えることに成功していた。だからこそ、この一撃を撃つことができる。
「オクラホマ・スマッシュ」
足を支点とした、回転攻撃。それが今度はデクの全身を打ち、大きく吹き飛ばした。瓦礫の一つ、高層ビルの基部の残骸にその身体は衝突し、それを破壊して止まる。
大きく息を吐き、出久は拳を構えた。
「やはり──冷酷にはなりきれないか?」
そんな出久の前で、デクが立ち上がる。
「今、追撃しておけば、確実に僕を殺せたはずだ──。それがお前の理想の……お前という人間の甘さだ、緑谷出久」
「どうかな」
「また、眼を──」
言い終わるよりも速く、デクはマンチェスター・スマッシュの応用で足下の地面を蹴り抜いた。それで、
咄嗟に、出久は両腕を顔の前に構えた。だが、それは悪手だ。
「
叫び、歩法を駆使して背後に回り込んでいたデクは出久の腰を掴み、その身体を大きく持ち上げて背後に叩きつけた。バックドロップ。だが攻撃はそれで終わらなかった。
次の瞬間、フルカウルで強引に態勢を立て直そうとした出久に、デクはヴァージニア・スマッシュを打ち込んだ。狙いは足。結果としてその一撃は、足に修復不可能なダメージを与えた。
だがそれは、デクとて同じことだった。全方向に放たれたスマッシュの衝撃のうちの一つが、左腕にかすっていたのだ。それでデクも、左腕を失う。
刹那に、彼らは痛み分けが発生したことを悟った。痛み分け。だがこの一瞬において、足を失った出久は回避という点において圧倒的に不利だった。
瞬間、デクの前蹴りが出久の胴体に命中した。
「うがあああッッ」
叫び、デクは地面を転がった。元々、ダメージの蓄積は出久の方が重い。出久は立ち上がろうとしたが、視界が霞み、足が震えてそれもままならない。
「ゲームセットだな」
「まだ……だ……」
弱々しく、出久はうめく。それにデクはため息をつき、
「プルスウルトラってやつか? 無駄だよ。そんな呪文で形勢逆転できるなら誰も苦労しない」
と返した。続けて、彼は嘲笑うように言葉を紡ぐ。
「気付いてたろ。さっきスマッシュを打ち合った時──わずかに僕の拳の方が強かった。覚悟が足りないんだよ、お前にはさ。敵を殺してやろうって覚悟が」
「…………!」
この間にも、出久は立ち上がろうともがく。だがデクの言葉一つ一つが、まるでそれ自体重力のように、出久の身体を押さえつけていた。
ここは精神世界だ。心の在り方は現実以上に、彼らの肉体を左右する。
「だから、お前はいらない。僕の世界にはいらないんだよ。暴力を振るおうってやつが、残虐を拒むなんて不合理だ」
「そんな……合理……あって、たまるか……」
「真っ当な人間にはな。だが真っ当な
「たしかに……お前は狂ってるもんな……」
辛うじて、出久はそれを口にする。だがデクは意にも介さない。
「そうだ。だが狂気は伝播する。伝播した狂気がタガを外す。そうして、僕の世界は完成する」
出久の脳裏に、先刻の光景が蘇る。終末の悪夢。狂気の世界。サイコパスによって維持される、全体化された暴力の支配する街。
だがそれを前に、出久は膝をつくことしかできなかった。
(僕は……もう……)
こいつには、勝てない。そう思考しかけた瞬間だった。
「なんだ……?」
ふと聞き慣れた声が聞こえてきたので、デクは後ろを向いた。そこには、先刻と同じモニターが出現していた。それはどうやら、外の光景のようだった。
廃墟となった木椰区ショッピングモール。そこでは、爆豪がデクに立ち向かっている──。