緑谷出久はサイコな二重人格のようです   作:サハクィエル

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今回、かなり踏み込んだ話になってしまいました。
しかしこの作品を総括するうえで絶対に外せない回だと感じているので、どうかお付き合いください。

追記:予約投稿の時間がズレておりました。誠に申し訳ございません。


歪みある世界に

 

 デク消滅の数分前。崩壊した木椰区ショッピングモールの外周は、地獄絵図の様相を呈していた。

 

 ワープゲートから出現した脳無が地上で、ハイエンドから排出された脳無が空中で、それぞれ居合わせた人間を襲っているのだ。昨今の社会不安により個人的に武装していた人々が率先して応戦していたが、脳無の前では、そんなものは何の意味もなかった。一人、また一人と、脳無の筋力増強個性による一撃の餌食となり、地面の血溜まりと化していく。

 

 狂乱は頂点に達していた。騒動の開始時に見られた多様な反応は軒並み淘汰され、今や誰もが絶叫し、逃げ惑うだけの存在に成り果てていた。曇天の空の下、豪雨に打たれながら、誰もが絶望していた。

 

 そんな状況では、モール中心部で行われている戦闘になどかかずらってはいられなかった。このような巨大な事件にあって常に一定数存在するはずの、事件を映像に収めている善意の一般人は、いまここには存在しなかったのである。報道ヘリも襲われているような状況では、この事態を記録できる人間は一人もいなかった。

 

「誰か……誰かァッ………!」

 

 ふと、群衆の最前列で、金髪の女性が倒れた。それを目ざとく感知し、痩身の脳無は、その腕を彼女めがけて振り下ろそうとした。

 

 刹那、女性は痛みと、バラバラに砕けた自身の身体を想像した。

 

 だが、それが現実になる時は永遠に来なかった。

 

 その腕が到達するよりも速く、脳無自身が圧倒的な力によって吹き飛ばされたためだ。

 

 それを行使した本人──空から舞い降りた、筋骨隆々な大男は、こう言っている。

 

「テキサス・スマッシュッッ!」

 

 ──と。

 

「お、オールマイト……」

 

 誰かがその名を口にした。だが、その声に力はない。

 

 今ここに、希望はなかった。オールマイトの存在だけでは、拭いされない絶望によって、今この場は支配されていた。

 

 オールマイトは連続してスマッシュを放ち、地上の脳無を一掃したうえで、ニューハンプシャー・スマッシュによって空に飛び上がった。

 

「ミズーリー・スマッシュ!」

 

 叫び、そして、彼は進行上の空中の敵を手刀によって撃ち落とすと、その反動で反対側に飛び、そこにいた脳無に組み付き、今度は無力化する。そしてそのまま、地上に降り立った。

 

「もう大丈夫だ──私が来た!」

 

 声を張り上げ、いつものように、オールマイトはそう宣言する。

 

 それにより、民衆は歓声を上げる。いつも通りの光景──だが、その声に力はない。民衆も、そして、オールマイトも。

 

「…………」

 

 ふと、オールマイトは特に破壊の酷い、モールの中心部に視線を向けた。

 

 彼がここに最短で来れたのは、爆豪からの連絡があったからだ。位置情報のみの送信。それにより、彼は活動限界時間を考慮したうえでの最大のスピードでここに到着した。

 

 だが、その爆豪が、どこにもいない。

 

 民衆の避難は彼と一緒にやってきた警察に任せ、彼はモールの中心部へと向かった。

 

 雨はいっそう強まり、止まるところを知らなかった。

 

 ──と、ふと。彼はモールの中心部で、慟哭の声を聞いた。

 

「緑谷……少年……?」

 

 それは他でもない、彼の弟子の声だった。ワン・フォー・オール9代目継承者の。

 

 瓦礫をかき分け、オールマイトはその姿を目の当たりにし──そして、愕然とする。

 

 二つの死体と、一人の少年の上に立つ彼の顔からは、腕からは、心からは、多くのものが失われていた。

 

 喪失。圧倒的な喪失。その予感が、その事実が、彼の内側から絶え間なく溢れ出している。

 

 オールマイトはかける言葉を失っていた。彼はいつか爆豪に対して感じたものと同じ感情を感じていた。

 

 失敗した。彼は心底から、それを実感した。

 

 教育の失敗。当然、それはそう言い表わすことのできるものだ。だが、それだけではない、とオールマイトは感じていた。

 

 ──これは、ヒーローとしての失敗でもあるのだ、と。

 

(私は、緑谷少年を……救えなかった……)

 

 それは歪曲された事実だった。だが同時に、あらゆる時空、あらゆる可能性の世界でありうべきものでもあった。

 

 何か一つのボタンの掛け違いで、この失敗は起こりうるものだった。救われなかった少年の、救えなかった少年の、挫折と罪。運命が、内側からの悪意によって歪まなかったとしても、今オールマイトの目の前に広がる現実は、いつまでも可能性として存在し続けるのかもしれなかった。

 

「………」

 

 ふと、彼の脳裏に一つの言葉が浮かんできた。

 

 それは絶対に口に出してはならない言葉だった。それは彼のこれまでの歩みを否定しかねないものだった。だがそれは同時に、どこかで発されねばならない言葉でもあった。

 

 やがて、雨に濡れたその口から、その言葉が放たれる。

 

「平和の象徴も……ここまで……か……」

 

 象徴論の終焉。少年の慟哭の中に、それは静かに、しかし確かな存在感をもって現れた。




原作ではそうはなりませんでしたが、オールマイトが死柄木の身の上を全部知っていたら、多分この話と同じようなことを考えたんじゃないかと僕は思います。日々弱体化していく自分自身に、ナイトアイの暗示した破滅の未来。そうした様々な要素が絡み合えば、この結論が導き出されるのではないか、と。
また、お気づきかもしれませんが、次回で最終回となります。
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